異世界わんこ

洋里

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第一章

富士山噴火

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 その日、数百年ぶりに日本の霊峰富士山が、噴火、爆発を起こした。

 日曜の夕方、まだ夕飯の支度には、少しばかり早い頃、大きめの地震の揺れを感じて、私、小日向真奈は、犬の散歩に行こうと仕度していた手を止めて、テレビのスイッチを入れた。
 地震の時には、震度や震源地、津波の有無の確認の為に、いつもしている事だ。
 そこに飛び込んできたのは、緊急速報の富士山噴火のニュース。
 慌てている様子のキャスターが、画面に映る。
「本日、夕刻4時46分、数百年ぶりに富士山が噴火、爆発を起こしました。現在、被害の規模は、まだ分かっておりませんが、近隣の住民は直ちに避難してください。命を優先してください。また、噴火に伴う地震が頻発する恐れがあります。建物の倒壊などに十分注意しながら、指定の避難所に避難を開始してください。なお、今のところ、津波の心配はありません」
 その後、各地の震度が発表されていく。

 さっきの地震、この辺は、震度4だったみたい。
 我が家は、自慢じゃないが、おばあちゃんの時代からの古い一戸建てだ、つまり、現代規格の耐震構造ではない。
 富士山近郊ではないから、噴火の被害の影響は、すぐにはないだろうけど、地震に耐えられるかは微妙かも?
 幸い、散歩に出るつもりだったので、すぐ外には出られる状態。
 なので、ひとまず避難所に向かう事にしよう、と動き出す。
 お散歩グッズの他に、普段から用意していた避難リュックを背負い、更に念の為に、犬用のケージを一個、肩から下げる。
「ココ、ハク、ミルク、お散歩行くよ」
 そう声を掛けて、ウチの犬達、パピヨン三匹の首輪にリードを繋ぐ。
 念の為、歩きやすいトレッキングシューズを履き、戸締りしながらつぶやく。
「行って来ます。どうか、家が無事に残りますように」
 そして、散歩にはしゃぐ犬達を連れて、指定避難所である、少し先の中学校へと歩を向ける。
 いつもとは散歩コースが違うので、犬達は、さらに浮かれているようだ。
 道路に人は歩いておらず、避難を始めているのは私達だけみたい。
 まだ地震直後だから、様子見の人が多いのかな。
 ウチは、私と犬三匹だから、避難所に入れてもらえるかどうかわからないけど、まずは、犬達を先に連れて行って、長引くようなら、後でもう一度家に引き返して、テントを取って来るつもりだった。
 避難所の校庭で、テントを設営させてくれるといいんだけれど。

 そんな事を考えながら歩いていると、一番ちびのミルクが、グっ、と手足を突っ張って後ずさりする。
「ミルク、歩くの嫌なの? 行こうよ」
 そう声を掛けた瞬間、余震だろうか? また地面がぐらりと揺れた。
「え、え?」
 揺れは、さほど大きくなかったのに、足元がぐんにゃりと変形していくような、妙な感覚。
 液状化現象だろうか? 
 足が取られて、立っていられない。
「ココ、ハク、ミルク!」
 犬達を踏んでしまわないように、でも、しっかりとリードを引き寄せる。
 と、体がぐるんと回転したような、眩暈めまいのような感じがした途端、世界は暗転した。


 どれほどの時間が、経ったのだろうか。
 犬達のクンクン心配そうな声と、舌が頬を舐める、温かな濡れた感触で目を開けると、
 なぜかそこは、うっそうとした深い森の中だった。
「 ? 」
 え、なんで森?
 びっくりしながら、辺りを見回す。
 犬達は、3匹共無事。
 というか、わたしが起きたので嬉しいらしく、みんな、尻尾をぶんぶん振っている。
 良かった、リードは、しっかり持ったままでいたみたい。

 しかし、どう見ても森だ。
 背の高い樹木が繁って、どこまで続いているのか終わりの見えない森。
 更に、家を出たのは夕方だったのに、今は、もう昼前位なのだろうか、凄く日が高いみたい。
 そんなに長い間、寝てしまっていたのだろうか?
 それにしては、お腹は空いていないけど。
 まずは、リュックから、ラジオを取り出して電源を入れる。
 が、うんともすんとも言わない。
 おかしいな、電池は、最近、避難用具の見直しをしたばかりだから、新品なんだけど。
 スマホを取り出して、電源を入れる、こちらは圏外。
 何の情報も拾えない。
 充電がもったいないので、すぐにまた電源を落とす。
 富士山の噴火と地震、どうなったんだろう?
 とりあえず、遭難した時のキャンパーの心得は、その場をいたずらに動かない事。
 なんだけど、少し移動して道路に出たいなぁ。
 これが山の中なら、尾根に向かって登った方が、道は探しやすいはずなんだけど、この森は平坦な地形だし。
 避難リュックに、水や、ある程度の食料に、ドッグフードは入っているから、数日は大丈夫とはいえ、早めにここを抜け出さないと。
 避難したはずが、見知らぬ森で遭難、餓死、なんて冗談じゃない。
 暗くなる前に、少し移動してみようかな。
「さー、みんな。 お散歩しよう」
 そうして、少しの逡巡しゅんじゅんの後、意を決して、そこらをクンクンと探索していた犬達と、恐る恐る歩き出したのだった。

 う───ん。
 やっぱりこの森、見た感じにたがわず、結構な規模の大きさみたい。
 歩けども歩けども、ちっとも、道路になんて辿り着かない。
 そうして、歩いているうちに、木がまばらになって途切れた、と思ったら、目の前に川が現れた。
 そんなに、大きな河川ではないけど、小川と言うには大きい感じ。
 覗き込むと、水は澄んでいるし、小さな魚が泳いでいるのが見える。
 これ、飲めるんじゃない?
 一応、不安なので、手ですくって口をすすいでみる。
 うん、変な味も刺激もないし、いけそう。
 一応、避難グッズから、携帯用のろ過機能付きボトルを出して、水をたっぷり汲む。
 ストローを吸うと、ろ過された水が飲める仕組みなのだが、少し飲んでみたら、普通においしい水に感じる。
 犬達も喉が渇いているだろうと、家から持って来ていたペットボトルの水を、容器に入れて飲ませてあげる。
 このまま、数時間しても、私に異常が出なければ飲み水として使おう。
 時間的にも、もう夕方っぽいし、今日はここでビバークかな。
 とはいえ、テントは持って来ていないので、完全に野宿状態だけど。
 少し、川から遠ざかって、気持ち小高くなってる場所の木々の間に、少しだけあった、落ち葉や枯草などを集めて、こんもりさせる。
 その上に、非常用アルミシートを敷いて、更に、その上に寝袋を出す。
 寝袋とは言っても本格的なシュラフではなく、封筒型と言われる、ジッパーを閉めると袋状にもなるし、拡げれば毛布としても使える簡易な物だけど。
 犬達と、一緒に入って寝られるから、こちらの方が使い勝手がいい。
 食事は、犬達には持ってきていたドッグフードをあげて、自分用には、クッキーっぽい総合栄養食をかじる。
 本当は、コンロを持ってきているので、多少の暖かい物も出来るのだが、いつ、この森から抜けられるか分からない今、燃料は貴重なので今夜は我慢。
 でも、暗闇は怖いから、後でランタンは点けよう。

 翌日、思ったよりも快適に眠れて、目覚めはすっきり。
 春から夏に移行する、いい季節で助かった。
 川に降りて、洗面と歯磨きを済ませると、犬達にドッグフード、自分用には、残りの総合栄養食と、コンロでお湯を沸かしてコーヒーを淹れる。
 インスタントの、砂糖とミルクの入ったスティックコーヒー、いくつか入れておいて良かった。
 暖かい飲み物は、気持ちを豊かにしてくれる。
 本当は、
(ここどこー?)
と、ギスギスしそうになる気持ちも、落ち着くってものだ。
 食事の後で、もう一度、ラジオとスマホを試してみるが、相変わらず何も聞こえないし圏外のまま。
 ため息が出るが仕方ない、今日は、この川沿いに下って行ってみよう。
 それなら、少なくとも水は確保できるものね。

 あるく、あるく、あるく。
 ひたすら歩き続けているが、全く、景色が変わり映えしない。
 くじけそうになってきたが、そろそろお昼、
(休みつつ、ご飯にしようかな)
と、思っていたら、いきなり開けた原っぱに出ていた。
 そして、その原っぱの向こうに、馬車と馬と、なんだか、カラフルな髪色の一行が見えたのだった。
 馬? 馬車? あの髪色からしてバンドマンとか? そんな感じかな? 
(何にしても助かった)
 そう思いながら、わたし達は、一直線に彼らのもとへ近づいて行く。
 それにしても凄いな、ピンクや水色、濃い緑からパステルっぽい紫と、綺麗だけど、目に眩しい色合いの髪色だ。
 近づくにつれ、彼らも、こちらに気が付いて手を振ってくれる。
 そして気付く、お顔立ちが、皆さん外国人っぽいんですけど、日本語通じるかな。
「こんにちは」
「こんにちは~、こんな所に、一人とワンちゃん?」
 良かった、通じた。
「そうなんです。 なんだか、地震の後に変な所に来ちゃってて」
「ん~、地震? ワンちゃん達、可愛いね~。 珍しい種類みたい、撫でていい~?」
「あ、いいですよ、撫でられるの好きなんで。 このこ達は、パピヨンって犬種です」
 お散歩の時に、余所よその犬飼いさんと、よくする会話の延長線のような、無難な話。
 この人達、すごく若いな、そして、気さくでありがたい。
 ピンクとパープルの子は女の子で、どちらも可愛い顔立ちだが、ドイツ系っぽい素朴な感じ。
 ピンクの子はそばかすがあって、更に可愛らしい。
 水色と緑の子は男の子で、水色の子は線が細くて美少年って感じ。
 緑の子が一番年長に見える、ちょっと、日本人が混ざったような、ハーフっぽいお顔だった。

 たき火で、鍋を煮ているようで、これからお食事だったみたい。
「えーっと、みなさん海外の方ですか?」
「? 私達は、東のコリン村の出身だけど。 私はミミア、こっちはリム。」
 ピンクの子がそう言って、パープルさんを指す。
 ってか、ここ海外?
 何で? いつの間に?
 軽く、絶望感が襲うが、顔には出さないように、にこにこ愛想笑いを貼り付けておく。
「向こうの、鍋煮てる子がイシュリーで。 リーダーがコータ」
 イシュリーと呼ばれた子は、水色の美少年で、緑の年長さんは、やっぱりリーダーなんだ。
「わたしは小日向真奈、と言います。 わんこはココとハクとミルク。 ココがお母さんで、ハクとミルクは、同じ日に生まれた兄妹犬。 ハクだけ男の子なので、ちょっと大きく育っちゃって」
 自己紹介がてら、説明すると、
「えー、親子と兄妹なんだ~。 いいねぇ、可愛い可愛い」
 ミミアとリムは、夢中で犬達を撫でてくれている。

 そうしていると、コータがゆっくりと近付いて来た。
「マナちゃん? 良かったら一緒に昼飯食う? 出先だから、たいしたモンないけど」
「あ、ありがたくいただきます。 うれしい」
「そ? じゃあ、こっち来て座りなよ。 飲み物いるよな」
 そう言って、手招きされた先に、丸太が椅子の様に置かれていたので腰掛けると、木のコップに、なみなみと冷たい飲み物が注がれる。
 濃い紫でフルーティな香り、ごくり、と、ひと口飲み込むと果物のジュースだった。
「山ぶどうのジュース。 村の特産なんだ、うまいだろ」
 コータが、得意そうに微笑む。
 コクコク頷きながら、心の中では、
(めっちゃ、おいしいです)
 と、叫んでいた。
 たくさん歩いて、水しか飲んでなかった喉と体にしみ渡るようで、涙がウルッと出そうになる。
 次いでイシュリーが、かき混ぜていた鍋から、汁物を、やはり木のお椀によそって、さじと一緒に、無言で渡してくれる。
 すうっと匂いを嗅いでから、火傷しないよう慎重にすすると、これも、ちょっと豚汁っぽくて、凄く美味しい。
 涙だけじゃなく、ハナミズまで出そうで、思わず鼻をすすりあげる。
「これは、野菜と干し肉のスープなんだけど、発酵した豆の調味料で味付けしてるんだ、口に合うといいけど」
「すっごく、おいしいです」
「そっか、良かった」

 スープを、お替わりまでして、人心地ついた後、食後のコーヒーを出してもらいながら、ホウっ、と溜息をついていたら、コータが、自分もコーヒーのカップを片手に、向かい側に座って話しかけてきた。
「さて、マナちゃんは、この後どうする? 俺らは、交易品を届けに、ハンブルって町に行く途中なんだけど、一緒に行くか? どの道、この森を歩きで越えるのは、かなり無理があるぜ」
「連れて行ってもらえるなら、すごく助かります。 お願いしてもいいですか」
「うっし、OK。 そうと決まったら、担いでた荷物と犬達連れて、馬車の荷台に乗んな」
「はい、よろしくお願いします」
 勢い込んで、頭を下げる。
「マナちゃん、一緒に行くの~? ワンちゃん達も一緒、うれしい~」
 ミミアとリムは、ニコニコとはしゃいでくれてる、可愛いな。
 コーヒーを、急いで飲み終えると、犬達と共に馬車の荷台に乗り込む。
 たくさんの、積み荷が乗せてあるので、そんなに広くはないが、大人3人に犬3匹、余裕で座れるスペースはあった。
 男の子たちは、御車台で馬を操ってくれるらしい。
 お腹いっぱいなのと、昨日から、歩きっぱなしだった疲労感とで、馬車が動き始めると、すぐにウトウトしてしまう。
「マナちゃん寝ちゃった。 一応、酔い止め掛けとく?」
「うんうん、具合悪くなったら可哀想だし。 前もって掛けておこう」
 うっすらと、そんな会話が聞こえてきた気がするが、眠くて、あまり気にも留めずに、そのまま深い眠りについてしまった。


 翌日の朝、
「マナちゃん、朝ご飯だよ~」
という、リムの声で目が覚めた。
 どうやら一晩中、ぐっすりと寝てしまっていたみたい。
 携帯ろ過機能付きボトルに、汲んでおいたお水で、軽く口をすすいでから、みんなの所に行くと、パンに塩漬け肉を焼いた物を挟んだ、サンドイッチを手渡される。
 塩漬け肉は、ベーコンみたいに脂が乗ってて、少し燻製してあるみたい。 
 ちょっと、焦げ目もついてて、香ばしくっておいしい。
 ワンコ達も、パンをもらっていたので、後で、ドッグフードを少なめにあげる事にしよう。
 食後のコーヒーを飲んで、
(そういえば、昨日は使った食器を、洗いもせずに返しちゃったな)
と、気付く。
 色々、良くしてもらって申し訳ないし、洗い物くらいはやりたいな。
 そう思って、カップの回収をしに来た、ミミアに聞いてみる。
「あ、洗い物手伝うよ?」
「ん~? 大丈夫よ~。 洗浄で、パパッと終わるから」
 そう言うと、事もなげに、集めたカップを仕切りのついた箱に戻して、その上で、くるくるっと指を回す。
 中を見ると、カップは、まるで新品のごとく綺麗になっていた。
  ?
「ミミアちゃん、あの。 今の、洗浄って……」
「洗浄魔法。 生活基本魔法だけど~」
「ま、魔法なんだ。 やっぱり……」
「マナちゃん、どうしたの~? 顔色悪いかも? 調子悪い~?」
 どうやら、わたし。
 国内でも海外でもない、魔法のある世界に来ちゃってるみたいです。




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