異世界わんこ

洋里

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第一章

回復魔法講義

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 犬達をアニタさんに預かってもらって、わたしは、一人で昨日の道を教会へと歩いていた。
 今日も、お天気は快晴、気持ちいい気候だし、本当ならお散歩日和だ。
 帰ったら、もう一度出掛ける前に、犬達を、お散歩に連れ出してあげなくちゃ。
 そう思いつつ、ギルドの建物の前を通り過ぎて、隣の大きな建物、教会へと辿り着く。
 石造りで重厚な雰囲気のギルドとは対照的に、こちらも石造りなのだが、真っ白く光り輝いている。
 どうも、そういう特殊な石で造られているみたい。
 入り口は開け放たれていて、いつでもどなたでも受け入れます、という感じに見えるが、実際には、ちょっと威圧感があって、気軽に入るには敷居が高く感じてしまう。
 とりあえず、正面の、その開け放たれている入り口から中に入ってみると、そこは礼拝堂になっており、正面に大きなステンドグラスのはめ込まれた窓がある。
 そこから光が差し込み、礼拝堂全体がキラキラと色とりどりにきらめいている。
 すごい、これだけで、もう圧倒されそうだ。
 よく見ると、礼拝堂の奥、右側にボードが掛かっていて、
【回復魔法講義会場】
と、矢印が付いていた。
 そのボードの横に扉があるので、そちらを開けて更に奥へ進む。
 長い廊下を抜けると、大きなホールに着く。
 どうやら、ここが講義会場のようだ。
 大きな黒板と、教壇が真ん中奥にあって、そこから机と椅子が並べてある。
 左右には、かなりスペースが取られていた。
 何人かは、もう席に着いているので、わたしも適当な席に座る。
 すると、ほどなくして老齢のシスターと、年若いシスターが連れ立って入って来て、壇上に上がった。
「皆様、わたくしが本日、回復魔法講義の担当をさせて頂きます、シスターマリアンヌです。 どうぞよろしく」
 老齢のシスターが、そう言って頭を下げる。
「そしてこちらが助手を務めます、シスターアンギラです」
 年若いシスターが、ぴょこん、とお辞儀をする。
 そうしてシスターアンギラは、おもむろに教壇の後ろへ回ると、黒板に資料の大きな絵を貼りだす。
 それは、リアルな人体解剖図であった。
「ヒッ!」
 女性の受講者から、抑えた悲鳴が上がる。
 うん、結構グロい。
 そして、その図を元に、シスターマリアンヌは、人体の仕組みにのっとった講義を始める。
「口から入った食物は、こちらの食道を通って胃に入り、しばらく消化されると、十二指腸、小腸・大腸、最後には直腸を通って肛門から排出されます。 ですので、毒を食べた、飲んだという場合には、こういった消化器系に働きかける必要があります」
「皮膚からの毒の場合でも、血液の循環によって全身に回ってしまいます。 ですので、毒を受けた局所だけへの治癒だけでなく、血液の浄化も同時に行う事で、その後の予後の経過が全く違った物になる訳です」
「骨の周囲には、このように筋肉・神経・血管などもあるわけです。 なので骨折した際には、骨だけをただつなげればいいというものではなく、周りの筋肉や、神経や血管なども慎重につなげる必要性があるのです。そうでなければ筋肉がおかしな所にくっついて癒着するなどの事態が起こり、元通りに稼働しなくなってしまうこともあるのです」
まれに、欠損した部位、例えば指であるとか、眼球であるとか、再生してしまうレベルの回復力を持つ方もおりますが、それもやはり、どういった構造をしている部位であるか、という理解をしているのと、していないのとでは、完成度に大きな開きが出てしまいます」
「よろしいですか、回復魔法は、ただ呪文を唱えて終わりの魔法ではないのです。 人体の基本を学び、慈愛の精神を育み、勇気をもって行う、尊い神の御業なのです」
 すごい情報量の講義であった。
 回復魔法っていうよりも、医学的な感じ?
「さて、では次は、実践も交えた講義に移りましょう」
 シスターマリアンヌはそう言うと、受講者の机が並んだ、横のスペースに降り立つ。
「皆様、こちらの棒2本で、倒れた仲間を運ぶ。 どのようにすればいいか、ご存知でしょうか?」
 見ると、物干し竿よりも太めの、しっかりした木の棒が2本置いてある。
 お二人のシスターは、棒の端をそれぞれに持ち、上着を脱ぎ出した。
 その上着の袖が、そのまま棒に通り、上着の胴体部分2着分で見事に担架になる。
「では、皆様2人一組になって、実際に担架を作ってみて下さい」
 そうして、シスター達は受講者の間を練り歩き、順番に声を掛けて行く。
 わたしも、近くに座っていた女性の受講者と、ペアを組んでやってみる。
「どうですか、上手く出来ましたか?」
 シスターマリアンヌが回って来て下さったので、一応、質問などをしてみる。
「はい、あの担架は出来ましたが、わたしのパーティは、人間がわたしだけで、他のメンバーが犬なので」
「そう、珍しいパーティなのですね。 では、その犬達が怪我をしても、きちんとあなたが安全地帯まで運べる手段を持っていた方がいいですね」
「えっと、犬を入れるバッグや、包んで運ぶ布などを持っています」
「そう、そういう手段を普段から持っている事が大切ですね。 後は、あなた自身が怪我を負って動けない場合、どうやって移動するかの想定も必要です」
「あ、それは、犬のうち一匹のコがすごく大きくなれるので、運んでもらえると思います」
「それはいいですね。 では、自分が動けない時の、その大きなコに運んでもらう練習もしておくといいですよ。 突然では、焦ってしまって、歯が当たって余計に怪我が増える、なんて事になっても困りますからね」
「なるほど、帰ったらやってみます」
 シスターマリアンヌは、にっこり微笑むと、次の人を見る為に移動して行った。
 後は、応急手当の仕方、止血の方法、心臓マッサージ、人工呼吸などを、実際にやってみながら教えてもらう。
 最後に、シスターマリアンヌは、こう締めくくる
「回復魔法は、神の与え給うた、神聖なる慈悲の御業なのです。 選ばれた神の使徒として、兄弟達を癒しなさい」
 講義を受けた受講者達は、いたく感動して、最後に配られた、入信申込書にこぞってサインしていた。
 これでは、回復魔法の使い手は、ほぼ教会関係者になっちゃうなぁ。
 まぁ、あれだけ凄い講義をされたら無理もない、人体解剖図なんて、見た事もない人達にはショッキングだけど、あれほど実践的な事を教えられて、最後に神の使徒とか言われたら、自分は特別なんだ、と気持ちよくなってしまうだろう。
 回復魔法の使い手が教会関係者になる事で、救ってもらった人も、更に教会に感謝するものね、よく分からないけど、教会スパイラル状態?
 教えている事は理にかなっているし、実践的な応急処置なども教えてくれているから、実際、命が救われる数は、この講義を受ける人が多くなるほど、押し上げられるのだろう。
 人が救われると、その分信者が増える、本当、教会すごい。
 それから、この講義の受講料は受講者の “お心のままに” なのだそうだ。
 つまり料金設定はないから、好きな金額を出せばいいという事。
 そういうのが一番やっかいなんだけど、一応無難に5千クベーラだけ、寄進と書かれた箱に入れさせてもらう。
 寄進箱を持っていたシスターアンギラにお辞儀をされて、こちらも礼を返す。
「あなたは、入信はされないのですか?」
 そう問われて、ちょっと焦るが、とっさに口をついて出たのは、
「わたしは、神道に帰依きえしていますので」
という言葉だった。
 我ながら、しれっとよく言うものだ。
 でも、近所の氏神様とかにお参りしているし、嘘ではない、はず。
「ほう、ジパングの国教ですね。 あちらの所縁ゆかりなのですか?」
「ええまぁ、祖母が、そちらの所縁で」
 あくまでも嘘はついてない、おばあちゃんは、毎日神棚にお水をあげて榊を飾っていたし。
「今、あちらは、大変なようですね」
「えーと、鎖国しているとか」
「ええ、教会としても、何かお力になれればいいとは思うのですが、いかんせん、ジパングでは、教会は馴染まないようで、信徒もあまりいないものですから」
「はぁ」
 あまり突っ込んだ話になっても、こちらはジパングの情報は、他に持っていないのだ。
 話題を変えよう。
「こちらの回復魔法の講義は、とても有意義なものですね」
 ギルドの講習とは、天地の差だし。
「えぇ、ありがとうございます。 こういった形になったのは、3年前からなのです。 それまでは、命を落とす冒険者が、少なくなかったので、孤児も多かったのですが、おかげ様で最近は、救命処置や応急手当を併用して、回復魔法を使用する方が増えておりますので、死傷者も減っているという事です」
「それは、素晴らしいですね。 3年前から、というのは?」
「はい。 3年前に中央の教会に、キュウキュウキュウメイシ様が突然現れて、その方の教えで、今の具体的な、人体の仕組みに則った回復法が取られるようになりました」
 キュウキュウキュウメイシ、って救急救命士?
 突然現れたって、わたしと一緒で現世から来たのかも!
「あの、その方は、今はどちらに?」
「それが、1年前に王様から召喚命令が出まして、王都へと行かれておりまして、たぶん、王宮付きのお仕事をされているのだと思いますが」
「王都ですか」
「はい」
「あの、その方のお名前などは?」
「コミネ様、とおっしゃいます。 コミネ ユウヤ様」
「コミネ ユウヤ さま」
 コミネユウヤさん、救急救命士。
 3年前に、こちらの世界に来て、1年前に王都に行った、ね。
 記憶しておこう。
「ありがとうございました」
「いえ、お役に立てたなら何よりです」

 そうして、話を終えたわたしは、最後にテキストをもらって教会を後にした。
 こちらのテキストにも、やはり、具体的な回復魔法について詳しく書かれている。
 また、自主練習は必須の様だ。
 教会での講義は、たっぷり2時間掛かっていたので、もうお昼を過ぎていた。
 お腹も空いたし、ひよどり亭に帰ろう。

 そうして、急ぎ足で帰ってきたのだが、居酒屋の中では、何やらいざこざが起きていた。
 しかも、そのいざこざの中心にいたのは、ウチの犬達。
というか、店内の真ん中でココの魔法防壁が発動しており、その中心に犬3匹が頭を低く、腰を高く上げて後ろ足を踏ん張り、鼻にシワを寄せて歯をき出した、威嚇いかくのポーズでグルグル唸り声を上げていて、更に、その魔法防壁内には、アニタさんも入ってしまっていたのだ。
 そして、その周りで、ヤジを飛ばす者数名、遠巻きに見ている者数名、そして、ココの魔法防壁に執拗しつように蹴りを入れている男が2名。
 アニタさんは
「あんた達、いい加減におし! こんな事して、ただで済むと思ったら大間違いだよ!」
と叫んでいるが、男達は、下卑げびた笑いをニヤニヤと浮かべて、まだ蹴り続けている。
(ウチのコ達に、何してんのよ!)
 瞬間的に、ココの魔法防壁にブーストを掛ける、途端に鉄壁に変化して、蹴っていた男達の足に大きな衝撃が走ったようだ。
「ぎゃああ!」
「な、なんだ? 痛えぇぇぇっ!」
 足を押さえて、うずくまり、転げて苦しんでいる。
「何があったの! ココ、大丈夫?」
(マナ!)
 ほっとしたように犬達の警戒が解け、みんな尻尾をブンブン振りだす。
 すると同時に、鉄壁の魔法も、シュッっと消え去る。
 アニタさんも、ほっとしたように安堵の表情を浮かべたが、すぐに、周りの客の男達に声を張り上げた。
「あんた達! そこのロクデナシ二人を、ひっ捕まえて保安局に突き出しとくれ! それで、ただ見てただけだった事は不問にしてやるよ」
 その一言で、面白い見世物は終わりか、とばかりに、客達は動き出した。
 まだ、ぎゃあぎゃあと足を押さえて喚く二人の男を、引っ立てて外へと連れ出して行く。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、悪いねマナちゃん、あたしは何ともないよ。 それより店の客どもが悪さしてね」
「何を、されたんです?」
「あぁ、いやいや。 あたしじゃなくて、ワンちゃんにね」
 どうやら、1階で、アニタさんに遊んでもらいながら待っていた犬達に、ランチタイムで、早々に店に来た客が、ちょっかいを掛けてきたらしい。
 それも性質たちの悪い事に、いきなり、ハクちゃんを蹴ったそうなのだ。
 相手は冒険者だったらしく、ダメージ無効効果のおかげで、ハクにダメージはないのだが、人に蹴られるなんて経験をした事がないハクは、びっくりして
「キャンっ!」
と、悲鳴をあげたのだ。
 その悲鳴を聞いて、ココが、
(こどもの危機だ!)
と、慌ててハクの様子を見る為に抱き上げていた、アニタさんごと、魔法防壁内に閉じ込めてしまった。
 最初に蹴りつけた男とその仲間は、面白がってココの魔法防壁を蹴り続け、犬達は威嚇して唸り、アニタさんは止めるように叫びまくるという、阿鼻叫喚の状態が出来上がったという訳だった。
「あたしが見ていながら、申し訳なかったね。 あのコ達にも怖い思いさせちまって」
「いえ、ケガなどもなかったようですし。 かばって頂いて、ありがとうございました。 こちらこそ、犬達のせいで、ご迷惑をお掛けしてすみません」
「いいんだよ。 あんたが、謝ることじゃないよ」
 それにしても、ギルドで言われていた、
(わんちゃんだけですと、いらぬトラブルが)
と、言われていたのは、こういう事なんだと実感する。
 小さかったり、弱く見える者に、威張ったり意地悪をしたり、そんな連中が、どうしても一定数は居るのだろう。
「みんな大丈夫? 怖かったね」
 そう言ってなぐさめつつ、3匹を撫でると
(ハクは、びっくりしただけだから、大丈夫だったんだけど。 あいつらが、蹴ってくる間「大きくなって、やっつけていい?」ってずっと言ってて、ココは “待て” して止めてた)
と、ココが、一生懸命に報告してくれる。
「それは、止めてくれて良かったよ。 ありがとうココ、大変だったね」
(うん。 ハクが、大きくなって本気出したら、あいつら死んじゃうから。 それは、ダメかなって)
「そうだね、ダメだね」
 本当に、止めてくれていて良かった。
 さすがに、人死にはまずいでしょう。
「アニタさん、とりあえず部屋に戻ります。 後で、手が空いたらで構いませんので、お昼を、お願い出来ますか?」
「もちろんだよ。 店の方は後回しで、そっちにすぐに運んでやるから」
「ありがとうございます、じゃあ、上に行ってますね」
 そう言って、犬達と部屋に引き上げる。
 部屋に入って扉を閉めて、犬達を抱きしめる。
 無事で良かった。
 このコ達に何かあったら、と、考えるだけで怖い。
 ああいう人達への対応が、ギルドの【動物冒険者は保護する】という方針になるのだろうけど、わたし個人は、どうすればいいんだろう。
 小さな犬3匹に女1人が増えた所で、舐められる対象である事に変わりはないのだ。
 何か、決定的に脅威と見なされる方法は、ないものだろうか?
 犬達を、撫でながら考えていると
「マナちゃん」
と、アニタさんが声を掛けてくれる、扉を開けると、食事のトレイを持って来てくれていたので、招き入れて、テーブルまで運んでもらう。
「これは、怖い思いさせちゃったお詫びだよ。 お代は頂かないからね」
と、味付けなしのチキンソテーを犬達に、わたしには、チーズリゾットとコンソメスープを並べてくれる。
「気を使わせちゃって、すみません」
「いいんだよ。 面倒みるって言ったのに、あんな目に遭わせちまったからね。 本当にあいつら、情けないったら」
「もう気にしないで下さい、どうしても、一定数ああいった人たちはいますから」
「本当にねぇ。 弱い奴ほど、弱い者いじめが好きなもんなんだよ」
 ぶつぶつと文句を言いながら、
「じゃあ、ゆっくりお食べね」
と、アニタさんは、階下に戻って行った。
 犬達に、チキンソテーをあげて、わたしもチーズリゾットに匙を入れながら、
(弱い奴ほど、弱い者いじめが好き、か。 弱いねぇ。 そう言えばわたし、今は、そんなに弱くないんだよね、力的に)

 !!!

 ちょっと、思いついてしまった。
 わたしは、今、どうやら怪力になっている。
 だったら、それを見せてあげればいいんじゃないかしら?
 アニタさんに協力してもらえるか、ちょっと後で聞いてみよう。
 俄然がぜん、食欲が戻ってきて、途端にチーズリゾットの美味しさが喉にしみる。
 舐められっぱなしには、させないぞ!





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