アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!

アキヨシ

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番外編:サーシャの結婚(前編)

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 馬鹿にしている――

 その縁談に思った最初の感想です。

 カイザール王国の第三王子オルティス様が、わたくし達の目の前でマリアージェ様に求婚したのは、およそ二年近く前。それほど昔ではありません。
 しかも、当時の準王族であるマリアージェ様とレオナルド様の婚姻式に割り込んでまでという、非常識極まりない求婚でした。

 それほど熱烈にマリアージェ様をお慕いしていたはずなのに、今度はわたくしですか。
 節操がないのかしら。
 いえ、分かってはおりますのよ? あちらの国としてはこの国と強固に誼を結んでおきたいのだって。
 リズボーン王朝開闢後、強固な護国の聖魔法結界が国を覆い、画期的な魔導具が発表され、そのどちらもが女王陛下の手によるものだと知れれば、ねぇ。

 最初こそは、女王はお飾りで、王配こそが支配者だと近隣の国々は思っていたようです。共同統治者ならば、そういう事なのだろうと。
 王配のレオナルド様は、前国王の非嫡出の長子で、ご本人の優秀ぶりは他国にも知れ渡っていたようですものね。
 ですが、戴冠式に参列するために来訪された他国の王侯貴族たちは、来賓を相手に堂々たる女王ぶりを見せるマリアージェ様に圧倒されていましたわ。
 そして、決して前に出ることなく女王を支える姿勢を崩さない王配を見て、認識を改めたのでしょう。

 アルステッド王国には強い女王が誕生したのだと。

 そこから婚姻外交の獲物として、お兄様に多くの釣書が舞い込みました。いくつかはわたくしにも。
 つい先日、マリアージェ様が王子をご出産したばかりで、我が国には現在、成人した王子と王女はおりません。
 だから、元王族の血筋である公爵家との縁組は当然ともいえるでしょう。
 双方の国益に適うのならお断りは出来ませんわ。
 わたくしだって王族の血を引く娘ですもの、義務は理解しております。

 お兄様の代でお終いの公爵位ですけれど。

 ミカエラ公爵家は、先々代の王弟、お祖父様が臣籍降下して興した爵位ですので、そうして得た爵位は三代限りとされているのです。

 前王朝バスク家の第一王子とわたくしは婚約しておりました。
 その第一王子ジェラルド様が王太子となり、ゆくゆくは国王へと即位すれば、わたくしは王妃となり、実家のミカエラ公爵家は、お兄様以降更に三代続くことが約束されていました。
 でもそれは、バスク家の王と王妃と二人の王子の罪によって、すべて無くなりました。

 公爵という地位を存続させるためには、他力本願ではなく、公爵家の者が功績を残さないといけません。
 今の所、叔父様一人が魔導具で名誉爵位を得ているくらいで、他はありませんわ。

 だから、わたくしが!
 東の隣国=カイザール王国第三王子オルティス様と結婚したのなら!
 それを功績として認められるのではないか!?
 ――と親戚たちは賛成しているのですが、それはいかがなものでしょう。

 実はわたくし、子爵位と領地を賜りました。
 ミカエラ家にではなく、わたくし個人がです。
 ジェラルド様からの仕打ちに対しての、損害賠償と慰謝料としての意味合いです。
 前政権で起こった粛清の嵐のせいで、今は爵位や領地が余っていますからね。
 そういう訳で現在わたくしは、王国の東にあるホーソン領の領主なのですわ。

 だからわたくしと婚姻するのであれば、婿入りになると思うのですけど、他国の王子が子爵家に婿入りするものでしょうか。

 お父様やお祖父様は反対しています。
 だって、には、お祖父様以下、家族で参列していたのですから。
 女王陛下となられたマリアージェ様も、特にこちらに利益はないから断ってもいいとおっしゃって下さいます。

 でも、そのぉ、わたくし、そろそろ適齢期が……こほん。

 ジェラルド様が仕組んだ毒殺未遂で、わたくしは体が不自由となり婚約解消。
 マリアージェ様によって体はすっかり元通りになり、加害者は誰であったのか、わたくしには何も非がない事も明らかにされました。
 それでも噂と言うのは、無責任な上に尾を付け鰭を生やし、水面下で生き続けているのです。

 政権交代に伴って、これまでの派閥構成が変わり、各貴族家の縁組も見直されたので、決して独身者が少ない訳ではないのです。
 お兄様だって、婚約が白紙となりましたが、未だに新たな婚約が成されていませんもの。妙な噂が纏わりつくわたくしは、更に難しいでしょう。

 つまり、わたくしは、あまり選り好み出来なくなってしまったのです。
 それで結局、オルティス王子と一度だけでも顔合わせをしよう、というお話でまとまりました。
 正直、何も期待していませんが。



 *****



 目の前に捨てられた子犬がいる――

 こほん。
 いえ、カイザール王国の第三王子オルティス様です。
 なのですが、どうしてもしょんぼりと頼りなげに見えてしまうのです。
 わたくしより二歳年下だから――という訳でもないと思います。

 間近に対面して分かりましたが、思ったよりも上背があり、肩幅も広く、しっかりと鍛え上げられているようです。
 短く整えられた金髪に、少し目尻の下がった碧眼。整った目鼻立ちは甘めの美男子と称しても過分ではないでしょう。

 それなのに、肩を落とし、眉を下げ、伏し目がちから、時折ちらりと上目遣いにわたくしを窺う様は、『捨てられた子犬』を連想してしまうのですわ。

 かつて、小雨の降る邸の裏庭で、震えて蹲っていた子犬を見つけた時を思い出します。
 どこから迷い込んだものか、母犬も見つからない為、そのままわたくしが飼う事にしたのです。リベロと名付けました。
 今では立派すぎる体格に育ってしまったのに、いつもわたくしの側を離れず、今日も足元に伏せの姿勢で侍っておりますの。
 つい、リベロとオルティス王子を見比べてしまいました。
 その視線に気づいたのか、最初から気になっていたのかどうか。

「あ、あの。その、足元に伏せているのは、普通の犬ではないのでは?」

 形式的な挨拶が済んだ後の、初めての言葉がこれです。

「ええ。実は『魔狼』なのです。子供の頃に拾って名付けたことで、主従契約が成されてしまいましたの」

 わたくしは普通の子犬を拾ったつもりでしたが、なんと魔獣だったのです。
 成獣した本来の姿はものすごく大きいのですが、常識の範囲位の“大きな犬”程度に抑えてもらっています。
 そもそも魔獣とはそういう物なのか、意思の疎通が出来る賢い子なのです。

 あの毒を盛られたお茶会の日、もしリベロを連れていたら、ナジェンダ王女は彼に殺されていたでしょう。
 普段から王宮には連れて行っていなかったので、それが幸いしたと言えます。リベロを人殺しにはしたくありませんもの。

「あの、大丈夫……なのですか?」

 通常なら討伐対象となる『魔狼』ですが、ちゃんと契約の証である魔導具の首輪だって着けています。

「この子は賢く、わたくしの嫌がる事はしませんわ。
 それに、リベロの嫌がる事をしなければ、噛みつくこともありませんの」

「リベロ、とはその『魔狼』の名前ですか?」

「ええ」

「嫌がる事とは?」

 王子もそうですが、背後に陣取っている侍従の方も『魔狼』と聞いて腰が引けています。
 護衛騎士の方は最初からかなり緊張していましたから、リベロが尋常な犬ではないと見破っていたのでしょう。……たぶん。

「不用意に近づいたり、触ろうとしたり、薬物入りの肉を与えようとしたり、後はそうですわね、わたくしに危害を加えようとなさったりしなければ大丈夫ですわ」

 まさか『魔狼』がいるとは思わないですからね。大きな犬だと思って動物好きな方が、つい近づこうとするのです。特に子供は要注意ですわ。
 薬物入りのお肉は……ジェラルド様の従僕の方が投げ与えようとしたのです!

 リベロはジェラルド様が嫌いで、我が家を訪問してくる度に唸っておりました。
 それでなのかある時、ジェラルド様の従僕の方が睡眠薬入りのお肉の塊をリベロに向かって投げたのです。
 ですがさすがはリベロ。匂いを嗅いだとたん、その肉塊を前足で投げ返しました。ジェラルド様に。
 あの時は笑いを堪えるのが大変でしたわ。

「つ、つまり、この距離感でいれば、問題はない……ということですか」

「そうですわ。お願い致しますね」

 顔を上げたリベロを撫でながら、念を押しておきました。

 オルティス様は、気持ちを落ち着かせる為か、冷めかけたお茶を一口、二口と飲んだら、そのまま最後まで飲み切ってしまいました。
 そんなに喉が渇いていたのかしら。
 わたしに促される前に、侍女がお茶を入れ替えていきます。その侍女たちも慣れたもので、リベロの反対側からの給仕です。

 侍女が下がると、ようやくオルティス様は正面を向きました。

「――あの、今回の縁談は、ご不快に思われたのではありませんか」

 ありていに言えばその通りですが、まさか他国の王子殿下にそのまま伝える訳にはいかないでしょう?
 わたくしの処世術、”曖昧に微笑み返す”で応えます。
 元王妃様のの時も、ジェラルド様とのの時も、わたくしは言葉少なくただ微笑んでいました。
 きっと彼らはわたくしの事を、大人しくつまらない娘だと認識していた事でしょう。
 濃紫の光沢のないただの黒髪に、ぼんやりした青灰色の瞳のわたくしは、目を惹く美貌もございませんしね。

 でも、まあ、ふふふ。
 お二人とも、もうこの世にはいらっしゃらないのだから、どうでも良いですわね。

 そうだわ! ぜひ確認したい事がありました。

「オルティス殿下は、未だにマリアージェ様をお慕いしているのでしょうか」

 ちょっと不躾ではありますが、大事な事ですから。
 あら、オルティス様、ぐっと息をのみ込みましたわ。

「……そ・そ・それは……あの時の事は……」

 しどろもどろです。
 視線だけでなく、顔まで俯けてしまいました。
 どうしてでしょう、わたくしが虐めているみたいではありませんか。

「違うんです。違う事に気づいたのです」

 小さな呟きに首を傾げていると、がばりと体を起こし、胸に手を当て彼方を見やりました。
 その碧の瞳に熱が籠っているような。

「確かに俺は公女殿下、いえ、女王陛下をお慕いしております!
 けれどそれは『恋』ではなく、完璧なる美の化身を崇め、優れた能力を崇拝しているのだと気が付いたのです!!
 あの方にならば、俺は罵られようと、踏まれようと、恐悦至極!!」

 ちょっとお待ちになって!!!
 そんな性癖開花されましたの!?
 元からですの!?

「殿下―!! 落ち着いてください!」

「ミカエラ公爵令嬢、大変申し訳ございません!」

 侍従と護衛騎士が大慌てなのに、オルティス様は止まりません。

「女王となられたあのお方にお仕えしたい!
 それならば、この国のご令嬢と結婚するし――むぐっ」

 侍従がオルティス様の口を塞ぎましたが、手遅れです。

 そういう訳ですの。
 やはり馬鹿にしていますわ。
 言わなくても良いことを口に出すなどと、王族としてこの方は失格なのではないでしょうか。
 突然の大きな声に驚いて、リベロが唸り声を上げたことで、はっと我に返ったようにわたくしを見ましたが今更遅いですわ!

「まあ、そうでしたの。
 そういう不純な動機では、この縁談もお受けする訳には参りませんわ。
 どうぞ、長き旅路をお気をつけてお帰りくださいませ」

「――あ、サーシャ嬢……」

 それ以上の言葉を紡げず、オルティス様は侍従と護衛騎士に抱えられるように帰って行きました。



 *****



「ほほほほほ」

 事の次第は、映像記録魔導具【CAMERA】に録画していましたので、マリアージェ様に報告という鑑賞会を開いております。
 縁談はお断りすると申し上げました。

「まぁ、オルティス王子は天然バ……こほんっ、純粋な方のようですわね。
 王族以前に貴族としても如何かと思わないではないけれど、あちらの王室はおおらかだと聞いていますし、国内においては微笑ましく受け取られておいでなのでしょう」

 ひとしきり笑った後のマリアージェ様の評定です。

 こうしてマリアージェ様とのお茶会は、かつて王子妃教育を互いに受けていた頃から定期的に行っておりました。
 ここしばらくは、身重からの王子出産というおめでたい重大事があり、取り止めにしていましたから久しぶりです。

「こちらを観た時のレオナルド様の反応が怖いですわ」

「そ、そうね。五体満足で帰国出来る事を祈っておきましょう。
 ただね、サーシャ様。あの方、諦めが悪いのです。再挑戦してくると思いますわ」

 マリアージェ様との縁談の時も、断っても断っても手紙は来るし、他国で療養すればお見舞いに突撃してくるしで、対応が面倒な方とのお話です。

「しつこいのも場合によりけり、賛否が分かれますわ」

「ジルの粘着質なしつこさには辟易しますけど、オルティス王子のしつこさは、二心がなく真っすぐなので、比べてほんのちょっぴりですが好感が持てます。
 でも、あの求婚の動機はいけませんわね」

 ご結婚されて以降のお茶会で、時々「ジルがしつこい」と愚痴を零されていましたが、そうですか、粘着質……あの冷淡で冷酷な方が。
 マリアージェ様があの方にとっての特別で、執着されているのは確かですわね。

 もしも、いつか、マリアージェ様が浮気心を抱かれるような事があれば、血の雨が降りそうですわ。
 ああ、怖い。

「マリアージェ様、聞かれていたら後が面倒なのではございませんか?」

「うふふふ、聞いていることが前提で文句を言ってますの」

 いえ、レオナルド様に対する文句ではなく、オルティス様に対してほんのちょっぴりでも”好感が持てる”と言っている部分が問題なのですが……。

 まあ、(今のところ)仲睦まじいご夫婦ですもの。むやみに首を突っ込むものではありませんわね。



 *****



 数日後、マリアージェ様のおっしゃる通り、オルティス様から謝罪のお手紙が届き、こちらが返信する間もなく、次々と手紙と贈り物が届き始めたのです。
 そして再び面会の許可を求める親書が届きました。

「どうしてくれようかしら」

「何やら物騒だな、サーシャ」

「あら、叔父様。お久しぶりですわ」

 お父様の年の離れた弟であるイリヤ=ミカエラ。
 優れた魔導師であり、錬金術師であり、魔導具師でもある叔父様は、マリアージェ様の発想と閃きに心酔し、魔導師団技術研究所を辞め、リズボーン家の押し掛け専属魔導具師になったという、ちょっと変わった方です。
 功績を認められて、自身で名誉子爵位を得ているのですが、領地がある訳でもないので記憶の彼方に追いやっているようです。

 この変わった叔父様なら、一般論とは違う意見が聞けるのではないかと、事の顛末をお話しました。

「王族なのに馬鹿正直とは希少種だな。
 まあ裏表がない上、素直な分、こちらの話を聞いてはくれるんだろう?
 だったら、サーシャが調すればいいんじゃないか」

 こんなに不敬な物言いなのも、防音魔法を展開しているからです。
 しかし“調教”ですか?
 わたくし、いつから“猛獣遣い”になったのでしょう?

「あちらはの情報はどのくらい集まっているんだい?」

「オルティス王子は、あの婚姻式から帰国後、ご両親に厳しく叱られて謹慎処分の上、騎士団でかなりしごかれていたそうですわ。
 国内の貴族令嬢との縁談も白紙になり、周辺国の王族で適齢期の唯一の独身王子なのに話がまとまらないのは、我が国での縁を強く希望しているからですって」

 オルティス様は第三王子という事もあり、貴族学園卒業後、騎士団に入団しています。
 所属や立場などの情報は得られませんでしたが、あの体格からすると、ちゃんと訓練はしているようですわね。

「ははは、懲りないねぇ」

「それならば、ミカエラ家ではなくても、他の公爵家令嬢もおりますわ。
 しかもわたくしより年下の。
 侯爵家なら更に何人か候補が挙げられますのに……なぜ、わたくしなのでしょう」

 うーんと考え込むように一旦無言になった叔父様は、ニヤリと笑みを浮かべました。
 何かろくでもない事を思いついたようなお顔です。

「気になるなら本人に訊くべきだよ。
 手紙での断りに埒が明かないなら、直接対面して受けるなり断るなり、気が済むまで話すべきじゃないかな」

 真っ当な回答ですが、表情が裏切ってますわ、叔父様。
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