王女と2人の誘拐犯~囚われのセリーナ~

Masa&G

文字の大きさ
6 / 25

第6話 私は…

しおりを挟む

(もう朝…あまり寝れなかったな…)

目張りされた窓の隙間から、細い陽光がこぼれていた。埃が光を帯びて舞い、静けさの中にかすかな温もりが満ちていく。

ザァァ……ザァァ……

耳を澄ますと、遠くで波の音。

(海…見たいな…)

やがて、奥の台所から小気味いい音が響く。

カチャ…カチャカチャ…タンタンタンタン…カポン…ジャァァー

(コビーさん……かな……)

「おはようございます。」

「おはよう、王女さん。眠れた?」

「はい。少しだけ……」

「こんな場所だからね……ごめんね。」

「いえ……」

少し湿った空気に、焼けた油の匂いが混じる。奥の椅子に腰を下ろすガットの姿が見えた。腕を組み、どこか遠くを見つめている。

「ガットさん……おはようございます。」

「ん? ああ。」

短い言葉。けれど、その声には疲れと微かな優しさが混じっていた。

「王女さん。朝ご飯、目玉焼きにパン、野菜、あと……ミルクしかないけど大丈夫かな?」

「あ、はい。ありがとうございます。」

「うん。じゃあテーブルの椅子に座ってて。」

「はい。」

セリーナは椅子に座った。木の軋む音が、妙に耳に残った。脇ではガットが目を閉じ、呼吸を整えている。

「はい。王女さんから。」

白い皿に目玉焼きとパン、サラダ。カップからは湯気が立ちのぼっている。

「あとこれ。」

小皿が二つ。中身は緑と黄色。

「これは僕オリジナルのソース。緑が野菜ブレンドので、黄色いのはスパイスが効いてる。黄色いのは刺激が強いから苦手だったらつけなくて大丈夫だから。」

セリーナが小声でつぶやいた。

「あ……好きなほうです……」

「ハハッ、そうなんだ? でも気を付けてよ? 馬もびっくりするぐらいだから。」

すかさずガットがぼそりと呟く。

「朝から馬もびっくりスパイス出すとはね……」

すぐにコビーが言い返した。

「朝だからいいんじゃないか。目が覚めるよ?」

ふっと、セリーナの唇が緩む。恐怖と緊張の夜を越えたその笑みは、ようやく人の温度を取り戻したようだった。

「いただきます。」

「うん。食べて食べて。」

食卓に流れる時間は、思いのほか穏やかだった。皿の上の卵が陽の光を反射し、窓の隙間から射す光がテーブルを照らす。

「ごちそうさまでした。」

「おいしかったです。ソースも。全部。」

「ふふっ。ありがとう。」

その一言に、コビーの表情がわずかに和らぐ。ガットは何も言わず、ただ背もたれに深く沈み込んだ。

「あ、あの……ガットさん……」

「ん? どうした?」

「外に……出てもいいですか?」

「ふぅ……」

ガットは大きく息を吐き、髭をなでた。

「だめだ……お前は人質だ。何を勝手なこと言ってんだ。」

「海が……見たくて……波の音がずっと聞こえるから。」

「ガットが見張ってればいいじゃない? 今日はすごく天気いいし。」

「お前なぁ……俺たちは誘拐犯だぞ?」

「うん。だから誰もいないこの場所選んだんじゃないか。外に出ても誰もいないよ。」

セリーナの声には恐れよりも、静かな願いがあった。その表情を見たガットが、面倒くさそうに頭をかいた。

「……ったく……わーったよ。」

ガットは立ち上がると、マントを肩にかけた。

「ほら、いくぞ。」

セリーナは振り返り、コビーへ微笑む。

「コビーさんありがとう。」

「いいよいいよ。外の空気、吸ってきな。昼飯は用意しとくから。」

「ほら。」

ガットが無言でマントを差し出す。

「?」

「海沿いの外はまだ寒いからな。」

「ありがとうございます。」

セリーナはマントを羽織り、扉を開けた。光が一気に差し込み、頬に暖かさが当たる。思わず手をかざして目を細めた。

大きく息を吸い、そして吐く。

海の方へ歩く二人。セリーナが前を、ガットが後ろを。

ザァァ……ザァァ…… 波の音が二人の足音をかき消していく。

(きれい……風が気持ちいい……)

(嫌なこと……全部洗い流してくれそう……)

潮の香りが胸の奥に染みていく。

「ここはこの大陸の一番最西端だ。」

「こんなきれいな場所があったなんて……」

短い会話のあと、静寂が戻る。風の音だけが、言葉の代わりのように吹き抜けていた。

「ガットさん……」

「ん?」

「身代金……何に使うんですか?」

「……お前は知らなくていい。」

セリーナは一歩だけ、足を止めた。海を見つめたまま、声を落とす。

「……昨日の夜……そのお金さえあれば助かるんだって……」

「聞いてたのか?」

セリーナはうなずく。

「誰かを……助けるため?」

「……」

「それなら……こんなことはやめて、私がお父様にお願いしてみます……そしたら……」

セリーナはマントの端を指でつまみ、力のない息をひとつ吐いた。

言い終わる前に、ガットが声を荒げた。

「金をくれるってのか? 見ず知らずの……どこの馬の骨かわからねぇやつに!」

波音がその怒声をのみ込む。

「王都の金を……配ってくれるって言うのか!?」

「私はガットさんとコビーさんを知りました。だから……理由を教えてもらえれば……」

「あまいな……王女さん。」

拳を握りしめる音が、風に混じって響いた。

「あまい……?」

「ああ……あんたはあまちゃんだよ。」

「……」

「私が言えば王は動く。そう思ってることがあまいって言ってんだ。」

(違う……私は……)

「俺はな……何度も何度も助けてくれって頼みに行った……だがな、全部門前払いだ……」

ザァァ……。

「王の耳になんざ届きゃしねぇんだよ……門の前で追い返されて、名前すら聞いちゃくれねぇ。」

「ぬくい場所で何一つ不自由のねぇ暮らししてる連中に、この苦しみがわかるかよ……」

「俺たちだって生きてんだ! 同じ人間なんだ……」

「それを……身分だか血筋だかしらねえがそんなもんで差別しやがる。」

「お前にその差別をなくすことができるのか?」

(私は……)

「できねぇよ……お前じゃ……」

「自分は王族、価値ある人間だって思ってるやつにはな……」

(私は……思ってない……私に……価値なんてないのに……)

セリーナの肩が震える。声を押し殺すように、唇を噛んだ。

「なんの苦労もなく……笑いながら……俺から見たら……お前も同じなんだよ。」

(もう……言わないで……お願いだから……)

セリーナの瞳から、一筋の涙が零れた。陽光がそれを照らし、海のきらめきと溶け合う。

「本当に価値ある人間ってのはコビーみたいなやつのことを言うんだ。」

「料理で人を幸せにしたい……笑顔にしたいって。」

「それを潰したのはお前らだ……。」

「金さえあれば……助けられる命もあった……」

「だから……俺たちはこの方法を選んだ……」

「……」

セリーナは泣いていた。涙の意味もわからぬまま、ただ溢れていた。

並んだ影が、波に千切れては結ばれる。

「俺は戻る……」

ザァァ……ザァァ……

風が、彼の言葉の残滓をさらっていった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処理中です...