王女と2人の誘拐犯~囚われのセリーナ~

Masa&G

文字の大きさ
7 / 25

第7話 優しさと涙

しおりを挟む

ガチャ――

「おかえり。あれ? 王女さんは?」

ガットは椅子にドカッと腰を下ろし、背中で昼の光を弾いた。 外から吹き込む潮風が、かすかに薪の匂いを混ぜて揺らぐ。

「置いてきた。」

「置いてきたって……どうしてさ!」

ガットは黙ったまま、ランプの炎を見つめた。 炎が揺れるたび、影が壁を這い、答えの代わりに沈黙が落ちる。

「……」

「ちょっと行ってくる!」

コビーは慌てて外へ飛び出した。 扉が閉まる音が、湿った海風の中に吸い込まれる。

(ガット……ダメだよ。あの子は繊細なんだから……)

砂を蹴り、コビーは走る。 潮の香りが強くなり、波の音が近づいてくる。

やがて、陽光に照らされた海辺に小さな人影が見えた。

(いた……よかった……)

ザァァ……ザァァ……

波が寄せては返す音。 セリーナは、海と空の境をじっと見つめていた。 風に髪がなびいても、動かない。まるで時間が止まったようだった。

「王女さーん!」

遠くからコビーの声が届く。

セリーナは驚いたように肩を震わせ、慌てて涙をぬぐった。 目元に残る光の粒を、日差しがやさしく照らす。

「はぁ……はぁ……よかった……」

「ごめんなさい……もう少し……海を見たかったから……」

コビーは息を整えながら、彼女の横顔を見た。 赤くなったまぶた、わずかに震える唇――見てはいけない痛みに触れた気がした。

「帰ろう。」

「……はい……」

ふたりは砂浜を歩き出す。 波が足元をかすめ、靴が湿る。 昼の海は穏やかで、ふたりの影だけが並んで揺れていた。

「ガットに……何か言われたの?」

セリーナは小さく首を振る。

「……何も言われていません。」

「そう……なら……いいんだけど……」

短いやり取り。 けれどその間に、波鳴りのような沈黙が流れていた。

小屋に戻ると、昼の光が目張りの隙間から差し込んでいた。 ガットは鞄に荷を詰め、外套を羽織っているところだった。

「明日の準備をしてくる。言われたものは買ってくる。」

「え……あ、うん……」

ガットは、セリーナの方を見ないまま扉を開ける。 外の風が一瞬だけ彼女の頬を撫で、また静寂が戻った。

「コビーさん。私……少し休んでいいですか?」

「うん。」

「ごめんなさい……」

セリーナはベッドに腰を下ろし、靴を脱ぐ音が小さく響いた。 薄い毛布に包まれ、背を丸める。 外では木の葉が擦れ合い、遠くで波が鳴っていた。

(波のリズムが、まぶたの裏に淡く広がった。)

子どもの頃の記憶――

(お父様! 私が作ったんです。見てください!)

(今は忙しいからあとで見る。)

(結局見てくれなかった……)

(受け取ってさえもくれない……)

(せっかく……お父様のために作った花冠……枯れちゃった……)

夢の中、少女の手には色褪せた花弁が握られていた。 頬に落ちたその影が、今のセリーナと重なる。

(今日はお父様と久しぶりの夕食……)

(急用ができた。一人で食べてなさい。)

(また……一人……)

(私は……私に価値なんてあるのかな……)

冷えた食卓。 銀の皿に映る自分の顔だけが、静かに震えていた。

(私に恥をかかせないでくれ、セリーナ……)

(ちゃんとやってるのに……)

(セリーナ!)

(またか、セリーナ!)

その瞬間、記憶の中に響く怒号。 重い扉がバンッと閉まり、壁に飾られた絵皿がカタリと鳴った。 父の影が揺らめき、少女の小さな肩がびくりと震える。

(もう……やめて……言わないで……私は……)

(壊れそう……)

「う……うぅ……お母様……」

闇の中、ふわりと光が差した。 やわらかな声が、遠くから届く。

(セリーナ……あなたはとても優しい子。 困っている人がいたら寄り添ってあげて…そして、 一緒に泣いて……一緒に笑ってあげなさい……)

(人の痛みを知ることが、あなたの強さになるから……)

(私は……あなたの母でいられたことが、何よりの幸せ……)

「お母様……」

(ごめんね、セリーナ……あなたを一人にしたくない……でも……)

(セリーナ…愛してるからね…)

「う……うぅ……」

「私には……できないよ……」

涙が頬をつたう。 枕に吸い込まれた雫が、静かに昼の光を反射した。

窓の隙間から差し込む陽射しが、 ベッドの上で揺れながら彼女の髪を照らす。

波の音が、遠くから穏やかに届く。 それはまるで、母の声が、いまもここまで届いているかのようだった。

    
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

私の守護霊さん

Masa&G
キャラ文芸
大学生活を送る彩音には、誰にも言えない秘密がある。 彼女のそばには、他人には姿の見えない“守護霊さん”がずっと寄り添っていた。 これは——二人で過ごした最後の一年を描く、かけがえのない物語。

処理中です...