王女と2人の誘拐犯~囚われのセリーナ~

Masa&G

文字の大きさ
19 / 25

特別話Ⅰ 笑顔のレストラン

しおりを挟む

それから三カ月後。

一月の澄んだ空の下――ナビル王国・城下町東地区。
そこに、一軒の新しいレストランが静かに扉を開いた。

レストラン《セリーナ》

昼下がり、柔らかな陽光がガラス越しに差し込む。
木の温もりを残した店内には、花の香りと焼きたてパンの香ばしさが溶け合っていた。

「こんにちは、コビーさん。」

扉の鈴が軽やかに鳴る。
白い外套に身を包んだセリーナが、少しはにかんだ笑みを浮かべて立っていた。

「あ! 王女さん! よく来てくれたね。ありがとう。さ、こっちこっち。」

コビーは嬉しそうに手を振り、店の奥の特別室へと案内する。
壁には彼の故郷の海を描いた絵が飾られ、窓際には季節の花が揺れていた。

セリーナは店内を見渡し、ふわっと微笑んだ。

「へぇ……すごく、きれいですね。」

「ふふっ。ありがとう。僕のこだわり入ってるからね。王女さんには感謝だよ。こんな素敵な場所を……僕なんかのために。」

セリーナは頬を緩め、少し照れたように笑った。

「コビーさんの料理はほんとに美味しいんです。だから私もみんなに食べてもらいたい。みんなに笑顔になってもらいたいと思ったので。」

「ふふっ。プリシアと同じこと言うんだね。」

「プリシアさんと?」

「うん。『コビーの料理は美味しいから料理屋やりなよ』って。嬉しかった。そう言われて。王女さんが願いを叶えてくれた。だから僕はナビルの人達を料理で笑顔にしてみせるよ。」

セリーナは優しく微笑みながら頷く。

 「はい。」

二人の笑顔に、一月の冷たい風が、カーテンをやさしく揺らした。

「今日はね……特別フルコース出すから楽しみにしててね。」

「はい。」

その時、奥から低い声が響いた。

「セリーナ。久しぶりだな。」

驚いて振り向くと、扉の向こうに懐かしい大柄な男の姿。 その肩には、長旅の埃がうっすらと残っていた。

「ガットさん! どうしてここに?」

「あー、あれだ。コビーに呼ばれてよ。」

「そうだったんですか……ふふふ。」

「ん? なんだ?」

「なんでもありません。」

セリーナは口元を緩めて、いたずらっぽく微笑んだ。
その笑顔につられて、ガットも「ふっ」と息を漏らすように笑った。

「こちらが本日のメニューになります。」

コビーが手渡した木製のメニューには、丁寧な筆致で料理名が並んでいた。

「温野菜……子羊のソテー……」

「料理名は《海辺のフルコース》。 あの夜みたいに、ひと皿に全部のせた“ワンプレート仕立て”だよ。」

「……あの時の。」

「小屋で食ったやつか?」

「ふふ。そう。でもあの時より味は格段に上がってるからね。」

「なつかしい……」

静かな空気に、あの日の焚き火の音がよみがえる。

「あ、それと王女さんにこれ。」

「?」

渡されたナプキンを広げると、丁寧に磨かれたフォークとナイフが包まれていた。 手にした瞬間、金属の冷たさが、懐かしい夜の記憶を呼び起こす。

「あ……これは……」

「ガットから王女さんへのプレゼントだからね。取っておいたんだ。」

「だから、プレゼントじゃねぇ!」

「怒ることないじゃん……」

セリーナがガットをちらりと見やる。 その口元が、わずかにニヤッと上がったのが見えた。

「ふふっ。ガットさんは図星だと怒るんですよね?」

「お前も!」

「ははっ。そうそう。よく覚えてたね。」

「あー、もう勝手にしてくれ……」

コビーは肩をすくめながら笑い、軽く一礼した。

「では……しばしお待ちを。」

しばらくして、香ばしい匂いが部屋を包む。 大ぶりの皿に、温野菜、焼きたてのパン、子羊のソテー──あの夜の品々がひと皿に並んで運ばれてきた。
 
「お待たせしました。本日はワンプレート仕立てです。温野菜は手前、子羊は中央。お好みでどうぞ。」

「おう。俺はこれだけでいい。」

ガットはフォークで肉を刺し、豪快にかぶりつく。

「いつものガットだ。」

「ん? ああ……いつもの俺だ。」

「ちゃんと野菜も食べないとダメだよ?」

「……へいへい。」

セリーナも微笑み、フォークでひと口──がぶり。

「王女さん……」

「美味しいです。」

「な?」

「……美味しく食べてくれたら、それでいいや!」

「あ! 忘れてた!」

コビーが慌てて調理場に戻り、

「これこれ……」

持ってきたのは、小瓶に詰められたスパイス。

「王女さんの好きな、“馬もびっくり”スパイス。」

コビーが笑いながらセリーナの前に置く。

「いや……いらんだろ……」

ガットがぼそり。

「私、いります。」

「このスパイス、くせになるんですよ?」

セリーナはまたニヤッと笑い、ガットを見る。

「俺はいらん……」

コビーが小声で笑う。

「実はガット……辛いのが苦手なんだ……」

「そうなんですか? 意外……」

「俺の話はいいだろ!」

「図星……。」
「図星ですね……。」

二人の言葉が重なった。

「お前ら……」

はははっ……
ふふふっ……

あの時と同じ光景。 同じ笑い声。 ただ一つ違うのは――

セリーナが、終始、笑顔だったこと。

(お母様……できました。わたしにも。)

――王妃――
(セリーナ……あなたはとても優しい子。 困っている人がいたら寄り添って……そして、 一緒に泣いて……一緒に笑ってあげなさい……)

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

処理中です...