猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一

文字の大きさ
17 / 256

弟子入りと修行

しおりを挟む
 作法も何も知らない状態で茶の湯を体験することになった。わざわざ堺まで来て習うものだから礼法のように堅苦しいものだと思っていたけど、田中さん――いや、千宗易さんは僕の無作法も気にせずに茶を点ててくれた。
 源五郎さまは流石に武家の出であらせられるので、慣れた感じで上座に正座した。僕はその横に座る。
 竹を細く裂き湾曲させて膨らませた奇妙な形のもので黒い茶碗の中をかき混ぜる。しゃかしゃかと心地良い音が茶室全体に鳴る。誰も何も話さない。源五郎さまも山上さんも、そして僕も。

「どうぞ。お好きなようにお飲みください」

 源五郎さまの前に差し出された茶碗。源五郎さまは「ではいただく」と両手で持って一口含む。

「……美味いな。疲れた身体に染み渡るようだ」
「ありがたき御言葉。では雲之介さまにも差し上げてください」

 源五郎さまは茶碗を僕の前に置いた。
 僕は源五郎さまを真似て、口に運ぶ。
 ……苦い。でもそんなに嫌じゃない。薬みたいな苦さじゃなくて、爽やかな苦味。それでいて、すーっと消えていく。後味は心地良いものだけが残る。

「……美味しいです」
「それは何よりでございます」

 源五郎さまは僕が茶碗を置くとすぐに「おぬし、俺たちの素性を知っていたな?」と問い質した。

「ええ。承知しておりました」
「いつから気づいていた?」
「お供をさせていただいたときには、既に」

 ということは知りながら自分の素性を明かさなかったのか。ううむ。油断ならないな。

「ふん。まあいい。それで俺たちに茶の湯を教えてくれるんだろうな」
「もちろんでございます」
「ではさっそく教えてもらおうか」

 源五郎さまは着いたばかりだというのに指南してもらおうとしている。
 些か早いのではないだろうか?

「その前に一つ問わせていただきたく存じます」
「なんだ?」
「御ふた方は、いかなる理由で茶を学ばれるのですか?」

 理由? それは重要なのだろうか?

「俺は面白そうだったからだ。公家や町衆が楽しんでいるらしい茶の湯がな」

 源五郎さまは迷いなく答えた。

「ほう。織田信長さまのためではなく、自分が楽しむためと?」
「別に兄上のために堺まで来たわけではない。それに織田家のためでもない」

 陪臣とはいえ家臣の僕がいる前で、大胆なことを言う。

「所詮俺は側室の子。家督を継げるわけでもない。ならば自分の楽しみのために生きるのも一興だ」

 楽しみのため。そういえば以前、藤吉郎がそんなことを言ってたっけ。
 案外、似た者同士かも。

「なるほど。では雲之介さまは、いかなる理由ですか?」

 僕は迷わず答えた。

「僕は――藤吉郎のために茶を習う。ただそれだけです」

 千宗易さんは「藤吉郎?」と首を傾げた。

「ああ。こいつの主君だ。雲は陪臣なんだよ」

 源五郎さまの言葉に千宗易さんは顎に手を置いた。

「では己のために茶を習うわけではないと?」
「ええ。そうです」

 真っ直ぐ千宗易さんを見つめる。
 すると「分かりました」と笑みを見せた。

「御ふた方とも指南しましょう。己の楽しみのため、そして己が主君のため、様々な理由がありますが、十分茶を習う資格がございます」
「うん? 対極な理由だが、それでいいのか? どういう基準なんだ?」

 源五郎さまの問いに千宗易さんは「茶とはもてなしの心そのものです」と答えた。

「そしてもてなすということは偽らないこと。すなわち正直でいることが最も大切なのです。御ふた方は偽らざる心で私に理由を述べてくれた。それで十分なのです」

 そして最後に千宗易さんは言う。

「その心を忘れないようにしてください」

 僕は黙って頷いた。
 源五郎さまは「巷の生臭坊主よりも良いことを言うなあ」と感心していた。

「さて。指南の前に食事をしましょう。宗二、御ふた方に食事を。それから部屋をそれぞれ案内してあげなさい」
「かしこまりました」

 山上さんはそう言って立ち上がった。僕も源五郎さまも後に続く。
 茶のせいか、とても溌剌とした気分になった。



 茶の湯――実際は侘び茶というらしい――の修行は案外楽しかった。
 決められた所作に美しさを見出す。そんなことを言えば難しく思われるけど、それほど難しい作法ではなかった。一通りのやり方は一ヶ月ほどで覚えられた。源五郎さまは覚えが早かったので半月で習得した。
 毎日茶を点てたり、宗二さん――いつしかそう呼ぶようになった――の座学を受けたりしているから、当然だった。
 お師匠さま、つまり千宗易さんは厳しい人ではなかった。かといって優しく教えてくれたわけでもない。僕たちの成長に合わせていろいろ教えてくれたのだ。

「ふむ。基礎はできてきたようですね」

 二ヶ月ほどして、ようやく半人前として認められたようだった。
 後は一人前になるだけだ。

「後は創意ですね。いいですか? 人と同じことをしては成長など望めません。自分なりの創意工夫で人をもてなすのです」

 そう言って覚えさせるだけではなく、自分なりのもてなしを考えさせられた。
 源五郎さまはそつなくこなしていたけど、僕はどうも苦手だった。

 相手をもてなす。
 そんなこと、今までの人生において、考えたことがなかったから。

 それからさらに四ヶ月。
 つまり僕と源五郎さまが堺に住んでから半年が経った。

「雲之介。師匠がお呼びです」
「お師匠さまが? 何の用事だろう……」

 宗二さんが部屋にやってきて言う。そのとき盤双六を源五郎さまとやっていた途中だった。

「またそのようなものを……やっている暇があるのなら、もっと茶器の歴史の勉強をですね――」
「山宗、いいじゃないか。たまの手遊びだ」

 源五郎さまはにやにや笑いながら言う。
 ちなみに山宗とは宗二さんのことである。

「雲、さっさと行ってこい。遊戯は仕切りなおしだな」
「あ! 自分が負けているからといって――」
「ふふふ。師匠を待たせてはいかんぞ?」

 そう言われては仕方ない。僕は未練を残しつつ、お師匠さまの居る部屋まで向かった。

「お師匠さま、雲之介でございます」
「ええ。入ってよろしいですよ」

 お師匠さまの言葉に従って障子を開けて、中に入るとそこには見知らぬ人が居た。
 略式の服装。だけど気品が溢れる顔つき。二十代半ばだけど、どこか老成している雰囲気がある。刀は脇に置いてある。かなりの業物だ。
 全身から知性が滲み出ている。それなのに隙がなくて武人らしい。森さまと一緒に居たので、それなりに分かっていた。

「雲之介さま。こちらは与一郎さまにてございます」

 お師匠さまが紹介してくださったので、僕も正座のまま「雲之介です」と頭を下げた。

「若いのに礼儀がなっているな。流石に宗易殿の弟子である」

 この言葉遣い。やっぱり武士だ。

「そなたに頼みたいことがあってな。まずはこれを見てほしい」

 与一郎さまは覆われた紫色の布を取って木箱を取り出し、紐をほどいて蓋を開けた。

「これは……井戸茶碗ですか?」
「宗易殿の弟子なだけはあるな。一目で見抜くとは」

 まあかいらぎがあるから分かりやすかった。

「高麗の井戸茶碗である。これをとある人物に届けてほしい」
「はあ。分かりました」

 なんとなく承知してしまった。誰に渡すのか、そしてその人がどこに居るのか、さらに源五郎さまの許可を取っていないのに。

「話が早いな。素直なのは良いことだ」
「雲之介さま。源五郎さまには私から言っておきます」

 頷く与一郎さまとお師匠さま。

「それで、届ける人と場所は?」
「ああ。まず場所だが大和の興福寺だ。ここに手紙もある。門番に見せるといい」

 そして最後にこう言った。

「そして届ける人物は一乗院門跡の覚慶さまだ。無礼のないようにな」
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。

克全
歴史・時代
 西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。  幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。  北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。  清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。  色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。 一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。 印旛沼開拓は成功するのか? 蝦夷開拓は成功するのか? オロシャとは戦争になるのか? 蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか? それともオロシャになるのか? 西洋帆船は導入されるのか? 幕府は開国に踏み切れるのか? アイヌとの関係はどうなるのか? 幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

対米戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。 そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。 3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。 小説家になろうで、先行配信中!

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...