猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一

文字の大きさ
28 / 256

元服と祝言

しおりを挟む
 藤吉郎の言葉どおり、僕は志乃さんと婚約することになった。
 しかしすんなりと祝言とまではいかなかった。
 志乃さんのお父さん――僕にとって義父となる――弥平さんが猛反対したのだった。

「志乃は一人娘だ。婿養子でないと家が断絶してしまう」

 確かに考えてみればそうだった。志乃さんは一人娘だし、武家でなくとも家を存続することは大切だろう。

「そうだな。雲之介と志乃の間に産まれた子のうち、次男もしくは娘を名主の跡取りとするのはどうだ?」

 藤吉郎がそう提案したけど、産まれるかどうか分からない子に家の存続を懸けるのは難しいとなかなか首を縦に振らない弥平さん。
 すると藤吉郎はどうやったのか知らないけど、奥様のお福さんを味方につけたのだ。道理と奥様の両方に説得されたら、頷くしかなかったのだろう。不承不承という感じで折れてくれた。

「本音は一人娘を武家に奪われるのが嫌なんだろうよ」

 ふふふと笑う藤吉郎だった。

 それから大殿の許可をもらうこと、志乃さんの親類縁戚への挨拶回り、祝言の準備、それに並行して雨竜村だけではなく、他の村々の検地などを行なった結果、三ヶ月が過ぎてしまった。

 まずは検地のことを話しておこう。
 差出によって示された石高より実際の石高が多い場合は、その土地の名主が不正に取っていた証拠になり、逆に少ない場合は領主が不正に多く年貢としてもらっていたとされる。
 今回の場合は後者だった。雨竜村だけではなく、近隣の村々は織田家以前の領主に不正に取られていた。
 それを聞いた大殿は降伏した元領主に厳しい処分を下した。放逐である。元領主一族は尾張から離れ、大殿からいただいた手切れ金のようなものを元手に商売を始め、伊勢で慎ましく暮らしたらしい。

「検地の結果、納める年貢は少なくなったと弥平たちに知らせよ」

 藤吉郎の命令で僕は雨竜村に行く。
 すっかり慣れた馬を操りながら、ゆっくりと進む。
 その際、小一郎さんも一緒だった。

「雲之介くん。今更決まったことを蒸し返すようで悪いけど、本当に志乃さんと婚約して良かったのかい?」
「小一郎さん。お気遣いありがとうございます」

 善意で言ってくれると分かっていたから、僕もお礼で返す。

「これで良かったんだと思います。僕は志乃さんに対して責任を取らないといけない」
「そういう気持ちで婚約するのは、あまり……」
「武家だって、婚約相手や許婚を選択できない場合があります」

 僕はふと、お市さまを思い出した。
 あれ以来、会っていなかった。

「それに志乃さんのおかげで近隣の村々の検地が上手くいきました」
「それはそうだね。親類縁戚のほとんどが名主だった。俺も元農民だけど、こういう血のつながりは恐ろしく感じるよ」

 僕はそうは思わない。むしろ記憶と親類縁戚のいない僕にとっては羨ましい限りだった。

「俺が危惧しているのは雲之介くんの気持ちじゃなくて、志乃さんの危険性だよ」
「危険性? どういうことですか?」
「いつか、雲之介くんが志乃さんに殺されてしまうかもしれないということだ」

 それは――考え付かなかった。
 弥助さんへの想いがあるのなら、十分考えられる。

「まあでもそれは考えすぎかな。細かいところが気になってしまう性格なんだ。気にしないでくれ」
「……いえ、ご忠告、ありがとうございます」

 はっきり言えば僕が志乃さんに殺されることは半分良いと思っている。
 もしも僕を殺す人がいるのなら、志乃さんしかいない。
 でも半分悪いと思うのは、死んでしまったら藤吉郎の役に立てず、志乃さんもその後殺されてしまうということだ。
 だから――死ぬのなら藤吉郎と志乃さん、二人に迷惑をかけないようにしよう。

 僕たちは弥平さんを始めとする名主たちに年貢が少なくなることを伝えた。集められた名主たちはホッとした顔を見せた。そういえば何のために集まるのか、言ってなかったな。

「それで雲之介さま。祝言はいつ挙げられますか?」

 志乃さんの縁戚である名主の一人が僕に訊ねる。
 代わりに小一郎さんが答えた。

「元服と同時にやる予定だ。まあ今月の末には行なうように手はずは整えている」

 今日は今月の頭だから十分に時間がある。
 一同は安心したように頷き、帰っていった。

「雲之介さま。志乃にお会いになりますか?」

 弥平さんがそう言ってくれたので会うことにする。
 志乃さんの部屋に行くと、彼女は昼寝をしていた。
 布団の上で、姿勢正しく。

「志乃さんは寝ているみたいなので――」
「ああ、それなら俺は帰るよ。兄者に報告もあるし。雲之介くんは後から帰るといい」

 小一郎さんの厚意に甘えてそうすることにした。
 だけど寝ている相手に話しかけるわけにもいかない。
 僕は胡坐をかいて、起きるのを待った。
 志乃さんは幸せそうに寝ていた。
 どんな夢を見ているんだろうか。

「だけど、僕が所帯を持つのか」

 独り言をぼそりと呟く。
 考えたこと、なかった。
 もうそんな歳になってたんだ。
 少し走りすぎたのかもしれない、人生を。

「やすけ……」

 志乃さんが寝言を言った。
 そして静かに涙を流す。
 僕は起こさないように優しく拭ってあげた。



「な、なんでここに居るのよ!?」

 気がつけば僕も胡坐をかいたまま寝てしまっていたようだった。
 志乃さんが驚愕の表情をしている。

「うん? ああ、名主たちの集まりがあって、ついでに志乃さんと少し話そうと思ったんだ」
「それなら起こしなさいよ……」
「寝ているところを起こすのは良くないと思って」

 志乃さんは不満そうに「もうすぐ夫婦になるんだから遠慮は無用よ」と言う。
 先ほどの寝言を思い出しながら「うん。そうだね」と軽く言った。

「もう夕方だけど、どうする? 泊まる?」
「ううん。帰らないといけないから」
「そう……」
「志乃さんと少しでも話せて良かったよ」

 そう言うときょとんとした表情を見せる志乃さん。それから少しだけ顔が赤くなった。

「恥ずかしげもなく恥ずかしいこと言わないでよね」
「えっ? ごめん」
「謝ることじゃないけど……」

 それから少しだけ話をして、その日は別れた。
 志乃さんと話して分かったのは、意外と恥ずかしがり屋だということだった。



 そして、元服と祝言の日。
 祝言は午後に行なわれる。その前に元服を済ませることにした。
 場所は藤吉郎の屋敷。
 烏帽子親は藤吉郎だった。

「わしで良かったのか? もっと格上の人間が良いのでは?」
「あはは。藤吉郎らしくないな。僕は藤吉郎なら不満なく満足さ」

 そんなやりとりしつつ、僕は元服した。

「それでは新しい名を授ける。まあしかし大殿からいただいた雲之介をわしが変えるのは不敬だと思われるので、姓のみ新たに付けることにする」

 藤吉郎はにっこりと笑って言う。

「雨竜村の娘を嫁にすることから、今日よりおぬしは『雨竜雲之介』とする」
「雨竜、雲之介……」
「なかなか強そうで格好いいではないか。ねねや小一郎もそう思うだろう?」

 傍にいた二人もにこやかに頷いてくれた。

「ありがたく拝領いたします」
「うむ。これから祝言だな。ねね、料理の準備は整っているか?」
「まつ殿にも手伝っていただきました。万端にございます」

 それから志乃さんが到着するまで僕たちは穏やかに談笑していた。

「雲之介、嫁をもらう気持ちとはどんなだ? わしも経験しているが、そわそわするものだろう?」
「そうだね。不思議と緊張してきた」
「兄者、煽るようなことは言わないでくれ」
「何を言うか。今だけだぞ? 雲之介がそわそわするのは」
「あんまり楽しまないでくれ。意識すると緊張が高まる」

 そして、志乃さんが親類縁戚を伴って、藤吉郎の屋敷に着いた。
 志乃さんは白無垢で、化粧をしていて、普段も綺麗だけど、一層美しかった。

「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」

 手を合わせて深く頭をさげる志乃さん。

「こ、こちらこそ、よろしくお願いしましゅ!」

 緊張のあまり噛んでしまった。藤吉郎は大笑いしている。他のみんなは笑いを堪えていた。
 うう、恥ずかしい……

「ねえ。雲之介。私……綺麗かしら?」

 首を傾げて訊ねる志乃さん。

「うん。三国一、綺麗だよ!」

 思わずそう言ってしまった。本心だったし、今度は噛まなかった。
 すると志乃さんは僕に微笑んだ。

「ありがとう。ちゃんと私を幸せにしてね」
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。

克全
歴史・時代
 西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。  幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。  北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。  清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。  色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。 一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。 印旛沼開拓は成功するのか? 蝦夷開拓は成功するのか? オロシャとは戦争になるのか? 蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか? それともオロシャになるのか? 西洋帆船は導入されるのか? 幕府は開国に踏み切れるのか? アイヌとの関係はどうなるのか? 幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

対米戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。 そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。 3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。 小説家になろうで、先行配信中!

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...