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番外編 志乃の独り言
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雲之介の第一印象は――儚そうな年下の男の子だったわ。
外見は目がぱっちりしていて、髪の色は烏の濡れ羽色というべき漆黒。
色は白くて中性的な顔つき。もしかしたら半兵衛さまのように女装が似合うかもしれない。
はっきり言って美少年だったのよ。今も格好良いけど。
でも弥助と比べて弱々しそうだったし、弥助と比べてなよなよしていたし、弥助と比べて覇気というものが感じられなかった。
加えて陰気な雰囲気があったのよ。
まあ弥助の死を知らせに来たのだから当然だけど。
『弥助さんは、死にました』
そんな飾り気のない言葉で、一方的に婚約者の死を告げられたのよ。
今思えば、淡々と言うことは、雲之介なりの優しさだったのかも。
でも当時の私は目の前の頼りない少年が憎くてたまらなかったのよ。
だってそうでしょう? 雲之介を庇ったせいで、弥助は死んだのだから。
殺してやりたいほど、憎んでいた。
それが生きる糧になったことを愚かな私は知らなかったわ。
雲之介と再会するまで、私は酒に溺れながらどうやって雲之介に復讐するか考えていたわ。
私の大事な人を奪った。
その報いを受けさせるにはどうしたらいいのか。
両親はそんな私にかける言葉が無かったみたいで、酒びたりを黙認していたのよ。
私は酒と妄想に耽溺しながら、どんどん弱っていった。
それを救ってくれたのが、雲之介だった。
差出と検地で雨竜村に訪れたとき、殺すなら今だと思ったの。
難癖つけて、雲之介と二人きりになれば、殺せると思ったのよ。
本当に――愚かしい私だった。
そんな私に、雲之介は自分の刀を差し出した。
『僕に対する恨みがあるのなら、これで晴らすといい。僕は抗わない。恨みもしない』
そのときの雲之介の目は澄んでいた。真っ直ぐに私を見つめていた。
本当に酷い目に遭わせても、一切恨まないような、目。
だから、雲之介を、絶望させたいと思ってしまったのよ。
自分でも思うけど、心が病んでいたのよね。
雲之介に惚れてもらって、私を夢中にさせて。
心を腐らせてしまおう。
そうやって復讐することに決めたのよ。
でもね。私が――雲之介を好きになるなんて思わなかった。
だって、雲之介は優しすぎたから。
『うん。三国一、綺麗だよ!』
祝言のとき、そう言って子どものように笑った雲之介を、私は一生忘れないわ。
一瞬だけ、恨みを忘れそうになったのよ。
だから幸せにしてだなんて言ってしまったのかもね。
それから雲之介と一緒に暮らして。
いろいろと分かったことがあるの。
雲之介は本当に優しい人だった。言葉の節々に優しさを感じるし、気遣いもできる。
武芸は駄目だけど頭が良い。
すぐ誰とでも仲良くなれる。
箸遣いが上手。だけど魚の小骨を取るのが苦手みたい。
雷の音が嫌い。
私のつまらない話を面白そうに聞く。
主君の秀吉さまや秀長さま、正勝さまと半兵衛さまと話しているときは、聞き役に回ることが多い。
寝起きが良い。起こしたらすぐに笑顔でおはようと言ってくれる。
反面、寝つきが悪い。私より後に寝ることがほとんどだ。
私の料理で一番好きなのは、魚料理だ。嫌いなものはほとんどないけど、どうしても梅干しが苦手みたいだった。食べられないことはないけど、酸っぱいものは好まないようね。
毎日の暮らしで、いろんなことを知れた。
そして知れば知るほど――罪悪感が増してくる。
絶望させるために、嫁いだのに。
だんだんと決意が鈍くなる。
だけどようやく子どもができたと知ったときは、ああようやく復讐ができると思えた。
それなのにね。雲之介ったら喜ぶんだもん。
『ほ、本当か!? やった! 志乃、でかしたぞ!』
飛び上がって喜ぶ雲之介を見て、思わず微笑んでしまったけど、それが私を苦しめることになるなんて、思わなかった。
『子どもの名前を何にしようか』
『子どもが無事に産まれててくれればいいなあ』
『そうだ! 熱田神宮でお守りを買おう!』
日々私にそうやって話しかける雲之介。
つらくて、悲しかった。
勝手なことだけど、子どもができたと分かった当初から、雲之介を愛し始めた自分が居ることに気づいたのよ。
同時に弥助が薄らいでいくのを自覚した。
耐えられなかった。
死のうと思って弥助の墓に来て。
雲之介に見つかったときは。
安心と不安という相反する気持ちが胸の内に渦巻いていて。
どうしていいのか分からなかった。
『僕は、志乃が居なかったら、駄目なんだ』
初めて、私を殴ったときの雲之介は、見捨てられた子どものようだった。
『愛しているんだ、志乃。だから死なないでくれ』
歪んでいるけど、死のうと思って良かった。
弥助の死を受け入れて、雲之介を心から愛せるようになったから。
もうすぐ子どもが産まれる。
だけど気になることがあった。
母が怪訝な顔をした。
普通の妊娠にしては腹が少しだけ大きいという。
雲之介にそのことは話していない。
秘密というか、内緒というか。
大切な戦の前に、無用な心配はさせたくなかったのよ。
私は雲之介の子を産む。
復讐はもう考えない。
真っ直ぐ育てて、立派な大人にする。
それが私なりの雲之介に対する愛だった。
外見は目がぱっちりしていて、髪の色は烏の濡れ羽色というべき漆黒。
色は白くて中性的な顔つき。もしかしたら半兵衛さまのように女装が似合うかもしれない。
はっきり言って美少年だったのよ。今も格好良いけど。
でも弥助と比べて弱々しそうだったし、弥助と比べてなよなよしていたし、弥助と比べて覇気というものが感じられなかった。
加えて陰気な雰囲気があったのよ。
まあ弥助の死を知らせに来たのだから当然だけど。
『弥助さんは、死にました』
そんな飾り気のない言葉で、一方的に婚約者の死を告げられたのよ。
今思えば、淡々と言うことは、雲之介なりの優しさだったのかも。
でも当時の私は目の前の頼りない少年が憎くてたまらなかったのよ。
だってそうでしょう? 雲之介を庇ったせいで、弥助は死んだのだから。
殺してやりたいほど、憎んでいた。
それが生きる糧になったことを愚かな私は知らなかったわ。
雲之介と再会するまで、私は酒に溺れながらどうやって雲之介に復讐するか考えていたわ。
私の大事な人を奪った。
その報いを受けさせるにはどうしたらいいのか。
両親はそんな私にかける言葉が無かったみたいで、酒びたりを黙認していたのよ。
私は酒と妄想に耽溺しながら、どんどん弱っていった。
それを救ってくれたのが、雲之介だった。
差出と検地で雨竜村に訪れたとき、殺すなら今だと思ったの。
難癖つけて、雲之介と二人きりになれば、殺せると思ったのよ。
本当に――愚かしい私だった。
そんな私に、雲之介は自分の刀を差し出した。
『僕に対する恨みがあるのなら、これで晴らすといい。僕は抗わない。恨みもしない』
そのときの雲之介の目は澄んでいた。真っ直ぐに私を見つめていた。
本当に酷い目に遭わせても、一切恨まないような、目。
だから、雲之介を、絶望させたいと思ってしまったのよ。
自分でも思うけど、心が病んでいたのよね。
雲之介に惚れてもらって、私を夢中にさせて。
心を腐らせてしまおう。
そうやって復讐することに決めたのよ。
でもね。私が――雲之介を好きになるなんて思わなかった。
だって、雲之介は優しすぎたから。
『うん。三国一、綺麗だよ!』
祝言のとき、そう言って子どものように笑った雲之介を、私は一生忘れないわ。
一瞬だけ、恨みを忘れそうになったのよ。
だから幸せにしてだなんて言ってしまったのかもね。
それから雲之介と一緒に暮らして。
いろいろと分かったことがあるの。
雲之介は本当に優しい人だった。言葉の節々に優しさを感じるし、気遣いもできる。
武芸は駄目だけど頭が良い。
すぐ誰とでも仲良くなれる。
箸遣いが上手。だけど魚の小骨を取るのが苦手みたい。
雷の音が嫌い。
私のつまらない話を面白そうに聞く。
主君の秀吉さまや秀長さま、正勝さまと半兵衛さまと話しているときは、聞き役に回ることが多い。
寝起きが良い。起こしたらすぐに笑顔でおはようと言ってくれる。
反面、寝つきが悪い。私より後に寝ることがほとんどだ。
私の料理で一番好きなのは、魚料理だ。嫌いなものはほとんどないけど、どうしても梅干しが苦手みたいだった。食べられないことはないけど、酸っぱいものは好まないようね。
毎日の暮らしで、いろんなことを知れた。
そして知れば知るほど――罪悪感が増してくる。
絶望させるために、嫁いだのに。
だんだんと決意が鈍くなる。
だけどようやく子どもができたと知ったときは、ああようやく復讐ができると思えた。
それなのにね。雲之介ったら喜ぶんだもん。
『ほ、本当か!? やった! 志乃、でかしたぞ!』
飛び上がって喜ぶ雲之介を見て、思わず微笑んでしまったけど、それが私を苦しめることになるなんて、思わなかった。
『子どもの名前を何にしようか』
『子どもが無事に産まれててくれればいいなあ』
『そうだ! 熱田神宮でお守りを買おう!』
日々私にそうやって話しかける雲之介。
つらくて、悲しかった。
勝手なことだけど、子どもができたと分かった当初から、雲之介を愛し始めた自分が居ることに気づいたのよ。
同時に弥助が薄らいでいくのを自覚した。
耐えられなかった。
死のうと思って弥助の墓に来て。
雲之介に見つかったときは。
安心と不安という相反する気持ちが胸の内に渦巻いていて。
どうしていいのか分からなかった。
『僕は、志乃が居なかったら、駄目なんだ』
初めて、私を殴ったときの雲之介は、見捨てられた子どものようだった。
『愛しているんだ、志乃。だから死なないでくれ』
歪んでいるけど、死のうと思って良かった。
弥助の死を受け入れて、雲之介を心から愛せるようになったから。
もうすぐ子どもが産まれる。
だけど気になることがあった。
母が怪訝な顔をした。
普通の妊娠にしては腹が少しだけ大きいという。
雲之介にそのことは話していない。
秘密というか、内緒というか。
大切な戦の前に、無用な心配はさせたくなかったのよ。
私は雲之介の子を産む。
復讐はもう考えない。
真っ直ぐ育てて、立派な大人にする。
それが私なりの雲之介に対する愛だった。
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