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決戦前夜
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猿飛仁助――そう名乗る長政さまと瓜二つの男を前に、僕は戸惑いを隠せなかった。
「浅井、長政……? 誰だそりゃ? いや、聞いたことあるぞ。確か北近江の大名だったな」
怪訝な顔をする猿飛に僕は「あなたが、そうではないのですか?」と問う。
「はあ? 馬鹿を言うなよ。俺は山賊だぜ? 大名なんてガラじゃねえよ。それと敬語はやめてくれ。なんか知らねえが、いらいらしちまう」
鼻で笑われてしまった。でもこんなに似ているなんて――
「なあ、あんた。昔から山賊なのか?」
正勝が怪しむように訊ねると「いいや。つい最近だ」と耳の穴をほじりながら答えた。長政さまなら絶対にしない仕草だ。
「よくわかんねえけどよ。昔のことは覚えてねえんだ。半年か一年か忘れたが、倒れている俺を介抱してくれたおやっさんに誘われて、山賊やってんだ」
僕たちは顔を見合わせた。これはひょっとすると――
「……雲之介くんと同じ、記憶を失っているのかもね」
秀長さんの言うとおりだとしたら――長政さま本人かもしれないのか。
「けっ。なんだよ辛気くせえな。おい野郎共。こいつらからも金目のもんを奪え」
予期せぬことを言い出す猿飛。数名の山賊がこっちに近づく――
「待ってください――じゃなかった、待ってくれ。僕の話を聞いてくれないか?」
「あん? なんだよ?」
「僕たちを無事に織田軍の本隊まで送ってくれたら、莫大な褒美がもらえる」
莫大な褒美という言葉を聞いた猿飛は「それ本当かよ?」と怪訝な表情をした。
普通の人間なら飛びつくはずなのに、案外慎重な性格なようだ。
「ああ。本当だ。今僕たちが持っているのは……秀長さん、正勝、金を出してくれ」
「わ、分かった……」
僕たちは有り金を集めて、猿飛たちに差し出した。
「これなんか目じゃないほどの褒美がもらえる。もちろん、この金もあげよう」
「ほう。でもよ、本体に連れて行ったら捕縛されて処刑なんてオチは嫌だぜ?」
「なんで命の恩人を処刑するんだよ?」
僕の疑問に「俺たちは山賊だからな」と悪びれもせずに答える猿飛。
「越前を中心に暴れまくった俺たちだぜ? 懸賞金もかけられてる」
「それは朝倉家がかけたものだろう? 僕たちはその朝倉を滅ぼすために来ているんだ」
「なるほどな。敵の敵は味方か」
腕組みをして考える猿飛。よし、もう少しだ。
「僕は兵站を担当している。兵糧の横流しぐらいできる」
「褒美に加えて米ももらえるのか。分かったいいだろう。その話乗った!」
ホッとする僕。もちろん僕たちの身の安全だけじゃなくて、大殿に猿飛を会わせることができる。
「おいおい、兄弟。何を企んでるのか分からねえけど、本当に連れて行くのか?」
「正勝殿。この場はそうしないと乗り切れないぞ」
不安そうな正勝と理解してくれた秀長さん。
さて。大殿はどんな反応をするんだろうか……
「そういや、あんたの名前は?」
猿飛が何気なく訊いてきたので僕は「雨竜雲之介秀昭だ」と自己紹介した。
「はん。立派な武士の名前だな。まあいい。雲之介って呼ばせてもらうぜ」
「ああ。構わない」
なんだか懐かしい気分だった。
「なんと! 雲之介、よくぞ生きていたな!」
すっかり日が暮れて、星が輝き出している。
本隊と合流して、真っ先に大殿の居る陣に入った。大殿は真正面に座っている。
「すみません。兵をむざむざと死なせてしまって……」
「いや。向こうにも損害を与えたのは大きい。それよりもよく戻ってきたな。猿の奴が心配していた。もう会ったか?」
「いえ。まだです。それよりも大事な話があります」
陣中には前田さまと柴田さまも居た。二人は大事な話とはなんだ? という顔をしていた。
「なんだ、言ってみろ」
「長政さまらしき人を見つけました。今、陣の外に居ます」
すると大殿は立ち上がって「なんだと!? 長政が生きていたのか!」と大いに喜んだ。
「連れてこい! あやつめ、生きていたのなら早く――」
「大殿。ここからが大事な話です」
僕は片膝をつきながら報告した。
「長政さまは記憶を失くしています」
「……なんだと?」
僕がさらに続けようとしたとき――
「おいおい。いつまで待たせるんだよ、雲之介」
兵士の制止を無視して、陣の中に入ってきた猿飛。
大殿は目を見開いた。
「お、お前、なんだその格好は!」
「あん? 雲之介、誰だよそいつ」
「馬鹿! 大殿になんて口を!」
猿飛は「はっはー。これが噂の織田信長か」と言ってどかっと地べたに座った。
「俺は猿飛仁助だ。ほれ、褒美をくれるんだろう? 早くくれよ」
「……本当に記憶がないのか? 俺のことを覚えていないのか?」
震える声で大殿は問う。
「はあ? 覚えているもなにも、あんたとは初めてだよ」
衝撃を受ける大殿。
気持ちは分かる――太平の世を語り合った義兄弟が見る陰もないのだから。
「……雲之介。長政なのか? それともよく似た男なのか?」
「判断がつきません。しかし昔のことは覚えていないそうです」
僕たちの会話を不思議そうに聞く猿飛。
「さっきから何言ってるのか分かんねえよ。褒美を――」
「……戦が終わった後、好きなだけ褒美をくれてやる。とりあえず一緒に従軍しろ」
椅子に座り込んで、うな垂れてしまった大殿。
「はあ? おいおい雲之介、約束が違うじゃねえか」
「……よく考えてくれ。今ここで少ない褒美よりも後で好きなだけ褒美をもらったほうが得だろう?」
猿飛は「本当にくれるんだろうな?」と疑っている。
「ああ。約束するよ」
「うん? あれ? あんた、前にもそんなこと言わなかったか?」
不思議そうな顔をする猿飛。
僕もおかしいと思ったけど、首を横に振った。
「まあいいや。それじゃあしばらく厄介になるぜ」
手を振りながら、陣の外に出ようとする猿飛。
「おい長政ぁ!」
突然、大殿がよく通る声で叫んだ。
「……知らねえよ。そんな名は。俺は猿飛だ」
足を止めた猿飛だったけど、振り向きもせずにそのまま出て行った。
「……あれが品行方正で律儀な長政殿? とてもじゃないが信じられぬ」
柴田さまの呟きに前田さまも頷いた。
「雲之介……長政の記憶は戻るのか?」
大殿の力ない声に、僕は何も言えなかった。
「おお、雲之介! 無事で何よりだ!」
陣に入るやいなや、僕の手を取って大喜びする秀吉。
奥のほうには横になっている半兵衛さんも居た。
「秀吉こそ無事で何よりだ。半兵衛さんは?」
「寝ているが、大事はない。秀長と正勝はどこだ? 二人も無事か?」
僕は「猿飛仁助の相手をしているよ」と答えた。
「猿飛仁助? 何者だそいつは?」
「ああ。説明すると――」
僕の話を聞き終えた秀吉は難しい顔をしていた。
「うむむ。記憶を失くしたのか……雲之介、おぬしに訊ねるが、記憶がないとはどんな気持ちだ?」
僕は意図が分からなかったけど、素直に答えた。
「とても不安だよ。自分が何者なのか、分からないのは」
「そうであろう。ならば猿飛はいずれおぬしに訊ねるだろう。浅井長政という大名のことをな」
確信を得ているような言葉だった。まあ以前の自分を知っているかもしれないのだから、聞くのは当然の流れだった。
「今後だが、物見の報告では金ヶ崎城の兵は出陣してこちらに迫ってきているようだ」
「せっかくの地の利を捨てるのか?」
「おそらくだが一向宗の援軍が到着したからだろう。つまり明日が本当の戦だ」
そして横目で半兵衛さんを見る秀吉。
「この状態では半兵衛は戦線に立てぬな」
「ああ……あのさ、秀吉。半兵衛さんのことなんだけど」
口止めされていたけど、言わねばならないことだと思った。
でも秀吉はあっさり「労咳なのだろう」と呟いた。
「知ってたのか?」
「大切な家臣――いや、仲間だからな。それに時折咳をしていたのも気にかかっていた」
「……もう戦に出させるのは、難しいんじゃないか?」
傍から見ていても、戦に出て策を練ることは、半兵衛さんの寿命を削るようなものだと思う。
でも秀吉は「本人の問題だ」と悲しそうに言う。
「本来なら病を治すことを優先して欲しいのだが、おぬしも知ってのとおり言っても聞かぬ性格だ」
「それでも、縛ってでも休ませるべき――」
そこまで言った後、横になっていた半兵衛さんが突然叫んだ。
「いやよ! 絶対にいや! 畳の上で死ぬなんて真っ平御免よ!」
まるで駄々をこねる子どものような言い草だった。そして咳をする。
僕は近くに来て、屈みながら「無理しないでくれ」と気遣うように上体を起こした半兵衛さんの背中をさすった。
「後生だから、軍師としていさせて」
「半兵衛さん……」
すると秀吉は「今回の戦のような真似はするな」と僕と同じように屈んで言う。
「焦ってわしを出世させるようなこともしなくていい」
「秀吉ちゃん……あたしを許してくれるの?」
「許すも何もない。わしの力になってくれ。おぬしが必要なんだ」
半兵衛さんは顔を背けながら「そういうのは、女の子に言いなさいよ……」と声を震わせた。
僕は秀吉の判断は良いのか分からなかった。確実に寿命が減るだろう。もしかしたら気を張り詰めすぎて、労咳ではなく心労で死ぬかもしれない。
それでも――悪い判断でもない気がする。半兵衛さんを見ていて、そう思ってしまった。
不意に空を見上げる。
輝く星たち。
流れ星が、横切った。
夜が明けて、いよいよ朝倉家と本願寺の連合軍と戦う。
僕たちははたして生き残れるのだろうか?
そして長政さまの記憶は戻るのだろうか?
「浅井、長政……? 誰だそりゃ? いや、聞いたことあるぞ。確か北近江の大名だったな」
怪訝な顔をする猿飛に僕は「あなたが、そうではないのですか?」と問う。
「はあ? 馬鹿を言うなよ。俺は山賊だぜ? 大名なんてガラじゃねえよ。それと敬語はやめてくれ。なんか知らねえが、いらいらしちまう」
鼻で笑われてしまった。でもこんなに似ているなんて――
「なあ、あんた。昔から山賊なのか?」
正勝が怪しむように訊ねると「いいや。つい最近だ」と耳の穴をほじりながら答えた。長政さまなら絶対にしない仕草だ。
「よくわかんねえけどよ。昔のことは覚えてねえんだ。半年か一年か忘れたが、倒れている俺を介抱してくれたおやっさんに誘われて、山賊やってんだ」
僕たちは顔を見合わせた。これはひょっとすると――
「……雲之介くんと同じ、記憶を失っているのかもね」
秀長さんの言うとおりだとしたら――長政さま本人かもしれないのか。
「けっ。なんだよ辛気くせえな。おい野郎共。こいつらからも金目のもんを奪え」
予期せぬことを言い出す猿飛。数名の山賊がこっちに近づく――
「待ってください――じゃなかった、待ってくれ。僕の話を聞いてくれないか?」
「あん? なんだよ?」
「僕たちを無事に織田軍の本隊まで送ってくれたら、莫大な褒美がもらえる」
莫大な褒美という言葉を聞いた猿飛は「それ本当かよ?」と怪訝な表情をした。
普通の人間なら飛びつくはずなのに、案外慎重な性格なようだ。
「ああ。本当だ。今僕たちが持っているのは……秀長さん、正勝、金を出してくれ」
「わ、分かった……」
僕たちは有り金を集めて、猿飛たちに差し出した。
「これなんか目じゃないほどの褒美がもらえる。もちろん、この金もあげよう」
「ほう。でもよ、本体に連れて行ったら捕縛されて処刑なんてオチは嫌だぜ?」
「なんで命の恩人を処刑するんだよ?」
僕の疑問に「俺たちは山賊だからな」と悪びれもせずに答える猿飛。
「越前を中心に暴れまくった俺たちだぜ? 懸賞金もかけられてる」
「それは朝倉家がかけたものだろう? 僕たちはその朝倉を滅ぼすために来ているんだ」
「なるほどな。敵の敵は味方か」
腕組みをして考える猿飛。よし、もう少しだ。
「僕は兵站を担当している。兵糧の横流しぐらいできる」
「褒美に加えて米ももらえるのか。分かったいいだろう。その話乗った!」
ホッとする僕。もちろん僕たちの身の安全だけじゃなくて、大殿に猿飛を会わせることができる。
「おいおい、兄弟。何を企んでるのか分からねえけど、本当に連れて行くのか?」
「正勝殿。この場はそうしないと乗り切れないぞ」
不安そうな正勝と理解してくれた秀長さん。
さて。大殿はどんな反応をするんだろうか……
「そういや、あんたの名前は?」
猿飛が何気なく訊いてきたので僕は「雨竜雲之介秀昭だ」と自己紹介した。
「はん。立派な武士の名前だな。まあいい。雲之介って呼ばせてもらうぜ」
「ああ。構わない」
なんだか懐かしい気分だった。
「なんと! 雲之介、よくぞ生きていたな!」
すっかり日が暮れて、星が輝き出している。
本隊と合流して、真っ先に大殿の居る陣に入った。大殿は真正面に座っている。
「すみません。兵をむざむざと死なせてしまって……」
「いや。向こうにも損害を与えたのは大きい。それよりもよく戻ってきたな。猿の奴が心配していた。もう会ったか?」
「いえ。まだです。それよりも大事な話があります」
陣中には前田さまと柴田さまも居た。二人は大事な話とはなんだ? という顔をしていた。
「なんだ、言ってみろ」
「長政さまらしき人を見つけました。今、陣の外に居ます」
すると大殿は立ち上がって「なんだと!? 長政が生きていたのか!」と大いに喜んだ。
「連れてこい! あやつめ、生きていたのなら早く――」
「大殿。ここからが大事な話です」
僕は片膝をつきながら報告した。
「長政さまは記憶を失くしています」
「……なんだと?」
僕がさらに続けようとしたとき――
「おいおい。いつまで待たせるんだよ、雲之介」
兵士の制止を無視して、陣の中に入ってきた猿飛。
大殿は目を見開いた。
「お、お前、なんだその格好は!」
「あん? 雲之介、誰だよそいつ」
「馬鹿! 大殿になんて口を!」
猿飛は「はっはー。これが噂の織田信長か」と言ってどかっと地べたに座った。
「俺は猿飛仁助だ。ほれ、褒美をくれるんだろう? 早くくれよ」
「……本当に記憶がないのか? 俺のことを覚えていないのか?」
震える声で大殿は問う。
「はあ? 覚えているもなにも、あんたとは初めてだよ」
衝撃を受ける大殿。
気持ちは分かる――太平の世を語り合った義兄弟が見る陰もないのだから。
「……雲之介。長政なのか? それともよく似た男なのか?」
「判断がつきません。しかし昔のことは覚えていないそうです」
僕たちの会話を不思議そうに聞く猿飛。
「さっきから何言ってるのか分かんねえよ。褒美を――」
「……戦が終わった後、好きなだけ褒美をくれてやる。とりあえず一緒に従軍しろ」
椅子に座り込んで、うな垂れてしまった大殿。
「はあ? おいおい雲之介、約束が違うじゃねえか」
「……よく考えてくれ。今ここで少ない褒美よりも後で好きなだけ褒美をもらったほうが得だろう?」
猿飛は「本当にくれるんだろうな?」と疑っている。
「ああ。約束するよ」
「うん? あれ? あんた、前にもそんなこと言わなかったか?」
不思議そうな顔をする猿飛。
僕もおかしいと思ったけど、首を横に振った。
「まあいいや。それじゃあしばらく厄介になるぜ」
手を振りながら、陣の外に出ようとする猿飛。
「おい長政ぁ!」
突然、大殿がよく通る声で叫んだ。
「……知らねえよ。そんな名は。俺は猿飛だ」
足を止めた猿飛だったけど、振り向きもせずにそのまま出て行った。
「……あれが品行方正で律儀な長政殿? とてもじゃないが信じられぬ」
柴田さまの呟きに前田さまも頷いた。
「雲之介……長政の記憶は戻るのか?」
大殿の力ない声に、僕は何も言えなかった。
「おお、雲之介! 無事で何よりだ!」
陣に入るやいなや、僕の手を取って大喜びする秀吉。
奥のほうには横になっている半兵衛さんも居た。
「秀吉こそ無事で何よりだ。半兵衛さんは?」
「寝ているが、大事はない。秀長と正勝はどこだ? 二人も無事か?」
僕は「猿飛仁助の相手をしているよ」と答えた。
「猿飛仁助? 何者だそいつは?」
「ああ。説明すると――」
僕の話を聞き終えた秀吉は難しい顔をしていた。
「うむむ。記憶を失くしたのか……雲之介、おぬしに訊ねるが、記憶がないとはどんな気持ちだ?」
僕は意図が分からなかったけど、素直に答えた。
「とても不安だよ。自分が何者なのか、分からないのは」
「そうであろう。ならば猿飛はいずれおぬしに訊ねるだろう。浅井長政という大名のことをな」
確信を得ているような言葉だった。まあ以前の自分を知っているかもしれないのだから、聞くのは当然の流れだった。
「今後だが、物見の報告では金ヶ崎城の兵は出陣してこちらに迫ってきているようだ」
「せっかくの地の利を捨てるのか?」
「おそらくだが一向宗の援軍が到着したからだろう。つまり明日が本当の戦だ」
そして横目で半兵衛さんを見る秀吉。
「この状態では半兵衛は戦線に立てぬな」
「ああ……あのさ、秀吉。半兵衛さんのことなんだけど」
口止めされていたけど、言わねばならないことだと思った。
でも秀吉はあっさり「労咳なのだろう」と呟いた。
「知ってたのか?」
「大切な家臣――いや、仲間だからな。それに時折咳をしていたのも気にかかっていた」
「……もう戦に出させるのは、難しいんじゃないか?」
傍から見ていても、戦に出て策を練ることは、半兵衛さんの寿命を削るようなものだと思う。
でも秀吉は「本人の問題だ」と悲しそうに言う。
「本来なら病を治すことを優先して欲しいのだが、おぬしも知ってのとおり言っても聞かぬ性格だ」
「それでも、縛ってでも休ませるべき――」
そこまで言った後、横になっていた半兵衛さんが突然叫んだ。
「いやよ! 絶対にいや! 畳の上で死ぬなんて真っ平御免よ!」
まるで駄々をこねる子どものような言い草だった。そして咳をする。
僕は近くに来て、屈みながら「無理しないでくれ」と気遣うように上体を起こした半兵衛さんの背中をさすった。
「後生だから、軍師としていさせて」
「半兵衛さん……」
すると秀吉は「今回の戦のような真似はするな」と僕と同じように屈んで言う。
「焦ってわしを出世させるようなこともしなくていい」
「秀吉ちゃん……あたしを許してくれるの?」
「許すも何もない。わしの力になってくれ。おぬしが必要なんだ」
半兵衛さんは顔を背けながら「そういうのは、女の子に言いなさいよ……」と声を震わせた。
僕は秀吉の判断は良いのか分からなかった。確実に寿命が減るだろう。もしかしたら気を張り詰めすぎて、労咳ではなく心労で死ぬかもしれない。
それでも――悪い判断でもない気がする。半兵衛さんを見ていて、そう思ってしまった。
不意に空を見上げる。
輝く星たち。
流れ星が、横切った。
夜が明けて、いよいよ朝倉家と本願寺の連合軍と戦う。
僕たちははたして生き残れるのだろうか?
そして長政さまの記憶は戻るのだろうか?
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