猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一

文字の大きさ
81 / 256

決戦前夜

しおりを挟む
 猿飛仁助――そう名乗る長政さまと瓜二つの男を前に、僕は戸惑いを隠せなかった。

「浅井、長政……? 誰だそりゃ? いや、聞いたことあるぞ。確か北近江の大名だったな」

 怪訝な顔をする猿飛に僕は「あなたが、そうではないのですか?」と問う。

「はあ? 馬鹿を言うなよ。俺は山賊だぜ? 大名なんてガラじゃねえよ。それと敬語はやめてくれ。なんか知らねえが、いらいらしちまう」

 鼻で笑われてしまった。でもこんなに似ているなんて――

「なあ、あんた。昔から山賊なのか?」

 正勝が怪しむように訊ねると「いいや。つい最近だ」と耳の穴をほじりながら答えた。長政さまなら絶対にしない仕草だ。

「よくわかんねえけどよ。昔のことは覚えてねえんだ。半年か一年か忘れたが、倒れている俺を介抱してくれたおやっさんに誘われて、山賊やってんだ」

 僕たちは顔を見合わせた。これはひょっとすると――

「……雲之介くんと同じ、記憶を失っているのかもね」

 秀長さんの言うとおりだとしたら――長政さま本人かもしれないのか。

「けっ。なんだよ辛気くせえな。おい野郎共。こいつらからも金目のもんを奪え」

 予期せぬことを言い出す猿飛。数名の山賊がこっちに近づく――

「待ってください――じゃなかった、待ってくれ。僕の話を聞いてくれないか?」
「あん? なんだよ?」
「僕たちを無事に織田軍の本隊まで送ってくれたら、莫大な褒美がもらえる」

 莫大な褒美という言葉を聞いた猿飛は「それ本当かよ?」と怪訝な表情をした。
 普通の人間なら飛びつくはずなのに、案外慎重な性格なようだ。

「ああ。本当だ。今僕たちが持っているのは……秀長さん、正勝、金を出してくれ」
「わ、分かった……」

 僕たちは有り金を集めて、猿飛たちに差し出した。

「これなんか目じゃないほどの褒美がもらえる。もちろん、この金もあげよう」
「ほう。でもよ、本体に連れて行ったら捕縛されて処刑なんてオチは嫌だぜ?」
「なんで命の恩人を処刑するんだよ?」

 僕の疑問に「俺たちは山賊だからな」と悪びれもせずに答える猿飛。

「越前を中心に暴れまくった俺たちだぜ? 懸賞金もかけられてる」
「それは朝倉家がかけたものだろう? 僕たちはその朝倉を滅ぼすために来ているんだ」
「なるほどな。敵の敵は味方か」

 腕組みをして考える猿飛。よし、もう少しだ。

「僕は兵站を担当している。兵糧の横流しぐらいできる」
「褒美に加えて米ももらえるのか。分かったいいだろう。その話乗った!」

 ホッとする僕。もちろん僕たちの身の安全だけじゃなくて、大殿に猿飛を会わせることができる。

「おいおい、兄弟。何を企んでるのか分からねえけど、本当に連れて行くのか?」
「正勝殿。この場はそうしないと乗り切れないぞ」

 不安そうな正勝と理解してくれた秀長さん。
 さて。大殿はどんな反応をするんだろうか……

「そういや、あんたの名前は?」

 猿飛が何気なく訊いてきたので僕は「雨竜雲之介秀昭だ」と自己紹介した。

「はん。立派な武士の名前だな。まあいい。雲之介って呼ばせてもらうぜ」
「ああ。構わない」

 なんだか懐かしい気分だった。



「なんと! 雲之介、よくぞ生きていたな!」

 すっかり日が暮れて、星が輝き出している。
 本隊と合流して、真っ先に大殿の居る陣に入った。大殿は真正面に座っている。

「すみません。兵をむざむざと死なせてしまって……」
「いや。向こうにも損害を与えたのは大きい。それよりもよく戻ってきたな。猿の奴が心配していた。もう会ったか?」
「いえ。まだです。それよりも大事な話があります」

 陣中には前田さまと柴田さまも居た。二人は大事な話とはなんだ? という顔をしていた。

「なんだ、言ってみろ」
「長政さまらしき人を見つけました。今、陣の外に居ます」

 すると大殿は立ち上がって「なんだと!? 長政が生きていたのか!」と大いに喜んだ。

「連れてこい! あやつめ、生きていたのなら早く――」
「大殿。ここからが大事な話です」

 僕は片膝をつきながら報告した。

「長政さまは記憶を失くしています」
「……なんだと?」

 僕がさらに続けようとしたとき――

「おいおい。いつまで待たせるんだよ、雲之介」

 兵士の制止を無視して、陣の中に入ってきた猿飛。
 大殿は目を見開いた。

「お、お前、なんだその格好は!」
「あん? 雲之介、誰だよそいつ」
「馬鹿! 大殿になんて口を!」

 猿飛は「はっはー。これが噂の織田信長か」と言ってどかっと地べたに座った。

「俺は猿飛仁助だ。ほれ、褒美をくれるんだろう? 早くくれよ」
「……本当に記憶がないのか? 俺のことを覚えていないのか?」

 震える声で大殿は問う。

「はあ? 覚えているもなにも、あんたとは初めてだよ」

 衝撃を受ける大殿。
 気持ちは分かる――太平の世を語り合った義兄弟が見る陰もないのだから。

「……雲之介。長政なのか? それともよく似た男なのか?」
「判断がつきません。しかし昔のことは覚えていないそうです」

 僕たちの会話を不思議そうに聞く猿飛。

「さっきから何言ってるのか分かんねえよ。褒美を――」
「……戦が終わった後、好きなだけ褒美をくれてやる。とりあえず一緒に従軍しろ」

 椅子に座り込んで、うな垂れてしまった大殿。

「はあ? おいおい雲之介、約束が違うじゃねえか」
「……よく考えてくれ。今ここで少ない褒美よりも後で好きなだけ褒美をもらったほうが得だろう?」

 猿飛は「本当にくれるんだろうな?」と疑っている。

「ああ。約束するよ」
「うん? あれ? あんた、前にもそんなこと言わなかったか?」

 不思議そうな顔をする猿飛。
 僕もおかしいと思ったけど、首を横に振った。

「まあいいや。それじゃあしばらく厄介になるぜ」

 手を振りながら、陣の外に出ようとする猿飛。

「おい長政ぁ!」

 突然、大殿がよく通る声で叫んだ。

「……知らねえよ。そんな名は。俺は猿飛だ」

 足を止めた猿飛だったけど、振り向きもせずにそのまま出て行った。

「……あれが品行方正で律儀な長政殿? とてもじゃないが信じられぬ」

 柴田さまの呟きに前田さまも頷いた。

「雲之介……長政の記憶は戻るのか?」

 大殿の力ない声に、僕は何も言えなかった。



「おお、雲之介! 無事で何よりだ!」

 陣に入るやいなや、僕の手を取って大喜びする秀吉。
 奥のほうには横になっている半兵衛さんも居た。

「秀吉こそ無事で何よりだ。半兵衛さんは?」
「寝ているが、大事はない。秀長と正勝はどこだ? 二人も無事か?」

 僕は「猿飛仁助の相手をしているよ」と答えた。

「猿飛仁助? 何者だそいつは?」
「ああ。説明すると――」

 僕の話を聞き終えた秀吉は難しい顔をしていた。

「うむむ。記憶を失くしたのか……雲之介、おぬしに訊ねるが、記憶がないとはどんな気持ちだ?」

 僕は意図が分からなかったけど、素直に答えた。

「とても不安だよ。自分が何者なのか、分からないのは」
「そうであろう。ならば猿飛はいずれおぬしに訊ねるだろう。浅井長政という大名のことをな」

 確信を得ているような言葉だった。まあ以前の自分を知っているかもしれないのだから、聞くのは当然の流れだった。

「今後だが、物見の報告では金ヶ崎城の兵は出陣してこちらに迫ってきているようだ」
「せっかくの地の利を捨てるのか?」
「おそらくだが一向宗の援軍が到着したからだろう。つまり明日が本当の戦だ」

 そして横目で半兵衛さんを見る秀吉。

「この状態では半兵衛は戦線に立てぬな」
「ああ……あのさ、秀吉。半兵衛さんのことなんだけど」

 口止めされていたけど、言わねばならないことだと思った。
 でも秀吉はあっさり「労咳なのだろう」と呟いた。

「知ってたのか?」
「大切な家臣――いや、仲間だからな。それに時折咳をしていたのも気にかかっていた」
「……もう戦に出させるのは、難しいんじゃないか?」

 傍から見ていても、戦に出て策を練ることは、半兵衛さんの寿命を削るようなものだと思う。
 でも秀吉は「本人の問題だ」と悲しそうに言う。

「本来なら病を治すことを優先して欲しいのだが、おぬしも知ってのとおり言っても聞かぬ性格だ」
「それでも、縛ってでも休ませるべき――」

 そこまで言った後、横になっていた半兵衛さんが突然叫んだ。

「いやよ! 絶対にいや! 畳の上で死ぬなんて真っ平御免よ!」

 まるで駄々をこねる子どものような言い草だった。そして咳をする。
 僕は近くに来て、屈みながら「無理しないでくれ」と気遣うように上体を起こした半兵衛さんの背中をさすった。

「後生だから、軍師としていさせて」
「半兵衛さん……」

 すると秀吉は「今回の戦のような真似はするな」と僕と同じように屈んで言う。

「焦ってわしを出世させるようなこともしなくていい」
「秀吉ちゃん……あたしを許してくれるの?」
「許すも何もない。わしの力になってくれ。おぬしが必要なんだ」

 半兵衛さんは顔を背けながら「そういうのは、女の子に言いなさいよ……」と声を震わせた。
 僕は秀吉の判断は良いのか分からなかった。確実に寿命が減るだろう。もしかしたら気を張り詰めすぎて、労咳ではなく心労で死ぬかもしれない。
 それでも――悪い判断でもない気がする。半兵衛さんを見ていて、そう思ってしまった。
 不意に空を見上げる。
 輝く星たち。
 流れ星が、横切った。



 夜が明けて、いよいよ朝倉家と本願寺の連合軍と戦う。
 僕たちははたして生き残れるのだろうか?
 そして長政さまの記憶は戻るのだろうか?
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。

克全
歴史・時代
 西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。  幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。  北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。  清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。  色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。 一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。 印旛沼開拓は成功するのか? 蝦夷開拓は成功するのか? オロシャとは戦争になるのか? 蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか? それともオロシャになるのか? 西洋帆船は導入されるのか? 幕府は開国に踏み切れるのか? アイヌとの関係はどうなるのか? 幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

対米戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。 そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。 3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。 小説家になろうで、先行配信中!

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...