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今後の施策と新たな戦
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雑賀衆を引き込めないまま帰るわけにはいかない僕と秀長さんは、以前より大殿に好意的な根来衆を味方に引き入れることにした。これはすんなりと成功し、さらに彼らの斡旋で三緘地方の雑賀衆も加わることになる。
「しかし我らだけでは武田家には勝てぬでしょう」
根来衆の頭領、津田算正ははっきりとした口調で断言した。礼儀正しい行雲さまと違って荒々しい印象を持つ根来衆の僧侶の中でも、険しい顔をしている算正さんに神妙に言われたら否応にも信じざるを得なかった。
「算正さん。あなたもそう思うんですか?」
「織田家のあなた方のほうが分かっていると思いますけどね。少なくとも雑賀孫市か土橋守重を味方につけないと負けますよ」
土橋守重とは雑賀孫市と並ぶ、雑賀衆の実力者である。噂では孫市と対立しているらしい。ならば土橋守重を味方につけて孫市を倒せればいい――と浅はかに考えたのだが、土橋は反織田の急進派でもある。もしも雑賀衆を攻めようものなら、二人の実力者が手を組むことは火を見るより明らかである。
「それは無理だ。孫市も土橋も織田家を敵視している」
「でしょうな。しかし我らも協力はしますが、武田家相手となると尻込みする者もおります。ですから自らを最強と信じて疑わない二人の実力者のどちらかはどうしても不可欠です」
金で動かず、見栄で動くような虚栄心の塊をどう説得すれば良いのか……僕には分からなかった。
というわけで長浜城まで一旦戻ることにした。当然、秀吉はこの結果に満足しなかった。
「雑賀衆を引き込むことができなかったのは痛いな……」
評定の間で苦い顔をしている秀吉に僕は返す言葉が無かった。
秀長さんはこの場には居ない。大殿のところに今回の結果を知らせに行くためだ。
「まあいい。いずれ雑賀は従わせるなり滅ぼすなりするとして、これからどう武田に勝つかを考えることにしよう」
「難しいことを……半兵衛さんはどこにいる? あの人なら必勝の策を考えつくんじゃないか?」
何気なく訊ねると「もうすぐ講義を終えて戻ってくる」と襖を開けながら長政が言った。傍には浅野くんも居る。
「その前に、内政について訊ねたいことがある。羽柴家でも優れた内政官の雲之介殿なら良き知恵を出してくれるはずだ」
「過剰な期待はやめてくれ。それでなんだ?」
「以前、税を免除したことで人が増えただろう? だけど彼らの仕事が無いんだ」
長政の困った顔。相当危うい状況なのだと推測できる。
「溢れた者は兵士として雇ってはいますが、何分、税収が少ないために囲える人数は少ないのです」
浅野くんも追随するように解説してくれた。
「つまり仕事が無いので領民の生活が貧しくなっているのか」
「田畑を開墾するにも、肥沃な土地はほとんど開墾してしまいました」
ふうむ。だったら新しい仕事を増やさないとな。
懐からそろばんを取り出して、僕は計算を始める。
「十二万石の土地があって、今の領民の人数は?」
「正確には分かりませんが、全部で十五万人はいますね」
「三万石足らなくて、しかも僕たち家臣の俸禄も考えると、養えないね」
ばちばちっとそろばんを弾く。すっかり慣れたので指が素早く動く。
「それはなんですか?」
浅野くんが興味深そうにそろばんを指差す。
「ああ。これはそろばんといって計算補助機だ」
「便利ですね。私も欲しいなあ」
「これは貴重だから、一個しかないんだ」
すると長政は閃いたようで「仕事のない者に作らせるのはどうだ?」と言う。
「高く売れるだろうし、普及すれば算術が得意な者が増えるだろう」
「いい考えだけど、これは熟練した職人しか作れないんだ」
「なるほど……だから貴重なんだな」
それを聞いていた秀吉は「ならば仕上げだけ職人にやらせれば良い」と提案する。
「簡単な部品ぐらいならば手馴れればできるだろうよ」
「さすが殿ですね! ではさっそく――」
浅野くんが動こうとするのを僕は「待ってくれ」と制した。
「そろばんではなく、鉄砲を作るのはどうだろうか」
「鉄砲、ですか?」
「国友衆を仲間にしたとはいえ、生産力は乏しい。だけど秀吉のやり方なら一気に作れるかもしれない」
「しかし鉄砲だと結局自分たちで買うことになるんじゃないか? 他国へ流すわけにはいかない」
長政の反論に「大殿に売ってしまおう」とあっさりと僕は返す。
「大殿だけではなく、足利家や徳川家にも売ろう鉄砲が欲しくない大名は居ないしね」
「二家ならば高く買ってくれるだろうな。よし、それで行こう」
秀吉が太鼓判を押したので長政と浅野くんは国友衆に相談するために出て行った。入れ替わりに半兵衛さんが評定の間に入ってくる。この前会ったときよりも顔色が悪い。
「あら。二人良い顔で出て行ったけど、雲之介ちゃんなんか言ったの?」
「ああ。まあね。それより武田家を倒す策なんだけど」
「あー、それ聞いちゃう? 無理よ無理。信玄の死に待ちしか策はないわ」
手を振って不可能を表す半兵衛さん。天才軍師が匙を投げるくらい、武田信玄は強いのか……
「それをどうにかするのが、軍師じゃないのか?」
「秀吉ちゃん。あたしにもできることとできないことがあるのよ」
「では問うが、信玄の死に待ちを前提とした策はあるか?」
なんとも言えない問いだ。信玄は高齢で病気持ちだけど、流石に悠長に待ってはいられない。
「大規模な篭城戦しかないわね。攻めるにしても守るにしても、ひたすら消耗させるしかないわ」
「篭城戦……」
「信玄の居城でも攻めてみる? 持久戦なら兵糧と銭が豊富な織田家が勝つわよ」
冗談としか思えなかったので「真面目に考えてくれ」と苦言を呈した。
「そんな大規模な篭城戦ができる城なんて東海道にも中山道にもない」
「ないなら作っちゃえば良いのよ。城でも砦でも、それこそ柵を廻らせたものでもいいわ。加えて大規模な軍勢。それだけ揃って、しかも矢でも鉄砲でもなんでもいいから飛び道具で武田家に対抗するのよ。それしか勝つ方法はないわ」
「しかし大規模な軍勢で守っている用意周到な砦を武田信玄は攻めるだろうか?」
秀吉の何気ない問いに「だから信玄の死に待ちよ」と面倒くさそうに言う。
「なんちゃって出家の信玄に勝てるのは日の本でも上杉謙信しかいないわ。そこを理解しないと……滅びるわよ、織田家」
最後は凄みのある表情で僕たちを見つめる半兵衛さん。
「分かっておる。しかし、武田家とは戦わずにどう天下統一を成し遂げるのだ?」
「朝廷に頼んで、足利家にも協力してもらって、二つの権威を使って和睦するしかないのよね。信玄さえ死ねば、後は大丈夫よ。滅ぼせばいいわ」
「どうして信玄が死ねば、大丈夫なんだ? 武田家自体は残っているんだろう?」
僕の問いに「上がしっかりしないと戦国乱世は乗り切れないわ」と真剣に答えた。
「今の武田家の後継者は勝頼。彼は諏訪家の後継者でもある。でもね、諏訪家は信玄が滅ぼした大名なのよ。そんな人間が跡取りになってごらんなさい。反発する人間は幾らでもいるわ」
「だから信玄の死に待ちを狙っているんだな」
だとするのなら、今武田家と戦うのは時期尚早ではないのか?
「大殿の考えは分からないわ。ひょっとするとあたしたちが信じられない策を考えているのかもね」
肩を竦める半兵衛さん。まあ大殿のお考えなど常人には理解できないから、仕方のないことだった。
「御免! 殿は居られますか!」
話が一段落終わったところに、外から兵士が秀吉を呼ぶ。
「おう。わしならここだ」
「岐阜の大殿より、書状が来ました」
僕は外に出て、兵士から手紙を受け取り、秀吉に手渡した。
書状を広げて、じっくりと読む秀吉。
そして溜息を吐いた。
「筒井と松永が勝手に戦を始めたようだ」
「はあ? 二家は織田家の傘下だろ? なんで傘下同士が戦うんだ?」
不思議に思う僕を余所に「それで、大殿は何をしろって?」と訊ねる半兵衛さん。
「ああ。戦を収めるようにとの仰せだ」
「収めると言っても、どうするんだ?」
秀吉は苦い顔になって言った。
「意図は分からんが松永を助けて、筒井を滅ぼせと書いてある。すぐに出陣の準備だ」
「しかし我らだけでは武田家には勝てぬでしょう」
根来衆の頭領、津田算正ははっきりとした口調で断言した。礼儀正しい行雲さまと違って荒々しい印象を持つ根来衆の僧侶の中でも、険しい顔をしている算正さんに神妙に言われたら否応にも信じざるを得なかった。
「算正さん。あなたもそう思うんですか?」
「織田家のあなた方のほうが分かっていると思いますけどね。少なくとも雑賀孫市か土橋守重を味方につけないと負けますよ」
土橋守重とは雑賀孫市と並ぶ、雑賀衆の実力者である。噂では孫市と対立しているらしい。ならば土橋守重を味方につけて孫市を倒せればいい――と浅はかに考えたのだが、土橋は反織田の急進派でもある。もしも雑賀衆を攻めようものなら、二人の実力者が手を組むことは火を見るより明らかである。
「それは無理だ。孫市も土橋も織田家を敵視している」
「でしょうな。しかし我らも協力はしますが、武田家相手となると尻込みする者もおります。ですから自らを最強と信じて疑わない二人の実力者のどちらかはどうしても不可欠です」
金で動かず、見栄で動くような虚栄心の塊をどう説得すれば良いのか……僕には分からなかった。
というわけで長浜城まで一旦戻ることにした。当然、秀吉はこの結果に満足しなかった。
「雑賀衆を引き込むことができなかったのは痛いな……」
評定の間で苦い顔をしている秀吉に僕は返す言葉が無かった。
秀長さんはこの場には居ない。大殿のところに今回の結果を知らせに行くためだ。
「まあいい。いずれ雑賀は従わせるなり滅ぼすなりするとして、これからどう武田に勝つかを考えることにしよう」
「難しいことを……半兵衛さんはどこにいる? あの人なら必勝の策を考えつくんじゃないか?」
何気なく訊ねると「もうすぐ講義を終えて戻ってくる」と襖を開けながら長政が言った。傍には浅野くんも居る。
「その前に、内政について訊ねたいことがある。羽柴家でも優れた内政官の雲之介殿なら良き知恵を出してくれるはずだ」
「過剰な期待はやめてくれ。それでなんだ?」
「以前、税を免除したことで人が増えただろう? だけど彼らの仕事が無いんだ」
長政の困った顔。相当危うい状況なのだと推測できる。
「溢れた者は兵士として雇ってはいますが、何分、税収が少ないために囲える人数は少ないのです」
浅野くんも追随するように解説してくれた。
「つまり仕事が無いので領民の生活が貧しくなっているのか」
「田畑を開墾するにも、肥沃な土地はほとんど開墾してしまいました」
ふうむ。だったら新しい仕事を増やさないとな。
懐からそろばんを取り出して、僕は計算を始める。
「十二万石の土地があって、今の領民の人数は?」
「正確には分かりませんが、全部で十五万人はいますね」
「三万石足らなくて、しかも僕たち家臣の俸禄も考えると、養えないね」
ばちばちっとそろばんを弾く。すっかり慣れたので指が素早く動く。
「それはなんですか?」
浅野くんが興味深そうにそろばんを指差す。
「ああ。これはそろばんといって計算補助機だ」
「便利ですね。私も欲しいなあ」
「これは貴重だから、一個しかないんだ」
すると長政は閃いたようで「仕事のない者に作らせるのはどうだ?」と言う。
「高く売れるだろうし、普及すれば算術が得意な者が増えるだろう」
「いい考えだけど、これは熟練した職人しか作れないんだ」
「なるほど……だから貴重なんだな」
それを聞いていた秀吉は「ならば仕上げだけ職人にやらせれば良い」と提案する。
「簡単な部品ぐらいならば手馴れればできるだろうよ」
「さすが殿ですね! ではさっそく――」
浅野くんが動こうとするのを僕は「待ってくれ」と制した。
「そろばんではなく、鉄砲を作るのはどうだろうか」
「鉄砲、ですか?」
「国友衆を仲間にしたとはいえ、生産力は乏しい。だけど秀吉のやり方なら一気に作れるかもしれない」
「しかし鉄砲だと結局自分たちで買うことになるんじゃないか? 他国へ流すわけにはいかない」
長政の反論に「大殿に売ってしまおう」とあっさりと僕は返す。
「大殿だけではなく、足利家や徳川家にも売ろう鉄砲が欲しくない大名は居ないしね」
「二家ならば高く買ってくれるだろうな。よし、それで行こう」
秀吉が太鼓判を押したので長政と浅野くんは国友衆に相談するために出て行った。入れ替わりに半兵衛さんが評定の間に入ってくる。この前会ったときよりも顔色が悪い。
「あら。二人良い顔で出て行ったけど、雲之介ちゃんなんか言ったの?」
「ああ。まあね。それより武田家を倒す策なんだけど」
「あー、それ聞いちゃう? 無理よ無理。信玄の死に待ちしか策はないわ」
手を振って不可能を表す半兵衛さん。天才軍師が匙を投げるくらい、武田信玄は強いのか……
「それをどうにかするのが、軍師じゃないのか?」
「秀吉ちゃん。あたしにもできることとできないことがあるのよ」
「では問うが、信玄の死に待ちを前提とした策はあるか?」
なんとも言えない問いだ。信玄は高齢で病気持ちだけど、流石に悠長に待ってはいられない。
「大規模な篭城戦しかないわね。攻めるにしても守るにしても、ひたすら消耗させるしかないわ」
「篭城戦……」
「信玄の居城でも攻めてみる? 持久戦なら兵糧と銭が豊富な織田家が勝つわよ」
冗談としか思えなかったので「真面目に考えてくれ」と苦言を呈した。
「そんな大規模な篭城戦ができる城なんて東海道にも中山道にもない」
「ないなら作っちゃえば良いのよ。城でも砦でも、それこそ柵を廻らせたものでもいいわ。加えて大規模な軍勢。それだけ揃って、しかも矢でも鉄砲でもなんでもいいから飛び道具で武田家に対抗するのよ。それしか勝つ方法はないわ」
「しかし大規模な軍勢で守っている用意周到な砦を武田信玄は攻めるだろうか?」
秀吉の何気ない問いに「だから信玄の死に待ちよ」と面倒くさそうに言う。
「なんちゃって出家の信玄に勝てるのは日の本でも上杉謙信しかいないわ。そこを理解しないと……滅びるわよ、織田家」
最後は凄みのある表情で僕たちを見つめる半兵衛さん。
「分かっておる。しかし、武田家とは戦わずにどう天下統一を成し遂げるのだ?」
「朝廷に頼んで、足利家にも協力してもらって、二つの権威を使って和睦するしかないのよね。信玄さえ死ねば、後は大丈夫よ。滅ぼせばいいわ」
「どうして信玄が死ねば、大丈夫なんだ? 武田家自体は残っているんだろう?」
僕の問いに「上がしっかりしないと戦国乱世は乗り切れないわ」と真剣に答えた。
「今の武田家の後継者は勝頼。彼は諏訪家の後継者でもある。でもね、諏訪家は信玄が滅ぼした大名なのよ。そんな人間が跡取りになってごらんなさい。反発する人間は幾らでもいるわ」
「だから信玄の死に待ちを狙っているんだな」
だとするのなら、今武田家と戦うのは時期尚早ではないのか?
「大殿の考えは分からないわ。ひょっとするとあたしたちが信じられない策を考えているのかもね」
肩を竦める半兵衛さん。まあ大殿のお考えなど常人には理解できないから、仕方のないことだった。
「御免! 殿は居られますか!」
話が一段落終わったところに、外から兵士が秀吉を呼ぶ。
「おう。わしならここだ」
「岐阜の大殿より、書状が来ました」
僕は外に出て、兵士から手紙を受け取り、秀吉に手渡した。
書状を広げて、じっくりと読む秀吉。
そして溜息を吐いた。
「筒井と松永が勝手に戦を始めたようだ」
「はあ? 二家は織田家の傘下だろ? なんで傘下同士が戦うんだ?」
不思議に思う僕を余所に「それで、大殿は何をしろって?」と訊ねる半兵衛さん。
「ああ。戦を収めるようにとの仰せだ」
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