猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一

文字の大きさ
106 / 256

勝蔵

しおりを挟む
 岐阜城への帰路、尾張国と三河国の境――

「雲之介ちゃんは本当に本当に本当にお人よしよね」
「まったくだ。呆れちまうぜ」

 雪隆くんとの顛末を話すと半兵衛さんと正勝はあからさまに呆れた顔になった。
 ま、仕方のないことだけどね。

「それで、秀吉ちゃんはなんて言ったの?」
「えっと、『おぬしがそれで良いのなら良い』って言ってくれたよ」
「殿も甘い人間だな……」

 甘いというか度量が大きいと評すれば正確だろう。実際、浜松城で報告したとき、豪快に笑っていたから。

「それにしても、今回は戦果なかったわね。信玄のおじいちゃんは退いてくれたけど」
「いや上々だろうよ。しばらくは攻めてこないんじゃねえか?」
「あたしとしては、三方ヶ原で討ち取りたかったわ。本当に残念。こっちは森さまが――」

 そこまで言いかけて、僕の顔を見る半兵衛さん。
 見返すとばつの悪い顔になっている。

「気を使わなくていいよ。僕の役目だから」

 そう。浜松城を出立する前に大殿に命じられていたのだ。
 森可成さまの死を、森家の人々に知らせること。
 今まで受けた主命の中で最もやりたくなく、そして最もしなければいけなかったことだった。

「大殿も酷いわね。森さまを死に追いやったのは――」
「おい半兵衛。続けるなよ」

 正勝が少しきつめに注意する。
 そんな兄弟に僕は微笑む。

「大丈夫だよ、正勝の兄さん。既に覚悟はできている」
「…………」
「本当に、大丈夫だから」

 志乃のときのように恨まれるべきか。
 それとも生きる希望を与えるべきか。
 まだ決断できないけども。



 岐阜城にある森家の屋敷に着いた。両隣には雪隆くんと島が居る。ついて来なくてもいいと言ったのに、どうしても聞かない。

「僕一人で十分――」
「それ以上言うな。雨竜殿は背負いすぎる」

 島が最後まで言わずに遮って、はっきりと言う。

「雲之介さんを守るのが、俺の役目ですから」

 雪隆くんも頑として聞かない。
 仕方ないなあと溜息を吐いて、僕は森家に入った。

「御免。どなたか居られるか?」

 大きな声で呼ぶと小者らしき男が「へえ。どちらさまですか?」と訊ねる。

「織田家直臣、羽柴秀吉が家臣、雨竜雲之介秀昭である。森可成さまの奥方、えいさまは?」
「奥方さまならご子息さまと一緒に居られます」
「そうか。案内してくれ」

 いずれ知ることだから、一度に知らせたほうがいい……
 奥方と子どもたちは庭先に居た。六男三女と聞いていたが、この場には二人の男の子しか居なかった。

「蘭丸! それでは戦働きできねえぜ!」

 稽古用の槍で小さな男の子を吹っ飛ばす大きい男の子。
 小さい子は倒れてしまい、泣きそうになる。

「泣くな! 弱虫が!」
「な、泣いてないもん!」

 その様子をはらはらしながら見ているおしとやかな女性。
 あれがえいさまだろう。虫すら殺さなそうな優しげな女性。目尻が垂れてて、菩薩さまのような柔和な表情。

「えいさま。織田家の直臣、羽柴さまの家臣の方々です」

 小者が声をかける。えいさまはハッとして僕を見る。
 このとき、えいさまは何かを悟ったのだろう。
 悲しそうな目をした――

「ああん? 羽柴? なんでそんなのがうちに来たんだ?」
「あ、兄上。失礼ですよ!」

 ずかずかと近づいてくる大きな男の子。森さまとえいさまの面影はあるけど、少々、いやかなり目つきが悪い。
 一方諌めた小さな男の子はえいさまに似てる。というより女の子のように可憐だった。

「君は、勝蔵くんかな?」
「あん? そうだけどよ」

 そうか。この子の後見を頼まれたのか。
 思わず頭を撫でる。

「ちょ、おいコラ! 何すんだ!」
「あはは。ごめん」

 僕はえいさまに近づく。
 えいさまは顔を蒼白にして、立っていた。

「お初にお目にかかります。雨竜雲之介秀昭と申します」
「森可成が妻、えいです。何の御用ですか?」

 僕は覚悟を決めて言う。

「森可成さま、並びにご嫡男森可隆さま。三方ヶ原にて、討ち死になされました」

 誰も何も言わなかった。いや、言えなかったと言うのが正しい。
 えいさまは衝撃に耐えるのに必死で。
 子どもたちはあまりのことに呆然としていた。

「……おい。ちょっと待てよ」

 最初に声を発したのは、勝蔵くんだった。

「親父と兄貴が死んだって、今言ったのか? 冗談じゃねえのか?」
「冗談で言えることじゃない」
「な、なんで死んだんだ? あんなに強かったのに……」
「戦だ。死ぬときは死ぬ」

 そのとき、背中がぞくりとして。
 振り返ると勝蔵くんが僕に繰り出した槍を雪隆くんが掴んでいた。

「ふざけんな……ふざけんなああああ! 親父と兄貴が死ぬわけねえだろ!」

 雪隆くんは決して槍を離さない。それを見て勝蔵くんは槍を手放して僕に直接向かってきた。勢い良く僕にぶつかったので、簡単に馬乗りされた。

「嘘だって言えよ!」
「雪隆くん。何もするな」

 引き剥がそうとする雪隆くんを僕は止めた。

「しかし――」
「良いんだ。勝蔵くん、信じたくない気持ちはよく分かる」
「黙れよ!」

 子どもとは思えない拳が僕の顔面を襲う。

「親父と兄貴は強かったんだ! なんで死んだんだ!」
「ああそうだ。二人は死んだんだ」
「――っ! この野郎!」

 振り上げられた拳がまた僕の顔に当たる前に、蘭丸と呼ばれた小さな子が勝蔵くんの腕に飛びついた。

「何すんだ蘭丸!」
「やめてください! もう、やめてください……」

 ぼろぼろと泣き崩れてしまった蘭丸くんを見て、勝蔵くんの力が弱まった。
 えいさまに視線を移す。
 うずくまって静かに泣いている……



「ありがとうございます。嫌なお役目、ご苦労さまでした」

 落ち着かれたえいさまに部屋へ招かれて、僕たち三人は座っていた。
 勝蔵くんと蘭丸くんはえいさまの後ろに座っている。

「それで、大殿さまは……」
「森家は、勝蔵くんが継ぐようにと。しかし歳若いため、元服までは控えろと仰せです」

 さっきから睨みつけている勝蔵くん。分かっているのかどうか分からない。

「そうですか。分かりました」
「……何も聞かないんですね」

 夫と息子の最期はどうだったのかとか。どうして死んだのかとか。
 一切聞かないえいさまに疑問を覚えた。

「いつかこの日が来ると思っていました。武将の妻なら当然です」
「そうですか……」
「しかし私は弱いですね。覚悟しているとはいえ、先ほど取り乱してしまいましたから」

 十分強い人だ。気丈に振舞っているのだから。

「それで勝蔵くんのことですが、後見人に僕と羽柴秀吉が指名されました」
「あなたさまですか……?」
「戦に臨む前に、森さまが大殿に頼んだそうです」

 それを聞いた勝蔵くんは「あんたみたいに弱い人間が後見してもなあ」と皮肉を言った。

「雪隆くん。抑えるように」

 刀に手をかけそうになった雪隆くんを制しつつ「よければ長浜に来ないか?」と勝蔵くんに言う。

「長浜? なんでだよ?」
「長浜で鍛えるべきだと思ってね。強くなりたいだろう?」
「はっ。そんなんいらねえよ。既に俺は強いからな」
「でもここに居る雪隆くんには負けるよ」

 真実を述べると剣呑な目になった。

「ああん? 誰が負けるって?」
「君だよ。なんなら勝負してみるがいい」
「上等だよ! やってやんぞオラ!」

 ここで戦わせないと、雪隆くんとわだかまりが生まれるからなあ。
 雪隆くんああ見えて根に持つから。

 二人が出て行って、これからの森家について話していると、意外と早く雪隆くんが帰ってきた。

「早かったね。勝蔵くんは?」
「気絶している……雲之介さんを馬鹿にしすぎだ」

 蘭丸くんは信じられないという顔で雪隆くんを見ている。
 えいさまは「あれで少しは懲りたでしょう」と笑った。
 そして頭を深く下げた。

「勝蔵のこと、よろしくお願いします」

 一晩、森家で泊まらせてもらった後、僕たちは出立した。

「いいか雪隆。負けたのは偶然だからな。いつか仕返ししてやる」
「雲之介さん。こいつ殺していいか?」

 物騒なやりとりを聞き流しながら、僕は島に言う。

「これから伊賀に向かう」
「伊賀? どうしてだ?」
「服部さんから紹介状をもらったんだ。忍びを雇おうと思って」
「忍びか……どういう風の吹き回しだ? 雨竜殿は内政官だろう?」

 忍びなんて必要ないって言いたいのだろう。

「何があるか分からない戦国乱世だからね。雇っておいて損はないよ」

 そういうわけで一路伊賀へと向かう。
 どんな出会いが待っているのか。
 それは分からなかった。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。

克全
歴史・時代
 西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。  幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。  北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。  清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。  色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。 一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。 印旛沼開拓は成功するのか? 蝦夷開拓は成功するのか? オロシャとは戦争になるのか? 蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか? それともオロシャになるのか? 西洋帆船は導入されるのか? 幕府は開国に踏み切れるのか? アイヌとの関係はどうなるのか? 幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

対米戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。 そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。 3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。 小説家になろうで、先行配信中!

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...