猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一

文字の大きさ
135 / 256

人の気持ちを決めるな

しおりを挟む
 全てを語り終えたのは、もう空が白み始めた頃だった。
 晴太郎は俯いたまま何も口出ししなかった。
 かすみは僕の顔をずっと見ていた。
 はるは僕の手を握っていてくれた。
 誰も何も話さない。僕は咳払いして気まずい中、話を続けた。

「僕は晴太郎が悪いとは思えない。志乃だってできる限りのことをしたんだろう」
「……その悪僧は、どうしたの?」

 震える声で問うかすみ。僕は「殺したよ」と短く言った。

「この手で殺した。報いを受けさせたよ」
「そ、そう、なんだ……」

 かすみは明らかに怯えていた。
 悪人だろうが僧侶を殺したんだ。当然のことだと思う。

「晴太郎。僕はお前が苦しんでいることは知っていた」
「…………」
「でも、お前から言うのを待っていた。どうしてか分かるかい?」

 晴太郎は――横に首を振った。

「それはね。僕から言ってしまえば、とても傷つくと分かっていたからだ。一年と半年前は、まだお前は幼かったからね」
「…………」
「しかし自分から言えるようになったのは、強くなったのだと思うよ」

 慰めにもならないことだけど、これが僕にできる精一杯の優しさだった。

「兄さま……どうして、私にも、教えてくれなかったの?」

 かすみは責めるような口調ではなかったけど、晴太郎はハッとして顔をあげた。
 かすみは、静かに涙を流していた。

「……いつか言おうと思っていた。でも言えなかったんだ」
「……どうして? 兄さま」
「かすみだけには、知られたくなかった」

 晴太郎も涙を流しながら言う。

「俺には、かすみしか居なかった。母さまは、俺が殺してしまったから。そして父さまは――」

 晴太郎はここで初めて、僕を責めるような目で見た。

「父さまが一番大切な人を、奪ったのは俺だ。そんな俺なんか、愛される資格なんていない」
「……そんなことはない」

 僕はできる限り穏やかな言葉で諭す。

「僕は晴太郎を愛している。たとえどんなことがあっても――」
「嘘だ! そんなの、嘘に決まっている!」

 晴太郎は立って、僕に近づいて無理矢理立たせるように胸ぐらを掴んだ。

「信じられるかよ! 母さまを殺したのは俺なんだ! いくら僧に脅されたとしても、殺したのは、俺なんだよ! 今でも母さまを刺した感触が残っている! 母さまの最期の表情が目に写っている! 俺は親殺しの大罪人だ!」

 晴太郎は、ずっと苦しんでいたのか。
 どうして、気づかなかったのか。いや、気づかないようにしていたのか。

「父さまだって、俺のことが憎いんだろう!? 嫌いだってそう言えよ! 愛しているとか、信じているとか、全部嘘だって言えよ! 絶対に俺のことを憎んでいるって――」

 そこまで晴太郎が言ったとき、僕は――晴太郎を殴った。
 初めて、晴太郎を殴った。
 畳の上に倒れる晴太郎。
 悲鳴をあげるかすみ。
 はるは動揺はしただろうけど、何も言わない。

「……僕の気持ちを、勝手に決め付けるなよ、晴太郎」
「…………」

 今度は僕が晴太郎を無理矢理立たせた。
 しっかりと目を合わせる。
 逸らすことなんて、許さない。

「お前が僕をどう思っても構わない。信じなくてもいい。でもな、僕の思いを勝手に決め付けるのは、良くないだろ。お前は――何を恐れているんだ?」
「父さま……許して……」

 晴太郎は怯えていた。悪夢を見た子どものように、震えていた。

「謝るから……もう、そんなこと、言わないから……許して……」
「父さま! もう兄さまを許してあげて!」

 かすみが僕の着物の端を掴んで懇願する。
 僕は晴太郎を放した。

「かすみ。お前もおかしなことを言うね」
「……えっ?」
「僕が許すかどうかじゃない。晴太郎が自分を許せるのかが問題なんだよ」

 すっかり怯えてしまっている晴太郎に、厳しく言う。

「晴太郎。お前は弱い。何故なら母親を守れなかったからだ」
「……と、うさま」
「そして今、僕に対して怯えている。父親から愛されないことに対して恐怖を感じている。だから、弱いんだよ」

 僕は――晴太郎に言う。

「もちろんそうなってしまった原因は僕にもある。志乃を施薬院で働かせたのは僕だしね。だから、僕も責任を取らないといけない」

 僕は脇に置いていた刀の鞘を抜いた。

「今ここで、お前を殺してあげる」

 かすみの行動はほとんど反射的だった。
 晴太郎の前に出て、身をもって庇ったのだ。

「駄目! そんなの、やめて!」
「……どけ、かすみ」
「兄さまを殺さないでよ! なんで殺すのよ!」

 必死の訴えに僕は「こうなってしまったら、晴太郎はもう駄目だ」と応じた。

「もちろん僕も息子を殺したとなれば、生きていけない。安心しろ。後を追って切腹するよ」
「なんでえ、そうなるのよ! 私はどうするの!」

 僕は「雨竜村で暮らせ」と冷たく言った。

「弥平さんも福さんも受け入れてくれるだろ」
「そんな……はるさん、なんとか言ってよ!」

 はるは――首を振った。

「晴太郎は抗わない限り、もう駄目だろう。私もこれで未亡人か……」
「う、ううう……」

 かすみはもう何も言えずに泣き出してしまった。
 僕は上段に構える――

「かすみ、どいて」

 小さな声。掠れているみたいに、小さな声。

「兄さま……?」
「父さま、お願いします。俺は――死にたくない」

 晴太郎は僕に懇願した。

「……どうしてだ?」
「母さまから、貰った命を、父さまに殺させるわけにはいかない」

 晴太郎は泣きながら言う。

「ましてや、父さまを自害させるわけには、いかないんです……」
「…………」
「俺は、父さまのことが大好きなんです」

 晴太郎は滂沱の涙を流しながら叫んだ。

「かすみだって一人ぼっちにさせるわけにはいかない! 俺は一人だって思っていた! 母さまが死んでから、一人きりだと思い込んでいた! でも違っていた! 俺には父さまとかすみが居る! 俺は一人なんかじゃない! だから――」

 晴太郎は懇願するように頭を伏せた。

「だから、死にたく、ない……」

 ようやく、その言葉が聞けた。

「……その言葉を忘れないように」

 鞘に刀を納めて、呆然としている晴太郎とかすみに言う。

「僕は――お前たちを愛しているんだ。だから殺させないでくれ」
「父さま……」
「僕も志乃が死んだことは悲しい。でも、お前たちを失うことも同じくらい悲しいんだ」

 僕は二人に寄って――抱きしめた。

「もう家族を失いたくないんだ。分かっておくれ」

 二人は――僕に抱きついて泣き続けた。
 はるは離れたところで泣いた。
 ようやく家族がまた一つになれたことを実感した。



「おっ。雲之介。何か良いことでもあったのか?」

 やや遅れて評定の間に着くと、揶揄するように秀吉は言った。

「まあね。久しぶりに良いことがあった。それより、他のみんなは?」

 評定の間には僕と秀吉しか居なかった。秀長さんたちはどうしたんだろうか?

「他の者には外してもらった。実を言うとおぬしに話しておきたいことがあってな」
「うん? なんだい話しておきたいことって」

 秀吉は珍しくそわそわしていた。
 僕の中に不安が募っていく。

「実は……わしには側室が数人居るのを知っているだろう?」
「ああ。そうだね」
「その一人にわしの子が身ごもり産まれたのだ」

 あまりの衝撃に何も言えなかったけど、しばらくして「お、おめでとう」とだけ言えた。
 秀吉は満足そうに「うむ。おぬしならそう言ってくれると思っていた」と本当かどうか分からないことを言う。

「もうすぐそれなりの歳になるのだが。その、ねねには……」
「……言ってないのか?」

 黙って頷く秀吉に僕は頭を抱えた。
 秀吉はなんと僕に向かって平伏した。

「頼む! ねねにこれから言うから、付き合ってくれ!」
「ふざけるな! 僕は修羅場請負人じゃないんだぞ!」

 一難去ってまた一難。
 まあその後のことは胃が痛くなったので語るまい……
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。

克全
歴史・時代
 西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。  幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。  北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。  清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。  色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。 一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。 印旛沼開拓は成功するのか? 蝦夷開拓は成功するのか? オロシャとは戦争になるのか? 蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか? それともオロシャになるのか? 西洋帆船は導入されるのか? 幕府は開国に踏み切れるのか? アイヌとの関係はどうなるのか? 幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

対米戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。 そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。 3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。 小説家になろうで、先行配信中!

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...