猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一

文字の大きさ
140 / 256

目薬屋

しおりを挟む
 武田家との戦に勝利したとはいえ、滅びたわけではない。まだまだ強大な軍団を擁しているのは純然たる事実だ。上様は武田家の領地に攻め入ることは無く、岐阜城に引き上げた。
 そして二ヶ月ほど岐阜城に僕と秀吉は滞在することになる。僕の役目は戦後処理で、秀吉は今後の織田家の方針を決めるべく会議に参加していた。
 ま、秀吉の場合は長浜と行き帰りしていたようで、岐阜城に戻るたびに、はるたちの様子を教えてくれた。どうも、かすみが本格的に万福丸に言い寄られているらしい。話半分に聞こうと思っているが、もし事実なら自分を抑える自信がない。

「雲之介さんも子煩悩だな」
「まったくだ。前のように気まずくなるよりはマシだが」

 僕にあてがわれた岐阜城内の仕事部屋。
 雪隆くんと島も残ってくれて、僕の仕事を手伝っていた。
 いや、雪隆くんの場合は馬場信春を討ち取ったことで、上様から気に入られたという事情もある。
 上様には真柄直隆の息子だと伝えたが「で、あるか」の一言しか言わなかった。
 ちなみに褒美として感状と具足を賜った。しばらく森長可くんに自慢していて、本気の殺し合いになっていた。

「うるさいな。娘のことを心配するのは当然だろ?」
「過保護になりそうだから、言っておいたんだ。しかしあのかすみ――姫が言い寄られるとは。月日が経つのは早いな」

 しみじみと言う雪隆くん。まだ若いのに爺臭いことを……

「雪隆くん、次の帳簿持ってきてくれ。島も確認は終わったか?」

 手を休めずに指示を出すと「殿。俺はこういうの苦手なんだが……」と困り顔の島。

「慣れないといけないよ。いずれもっとやることになるんだから」
「嫌になるな……うん? いずれ?」
「ああ。僕もいずれ、城持ち大名になるかもしれないしな」

 算盤を弾きつつ、戦費を計算する……武田家と戦なんてするもんじゃないな。後五回もやったら織田家、破綻するぞ……

「……今さらりと言わなかったか?」
「うん? 城持ち大名のこと? そんな変な話じゃないよ」

 島は僕を凝視している。雪隆くんは帳簿を脇に置いて正座をした。
 僕は算盤を弾くのをやめて、二人に言う。

「一門衆になったしね。それに自分でも言うのもなんだけど、これから戦がなくなる時代が来る。そうなったら内政官の僕が城を任される可能性は高くなるだろう?」
「まあ理屈ではそうだが……殿、そうなれば陪臣ではなく、直臣になるということなのか?」
「いや、それはないだろう。あくまでも秀吉の家臣として城を任されると思う」

 すると雪隆くんは「雲之介さんの羽柴さまに対する忠誠心は高いな」と呆れたように言う。

「直臣になればもっと禄や知行が増えるだろう? どうしてだ?」
「ああ。俺も聞きたい。殿はどうして直臣にならない?」

 二人は真剣な顔をしている。
 僕は溜息を吐いた。

「じゃあ二人は、僕ではなく上様に仕えられたら、そうするかい?」

 二人は顔を見合わせた。

「いや。そうしないが……」
「俺もしないな」
「だろう? 僕も同じ気持ちだよ」

 これで二人は納得したようだった。
 手を鳴らして「さあ仕事を再開してくれ」と命じる。

「今日中になんとかしないと京から処理のために来てくれた村井さんに迷惑が――」

 言い終わらないうちに障子が開いた。

「雲之介。そなた暇か?」

 そこには先の征夷大将軍、足利義昭さんが居た。
 雪隆くんと島が平伏する。僕も同じようにしようとすると「良い。そのままで」と寄って来る。

「なあ。雲之介。城下町に行こう」
「義昭さん……僕仕事中ですけど……」
「ならその仕事を村井がやれば暇だな」
「…………」
「さあ行くぞ」

 義昭さんは強引だなあ。
 しかし元とはいえ公方さまの命令には逆らえない。
 僕は村井さんに仕事を渡して――真っ青になっていたのは見なかったことにしよう――雪隆くんと島も連れて、城下町に行くことにした。

「いやあ。岐阜の町は良いな。京には劣るが、町の者が生き生き働いている」

 にこにこ笑いながらのん気に歩いている義昭さん。

「義昭さんも生き生きしていますね……」
「まあな。重荷が取れて、毎日が楽しいよ」

 その分、僕たちは大変なんだけどなあ。
 でもまあこんな義昭さんは見ていて安心する。
 前は張り詰めていたから。

「おお。いつもの茶屋で団子を食べよう」

 義昭さんはお気に入りの茶屋に真っ先に入っていく。
 中に入ると、義昭さん以外には三人の旅人しか居なかった。
 大柄な男と商人風の男二人の三人組。売り物は……目薬か。

「何をしておる! さっさと座らぬか!」

 僕たちが席に座ると「女将、いつものな!」と慣れた様子で注文をする。

「草二つにあんこが三つですね。そちらの方は?」
「あんこを一本ずつ……ちょっと食べすぎですよ?」
「良いではないか。ここの団子は美味しい」

 女将は「あらやだ! 団子一本付けておくわ!」と世辞を真に受けてしまう。

「よしあ――覚慶さん。あまり騒がないでくださいよ?」

 用心のために、義昭さんとは言わない。
 団子を食べつつ、僕たちは会話する。

「すまぬな。しかし、太平の世となったらこの町のような平和が日の本に訪れるだろう。それが楽しみで仕方ないな」
「そのために頑張ってはいますが……昨今の情勢は厳しいです」

 そう。同盟だった毛利も本願寺に唆されて敵に回ったし、北の上杉も比叡山の焼き討ちで敵に回った。この二国は領土が離れているから、今のところ問題ないが……

「でもまあ武田に勝ったではないか」
「勝ったというか防いだだけです。領土は増えていません」

 あまり否定したくはないが、現実は受け入れなければいけない。
 織田家の利益にならなかったのだ、長篠の戦いは。
 だからこうしてやりくりに奔走している。

「ぬう。そうか」
「しかし、これからどうなるにせよ――」

 言葉を続けようとしたときだった。

「もし。その武家殿」

 振り返ると、商人風の男と大柄な男が後ろに居た。
 もう一人の男はお茶を啜っている。

「何用か?」
「織田家家臣と見受けられるが、いかがか?」

 僕は雪隆くんに目配せした。
 いざとなれば義昭さんを守るようにという意味だ。

「ああ、そうだが? 何者だ?」
「私は栗山善助という。こちらは――」
「名前ではなく、何者かと聞いたのだが」

 すると大柄の男が「俺らが何者でもいいだろう」とぶっきらぼうに言う。

「あんたが織田家で、信長公と話せる立場なら、頼みたいことがあるんだ」
「内容によるが……素性を明かさない人間は紹介できない」

 僕は「出ましょう」と義昭さんを急かす。

「待ってくれ。後二本……」
「おいおい。逃げるように出て行かなくてもいいじゃねえか」

 大柄の男が僕の肩に触れようとする――ばしんと雪隆くんが叩いた。

「……何すんだ?」
「それはこっちの台詞だ。汚い手で触るな」
「ああん? 汚くねえよ! 厠行ったら必ず洗うぞ!」

 そういう意味ではない。

「頭が足りないのか? まあいい、表出ろ!」
「ああいいぞ! やってやんよ!」

 雪隆くんは普段は静かなのにすぐに熱くなるなあ。

「やめるんだ。二人とも。喧嘩なんかしたら『互いの家』の格が知れるぞ」

 これは罠だった。おそらく武家だと思うが……確信が持てなかった。

「てめえ! 黒田家を舐めてるのか!」
「……黒田家? なんだ、やっぱり武家だったのか。ならなんで商人風の装いをしているんだ?」

 その言葉に大柄の男は口を押さえた。
 栗山と名乗った男は片手を頭に付ける。

「……太兵衛。お前そんな簡単な手にひっかかるなよ」

 呆れたように言うのは、椅子に座っていた男。
 立ち上がって僕に顔を見せる。

「ご無礼、勘弁願いたい」

 一目見て、賢そうだと思わせるような、顔立ち。目がでかく鼻が小さい。自信たっぷりな表情。無精ひげが目立つ。武家というより、強かな商人のような雰囲気。

「あなたは、何者だ?」
「申し遅れました、私は――」

 その男は、にこやかな顔で言った。

「播磨国大名、小寺家家臣、黒田官兵衛孝高といいます」
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。

克全
歴史・時代
 西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。  幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。  北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。  清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。  色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。 一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。 印旛沼開拓は成功するのか? 蝦夷開拓は成功するのか? オロシャとは戦争になるのか? 蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか? それともオロシャになるのか? 西洋帆船は導入されるのか? 幕府は開国に踏み切れるのか? アイヌとの関係はどうなるのか? 幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

三國志 on 世説新語

ヘツポツ斎
歴史・時代
三國志のオリジンと言えば「三国志演義」? あるいは正史の「三國志」? 確かに、その辺りが重要です。けど、他の所にもネタが転がっています。 それが「世説新語」。三國志のちょっと後の時代に書かれた人物エピソード集です。当作はそこに載る1130エピソードの中から、三國志に関わる人物(西晋の統一まで)をピックアップ。それらを原文と、その超訳とでお送りします! ※当作はカクヨムさんの「世説新語 on the Web」を起点に、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさん、エブリスタさんにも掲載しています。

処理中です...