猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一

文字の大きさ
143 / 256

軍師問答

しおりを挟む
 飯屋を後にした後、僕と半兵衛さん、黒田は武家屋敷にある半兵衛さんの屋敷で話すことにした。正勝は母里と気が合って、そのまま酒盛りをし始めた。栗山は黒田について行くか迷ったが、結局は酔っ払って迷惑をかけないようにと二人の面倒を見ることにした。まったく、面倒見が良いことだ。

「竹中、あんたに一つだけ聞きたいことがある」

 すっかり衝撃から立ち直った黒田は僕が点てた茶を無作法ながら飲みつつ、半兵衛さんに真剣な表情で問う。
 半兵衛さんは「なんでも聞いてちょうだい」と笑った。

「あんたが思う『もっとも優れている軍師』は誰だ? 古今を含めてな」

 おっ。これは興味あるな。
 はたして今孔明はどんな評価を下すのだろうか?

「そうねえ。たくさん居て決められないけど……やっぱり漢の張良ね。劉邦に天下を取らせた三傑の一人だし。最期も穏やかだったしね。何も言えないほど完璧な軍師よ」
「じゃあその次は誰だ?」
「二番目は楠木正成ね。鎌倉の将軍を倒したし、臨機応変に兵を操ることができたのは、あの方ぐらいね。それと比べたら信玄も謙信もどうってことないわ」
「なるほど……では三人目は?」

 黒田の言葉に半兵衛さんは自信満々に答えた。

「決まっているでしょ? 不世出の天才であるこのあたしよ!」
「……大きく出たな。しかし意外だ。今孔明と呼ばれているあんたが諸葛亮の名前を出さないとは」

 半兵衛さんは「あたし、今孔明って言われるの嫌なのよ」と本当に嫌そうな顔をした。

「だって結局、劉備に天下取らせられなかったし。人を上手く使えなかった感じもするし。自分が発見した人材って姜維ぐらいでしょ? それに彼、策を用いても奇策を上手く使えないしね」

 散々な言い様だ。しかしなんとなく分かってしまう自分も居る。

「だから軍師としてはあまり評価していないわ。諸葛亮はあくまでも吏僚や軍事に関する政治家として考えるべきね」
「ほう……なるほどな」
「逆に聞くけど、あんたは誰がもっとも優れた軍師だと思っているのよ?」

 黒田は「俺は今の人間しか評価を下せない」と前置きをした。

「一番優れているのは、あんただ」
「あら。お世辞でも嬉しいわ」
「世辞ではない。今の話を聞いてよく理解できた。あんたは優れているだけではなく、突出し過ぎている。そんな気がした」
「ふうん。それで、二番目は?」
「毛利家の小早川隆景だ。奴の知はあんたに匹敵するが、いまいち勇気が足らず慎重になり過ぎるところが欠点だ」
「名前だけは聞いたことあるわね。それで三番目は?」

 黒田は胸を張って答えた。

「この俺だ。もちろんそうだろ」
「ま、戦国乱世の今に限ってはそうかもしれないわね」

 あっさりと認める半兵衛さん。こほんと咳払いして「あなたと小早川の違いは?」と訊ねる。

「自分で言うのもなんだが、俺は慎重さに欠けるところがある。軍師はことを急いではいけないと分かっているのだが……」
「せっかちなのね。でも自分の短所が分かっているなら見込みあるわよ」

 半兵衛さんの前に茶碗を置いて僕は訊ねる。

「半兵衛さん。あなたは自分と黒田殿、どっちが軍師として優れていると思う?」
「うん? 何よその質問」
「互いに自分をもっとも優れた軍師の三位に置いている。黒田殿は自身が半兵衛さんよりも劣っていると言うが、あなたはどう思うんだ?」

 半兵衛さんはしばし考えてから「今はあたしが上」と短く答えた。
 それはつまり、裏を返せばいずれは超えるという意味だろうか。

「でもね。はっきり言ってこの三人の中で出世するとなると、雲之介ちゃんなのよ」

 唐突に僕の名が挙がった。思わず「どういうことだ?」と聞いてしまった。
 黒田も意味を図りかねている。

「雲之介ちゃんはね。蕭何みたいな人間なのよ」

 茶を飲みつつ半兵衛さんはそう言った。

「……優れた内政官と聞くが、あの蕭何と評されるほどの人物なのか?」
「ええ。そうよ。はっきり言ってあたしたちは出世できないじゃない」

 黒田の怪しむ言葉に半兵衛さんはあっさりと応じた。

「狡兎死して走狗烹られ、高鳥尽きて良弓蔵る。意味は分かるでしょ?」

 狡賢い兎が死んでいなくなれば、犬は煮て食われてしまい、高く飛ぶ鳥がいなくなれば、良い弓は蔵に仕舞われてしまう。
 つまり粛清されてしまうということだ。

「今はいいじゃない。戦国乱世においてあたしたち戦屋は大儲けできるじゃない。大判振るまいできてしまう。でもね、太平の世になってしまえば店仕舞いするしかない。ひっそりと商いを変えられたらいいんだけど、そんなことできやしないわ」

 半兵衛さんは悲しそうに語る。

「言ってみれば、あたしたち軍師は戦国乱世に咲いた徒花。狂い咲く毒々しい花よ。一方、雲之介ちゃんは道端に咲く野花。どっちが太平の時代に映えるのか。考えなくても分かるわよね」

 黒田は半兵衛さんの論を受けて、それから答えた。

「では、軍師であることは誇りではないと?」
「そうね」
「では、軍師であることは危険であると?」
「そうね」
「では――いずれ粗末に扱われると?」
「――そうね」

 黒田はしばらく黙ったあと「……ふふふ」と笑い出した。

「粗末に扱われぬように、策を巡らす。それもまた軍師だ」
「……それも正しいわ」

 黒田は立ち上がって、僕たちに言う。

「良いことを聞いた。ありがとう」
「もう帰るのか?」

 僕は思わず聞いてしまった。

「まだ話すことがあるんじゃないか?」
「いいや。十分だよ」

 黒田はそのまま襖を開けて、部屋から出て行く。

「竹中。俺はいずれ、日の本一の軍師になる」
「…………」
「あんたとは味方で居たいが、戦ってみたくなるな」

 そしてそのまま去っていった。

「……とんでもない男だったわね」

 半兵衛さんはふうっと溜息を吐いた。
 冷や汗もかいている。

「……僕にはただの賢い男としか見えなかったけど」
「よく覚えておくといいわ」

 半兵衛さんは僕に言う。

「あたしが今孔明なら、黒田官兵衛孝高は今仲達よ。その気になれば天下を手中に収めてしまうでしょうね」

 天才軍師、竹中半兵衛重治が、ここまで他人を高く評価したのは、初めてかもしれない。
 黒田官兵衛孝高……恐ろしい男だ……

「ところで越前攻めのことなんだけど」
「ああ、雲之介ちゃんが留守にしていたときに決まったのよ」
「なんだ、一言言ってくれれば良かったのに」

 つい不平を言ってしまうと半兵衛さんは僕に「朗報があるわ」と伝える。

「雲之介ちゃん、城の留守居役ね」
「……えっ?」
「今まで秀長ちゃんとねねさんしかやってなかったことよ。なかなかの名誉じゃない。おめでとう!」
「いや、突然言われても……」

 正直言って反応に困ってしまう。
 そりゃあ信頼されているってことだけど。

「いずれ城を預かる身になるわよ。大した出世じゃない」
「その練習とすればいいのか?」
「もっと気軽に考えなさいよ。家族と一緒に居れる機会じゃない」

 家族か。全然会っていないな。

「それじゃあ僕も帰るよ」
「なあに? さっそく会いたくなっちゃった?」
「茶化すなよ。ま、そのとおりなんだけどさ」

 僕は半兵衛さんの屋敷をお暇して、自分の屋敷に戻る。
 門をくぐると、なにやら騒がしい。
 どうやら庭のほうで晴太郎が剣の稽古をしているのかもしれない。
 こっそりと入ると、そこでは――

「えい、やあ!」

 甲高い女の子の声。気合を乗せた木刀は相手の木刀を跳ね上げて――喉元に添える。

「――勝負あり!」

 審判をしていたのは、雪隆くん。信じられないという顔をしている。
 見守っていた島も息を飲んだ。
 しかし信じられなかったのは、当人たちだろう。

「――強くなったなあ」

 そう言って讃える兄の顔は、なんとも言えない複雑そうだった。
 そして妹の顔はやっちゃいけないことをしてしまったような顔をしていた。

「に、兄さま……わ、私……」

 僕は目を丸くして、馬鹿みたいに立ってることしかできなかった。
 かすみが、晴太郎に勝った瞬間を見てしまったのだから――
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。

克全
歴史・時代
 西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。  幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。  北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。  清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。  色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。 一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。 印旛沼開拓は成功するのか? 蝦夷開拓は成功するのか? オロシャとは戦争になるのか? 蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか? それともオロシャになるのか? 西洋帆船は導入されるのか? 幕府は開国に踏み切れるのか? アイヌとの関係はどうなるのか? 幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

対米戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。 そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。 3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。 小説家になろうで、先行配信中!

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...