猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一

文字の大きさ
154 / 256

新たな火種

しおりを挟む
 石山本願寺から顕如たちが退去した。
 しかしこれで摂津の要地を手に入れられたと思った矢先、またも浄土真宗に占拠されてしまったのだ。

「新しく我らが新しき教派を作る! 仏敵である織田信長を滅ぼすまで!」

 そう宣言したのは、顕如の息子である教如。彼は教団の強硬派を率いて石山本願寺に篭もってしまった。これには顕如もどうしようもなく、後に教如を義絶――親子の縁を切った。

「申し訳ございません。ご隠居さまに合わせる顔がありませぬ……」

 顕如は僕にそう言い残して、紀伊国鷺森別院に移り住んだ。本当にすまないと思っている表情だった。

 さて。まだ問題は残っていた。加賀の一向宗である。
 何でも七里頼周――浅井久政さまを死に追いやった悪僧だ――が中心となり、本願寺から独立したらしい。名称は加賀本願寺という。そしてどういうわけか教如と手を組んでしまった。正確に言えば教如が独立を認めたようだ。もちろん、本家の本願寺からは破門を言い渡された。

 上様はこの結果を受けて「手柄を取り損ねたな」と僕に厳しく言う。当然のことなので叱責を甘んじて受け止めた。
 改めて佐久間さまを中心とした石山攻略のための軍団が創られた。その中には松永家も含まれていた。松永家が参加することはあまり良くない気もするが、失敗した僕には何も言えなかった。

 というわけで交渉自体は成功だけど、結果から言えば失敗という暗澹たる内容になってしまった。それに関しては挽回するしかない。
 そう決意を新たにして、僕は一度長浜城に戻ることにした。

「そうか。そんなことがあったのか……」

 僕の屋敷に集まった家臣一同。その中で雪隆くんが呟く。

「しかし殿。その中で分からないことがある」
「なんだい? 何でも聞いてよ」

 島が僕の横の人物を指差す。

「どうして――下間頼廉殿がここに居るのか、ということだ」

 そう。僕の隣には下間頼廉殿が居た。
 彼は座ったまま、少しだけ頭を下げた。

「法主さまのご命令により、雨竜殿の補佐に回るようにとのことです」
「はあ!? 殿さま、それはどういうことですかい?」

 大久保が驚天動地な感じで僕に問う。

「言葉どおりだよ。本願寺殿がせめてもの罪滅ぼしで頼廉殿を預けてくださったんだ」
「そういう経緯なら仕方ないけど……雲之介さん、この人信用できるの?」

 なつめは珍しく言外に反対しているようだ。まあみんな一向宗には良い印象を持っていないみたいだ。

「信用しているし、疑うのは失礼だよ。それに上様と秀吉には許可を得ている」
「まあ、殿がそういうのなら、信じるしかないな」

 島は頼廉殿に頭を下げた。

「失礼なことを言ってすまなかった。許してほしい」

 その言葉に大久保もなつめも雪隆くんも頭を下げた。

「いや。こちらこそすぐに信用してくれなどと厚かましいことは言えない。疑うのは当然だ」

 渋い声で心の広いことを言う。流石に本願寺で軍事を担当していた人物である。

「それと、頼廉殿から雨竜家の職務について改善案があるらしい。よく聞いてくれ」

 僕の言葉に一同は襟を正す。

「雨竜殿から聞いたが、書類の処理が上手く行かないようだな。大久保殿は慣れているらしいが」
「……まあ否定はしない」

 雪隆くんの言葉を受けて「書類にも種類があるな」と頼廉殿は言う。

「そこで、軍務に関する書類は真柄殿と島殿がやり、内務や財務に関わることは大久保殿がやるのはどうだろうか? そのほうがやりやすいと思うが」

 書類をそう分ける発想が僕にはなかった。何故なら僕は全て処理できるからだ。

「おお! それならなんとかできそうだ!」

 雪隆くんが嬉しそうに笑った。島も頷いている。

「それなら俺も少しは楽になりますかね?」
「そうだろうね、大久保。君もそのほうがいいだろう?」

 これによって雨竜家の政務が格段に効率良くなる。

「島。頼廉殿にいろいろと教えてあげてくれ」
「承知」
「雪隆くんと大久保は浅野くんと増田くんが担当している長浜城周辺の街道整備を手伝ってやってくれ」
「分かった」
「ああ、それと切り引いた木や石はそのまま安土で作っている城の建築材にするように二人に言っておいてくれ」
「へえ。分かりました」
「なつめは石山本願寺の情報を集めてくれ。決して無理をしないこと」
「分かったわ」

 矢継ぎ早に指示を出して「ちょっとはるの様子を見てくる」とその場を後にする。
 もうそろそろ産まれそうな時期だ。

「ああ。任せてくれ。それと少し休んだらどうだ?」
「ありがとう。雪隆くん。そうさせてもらうよ」

 屋敷の奥の間で布団を敷いて横になっているはるに会う。
 はるは僕を見るなり「おかえりなさい、お前さま」と微笑む。

「調子はどうかな?」

 座りながら訊ねると「今日は調子良さそう」と答えるはる。

「お前さまは大変だったみたいだな。いろいろ聞いた」
「そうなんだ。疲れた。でもはるの顔見たら、少し癒されたよ」
「……お前さまは時々、恥ずかしいことを平気で言う」

 照れているようだ。

「晴太郎は、城に居るのか?」
「最近は野山で鉄砲を撃っているみたい。昨日、美味しい猪汁を馳走になった」
「そうか。そこまで上達したのか」

 噂をすれば影なのか、晴太郎が襖を開けて「父さま。帰ってきたんですね」と言う。

「おお。晴太郎。今日は獲物を取って来たのか?」
「ええ。鴨を数羽ほど」

 それから家族水入らずで話した。
 すっかり逞しくなった晴太郎を見て、少しだけ安心できた。

「そうそう。少しまた出かける」

 数刻ほど話したとき、僕はそう切り出した。
 はるは不安そうに「また戦か?」と言う。

「いや、そうじゃない。ちょっと会っておかないといけない人が居て」
「……女じゃないだろうな」
「違うよ。男だよ。明智さまに会いに行くんだ」

 晴太郎は「明智さまって、織田家重臣の明智さまですか?」と不思議そうに言う。

「ああ。身体の調子を崩されてな。京で休養を取っているみたいだ」
「どうして父さまが見舞いに行かれるのですか? そんなに親しいのですか?」

 僕は「京の施薬院に居るんだ」とあまり言いたくないことを言う。
 晴太郎はそれ以上何も言えなくなった。

「一応、そこは僕の所有物だからね。そこで治療を受けているのなら、顔を出さないと」
「……分かりました。出立はいつですか?」
「はるのこともあるし、明日行ってすぐに帰るよ」

 本音を言えば見舞いする義理もないのだが、何事にも体面というものがある。
 仕方のないことだ。



 それから数日後。僕は京に上っていた。
 施薬院に行くと頭に手拭をした女性、明里が出迎えてくれた。

「お久しぶりです。雨竜さん」
「ああ。久しぶりだね。明智さまは居るかな?」

 明里は「ええ。今、ぐっすりと寝ています」と言う。

「そうか。じゃあ今お邪魔するのは止したほうが――」

 そう言ってどこかで時間を潰そうとしたが「雨竜さまですか?」と僕を呼び止める声がした。
 声のするほうを見ると奥に女性が居た。
 髪が長い妙齢の女性。顔に少しだけ痕がある。

「あなたは?」
「明智が妻、煕子と申します」

 どこか疲れている様子だった。おそらく看病疲れだろう。

「雨竜雲之介秀昭です。明智さまは寝ているとのことで、また時間を改めて参ります」
「いえ。今目覚めたみたいです」
「そうですか。それでは少しだけお話させていただきます」

 僕は煕子さんに案内されて、明智さまが休んでいる部屋に来た。
 明智さまは上体を起こして、ぼうっとしていた。

「お前さま。雨竜さまがお見えになりましたよ」

 煕子さんの言葉で明智さまは虚ろな目で僕を見る。

「雨竜殿……」
「ご無沙汰しております……だいぶ痩せましたね」

 やせたと言うよりやつれたというのが正しい気がする。

「煕子。雨竜殿と二人で話したい」
「……分かりました」

 煕子さんが出て行った後、明智さまは僕に訊ねる。

「……聞きたいことがあります」
「なんでしょうか?」

 今思うと明智さまは怯えている様子だった。
 いや、とてつもなく――恐怖していた。

「塙直政殿の一族が追放になったのは、本当ですか?」
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。

克全
歴史・時代
 西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。  幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。  北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。  清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。  色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。 一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。 印旛沼開拓は成功するのか? 蝦夷開拓は成功するのか? オロシャとは戦争になるのか? 蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか? それともオロシャになるのか? 西洋帆船は導入されるのか? 幕府は開国に踏み切れるのか? アイヌとの関係はどうなるのか? 幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

対米戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。 そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。 3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。 小説家になろうで、先行配信中!

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...