猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一

文字の大きさ
155 / 256

畏れ

しおりを挟む
 天王寺の戦いで兵を無駄死にさせ、明智さまなどの諸将を危機に瀕した責任は塙直政さまにあるとして、上様は彼の一族の追放を決定した。南山城と大和の一部の所領は没収されて、上様の直轄領になるそうだ。
 もちろんこの知らせは織田家の重臣である明智さまにも伝わっていたのだろう。

「ええ。本当ですが……」
「あまりにも、重い処罰だと、思いませんか……?」

 僕もそう思ったが上様のなさることに異議など言えないし、何より明智さまが怯えていることはおかしかった。
 何故なら、塙さまの追放は明智さまを危険に晒したことの見せしめだからだ。

「もし……私に過失があったとしたら、同じように処罰されてしまうのでしょうか?」
「それは――無いと思いますよ」

 明白に否定するけど、明智さまは僕の言葉を聞こうとしない。
 というよりもただ呟いているだけだ。
 僕の答えなど求めていないのかもしれない。

「長年尽くしてきた塙殿さえ、重すぎる処罰を受けた……ならば仕えて間もない私ならば、あっさりと処罰されてしまうのではないか……そうなれば、私の家族は、どうなる……惨めな暮らしに落ちぶれてしまうのか……」

 病のせいか、どんどん思考が悪いほうに向かっている。

「恐ろしい……上様が、恐ろしい……」
「そのようなことは考えますな。上様はそのようなお方ではありません」

 今まで散々、明智さまには酷いことをされてきたけど。
 この明智さまをほっとくことなどできない。
 僕は明智さまに言う。

「絶対にそのようなことにはなりませんよ。安心してください。明智さまなら決して失態を犯すことはありません」
「……そうだろうか。丹波攻めも失敗してしまった」
「それでも上様はお許しになったではありませんか」
「……雨竜殿。お頼み申す」

 明智さまは僕のほうへ顔を向けた。

「私の家族を、どうか守ってください」
「…………」
「病になって、ようやっと分かりました。私は――家族が第一であると」

 僕は勘違いしていたのかもしれない。
 明智さまは冷たい人だとばかり思っていた。
 しかし、家族を愛する者だとは思わなかった。
 そういえば、昔に家族のことを頼むと言われていたっけ。

「そのようなことを言わないでください。家族のことはあなたさまが守ってください」
「……私は高齢です。もし道半ばで死ぬことがあれば、嫡男の十五郎をどうか。今まであなたには、酷いことをしてきましたが、それでもどうかお願いします」

 目から涙が零れていた。

「私には頼れる人が、あなたしか居ないのですよ。雨竜殿……」

 思わず僕は明智さまの手を握った。

「分かりました。できる限りのことはします」
「約束、しましたよ……」

 安心したのか、そのまま眠りについてしまう明智さま。
 僕は襖を開けて、傍に控えていた煕子さんに言う。

「明智さまは眠っています」
「そうですか……ありがとうございます」

 頭を下げられた煕子さんに「何もしていませんよ」と返す。

「いえ。夫はなかなか眠れなかったのです。塙さまのことを聞いてから、ずっと」
「…………」
「夫とは何を話しましたか?」

 僕は「約束をしただけです」とだけ言った。

「悪い約束ではありません。安心してください」
「……以前より、夫から雨竜さまの話を伺っておりました」
「ほう。あまり良い噂ではなさそうですね」

 笑いながら言うと「とんでもないですよ」と静かに否定された。

「羽柴さまに忠実に仕えている立派な方だと。もし縁が合っていれば家臣にしたいと常々おっしゃっておりました」
「過大評価ですね。僕はそこまでの人物ではありません」
「こうも言っていましたね。家臣よりも友として傍に置きたいと」

 それも過大評価だ……いや、ここで否定しても良くないな。

「褒め言葉として受け取っておきましょう」
「……意外と素直ではないんですね。お優しい方だと夫は言っていましたが」

 僕は頬を掻きながら「素直さと優しさは違いますよ」と呟く。
 約束はしたけど、はっきり言って今すぐ情が移るものではない。

「明智さまにお伝えください。お元気になられたら――茶でも飲みましょうと」

 煕子さんはにっこりと微笑んだ。

「ええ。必ず伝えます」

 これが煕子さんと交わした最後の言葉だった。



 長浜城に戻ると真っ先に加賀攻めの援軍のため、出兵すると秀吉に言われた。

「加賀本願寺攻めか……殿、先陣を拙者に命じてください」

 評定の間で具申したのは長政だった。加賀本願寺の法主は久政さまを切腹に追いやった七里頼周だから、恨みがあるのだろう。

「おいおい。はりきりすぎるなよ?」
「分かっている……と言いたいが、自分を抑える自信がない……」

 正勝の言葉にそう返す長政。すると咳払いをしてから半兵衛さんは言う。

「相手は数だけは多い一向宗。沈着冷静に対処すればなんとかなるわよ。それで、出陣するのは誰?」
「そうだな。秀長を大将に、先陣は長政と正勝。後詰に半兵衛と雲之介で行こう。それから清正と正則、三成と吉継と昭政も連れて行ってやってくれ」

 秀吉の決定に「兄者は安土山の城に行くのか?」と秀長さんは確認する。

「ああ。子飼いたちの経験を積ませるためでもある。できるかぎり手柄を立てさせてやってくれ」
「任せてちょうだい。決して無理攻めさせないわ」

 半兵衛さんが自信たっぷりに言う。

「それでは各々出陣の準備をせよ。二日後には柴田さまの軍と合流する」

 それで話は終わった……と思いきや、襖から「失礼します」となつめの声がした。

「む? 誰ぞ?」
「ああ。僕が雇っている忍びだ。入ってもいいかな?」

 秀吉は「仕方ないな。いいだろう」と許可をくれた。
 なつめが中に入って、単刀直入に僕に言う。

「加賀本願寺は上杉と通じております」
「なんだと!? 忍び、どこからの情報だ!」

 秀長さんの言葉に「石山本願寺を探ったときに偶然見つけました」と書状を僕に手渡す。
 それには上杉が加賀一向宗に味方をすると書かれていた。そして見返りに越中を攻め取るのを協力してほしいとまで書かれている。

「これは……上様に報告したほうが良いな。我らだけでは到底勝てぬ」
「では出陣を延期しますか、兄者」
「いや。出陣は予定通り行なう。中止の命令が出ていないからな」

 僕は「よくやったなつめ」と手放しに褒めた。

「褒美は弾んでよね。雲之介」
「ああ。値千金だから銭一千貫払おう」
「ありがたいわね。それじゃ、次は加賀本願寺を探るわ」

 そう言って静かに部屋を出た。流石に優秀な伊賀者だ。

「それにしても、上杉の野郎、余計な真似しやがって!」
「正勝ちゃん、落ち着いて。よく考えてみれば、これは好機かもしれないわ」

 半兵衛さんは「上杉と加賀本願寺が通じていることは公になっていないわ」と改まって言う。

「そこを利用するのよ」
「どうやってだ?」

 長政の問いに半兵衛さんは「加賀本願寺に偽の手紙を送るわ」と策を皆に伝える。

「加賀本願寺を裏切って、織田家に付くという手紙を見つけさせるのよ。信じなくてもきっと疑心暗鬼になって連携できなくなるわ」
「なるほど。離間の計というものだな」

 秀吉は「その策で行こう」と頷いた。

「雲之介。文面を考えてくれ。書く内容は半兵衛と相談してくれ」
「分かった。任せてくれ」

 そして二日後。
 僕たちは加賀へ出陣することになった。
 相手の策を知った上での出陣。負けるわけがなかった。
 しかし、それでも僕は予想できなかった。
 上杉家の本当の狙いというものを――
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。

克全
歴史・時代
 西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。  幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。  北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。  清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。  色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。 一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。 印旛沼開拓は成功するのか? 蝦夷開拓は成功するのか? オロシャとは戦争になるのか? 蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか? それともオロシャになるのか? 西洋帆船は導入されるのか? 幕府は開国に踏み切れるのか? アイヌとの関係はどうなるのか? 幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

対米戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。 そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。 3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。 小説家になろうで、先行配信中!

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...