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おこがましいというか、傲慢
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「ふむ。それで私の元に来たというわけですか。しかし、私のみではあまり効果があるとは思えますが」
「そうだろうな。だからこそ――付け加える必要がある」
僕は紀伊国鷺森別院で隠棲している本願寺顕如のところに訪れていた。彼は数名の弟子と一緒に暮らしていた。妻の如春も一緒に居るとのことだが、遠慮して会ってくれなかった。実を言えば嫌われているのだろう。夫と子の仲を裂いた張本人なのだから。
仏間で僕は顕如と二人だけで話し合っている。
「ああ。教如の名を加えて、連名としてお触れを出すのですね。確かに土橋守重についた者は、私の言うことなど聞かないでしょう」
「教如の名は僕が付け加える。あなたは戦をやめて雑賀孫市に降伏するように門徒を諭すような文面を考えていただきたい」
顕如は「雑賀衆のみなさんに見破られてしまいませんかね?」と首を傾げた。
「あなたのご先祖、本願寺蓮如はおふみを出して布教したと聞くが、同様なことをしているのか?」
「ええ。ですから私の文字を知っている者もおります」
「だったら好都合じゃないか。本物の証明になる。問題は教如も書いているかどうかだが」
「書いてはいないと思いますが、私が言いたいことは違います」
顕如は「これが織田家の計略だと見破られてしまわないかということです」と鋭く指摘した。流石に浄土真宗の頂点に立った僧侶だ。
「まあ分かる者は見破るだろうな。でも、ほとんどの人間は分からないさ。そして人間は大多数に従う。疑っている者でも周りから言われれば長いものに巻かれるさ」
「……なかなかの悪人ですね。雨竜殿は」
「悪人は救われるんだろう? いや、この場合の悪人は違うのか?」
顕如は「仏の教えを理解しない人間を悪人と呼称するのですよ」と訂正する。
「よく分かりました。では文を書かせていただきます。何枚ほど書きますか?」
「五枚。できるなら六枚だな。各地方に送るから」
「ではしばらくお待ちください。奥の間で書いてきます」
顕如は洗練された動作のようにすっと立ち上がり、静かに物音を立てずに、奥の間へと去っていった。
残された僕は手持ち無沙汰になってしまい、改めて仏間を見渡す。
仏像と仏具が整然と置かれていて、厳かな雰囲気がある。顕如のような高僧が住むに相応しい場所と言えよう。
あまりうろうろするのもどうかと思い、僕は正座したまま待つことにした――
「あらやだ。あんたが噂の猿の内政官かい?」
はるか昔、政秀寺で礼法を習っていたときを思い出していると、後ろから声をかけられた。声の感じから僕と同年代の女性だと推測する。
振り返ると公家風の着物を着た女性が居た。しかし僕よりも歳若いように思える。目が細くて口に紅を塗っている。髪が長く十分に手入れされていた。
「失礼ですが、あなたは……」
「あたしは如春。顕如の妻だよ」
蓮っ葉な話し方で面を食らってしまう。如春は公家の出だと聞いていたから。
「ご無礼しました。僕は――」
「雨竜雲之介秀昭だろ? 知っているよ。うちの旦那さまから聞いている」
何を聞いているのか分からないけど「知っていただき光栄です」と頭を下げた。
すると如春は「そんなにかしこまらなくていいよ」と笑った。
「今はもう、何の権力もない、しがない僧の妻さ」
「そうか? しかしまだ影響力はあると思うが」
だからこそ、僕はこの寺に来ている。
「門徒に影響力あるなら、教如や加賀一向宗を制御できたさ。それに顕如だけじゃ雑賀衆をまとめられないしね」
「…………」
「それにさ。あたしは夫と息子の仲違いを止められなかった愚妻。偉そうにはできないわね」
なんというか、賢そうな話し方ではないが、ところどころに光るものを感じる。
これは自分をわざと愚かしく見せているのだろう。彼女なりの処世術なのかもしれない。
「悪いと思ったけど、裏から聞かせてもらったよ。旦那さまにおふれを書いて雑賀衆を止めようって魂胆だろう?」
「ご明察だ。もしかして反対なのか?」
「まさか。争いなんてしないほうがいいわ」
如春は髪をかき上げながら「頼廉は元気?」と話題を変える。
「ええ。今も長浜城で働いてもらっていますよ」
「あいつはとても優秀だからねえ。僧にしておくのはもったいないくらいよ」
それこそ本願寺の元法主の妻が言うべきことではないが「武将でも一廉の人物になれたでしょう」と肯定する。
「本当なら傍で旦那さまを支えてほしかったんだけどね。まったく、何を考えているのだか……」
「……如春さんは、僕を恨んでいませんか?」
ここで僕は気になったことを訊ねる。
「はあ? なんであんたを恨まないといけないのよ?」
「自分で言うのもおこがましいが、僕はあなた方を石山本願寺から追い出し、息子である教如を絶縁させた当事者だ」
「…………」
如春は途端に黙り込んでしまう。
「だから、恨まれても仕方ないと思うが」
「……それこそおこがましいというか、意外と馬鹿なのね、あなたは」
如春は呆れながら僕に言う。
「石山本願寺を退去したのは旦那さまの判断だし、教如を絶縁したのも旦那さまよ。確かに原因はあなたにあると言えなくもないけど、ああいう結論になったのは、全てあたしたちの問題よ」
「しかし――」
「おこがましいというより、傲慢なのね」
びしゃりと如春は言い切った。
「全ての事柄が自分に原因があるなんて思いこむのは、傲慢以外何物でもないわ」
「…………」
「誰もが他人に原因を求めるなんて思わないでね?」
これはぐうの音も出ない正論だった。
自意識過剰で自分が恥ずかしくなる……
「おや、如春。あなたがここに来るとは」
お触れを書き終えた顕如が仏間に帰ってきた。
「旦那さまも早かったですね」
「ええ。なるべく平易な文を書いたので」
そして六枚の文を僕に手渡す。
「頼みましたよ。なるべく人を殺さないようにしてください」
「ああ。分かっているよ」
そして僕は二人に言う。
「ご協力感謝する。いつかまた機会があれば、茶の湯でもてなさせてくれ」
「その日を心待ちにしております」
顕如は僕に深く頭を下げた。
「私はあなたさまに賭けました。太平の世を見せてくれると」
「…………」
「信じておりますよ、雨竜殿」
ずっしりとした重い言葉。
僕は一体何人の人に託されるのだろうか。
「ああ。信じてくれ」
そのためにも雑賀衆を説得しなければ、紀伊国を平定しなければいけなかった。
「そうだろうな。だからこそ――付け加える必要がある」
僕は紀伊国鷺森別院で隠棲している本願寺顕如のところに訪れていた。彼は数名の弟子と一緒に暮らしていた。妻の如春も一緒に居るとのことだが、遠慮して会ってくれなかった。実を言えば嫌われているのだろう。夫と子の仲を裂いた張本人なのだから。
仏間で僕は顕如と二人だけで話し合っている。
「ああ。教如の名を加えて、連名としてお触れを出すのですね。確かに土橋守重についた者は、私の言うことなど聞かないでしょう」
「教如の名は僕が付け加える。あなたは戦をやめて雑賀孫市に降伏するように門徒を諭すような文面を考えていただきたい」
顕如は「雑賀衆のみなさんに見破られてしまいませんかね?」と首を傾げた。
「あなたのご先祖、本願寺蓮如はおふみを出して布教したと聞くが、同様なことをしているのか?」
「ええ。ですから私の文字を知っている者もおります」
「だったら好都合じゃないか。本物の証明になる。問題は教如も書いているかどうかだが」
「書いてはいないと思いますが、私が言いたいことは違います」
顕如は「これが織田家の計略だと見破られてしまわないかということです」と鋭く指摘した。流石に浄土真宗の頂点に立った僧侶だ。
「まあ分かる者は見破るだろうな。でも、ほとんどの人間は分からないさ。そして人間は大多数に従う。疑っている者でも周りから言われれば長いものに巻かれるさ」
「……なかなかの悪人ですね。雨竜殿は」
「悪人は救われるんだろう? いや、この場合の悪人は違うのか?」
顕如は「仏の教えを理解しない人間を悪人と呼称するのですよ」と訂正する。
「よく分かりました。では文を書かせていただきます。何枚ほど書きますか?」
「五枚。できるなら六枚だな。各地方に送るから」
「ではしばらくお待ちください。奥の間で書いてきます」
顕如は洗練された動作のようにすっと立ち上がり、静かに物音を立てずに、奥の間へと去っていった。
残された僕は手持ち無沙汰になってしまい、改めて仏間を見渡す。
仏像と仏具が整然と置かれていて、厳かな雰囲気がある。顕如のような高僧が住むに相応しい場所と言えよう。
あまりうろうろするのもどうかと思い、僕は正座したまま待つことにした――
「あらやだ。あんたが噂の猿の内政官かい?」
はるか昔、政秀寺で礼法を習っていたときを思い出していると、後ろから声をかけられた。声の感じから僕と同年代の女性だと推測する。
振り返ると公家風の着物を着た女性が居た。しかし僕よりも歳若いように思える。目が細くて口に紅を塗っている。髪が長く十分に手入れされていた。
「失礼ですが、あなたは……」
「あたしは如春。顕如の妻だよ」
蓮っ葉な話し方で面を食らってしまう。如春は公家の出だと聞いていたから。
「ご無礼しました。僕は――」
「雨竜雲之介秀昭だろ? 知っているよ。うちの旦那さまから聞いている」
何を聞いているのか分からないけど「知っていただき光栄です」と頭を下げた。
すると如春は「そんなにかしこまらなくていいよ」と笑った。
「今はもう、何の権力もない、しがない僧の妻さ」
「そうか? しかしまだ影響力はあると思うが」
だからこそ、僕はこの寺に来ている。
「門徒に影響力あるなら、教如や加賀一向宗を制御できたさ。それに顕如だけじゃ雑賀衆をまとめられないしね」
「…………」
「それにさ。あたしは夫と息子の仲違いを止められなかった愚妻。偉そうにはできないわね」
なんというか、賢そうな話し方ではないが、ところどころに光るものを感じる。
これは自分をわざと愚かしく見せているのだろう。彼女なりの処世術なのかもしれない。
「悪いと思ったけど、裏から聞かせてもらったよ。旦那さまにおふれを書いて雑賀衆を止めようって魂胆だろう?」
「ご明察だ。もしかして反対なのか?」
「まさか。争いなんてしないほうがいいわ」
如春は髪をかき上げながら「頼廉は元気?」と話題を変える。
「ええ。今も長浜城で働いてもらっていますよ」
「あいつはとても優秀だからねえ。僧にしておくのはもったいないくらいよ」
それこそ本願寺の元法主の妻が言うべきことではないが「武将でも一廉の人物になれたでしょう」と肯定する。
「本当なら傍で旦那さまを支えてほしかったんだけどね。まったく、何を考えているのだか……」
「……如春さんは、僕を恨んでいませんか?」
ここで僕は気になったことを訊ねる。
「はあ? なんであんたを恨まないといけないのよ?」
「自分で言うのもおこがましいが、僕はあなた方を石山本願寺から追い出し、息子である教如を絶縁させた当事者だ」
「…………」
如春は途端に黙り込んでしまう。
「だから、恨まれても仕方ないと思うが」
「……それこそおこがましいというか、意外と馬鹿なのね、あなたは」
如春は呆れながら僕に言う。
「石山本願寺を退去したのは旦那さまの判断だし、教如を絶縁したのも旦那さまよ。確かに原因はあなたにあると言えなくもないけど、ああいう結論になったのは、全てあたしたちの問題よ」
「しかし――」
「おこがましいというより、傲慢なのね」
びしゃりと如春は言い切った。
「全ての事柄が自分に原因があるなんて思いこむのは、傲慢以外何物でもないわ」
「…………」
「誰もが他人に原因を求めるなんて思わないでね?」
これはぐうの音も出ない正論だった。
自意識過剰で自分が恥ずかしくなる……
「おや、如春。あなたがここに来るとは」
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そして六枚の文を僕に手渡す。
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「ああ。分かっているよ」
そして僕は二人に言う。
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「その日を心待ちにしております」
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