猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一

文字の大きさ
167 / 256

良い条件

しおりを挟む
 捕らえた男の名は丈吉というらしい。織田家が六角家を攻め滅ぼしたときに、混乱に乗じて甲賀衆から抜けたと言う。理由は妻が子どもを宿したからだという。

「俺は忍びという生き方を自分で決められなかった。だけど子どもには別の生き方をしてほしかった」

 だが現実は甘くない。土地を持たず、商売の基盤を持たない丈吉に銭を稼ぐことは難しかった。結局、同時期に抜けた忍び仲間と一緒に盗みをして生計を立てていたのだ。
 自分が生きるために盗みをすることに抵抗はなかった。忍びとはそういうものだったから。
 しかし子どもを人質に取られて心底思い知らされたらしい。人のものを盗んだり奪ったりすることは良くないことだと。被害を受けた者はこれほどまでに身を切られる思いだと。

「だから、子どもさえ無事なら、俺はどうなってもいいんだ」
「…………」

 それを聞いた僕は同じ子を持つ親としては共感できたが、孤児として育った者としては、否定したくなってきた。

「……君の子どもは、心に癒えない傷を負うだろう」

 ぼそりと言った言葉だけど、丈吉の耳にはしっかりと届いたようだ。

「……なんだと?」
「親が自分の命を賭して、自分の命を助けてくれた。それは美しいことだ。子どもは感謝するかもしれない。もしくは謝るかもしれない。でも絶対いずれ苦しむことになる」
「…………」
「自分が親を殺したんだとそう思うようになる」

 晴太郎がそうだったように、塗炭の苦しみを味わうことになる。

「今、自分が生きていられるのは、君が命を落としたからだと、そう思い込んでしまう。普通の暮らしをしていても、ふとした瞬間に思い出してしまう。それは死ぬまで続く」
「…………」
「君は子どもに一生償えない重荷と癒えない傷を負わせるつもりなのか?」
「では、俺はどうすればいいんだ?」

 丈吉は僕を不倶戴天の敵のように睨む。

「どうせお前は俺を殺すだろう。盗んだ罪で。白状してもしなくても同じだ。だけど白状しなかったら子どもは、佐助は死ぬ。だったら俺は――」
「僕は君を殺さない」

 僕はじっと驚く丈吉を見つめた。
 なるだけ誠実さを込めて、頼廉を示しながら言う。

「ここに居る僧――頼廉は寺院に顔が利く。もし望むのであれば、子どもを寺に預けて立派な僧になるまで育ててもいい。もしくは学問を身につけさせて、生きていくための知識を与えてもいい」
「……それに何の得があるんだ?」
「得はなくても徳を積むことはできるだろう?」
「ふざけるな! お前の目的はなんだ!」

 僕はあっさりと言う。

「僕の配下の忍びは、なつめしか居なくてさ。そこで君を――じゃないな、君たちを配下に加えたい」
「……忍びとして働けと?」
「ああ。情報は必要だからね。それに僕の身を守ってほしいという狙いもある」
「……頭おかしいのか? 盗人を用心棒として雇うと、お前は言っているんだぞ?」
「もちろん正気さ。俸禄も支払うし、悪い話じゃないだろう?」

 丈吉は何か裏があるんじゃないかと迷っているようだった。
 僕が安心させようと口を開くと、なつめが「いろいろ迷っているようだけど」と口を挟んだ。

「この人、かなりお人よしなのよ。大した腕のないあたしを高額で雇っているんだから。だから頭の中でいろいろ考えているかもしれないけど、決して裏なんてないわよ」
「……信用していい保証があるのか?」

 僕は「保証なんてないよ」と答えた。

「できる限りの厚意を示したつもりだよ。了承したら証言を元に軒猿から人質を奪い返すし、断ったらここで死んでもらう。その場合は子どもがどうなるか分からない」
「……俺に対して、条件が良すぎる気がするが」
「こっちだって条件良いよ。決して裏切らない忍び集団が手に入るんだもん」

 丈吉は呆けた顔で「はあ?」とよく分からない顔をした。

「これだけ良くしたんだから、僕のことを裏切ろうとは思わないでしょ?」
「……まあそうだな」
「それが狙いだからね」

 丈吉はしばらく悩んだ後、結局折れてくれた。

「分かった。お前に従うよ。軒猿の拠点と人質の場所を教える」
「ありがとう。でもよく人質の場所分かってたね」
「拠点に居ることはなんとなく聞かされてたからな。まあ軒猿は俺たちを二人以上にしなかったから手出しできなかった」

 丈吉の情報を聞いた後、彼の手当をするように言って牢屋を後にした。
 そして雪隆くんと島に軒猿の拠点を知らせた。
 兵を率いた二人は、軒猿を一掃し、見事人質を解放できた。



 翌日。評定の間。
 僕は顛末を秀吉たちに説明していた。

「というわけで、軒猿が長浜の城下町に来てた顛末なんだけど――」
「あん? それで解決したんじゃないのか?」

 正勝がのん気なことを言う。すかさず半兵衛さんが「終わりじゃないわよ」と青い顔でビシッと指摘する。

「そうだな。軒猿がここまで潜入しているのは由々しき事態だ」

 上座に居る秀吉の言うとおりだ。
 傍に居る秀長さんも長政も無言で憂いていた。
 僕はこの場に居る五人に「そこで疑問が生まれたんだけど」と話す。

「北ノ庄の柴田さまの領地は大丈夫なのかな」
「うむ。柴田さまのところでも被害があるらしい。そのせいで北陸の進攻が遅れているとも聞く」

 秀吉のところにはもう既に伝わっていたのか。

「やはり関所を設けるべきでは?」
「秀長殿。そうなると領地の物流や進軍が不自由になりますぞ」

 長政の言うとおりだ。上様の方針で関所を撤廃しているのはそうした利点があるからだ。

「俺にはあんまり難しいことは分からねえけどよ」

 正勝がそう言いつつはっきりとした口調で言う。

「忍びを雇っている上杉を倒すか従わせるかしねえと、軒猿が面倒なことするんだろ? だったら柴田さまに頑張ってもらうしかねえよ」
「……何気に答え言ってるわね」
「うん? そうなのか?」

 正勝の言うとおりだ。
 要は僕たちにできることは自分の領土に忍び込んだ軒猿をいかにして防ぐかになるんだ。上杉と戦っているのは、柴田さまだから直接交戦することもない。

「雲之介。おぬし、上杉謙信をどう思う?」

 秀吉が不意に僕に問う。
 残りの四人も僕に注目してくる。

「僕に聞くってことは、内政官として聞いているってことだね」
「ああ。そうだ」
「軍略は凄いかもしれないけど、内政は大したことないよ」

 前に顕如を説得したときと同じことを言う。

「しかし内政が凄くないのに、どうして戦に勝つんだ? いやどうやって戦を続けられるんだ?」

 長政の疑問に僕は即答した。

「要所である港を持っていること。美田を多く持っていること。そして産出量の多い金山を持っていること。要は国が豊かだから内政に頼る必要はないんだ」
「それに付け加えるなら、兵に略奪を許しているのよ。奪わないと冬越せないしね。だから兵自体も強いわ」

 半兵衛さんも答えてくれたことで長政は納得したようだった。

「だったらよ。それらの利点を生かせないようにすればいいだろ」
「正勝。どういう意味だい?」

 秀長さんの問いに正勝は「荷止めして港使えないようにしちまおうぜ」ととんでもないことを言い出した。

「港からの収益をまず無くせば、儲けもくそもねえだろ?」
「正勝ちゃん。かなり冴えてるわね」
「へっ? そうか?」

 流石、元山賊。奪うことに関しては一流だ。
 すると秀吉が立ち上がって、僕たちに宣言した。

「よし。それで行こう。雲之介、一緒について参れ」
「一緒に? どこへ?」

 秀吉はまるで一緒に厠に行こうとしているような気軽さで言う。

「おぬしが慣れ親しんだ堺だ。今井宗久殿と津田宗及殿に荷止めしてもらうように頼もうではないか」
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

対米戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。 そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。 3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。 小説家になろうで、先行配信中!

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

処理中です...