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「嫌よ。なんで没落大名の再興なんて考えなきゃいけないの?」
翌日の早朝、姫路城の評定の間に羽柴家の皆を集めて昨日の出来事を話すと、真っ先に半兵衛さんが拒否した。嫌悪感すら覚えているらしい。
「私も反対だ。そもそも雲之介くんは多勢に囲まれるような真似をされて、どうして協力しようと思ったんだ?」
秀長さんは腕組みをして、難しい顔で苦言を呈する。
まさしくそのとおりだ。どうにかしてあげようなんて思ったのだろうか?
理由は言葉にできない。できたとしても上手く言えないだろう。
「雲之介が甘い男だというのは分かっていたがな。おぬしたちはどう思う?」
秀吉が意見を言わなかった正勝と長政に問う。
すると意外にも正勝は「協力してやってもいいと思うぜ」と肯定してくれた。
「ちょっと、正勝ちゃん!」
「まあ待て半兵衛。そりゃあ兄弟が言ってんのはおかしな話だってことぐらい重々承知の上だ。長い付き合いだし、兄弟の甘さもよくよく分かっている。でもよ、ここで協力しておけば、羽柴家にとって損はないはずだ」
正勝は全員に分かるように説明する。
「尼子家の再興を協力するってことは、毛利家を攻略することと何ら変わらねえ。どうせ滅ぼすか領土を割譲させて従属させるんだろ? だったら先駆けとして尼子家を使えばいい。奴らが先頭切って戦ってくれるんなら、俺たち楽できるじゃねえか」
要は遊軍として使えると言いたいのか。
それに同意するように長政も意見を述べた。
「心情としては協力してやりたい。拙者も同じような立場だからな。それに下克上が横行する中、主従として再興させたいというのは天晴れではないか」
全員に反対されると思っていたが、こうして賛同するのが二人も居て助かった。
だけど半兵衛さんは「正勝ちゃんは単純に考えすぎ。長政ちゃんは感情的ね」と大きな溜息を吐いた。
「肝心なことを忘れているわ。尼子家を再興させるか否かは、上様が決めるのよ?」
「それは分かっているよ。それを含めて協力したいって僕は言っているんだ。二人もそうだろう?」
しかし正勝は「えっ? ああ、そうだな」と分かっていなかったし、長政は「あくまでも心情としてだ」と言外に否定した。
「秀長ちゃんはどうなのよ?」
「これ以上厄介な悩み事は増やしたくない。ただでさえ小寺家と黒田家の折衝役を任されているんだから」
仕事や役目ではなく、悩み事か……
表情も暗いから、相当きついんだな。
「なるほど。おぬしたちの意見は分かった」
秀吉が困ったような顔をしている。
家臣の意見が二つに分かれているのだから、当然だろう。
「――わしの考えとしては、飼い殺しにするつもりだった」
少しの沈黙の後、秀吉はあっさりと躊躇いも無く本心を打ち明けた。
「飼い殺し? どういう意味だ?」
「雲之介。よく考えてみろ。没落したとはいえ、出雲国を中心に中国の大部分を支配していた尼子家を再興させたら、第二の毛利家になってしまうかもしれん」
それは――考えていなかった。
再興させても、一つの大名として独立させればいいとばかり考えていた。
その観点は見落としていた……
「そもそも足利家の凋落は大名に領地を与えすぎて、直轄地が少なかったことに起因する。もし尼子家を再興させてみろ。同じように織田家に擦り寄ってくる没落大名が列を成して上様のところに来るだろう」
秀吉の言っていることは正論だ。
僕はまた、甘いことを言っていたようだ。
「――だが今の話を聞いて、わしは尼子家の再興に協力しても良いと考える」
予想外の言葉に全員が息を飲んだ。
「……一体どういう魂胆があるのかしら?」
半兵衛さんが怪訝な表情で秀吉に問う。
「考えてみよ。何ゆえ上様が尼子家の者を登用したのか。そして与力としてわしの下に付かせたのか」
「…………」
「理由は尼子家を再興させるという意思が上様にあるからだ」
またも考えてもいなかったことが明らかになった。
「もしも尼子家を再興させぬつもりなら、他の大名を攻めさせる。織田家は四方八方に敵が居るのだからな」
「つまり、上様の考えだから、兄者は尼子家に協力すると?」
秀長さんが簡単にまとめて問うと「そのとおりだ」と頷く秀吉。
「もしかして、上様からその旨を綴った書状を貰ったのか?」
正勝の鋭い指摘に秀吉はばつの悪い顔をした。
「いや。貰ったのはねねが上様から賜った書状だ。ねねの奴、わしが浮気していると告げ口しよってな……」
……ねねさま、何してるんだ?
しかも上様はそれに対して返事したのか?
「話逸れるけど、聞いておくわ。どんなことを書かれていたの?」
「基本的にねねを褒める内容だ。加えて『猿如きにもったいないほどの良妻である』と所々わしを非難している」
「兄者……それは事実だと受け止めるんだ。ありがたいと思って浮気をやめるんだ」
呆れる秀長さんに「分かっておるわ」と秀吉は笑う。
反省しているのかな……
「話を戻す。とにかく、上様の意思であるのなら、それに従うのがわしの務めである……相違ないな?」
全員、異存はなかった。
「しかしわしができることは、尼子家に手柄を立てさせる戦場を用意することのみだ」
「だから上月城を任せるのか?」
だとしたら、秀吉はどこまで読んでいるんだ?
「そのとおりだ。宇喜多家との防波堤になってくれるのも見込んだ上でもある」
秀吉は立ち上がって、羽柴家家臣に告げる。
「尼子家再興に協力はするが、積極的に手を貸さない。だが十分手柄を立てたのであれば口添えをすることを約束する。雲之介、それを尼子勝久殿に伝えてくれぬか」
「……承知した」
なんだ。僕が言わなくても、秀吉は分かっていたのか。
余計なことをしてしまったな。
「播磨国の平定の報告を上様にしなければならぬ。秀長、留守を任せる。雲之介と長政。明日一緒に安土城に向かうぞ」
出て行く前に秀吉はそう言い残して去っていった。
安土城か……どのくらい出来上がっているのだろうか?
「そうですか。いや、十分すぎるお言葉です」
尼子勝久殿と山中幸盛殿に今朝の評定の結果を教える。
不十分だと言われたらどうしようと思ったが、案外すんなりと分かってくれた。
「雨竜殿には、ご迷惑をかけてしまった。真に申し訳ございません」
「いえ。昨日の酒のお返しと思っていただければ」
山中殿がかしこまるものだから、欲のないことを言ってしまう。
「何か礼をしたいのですが……ご所望のものはございますか?」
尼子殿がそう言ってくれたけど、それほど欲しいものはないし、便宜を図った商人から受け取るのとは違うから、遠慮したい気持ちだった。
だから断ろうとした――その瞬間、閃いた。
「ものではなく、約束していただきたいことがあります」
「約束? なんでしょうか?」
僕は秀吉を見習うことにした。
上様から直接言われなくても、意を汲む秀吉のように。
「尼子家を再興したら、秀吉を助けてやってほしいのです」
「羽柴殿を?」
「ええ。一度だけでいいので」
尼子殿と山中殿は互いに顔を見合わせた。
よく分からないなりに尼子殿は言う。
「ええ。約束します。いつの日か必ず、羽柴殿をお助け申す」
欲がないと言われるだろうけど、なんだか満足してしまったので、これでいいと思った。
それから尼子家が上月城で活躍できるように、僕は兵糧の準備を手伝う。
既に播磨国の米屋に渡りをつけていたので、容易かった。
そして次の日。
僕は秀吉と長政と一緒に安土城へと向かう。
同時に尼子家も上月城へ入城する。
どのような結果を生むのだろうか。
それは未だに分からない。
翌日の早朝、姫路城の評定の間に羽柴家の皆を集めて昨日の出来事を話すと、真っ先に半兵衛さんが拒否した。嫌悪感すら覚えているらしい。
「私も反対だ。そもそも雲之介くんは多勢に囲まれるような真似をされて、どうして協力しようと思ったんだ?」
秀長さんは腕組みをして、難しい顔で苦言を呈する。
まさしくそのとおりだ。どうにかしてあげようなんて思ったのだろうか?
理由は言葉にできない。できたとしても上手く言えないだろう。
「雲之介が甘い男だというのは分かっていたがな。おぬしたちはどう思う?」
秀吉が意見を言わなかった正勝と長政に問う。
すると意外にも正勝は「協力してやってもいいと思うぜ」と肯定してくれた。
「ちょっと、正勝ちゃん!」
「まあ待て半兵衛。そりゃあ兄弟が言ってんのはおかしな話だってことぐらい重々承知の上だ。長い付き合いだし、兄弟の甘さもよくよく分かっている。でもよ、ここで協力しておけば、羽柴家にとって損はないはずだ」
正勝は全員に分かるように説明する。
「尼子家の再興を協力するってことは、毛利家を攻略することと何ら変わらねえ。どうせ滅ぼすか領土を割譲させて従属させるんだろ? だったら先駆けとして尼子家を使えばいい。奴らが先頭切って戦ってくれるんなら、俺たち楽できるじゃねえか」
要は遊軍として使えると言いたいのか。
それに同意するように長政も意見を述べた。
「心情としては協力してやりたい。拙者も同じような立場だからな。それに下克上が横行する中、主従として再興させたいというのは天晴れではないか」
全員に反対されると思っていたが、こうして賛同するのが二人も居て助かった。
だけど半兵衛さんは「正勝ちゃんは単純に考えすぎ。長政ちゃんは感情的ね」と大きな溜息を吐いた。
「肝心なことを忘れているわ。尼子家を再興させるか否かは、上様が決めるのよ?」
「それは分かっているよ。それを含めて協力したいって僕は言っているんだ。二人もそうだろう?」
しかし正勝は「えっ? ああ、そうだな」と分かっていなかったし、長政は「あくまでも心情としてだ」と言外に否定した。
「秀長ちゃんはどうなのよ?」
「これ以上厄介な悩み事は増やしたくない。ただでさえ小寺家と黒田家の折衝役を任されているんだから」
仕事や役目ではなく、悩み事か……
表情も暗いから、相当きついんだな。
「なるほど。おぬしたちの意見は分かった」
秀吉が困ったような顔をしている。
家臣の意見が二つに分かれているのだから、当然だろう。
「――わしの考えとしては、飼い殺しにするつもりだった」
少しの沈黙の後、秀吉はあっさりと躊躇いも無く本心を打ち明けた。
「飼い殺し? どういう意味だ?」
「雲之介。よく考えてみろ。没落したとはいえ、出雲国を中心に中国の大部分を支配していた尼子家を再興させたら、第二の毛利家になってしまうかもしれん」
それは――考えていなかった。
再興させても、一つの大名として独立させればいいとばかり考えていた。
その観点は見落としていた……
「そもそも足利家の凋落は大名に領地を与えすぎて、直轄地が少なかったことに起因する。もし尼子家を再興させてみろ。同じように織田家に擦り寄ってくる没落大名が列を成して上様のところに来るだろう」
秀吉の言っていることは正論だ。
僕はまた、甘いことを言っていたようだ。
「――だが今の話を聞いて、わしは尼子家の再興に協力しても良いと考える」
予想外の言葉に全員が息を飲んだ。
「……一体どういう魂胆があるのかしら?」
半兵衛さんが怪訝な表情で秀吉に問う。
「考えてみよ。何ゆえ上様が尼子家の者を登用したのか。そして与力としてわしの下に付かせたのか」
「…………」
「理由は尼子家を再興させるという意思が上様にあるからだ」
またも考えてもいなかったことが明らかになった。
「もしも尼子家を再興させぬつもりなら、他の大名を攻めさせる。織田家は四方八方に敵が居るのだからな」
「つまり、上様の考えだから、兄者は尼子家に協力すると?」
秀長さんが簡単にまとめて問うと「そのとおりだ」と頷く秀吉。
「もしかして、上様からその旨を綴った書状を貰ったのか?」
正勝の鋭い指摘に秀吉はばつの悪い顔をした。
「いや。貰ったのはねねが上様から賜った書状だ。ねねの奴、わしが浮気していると告げ口しよってな……」
……ねねさま、何してるんだ?
しかも上様はそれに対して返事したのか?
「話逸れるけど、聞いておくわ。どんなことを書かれていたの?」
「基本的にねねを褒める内容だ。加えて『猿如きにもったいないほどの良妻である』と所々わしを非難している」
「兄者……それは事実だと受け止めるんだ。ありがたいと思って浮気をやめるんだ」
呆れる秀長さんに「分かっておるわ」と秀吉は笑う。
反省しているのかな……
「話を戻す。とにかく、上様の意思であるのなら、それに従うのがわしの務めである……相違ないな?」
全員、異存はなかった。
「しかしわしができることは、尼子家に手柄を立てさせる戦場を用意することのみだ」
「だから上月城を任せるのか?」
だとしたら、秀吉はどこまで読んでいるんだ?
「そのとおりだ。宇喜多家との防波堤になってくれるのも見込んだ上でもある」
秀吉は立ち上がって、羽柴家家臣に告げる。
「尼子家再興に協力はするが、積極的に手を貸さない。だが十分手柄を立てたのであれば口添えをすることを約束する。雲之介、それを尼子勝久殿に伝えてくれぬか」
「……承知した」
なんだ。僕が言わなくても、秀吉は分かっていたのか。
余計なことをしてしまったな。
「播磨国の平定の報告を上様にしなければならぬ。秀長、留守を任せる。雲之介と長政。明日一緒に安土城に向かうぞ」
出て行く前に秀吉はそう言い残して去っていった。
安土城か……どのくらい出来上がっているのだろうか?
「そうですか。いや、十分すぎるお言葉です」
尼子勝久殿と山中幸盛殿に今朝の評定の結果を教える。
不十分だと言われたらどうしようと思ったが、案外すんなりと分かってくれた。
「雨竜殿には、ご迷惑をかけてしまった。真に申し訳ございません」
「いえ。昨日の酒のお返しと思っていただければ」
山中殿がかしこまるものだから、欲のないことを言ってしまう。
「何か礼をしたいのですが……ご所望のものはございますか?」
尼子殿がそう言ってくれたけど、それほど欲しいものはないし、便宜を図った商人から受け取るのとは違うから、遠慮したい気持ちだった。
だから断ろうとした――その瞬間、閃いた。
「ものではなく、約束していただきたいことがあります」
「約束? なんでしょうか?」
僕は秀吉を見習うことにした。
上様から直接言われなくても、意を汲む秀吉のように。
「尼子家を再興したら、秀吉を助けてやってほしいのです」
「羽柴殿を?」
「ええ。一度だけでいいので」
尼子殿と山中殿は互いに顔を見合わせた。
よく分からないなりに尼子殿は言う。
「ええ。約束します。いつの日か必ず、羽柴殿をお助け申す」
欲がないと言われるだろうけど、なんだか満足してしまったので、これでいいと思った。
それから尼子家が上月城で活躍できるように、僕は兵糧の準備を手伝う。
既に播磨国の米屋に渡りをつけていたので、容易かった。
そして次の日。
僕は秀吉と長政と一緒に安土城へと向かう。
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どのような結果を生むのだろうか。
それは未だに分からない。
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