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最期の迎え方
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京のとある屋敷――
「あら。久しぶりじゃない。元気そうね……雲之介ちゃん」
病床につく半兵衛さんを見舞う僕。
顔が死人のように真っ青だ。いよいよ危ないのかもしれない。
「久しぶりだね。半兵衛さんのほうは、あまり元気よくなさそうだけど」
「はっきり言うわね……何か良くないことでもあったのかしら?」
病に冒されても、人を見抜く目は衰えていない。
逆に死の淵に居ることで、ますます冴えているような――
「良秀のことが最近分かりましてね。復讐しようと思っているんです」
「へえ……冥途の土産に聞かせてよ」
僕は淡々と良秀のことを話した。何の感情も込めなかった。
「そう……本当なら止めるべきでしょうけど、今のあたしには、どうでも良くなっているから、止めないわ……」
「そういうものなのか?」
「そういうものよ。実を言えば、兵法書でも書こうと思ったんだけどね。書くにも体力が要るって分かってやめたわ」
「もったいない。孫子や呉子に匹敵する、優れた兵法書ができそうなのに」
「もったいないって感情も無くなっていくのよ……」
こほんと咳払いして、半兵衛さんは「話を戻すけど」と僕に言う。
「伊賀攻めをすることで、あなたは必ず後悔するわ」
「うん。分かっている」
「でも、やらなくても後悔すると思うわ。だからやって後悔したほうが、良いのかもね……」
「……みんな、僕のやろうとしていることを否定しないんだね」
ぼそりと呟いたつもりだったけど、半兵衛さんは「否定しても止まらないんでしょ?」とちょっとだけ意地悪いことを言う。
「見ていると分かるのよ。真っ直ぐに生きているあなたは、何を言われても止まらないって」
「…………」
「でもね。時には曲がることも覚えたほうが良いわ。立ち止まって考えることも重要よ」
「……半兵衛さんは、最後まで僕を導いてくれるんだね」
思えば最初に出会った頃、『あなたの主君と妻、どっちかしか助けられなかったら、どちらを救う? どちらを切り捨てる?』と問われたことがある。
当時の僕は答えられなかったけど、今ならようやくその問いの意味が分かる。
覚悟が足らなかった、僕を導くための問いであると。
「ふふふ。いやね。そんなんじゃないわよ」
ちょっと照れながら否定する半兵衛さんだったけど、こういうときは肯定であると長い付き合いだから分かっている。
「ちょっと外の空気が吸いたいわ。障子開けてくれる?」
すっと立ち上がり、僕は障子を開けた。
外は澄んだ空気をしていて、空も青く、どこまでも突き抜けそうな――
「官兵衛ちゃんは、まだ有岡城に囚われているの?」
「……救出されたという話は聞いていないよ」
「そう……死んでないわよね?」
「分からない。でも生きている気がする」
勘だけど、素直にそう言えた。
「栗山ちゃんと母里ちゃんがここに来たわよ」
「家臣の二人が? まさか、恨み言を言われたのか?」
「ええ。松寿丸を切腹させたって言ったら、二人とも怒っていたわ」
半兵衛さんは少しだけ悲しそうに微笑んだ。
「本当は――」
訊こうとしたのをやめる。
まだ策が成っていないからだ。
「――なんでもない」
「……ねえ雲之介ちゃん。一つだけ我が侭言っていいかしら?」
半兵衛さんの頼みごとならなんでも聞くつもりだった。
僕は――頷いた。
「三木城攻め、今もしているんでしょう?」
「……本当に良いんだね?」
何を言おうとしているのか、分かってしまう。
長い付き合いだから――
「良いに決まっているわ。あたしを三木城攻めの本陣まで連れてって」
「……何故、ここに来た?」
三木城攻めの本陣。
秀吉は今までにないくらい、深い怒りを込めて、半兵衛さんと僕に問う。
「……そんなに怒らないでよ。お顔が恐いわ」
対する半兵衛さんはへらへらしている。
すると秀吉が「雲之介、おぬしどうして連れてきた?」と怒りの矛先を向ける。
背筋を正して、堂々と答える。
「……最後の我が侭だったから、聞いただけだ」
「……わしがどれだけ、半兵衛を心配していたのか、そして惜しんでいたのか、分かっているはずだ」
本陣には僕と半兵衛さんと秀吉、そして正勝が居る。秀長さんと長政は但馬国を攻めている途中と聞く。
そして正勝は――黙ったまま、目を瞑っていた。
その顔からは表情がうかがえない。
「京で休養を命じたのは――少しでも最期を延ばそうと思ったからだ」
「分かっているわ。それはありがとう」
「分かっておらん! そんなに死にたいのか!」
秀吉の顔はいつもの笑みではなく、怒りを貼り付けていた。
「まだまだ、半兵衛の力が必要――」
「駄目よ。もうすぐ死ぬわ」
その言葉に、秀吉は何も言えなくなった。口をもごもごさせて、言葉を発せられない。
「もう死んじゃうのよ。時間切れ。寿命の終わり。ただそれだけなの」
「……ならどうして、ここに来た!」
秀吉は自分のことではめったに怒らない。
でも他人のことになると、すぐに感情を露わにする。
「一刻でも永く生きたいと――そう思わないのか!」
「思わないわ。それと、さっきの問いに返すけど、あたしは――」
僕は半兵衛さんの表情を見逃してしまった。
「――秀吉ちゃんと仲間の傍で、死にたかったのよ」
秀吉はわなわなと震えだして、がっくりとうな垂れて、そして――
「……愚か者。そのような嬉しくて悲しいことを言うな」
大粒の涙を零しながら、秀吉は――叱った。
「わしや上様より賢いと思っていたが、よもやこれほどの大馬鹿者だったとは……」
「酷いわねえ! これでも良い死に方考えてるんだから!」
半兵衛さんは笑っている。
死に近いのに、笑っている――
「う、うう、うううう――」
唸り声。
正勝を見ると――号泣していた。
「うおおお! 淋しいぞ! 死ぬなよ、半兵衛!」
「ま、正勝ちゃん……」
「もっと、もっと、一緒に……!」
正勝の兄さんが泣いたせいで。
それまで我慢していた僕も。
ぽろぽろと泣き出してしまう。
「二人とも泣くから、僕も泣いちゃうじゃないか……」
「雲之介ちゃん……」
「もっとさあ! 明るく見送ったほうがいいだろ! だから我慢していたのに!」
半兵衛さんは「まだ死なないから大丈夫よ!」と言う。
「みんなを見ていたら元気になっちゃったじゃない! もう、みんな馬鹿ね!」
「あっはっは! おぬしが一番の馬鹿ではないか!」
「そうだねえ。半兵衛さんも泣いているし」
「俺たち、泣いちまって、みっともねえなあ!」
本陣に笑い声が広がる。
それはとても愉快な声で。
兵たちは何事だろうと訝しげに思ったようだった。
一ヵ月後。
半兵衛さんは本陣から居なくなってしまった。
僕の仲間だった半兵衛さんは居なくなってしまった――
それからさらに二ヵ月後。
荒木の城、有岡城が落城し。
黒田官兵衛が救出されたという報告が入った。
僕は、半兵衛さんの弟、竹中久作と共に、有岡城攻め本陣に向かう――
「あら。久しぶりじゃない。元気そうね……雲之介ちゃん」
病床につく半兵衛さんを見舞う僕。
顔が死人のように真っ青だ。いよいよ危ないのかもしれない。
「久しぶりだね。半兵衛さんのほうは、あまり元気よくなさそうだけど」
「はっきり言うわね……何か良くないことでもあったのかしら?」
病に冒されても、人を見抜く目は衰えていない。
逆に死の淵に居ることで、ますます冴えているような――
「良秀のことが最近分かりましてね。復讐しようと思っているんです」
「へえ……冥途の土産に聞かせてよ」
僕は淡々と良秀のことを話した。何の感情も込めなかった。
「そう……本当なら止めるべきでしょうけど、今のあたしには、どうでも良くなっているから、止めないわ……」
「そういうものなのか?」
「そういうものよ。実を言えば、兵法書でも書こうと思ったんだけどね。書くにも体力が要るって分かってやめたわ」
「もったいない。孫子や呉子に匹敵する、優れた兵法書ができそうなのに」
「もったいないって感情も無くなっていくのよ……」
こほんと咳払いして、半兵衛さんは「話を戻すけど」と僕に言う。
「伊賀攻めをすることで、あなたは必ず後悔するわ」
「うん。分かっている」
「でも、やらなくても後悔すると思うわ。だからやって後悔したほうが、良いのかもね……」
「……みんな、僕のやろうとしていることを否定しないんだね」
ぼそりと呟いたつもりだったけど、半兵衛さんは「否定しても止まらないんでしょ?」とちょっとだけ意地悪いことを言う。
「見ていると分かるのよ。真っ直ぐに生きているあなたは、何を言われても止まらないって」
「…………」
「でもね。時には曲がることも覚えたほうが良いわ。立ち止まって考えることも重要よ」
「……半兵衛さんは、最後まで僕を導いてくれるんだね」
思えば最初に出会った頃、『あなたの主君と妻、どっちかしか助けられなかったら、どちらを救う? どちらを切り捨てる?』と問われたことがある。
当時の僕は答えられなかったけど、今ならようやくその問いの意味が分かる。
覚悟が足らなかった、僕を導くための問いであると。
「ふふふ。いやね。そんなんじゃないわよ」
ちょっと照れながら否定する半兵衛さんだったけど、こういうときは肯定であると長い付き合いだから分かっている。
「ちょっと外の空気が吸いたいわ。障子開けてくれる?」
すっと立ち上がり、僕は障子を開けた。
外は澄んだ空気をしていて、空も青く、どこまでも突き抜けそうな――
「官兵衛ちゃんは、まだ有岡城に囚われているの?」
「……救出されたという話は聞いていないよ」
「そう……死んでないわよね?」
「分からない。でも生きている気がする」
勘だけど、素直にそう言えた。
「栗山ちゃんと母里ちゃんがここに来たわよ」
「家臣の二人が? まさか、恨み言を言われたのか?」
「ええ。松寿丸を切腹させたって言ったら、二人とも怒っていたわ」
半兵衛さんは少しだけ悲しそうに微笑んだ。
「本当は――」
訊こうとしたのをやめる。
まだ策が成っていないからだ。
「――なんでもない」
「……ねえ雲之介ちゃん。一つだけ我が侭言っていいかしら?」
半兵衛さんの頼みごとならなんでも聞くつもりだった。
僕は――頷いた。
「三木城攻め、今もしているんでしょう?」
「……本当に良いんだね?」
何を言おうとしているのか、分かってしまう。
長い付き合いだから――
「良いに決まっているわ。あたしを三木城攻めの本陣まで連れてって」
「……何故、ここに来た?」
三木城攻めの本陣。
秀吉は今までにないくらい、深い怒りを込めて、半兵衛さんと僕に問う。
「……そんなに怒らないでよ。お顔が恐いわ」
対する半兵衛さんはへらへらしている。
すると秀吉が「雲之介、おぬしどうして連れてきた?」と怒りの矛先を向ける。
背筋を正して、堂々と答える。
「……最後の我が侭だったから、聞いただけだ」
「……わしがどれだけ、半兵衛を心配していたのか、そして惜しんでいたのか、分かっているはずだ」
本陣には僕と半兵衛さんと秀吉、そして正勝が居る。秀長さんと長政は但馬国を攻めている途中と聞く。
そして正勝は――黙ったまま、目を瞑っていた。
その顔からは表情がうかがえない。
「京で休養を命じたのは――少しでも最期を延ばそうと思ったからだ」
「分かっているわ。それはありがとう」
「分かっておらん! そんなに死にたいのか!」
秀吉の顔はいつもの笑みではなく、怒りを貼り付けていた。
「まだまだ、半兵衛の力が必要――」
「駄目よ。もうすぐ死ぬわ」
その言葉に、秀吉は何も言えなくなった。口をもごもごさせて、言葉を発せられない。
「もう死んじゃうのよ。時間切れ。寿命の終わり。ただそれだけなの」
「……ならどうして、ここに来た!」
秀吉は自分のことではめったに怒らない。
でも他人のことになると、すぐに感情を露わにする。
「一刻でも永く生きたいと――そう思わないのか!」
「思わないわ。それと、さっきの問いに返すけど、あたしは――」
僕は半兵衛さんの表情を見逃してしまった。
「――秀吉ちゃんと仲間の傍で、死にたかったのよ」
秀吉はわなわなと震えだして、がっくりとうな垂れて、そして――
「……愚か者。そのような嬉しくて悲しいことを言うな」
大粒の涙を零しながら、秀吉は――叱った。
「わしや上様より賢いと思っていたが、よもやこれほどの大馬鹿者だったとは……」
「酷いわねえ! これでも良い死に方考えてるんだから!」
半兵衛さんは笑っている。
死に近いのに、笑っている――
「う、うう、うううう――」
唸り声。
正勝を見ると――号泣していた。
「うおおお! 淋しいぞ! 死ぬなよ、半兵衛!」
「ま、正勝ちゃん……」
「もっと、もっと、一緒に……!」
正勝の兄さんが泣いたせいで。
それまで我慢していた僕も。
ぽろぽろと泣き出してしまう。
「二人とも泣くから、僕も泣いちゃうじゃないか……」
「雲之介ちゃん……」
「もっとさあ! 明るく見送ったほうがいいだろ! だから我慢していたのに!」
半兵衛さんは「まだ死なないから大丈夫よ!」と言う。
「みんなを見ていたら元気になっちゃったじゃない! もう、みんな馬鹿ね!」
「あっはっは! おぬしが一番の馬鹿ではないか!」
「そうだねえ。半兵衛さんも泣いているし」
「俺たち、泣いちまって、みっともねえなあ!」
本陣に笑い声が広がる。
それはとても愉快な声で。
兵たちは何事だろうと訝しげに思ったようだった。
一ヵ月後。
半兵衛さんは本陣から居なくなってしまった。
僕の仲間だった半兵衛さんは居なくなってしまった――
それからさらに二ヵ月後。
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