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旧友と傀儡
Ⅳ
しおりを挟む次の日…
俺は誰よりも早く目が覚めて、とある用事をするためにほんの少しの間家を出た。
決してジェイスから逃げようとしたわけじゃない…その点については、俺はもう諦めていた。
俺が家にいない間…
起きたジェイス達はカーラとこんな会話をしていたらしい。
「おはよう」
「おはようございます!」
「あいつは…?」
「バージニア様は…お手紙をだしにいきました」
「手紙…?」
「はい…毎朝…誰かに手紙をだしているんです」
ここでジェイスは…
机の上にあった書きかけの手紙を見つける。
しまっておけばよかった。
ジェイスはそれをただじっと見つめた。
「これは…」
「カーラ…この手紙を読んだか?」
「いえ…私…字が読めないから…」
「…」
ジェイスは…その手紙の一枚を胸ポケットにいれる。
すると、ディページが起きてくる。
「ふぁ~あ…おはよ…ジェイス…カーラ」
「おはようございます!お寝坊さんです!」
「ごめんって…悪魔はたくさん寝るものなんだよ?覚えておきな」
「そうなんですか?新しいことを教えていただき、ありがとうございます!」
「ヘンなこと教えんな…こいつは飛びっきりだらしねぇだけだ」
「ディページさんは飛びっきりだらしない悪魔…」
「あー!ジェイスこそ余計なこと教えてないでよ!」
その後は俺が帰るまで…
三人はここまでの旅の話をまたしたのだそうだ。
カーラは表情を変えなかったが…本当に楽しそうに語ったらしい。
「そしたら、おっきな虫がでてきたんです!足がいっぱいあって…」
「ムカデかなぁ…俺虫だめなんだよねぇ…」
「興味があって、食べてみようと思って口に入れたら、バージニアさんに怒られてしまいました」
「ムカデ食べようとしたの!?」
「はい…でもバージニアさんが教えてくれたんです!『女の子は虫を見たら怖がった方が可愛い』って…」
「いや、そこはなんていうか…『普通は虫を食わない』っていう常識的な観点から教えた方が…」
「悪魔が常識を語るか」
カーラは、学ぶことが本当に好きなんだろう。
俺もこの旅を通して感じていたし、ジェイス達もそれはわかったようだ。
カーラは旅の最中…まるで赤子のように何にでも興味を示した。
家、村、食べ物、武器、魔法、人間、悪魔。
荒廃したオロール連邦を超える時でさえ…
彼女は本当に楽しそうにしていた。
彼女が見てるこの世界は…
俺達が見ている世界よりもずっとキラキラ輝いているのだろう。
「…けwす」
…
俺が家へ帰ってくると…
ジェイスが家の前で俺のことを待っていた。
その手には…
俺が書きかけで置いてあった手紙が握られていた。
「手紙を読んだ」
「書きかけの手紙を読むなんて…趣味悪いなぁ」
「置いていく方が悪い…」
「…」
「全て…フュリーデントの外国境管理局へ書かれたものだ…」
「…」
「カーラをどこかの国に亡命させようとしていたのか…?」
「…」
「…」
「ヴィンドールだ…あそこは人間の法がない…カーラでも安全に暮らせるだろう?」
俺は毎日、フュリーデント外国境管理局へ手紙を書いていた。
ヴィンドールへの出国許可を得るために。
「返事は来たのか?」
「一介の吟遊詩人が許可を得るのは難しいのさ…ただでさえ今フュリーデントはオロールからの亡命者で忙しいからな…」
ジェイスはフュリーデントの国境グラインフォールで、たくさんの亡命者の列を見ていた。
そして根なし草の吟遊詩人が、公的な許可を得る難しさも知っていた。
「…」
「なぁジェイス…」
「?」
「お前…ここまですんなり来れたってことは…ホークビッツの公的な書類を何か持っているんじゃないのか?」
「ホークビッツ国の公印と…大使館への召喚状は預かってきている…」
「本当か!?」
「…あぁ…召喚状の方は…グラインフォールの国境で子供にあげてしまったが…」
「公印はあるんだな?…お前が手紙にそれを添えてくれれば、俺の手紙はホークビッツ大使の公的な印書になるってことだ…亡命許可だって下りる…」
「…」
「…頼む…公印を押してくれないか?…カーラを亡命させたいんだ…」
「…」
「…頼む」
「それはできない…」
「なぜだ!?」
「俺は宰相の命令でお前を殺しに来たんだぞ?」
「…」
「その宰相から預かったものを使って…標的であるお前らの亡命を手伝うことはできない…」
ジェイスは…
冷たく俺に言った。
「…」
「…」
「はは…そうだよな…」
「…」
「…」
「甲斐性のないお前が…そこまでして傀儡を助けるなんてな…」
「…そうしたいからそうする…それが自由を愛する吟遊詩人の生き方ってもんさ」
「…」
「ってのはカッコつけすぎかな…」
「…」
「あの子を見てると思うんだ…」
「…?」
「表情こそ変わらないが…あの子が色んなものを見て楽しそうにしているところを見ると…心があったかくなる…気づかぬうちに、俺も彼女に助けられていたんだ…」
ジェイスは…
俺からすっと目をそらした。
「…」
そして、もう一度俺と目を合わせる
「明日…お前を殺す」
冷たくこう言った。
「…」
「それまでに…やるべきことはやっておけ」
「…カーラはどうするつもりだ?」
「…」
ジェイスは何も言わない。
「なぁ…たのむ…せめてカーラだけでも助けてくれないか?亡命を手伝ってくれとは言わない…せめて…命だけは…」
「…」
「…」
「…俺が言われたのは…お前の命だけだ」
「じゃあ…」
「…」
「…ありがとう」
…
その夜は…
俺とカーラ、ジェイスとディページと4人で酒を飲んだ。
ジェイス達が来てからもう丸一日が経っている。
それでもカーラはおしゃべりをするのが楽しくて…
ディページに身振り手振りを使って色々話していた。
「それで収穫を手伝わせてもらった時、すごかったんです!切られていないニンジンを始めて見ました…まさかあんな形をしているなんて予想外です!…泥が爪のなかにはいって、洗うのが大変で…」
「イーストレア村の村長が言ってたよ…とっても元気なお母さんだって」
「そうなんです!私、その時はバージニアさんのお母さんのふりして変身したんです!村の皆さんはとっても優しくて…」
ディページと楽しそうに話すカーラ…
俺とジェイスは、浮かない顔でワインを飲んでいた。
「どうしたんですか?バージニアさん…」
「ん?あ、いや…なんでもないんだ」
「…?」
少しづつ…
死の実感が、恐怖が…
俺を暗い気持ちに飲み込んでいった。
部屋の隅に立てかけてある3本の剣が…
妙に大きく感じる。
「なぁカーラ…」
「…はい?」
「幸せに…なれよ…」
「…」
そして…
カーラは話し疲れて…
ディページは飲みすぎて…
満足そうに眠りについた。
俺とジェイスは、声も発さず、2人でワインで口を湿らせていた。
「なぁ…ガキのころ2人で川に遊びにいったことを覚えているか?」
「あぁ…お前が溺れた時のときだろ?俺が助けてやったんだ」
「…あの時からお前は、本当によくできたガキだったな」
「…」
「でも大人になって…お前はさらに立派になった」
「…」
「後悔はしないように生きていけよ…ジェイス」
死刑執行人と、死刑囚である俺らは…
ガキの頃から一緒だった友人でもある。
俺は最後に、ジェイスへ友人としての言葉を贈った。
そしてジェイスは、ワインで口を湿らせて…
死刑執行人としての言葉を…俺に向けた。
「眠りについている時であれば…苦しむことはないだろう…」
「…」
「お前が寝ている間に…俺が首を切る」
「…あぁ」
「何か言い残すことはあるか?」
「…」
「…」
「…いや、ないよ…」
「…」
ジェイスは…
俺から目を伏せた。
「…」
「…」
少しの沈黙ののち…
俺は自分の目に、涙が溜まっていることに気付いた。
この後、ベッドに入ったら…
俺はもう太陽を見ることはない。
このまま眠りにつけば…
もう目を覚ますことはない。
俺はジェイスの目を見て…
ある言葉を口に出そうと思った。
これまでの自分の人生を肯定するように…
生んでくれた母親、遠く離れた故郷ホークビッツ、辛い役を任せることになってしまった旧友ジェイス、俺みたいな男を探す旅を一緒にしてきたディページ、そして…
俺と一緒に旅をしてくれた、心優しい傀儡カーラへ…
最後の言葉を贈ることにした。
「ありがとう…本当に…美しい人生だった」
心の底から…
真っ白な気持ちで、俺はそう言った。
「…」
涙で滲んで…
ジェイスの顔はよく見えなかった。
けど、まっすぐに俺を見てくれていることはわかる。
本当にごめんな…
旧知の仲である俺を殺すなんて…いくら『吸血鬼殺し』といえど辛いよな…
でも…
お前で本当によかった。
お前なら、きっと俺は苦しまずにシエルの地へ旅立つことができる。
そして、後のことを全て任せることもできる。
感謝。
祈願。
あらゆる感情を飲み込んで、俺は言った。
「…そろそろ寝るよ」
「…」
「…おやすみ」
「…あぁ…おやすみ」
この会話を…
カーラが聞いていることも知らずに。
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