辺境の付与術師のスローライフはままならない? ~Sランクパーティーを追い出された無能な俺、実は世界で唯一の概念付与の使い手でした~

沢谷 暖日

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プロローグ 無能の烙印

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 酒場の喧騒が遠い。
 目の前にあるはずなのに、ひどく遠く感じた。

「…………」

 現在酒場で開かれているのは英雄たちの凱旋を祝う宴。
 その中心でリーダーのアルドレットが高らかに笑い、魔術師のエリアーナがワイングラスを傾けている。
 聖女のセレスティアは慈愛に満ちた笑みを振りまき、盗賊のカインは指を折りながら次の報酬の計算に夢中だ。

 彼らは、この国の英雄『神速の剣』。
 そして俺は、そのパーティーに所属する付与術師──ノア。
 ……のはずだが、今の俺はその宴に参加するでもなく、部屋の隅で彼らの武具を磨いていた。

「…………」

 俺は黙々と、アルドレットの愛剣を布で拭う。
 今回の迷宮の主、ミノタウロスキングの剛腕を受け止めてもこの剣には刃こぼれ一つない。
 先日の戦闘、彼の必殺技が敵の巨大な戦斧と激突した瞬間、俺には見えた。聞こえた。
 きしむ剣が、限界を訴える金属の悲鳴が。
 あれは、間違いなく砕け散っていたはずの一撃だった。
 だがそれを防いだのは、俺が付与した【不壊】の概念だ。
 もちろん、アルドレットは自らの剛腕と剣の品質に勝利を確信して雄叫びを上げただけ。
 俺の貢献など、彼の視界には塵ほども入っていない。

 昔は、こんなんじゃなかったはずだ。
 俺たちがまだCランクの、駆け出しのパーティーだった頃。
 アルドレットは依頼が終わるたびに俺の肩を力強く叩いて「お前のおかげで安心して戦える!」と笑ってくれた。
 エリアーナは「あなたの力、興味深いわね」と話しかけてくれたし、セレスティアの祈りには偽りのない温かさがあった。
 だが、パーティーのランクが上がるにつれて全てが変わっていった。
 Bランクになり、Aランクになり……彼らが名声を得るほどに俺への感謝の言葉は消えた。
 いつしか肩を叩く手は俺を突き飛ばすようになり、エリアーナの興味は侮蔑に変わり、セレスティアの瞳からは温かさが消えた。
 Sランクになった今、俺はもう仲間ですらなかった。

「おい、荷物持ち」

 不意にアルドレットの静かな声が響いた。
 祝宴の熱気が、その一言でスッと冷める。
 彼は祝杯をテーブルにドン、と置くと顎で俺をしゃくった。

「こっちへ来い」

 逆らうことはできない。
 アルドレットには、孤児院から拾ってもらった恩がある。
 それに。いつかまた、昔のように笑い合える日が来るかもしれないと。
 そんな愚かともいえる願望を捨てきれずにいたのだ。

「ど、どうかしたか……」

 パーティーの中心に立つと、四人の視線が突き刺さる。
 アルドレットの目は、今まで見たことがないほど冷たかった。
 彼は値踏みするように俺を上から下まで眺めると、言葉を放つ。
 ただただ、冷たく、切り捨てるように。

「単刀直入に言う。ノア、お前は今日でクビだ」

 空気が、凍った。
 頭が真っ白になり、彼の言葉の意味を理解するのに数秒かかった。
 クビ? 追放? 何を言っているんだ、この男は。

「な……なんで……。俺、何かしたか?」

 かろうじて絞り出した俺の声は、情けなく震えていた。
 そんな俺の様子を、アルドレットは心底呆れたというように鼻で笑う。

「まだ分からないのか? 俺たちはSランクになったんだ。駆け出しの頃は、お前のような雑用係にも使い道があった。だがな、今日で確信した。俺たちはもう国で最高のパーティーなんだ。そんな俺たちに、お前のようなお荷物がまだ必要だと思うか?」
「ま、待ってくれ! 俺の付与が、みんなの……! アルドレットの剣だって、俺の【不壊】がなければ折れていた! エリアーナの魔法だって!」

 俺が必死に訴え出た、その瞬間だった。
 アルドレットは舌打ち一つすると、俺の胸倉を鷲掴みにし、壁際まで荒々しく突き飛ばした。
 背中を強く打ち付け、俺は咳き込む。

「黙れ」

 アルドレットは、見下ろす俺に吐き捨てるように言った。

「いいか、ノア。剣が折れなかったのは、俺の技量がいいからだ。お前の付与なんぞなくても、俺なら受け止められた。だが、お前の付与があったおかげで俺の剣が『全くの無傷』だった。それは事実だ。つまり、お前の力は俺という『本物』がいて初めて意味を成すんだよ。お前は俺の偉大さを証明するためだけの、安っぽい額縁に過ぎん」

 彼の言葉が、頭に直接ねじ込まれるようだった。
 俺の最後の希望が、音を立てて消えていく。
 その光景に、エリアーナがつまらなそうに爪を眺めながら追随する。

「ええ、その通りよ。あなたのその原始的な力が側にあると、私の繊細な魔力制御にノイズが走るの。はっきり言って迷惑だったわ」

 カインはテーブルの上の金貨を指で弾きながら、下卑た笑みを浮かべた。

「お前がいなくなれば、報酬の分け前も増える。ありがたいこった」

 そして聖女セレスティアが、まるで聖母のような表情で手を組み悲劇のヒロインのように言った。

「これも神が与えた試練です。あなた自身の力で、新たな道を見つけるべきなのです」

 誰も、俺を見ていなかった。
 俺の力を、俺の貢献を、誰も理解しようとしなかった。
 アルドレットは俺から手を離すと、懐から数枚の金貨を取り出し床に投げ捨てる。
 チャリン、と虚しい音が静まり返った部屋に響いた。そして、俺が今まで剣を磨いていた油汚れた布をひったくると、それで自身の脂ぎった指を拭いそれを俺の顔に投げつけた。

「退職金だ。その汚い布と一緒に拾って、とっとと失せろ」

 ……そうか。
 もう、終わりなんだ。

「…………」

 俺のやってきたことは全て無意味だった。
 彼らにとって、俺の価値はこの数枚の金貨と汚れた布切れと同じだったのだ。
 喉の奥から何かがこみ上げてくるのを感じながら、俺は黙って踵を返した。引き留める声はもちろんない。
 酒場の扉を開けると、冷たい夜の雨が顔に降りかかった。
 英雄たちの楽しげな笑い声を背中で聞きながら、俺は一人、暗い路地へと足を踏み出す。

 長かった旅は、終わった。
 「神速の剣」のノア・アーキテクトは、今、この瞬間に死んだ。

 これからどうする?
 分からない。
 何も分からなかった。

「……俺は。これから──」

 ただ、長い長い緊張の糸が切れたような。そんな解放感が少しだけあった。
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