辺境の付与術師のスローライフはままならない? ~Sランクパーティーを追い出された無能な俺、実は世界で唯一の概念付与の使い手でした~

沢谷 暖日

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第五話 概念付与

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「このオルゴールに……何を、したんですか?」

 澄み切ったオルゴールの音色が響く中、アリアの問いは静かだが俺の心臓を直接掴むような強さを持っていた。
 その瞳にはもはや怯えや警戒の色はなく、ただ純粋な真理の探求者として俺という謎を射抜いていた。

「あ──っと、い、今のは──」

 こんな自分でやっておいてあれだが、まずい。と咄嗟にそう思った。
 冷静に考えればこの力は誰にも知られてはいけない。
 それは、追放された日から俺が自分に課した唯一のルールだったはずじゃないか。

「な、なな、何もしてない、です、よ……?」

 俺の声は、自分でも驚くほど上ずって震えていた。
 必死でアリアから視線を逸らし、ありもしない天井のシミを数え始める。

「さ、触ってたら、偶然カチッて。ほら、古い機械って、そういうことありがちじゃ──」

 言い訳をする俺に、アリアは氷のように冷たい視線を向け強制的に黙らせてきた。
 彼女の無言の圧力に、俺の額から冷や汗がツーっと流れる。
 長く感じる沈黙の後、彼女は深いため息をついた。

「……言い訳が、あまりにも稚拙です」

 バッサリと切り捨てられる。
 俺も、アリアの言う通りだと思う。

「砕けていた歯車が何の痕跡もなく繋がるのが偶然? 欠けていた部品が、寸分の狂いもなく再生するのが偶然ですって? ……その力は、一体何なのですか? 説明してください」

 彼女の真剣な問いに、俺はもう逃げられないと悟った。

「……俺にも、よく分からないんだ」

 俺は観念し深呼吸の後、話し始めた。
 そして今一度、見つめ直してみた。
 今まで目を逸らしてきた、俺の過去を。

「物心ついた頃から、できていた。俺は孤児院育ちで親の顔も知らないから、誰かに教わったわけでもない。ただ、物に触れて強く念じるとその『意味』や『特性』を少しだけ変えることができる。俺は、それを……『概念付与』と、心の中で呼んでる。でも、どうしてできるのか、どういう仕組みなのかは全く分からない。限界も、代償も……手探りなんだ。だから、下手に使うべきじゃないって……」

 そう、だから隠してきた。
 アルドレットたちに「子供じみた小細工」と笑われたこの力は、俺自身にとっても、得体の知れない不気味なものだったのだ。
 だから、俺の力をアルドレットたちに証明するのが怖かったんだ。

「…………」

 俺の告白を聞き終えたアリアは、しばらく黙って何かを考えていた。
 そして、一つの事実を確認するように静かに口を開いた。

「……分かりました。それが、あなたの秘密の力なのですね」

 彼女は一度頷くと、今度はもっとずっと真っ直ぐな瞳で、俺の心を見透かすように尋ねてきた。

「では、なぜ? そんな、誰にも知られたくない大事な力をなぜ私のために? ただの、壊れたオルゴールのために、使ったのですか?」

 なぜ。
 彼女のその問いが、俺の頭の中で何度も反響する。
 そして同時に、先ほどの彼女の表情が脳裏に映し出された。

「……君が、悲しそうな顔をしていたから」

 アリアはその言葉に意表を突かれたように大きく目を見開いた。
 彼女の探究心に燃えていた瞳が、一瞬。揺らぐ。

「悲しそうな、顔……?」
「このオルゴールが、もう二度と鳴らないのが悲しいって顔をしてた、から」

 俺の尻すぼみする語尾を皮切りに沈黙が訪れる。
 まずいことを言っただろうか。あまりに子供じみた理由に、呆れられたかもしれない。
 俺が恐る恐る彼女の顔を窺うと、アリアはただじっと俺の目を見ていた。
 大きな眼鏡の奥の瞳は、探るようでもなく責めるようでもない。
 ただ、何かを深く深く納得しようとしているように見えた。
 やがて、彼女はゆっくりと口を開いた。
 その声は、もう俺を尋問するような響きではない。

「……あなたの力は『手探り』なのですね」

 彼女は、俺が先ほど言った言葉を確かめるように繰り返した。
 その声は、俺を憐れむでも見下すでもない。
 ただ純粋に、一つの事実として受け止めているようだった。
 そしてその「手探り」という言葉が持つ本当の意味に、彼女自身が思い至ったのだろう。
 大きな眼鏡の奥で、彼女の瞳がゆっくりとしかし確かな熱を帯びていく。

「すごい……。今のは世界の理そのものに干渉する、新たな術かもしれません……! これなら私の──」

 アリアは興奮のあまり、無意識に俺との距離を詰めていた。
 その熱に浮かされたような表情に、俺が少しだけ気圧されていると彼女はハッと我に返った。
 そしてさっと顔を赤らめると、慌てて二、三歩後ろに下がり、こほん、とわざとらしい咳払いをする。

「い、いえ。その、学術的見地から見て非常に興味深い事例だと言いたかっただけでこのまま放置しておくのは知識に対する冒涜といいますか……!」

 早口で、まるで自分に言い聞かせるように言うと彼女は眼鏡の位置をクイと直した。
 だが、その耳がほんのり赤いのは隠せていない。

「で、ですから、その。わ、私に。あなたのその力のこと、もっと詳しく教えてくださらないでしょうか……? あ、あなたの迷惑にならなければ、ですが」

 先ほどの勢いはどこへやら、最後の方は消え入りそうな声になっていた。
 俺は、彼女のそんな人間らしい一面を見て、不思議と心が軽くなるのを感じた。

「……えとえと。詳しいことはまた今度、で! また明日、夜にでも詳しく話し合いましょう! 私も話さなければならないことがあるので……!」

 その言葉に俺は頷く。と、くるりと三つ編みの髪が慌ただしく宙を舞って、彼女は俺の前から足早に姿を消した。
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