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第六話 剣の錆
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【三人称視点】
王都の冒険者ギルドは、昼下がりの活気と微かな緊張感に包まれていた。
緊張の源は、ギルドの最高峰に君臨するSランクパーティー「神速の剣」が、依頼から帰還した際のただならぬ雰囲気のせいだった。
「なぜだ! なぜ俺の剣は、グリフォンの爪一つでこの有様なんだ!」
リーダーである剣士アルドレットの怒声が、ギルド内に響き渡る。
彼がカウンターに叩きつけた愛剣は、刃が欠け無惨な姿を晒していた。
それは以前の剣が折れてから、大金をはたいて買い替えたばかりの高名なドワーフの名匠が鍛え剣のはずだった。
「なによその目。私のせいじゃないわ! あんなに素早く飛び回る相手に魔法が当たらないのは当然でしょう!」
魔術師のエリアーナが、キーキーと甲高い声で反論する。
彼女のプライドは、連日の任務失敗でズタズタだった。
グリフォンのような巨大な的を相手に、彼女の必殺魔法が半数以上も空を切るなど以前では考えられないことであった。
「俺だって、懐に潜り込もうとしたさ! だが、風圧で葉っぱが舞い上がっただけで、すぐに見つかっちまった!」
盗賊のカインは腕の傷を押さえながら悪態をつく。
彼の完璧だったはずの隠密行動は、ここ数週間まるで素人のように簡単に見破られていた。
「くそっ。どいつもこいつも言い訳ばかりしやがって!」
周囲の冒険者たちは、遠巻きにヒソヒソと噂を交わしている。
かつて羨望の的だった英雄たちの、凋落の始まりを誰もが感じ取っていた。
「……皆様、落ち着いてください。これも神が与えたもうた試練なのです」
聖女のセレスティアが、いつものように慈愛に満ちた声で仲間を諭す。
だが、その顔には疲労の色が隠しきれていなかった。
仲間たちの負傷が増えたことで、彼女の聖魔法の消耗は以前の倍以上になっていたのだ。
「試練、試練だと!? どうして俺たちが、こんな格下の魔物に苦戦せねばならんのだ! 何かがおかしい……。装備か? 連携か? それとも……」
アルドレットが答えの出ない問いに頭を抱えた、その時だった。
セレスティアが、ぽつりと、まるで独り言のように呟いた。
「……ノアさんがいなくなってから、ですわね。何もかもが、おかしくなったのは」
その言葉に一瞬、アルドレットたちが凍り付いた。
ギルドの喧騒が、嘘のように遠のき、全員が押し黙った。
だが、それも一瞬。アルドレットの高らかな嘲笑が沈黙を破る。
「は、ははは! 馬鹿を言うな、セレスティア! あんな荷物持ち一人いなくなったくらいで、この俺たちがこの様だとでも言うのか! 冗談じゃない!」
彼のその一言で、張り詰めていた空気は霧散した。
そうだ、そんなはずはない。自分らはSランクの英雄なのだ。
あんな無能な男一人に、自分たちの運命が左右されるわけがない。
「そ、そうですわよね……。ごめんなさい、私としたことが、どうかしていましたわ」
「まったくだ。あいつのせいにするなど、我々のプライドが許さん」
「ああ。ただの不運が重なっただけだ」
彼らは自ら、真実から目を逸らした。
自分たちの実力が落ちただけだという、最も認めたくない現実から逃避したのだ。
「もういい! こんな高ランクの依頼は、しばらく受けん!」
アルドレットはそう宣言すると、依頼ボードに張り出されていたBランクの「盗賊団の砦の制圧」という依頼書を乱暴に引き剥がした。
「こんな雑魚ども一時間で片付けてやる! 俺たちの実力が健在だということをあの下衆どもに見せつけなければな! 行くぞ!」
そう言って、彼らはギルドを飛び出していった。
残された他の冒険者たちは、ただ呆れたように、あるいは憐れむように、彼らの背中を見送るだけだった。
自分たちが錆びついていることに気づかぬまま。その神速の剣は刃こぼれを加速させる。
王都の冒険者ギルドは、昼下がりの活気と微かな緊張感に包まれていた。
緊張の源は、ギルドの最高峰に君臨するSランクパーティー「神速の剣」が、依頼から帰還した際のただならぬ雰囲気のせいだった。
「なぜだ! なぜ俺の剣は、グリフォンの爪一つでこの有様なんだ!」
リーダーである剣士アルドレットの怒声が、ギルド内に響き渡る。
彼がカウンターに叩きつけた愛剣は、刃が欠け無惨な姿を晒していた。
それは以前の剣が折れてから、大金をはたいて買い替えたばかりの高名なドワーフの名匠が鍛え剣のはずだった。
「なによその目。私のせいじゃないわ! あんなに素早く飛び回る相手に魔法が当たらないのは当然でしょう!」
魔術師のエリアーナが、キーキーと甲高い声で反論する。
彼女のプライドは、連日の任務失敗でズタズタだった。
グリフォンのような巨大な的を相手に、彼女の必殺魔法が半数以上も空を切るなど以前では考えられないことであった。
「俺だって、懐に潜り込もうとしたさ! だが、風圧で葉っぱが舞い上がっただけで、すぐに見つかっちまった!」
盗賊のカインは腕の傷を押さえながら悪態をつく。
彼の完璧だったはずの隠密行動は、ここ数週間まるで素人のように簡単に見破られていた。
「くそっ。どいつもこいつも言い訳ばかりしやがって!」
周囲の冒険者たちは、遠巻きにヒソヒソと噂を交わしている。
かつて羨望の的だった英雄たちの、凋落の始まりを誰もが感じ取っていた。
「……皆様、落ち着いてください。これも神が与えたもうた試練なのです」
聖女のセレスティアが、いつものように慈愛に満ちた声で仲間を諭す。
だが、その顔には疲労の色が隠しきれていなかった。
仲間たちの負傷が増えたことで、彼女の聖魔法の消耗は以前の倍以上になっていたのだ。
「試練、試練だと!? どうして俺たちが、こんな格下の魔物に苦戦せねばならんのだ! 何かがおかしい……。装備か? 連携か? それとも……」
アルドレットが答えの出ない問いに頭を抱えた、その時だった。
セレスティアが、ぽつりと、まるで独り言のように呟いた。
「……ノアさんがいなくなってから、ですわね。何もかもが、おかしくなったのは」
その言葉に一瞬、アルドレットたちが凍り付いた。
ギルドの喧騒が、嘘のように遠のき、全員が押し黙った。
だが、それも一瞬。アルドレットの高らかな嘲笑が沈黙を破る。
「は、ははは! 馬鹿を言うな、セレスティア! あんな荷物持ち一人いなくなったくらいで、この俺たちがこの様だとでも言うのか! 冗談じゃない!」
彼のその一言で、張り詰めていた空気は霧散した。
そうだ、そんなはずはない。自分らはSランクの英雄なのだ。
あんな無能な男一人に、自分たちの運命が左右されるわけがない。
「そ、そうですわよね……。ごめんなさい、私としたことが、どうかしていましたわ」
「まったくだ。あいつのせいにするなど、我々のプライドが許さん」
「ああ。ただの不運が重なっただけだ」
彼らは自ら、真実から目を逸らした。
自分たちの実力が落ちただけだという、最も認めたくない現実から逃避したのだ。
「もういい! こんな高ランクの依頼は、しばらく受けん!」
アルドレットはそう宣言すると、依頼ボードに張り出されていたBランクの「盗賊団の砦の制圧」という依頼書を乱暴に引き剥がした。
「こんな雑魚ども一時間で片付けてやる! 俺たちの実力が健在だということをあの下衆どもに見せつけなければな! 行くぞ!」
そう言って、彼らはギルドを飛び出していった。
残された他の冒険者たちは、ただ呆れたように、あるいは憐れむように、彼らの背中を見送るだけだった。
自分たちが錆びついていることに気づかぬまま。その神速の剣は刃こぼれを加速させる。
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