辺境の付与術師のスローライフはままならない? ~Sランクパーティーを追い出された無能な俺、実は世界で唯一の概念付与の使い手でした~

沢谷 暖日

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第七話 少女の願い

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 あれから一日経った午後のこと。
 俺は閲覧室の隅で壊れた椅子の修理をしていた。
 パーティーにいた頃は武具の手入れくらいしかしたことがなかったが、こういう地道な作業は性に合っているらしい。能力を使わずに自分の手で何かが直っていく様は、見ていて心地よかった。

「……あの」

 不意に背後から小さな声がした。
 振り返ると、アリアが少し離れた場所に一冊の本を抱えて立っていた。
 昼間に彼女の方から話しかけてくるのは珍しい。

「どうかしたのか?」
「いえ……。その、手際が、いいのですね。修理」
「これくらい、大したことじゃないよ」

 俺がそう答えると、彼女は少しだけ俯いて抱えた本の表紙を指でなぞった。
 その本には『新米冒険者のための、初めての洞窟探検』と書かれている。
 派手な装丁の、いかにも初心者向けといった本だった。
 彼女が読むような種類の本ではない。

「珍しい本を読んでるんだな」

 俺が何気なく言うと、彼女の肩が少しだけ跳ねた。

「……友人が、少し無鉄砲な人で。最近、冒険者になったものですから」

 ぽつりと彼女は言った。
 その声には普段の棘はなく、ただ純粋な心配の色が滲んでいる。

「それで、何か役に立つ知識はないかと……。私が本で読んであげられるのは、そのくらいしかありませんから」

 彼女の、いつもと違う弱気な横顔。

「……そうか。心配なんだな」

 俺の言葉に、アリアは気まずそうに視線を逸らした。

「……別に。あの子が勝手にやってることです。私には、関係ありません」
「でも、本を読んでるじゃないか」
「これは、知識欲です。ただの」

 そう言ってそっぽを向く彼女の横顔は、どう見ても強がっているようにしか見えなかった。
 その姿が、なんだか微笑ましくて俺は軽く笑みをこぼした。

◆◆◆

 その夜。俺たちは昨日の約束について話し合うため、屋根裏の俺の部屋にやってきていた。
 アリアによると、どうやら図書館では人目に付くため、この部屋で話し合うということだ。
 机を挟んでアリアを向かいに座らせると、俺は「じゃあ」と話を切り出す。

「……始めようか。ただ──」

 俺は言葉を詰まらせる。
 流されるままこんなことになったが、俺にはまだ分からないことが多かった。
 彼女の性格も、彼女がどうして俺の力について知りたいかと思ったのかも。
 だから俺は本題に入る前に「一つだけいいか?」と疑問を投げる。

「はい……? どうしましたか?」
「あーえっと。どうしてそんなに俺の力を知りたいのか気になってさ。今日詳しい話をしてくれるんだろ?」

 俺の問いに、アリアの瞳が揺らぎ、その奥に深い悲しみの色が浮かぶのを俺は見た。
 どうしたのだろうか。と黙る彼女をみていると、やがて意を決したように口を開く。

「少し自分語りなるんですけど。いいですか?」

 俺は静かに頷く。と彼女はゆっくりと呼吸をするように言葉を吐き出した。 

「……私の夢は、魔法使いになることでした」
「魔法使いに……?」
「はい。本で読んだ、どんな絶望も覆す奇跡の力。ずっと憧れていたんです」

 彼女は自分の手を見つめながら、遠い過去を辿るように言葉を紡ぐ。

「私には、昔から大切な友人がいます。クローナといって……私とは正反対の、太陽みたいに明るくて……少し、無鉄砲な子です。あの日もそうでした」

 語る彼女の声が、わずかに震える。
 俺は黙って耳を傾けた。

「私の悪い癖なんです。古い物語を読むと、どうしてもその場所に行ってみたくなる。私は、禁じられていた古代の遺跡にクローナを誘ってしまったんです。『本物の魔法が見られるかもしれない』なんて、無責任なことを言って」

 頷く。

「遺跡の奥に、祭壇がありました。そこに黒い宝玉があって……。クローナはきれいだって言って、それに手を伸ばして。私がやめて、って叫ぶより早く、宝玉から何かが溢れ出しました。光でも、音でもない。色も、匂いも、何もかもが消えていくような、ただ静かな──あれは、波のようにも思えました」

 俺は固唾を飲んで彼女の言葉の続きを待つ。

「……怖かった。でも、クローナがそれに触れたら何かよくないことになってしまうって、本能的に察したんでしょうね。だから……咄嗟にあの子を突き飛ばしていました。そして、私はその波をまともに浴びて……」

 彼女は、自分の胸のあたりをぎゅっと握りしめた。

「……体の中にある、魔力を紡ぐための、何かがプツリって切れる音がしたんです。それ以来、私は……魔力を正常に練ることができなくなりました。魔力不全症とでもいうのでしょうか。ともかく私の夢は、あの日に終わったんです」

 魔術師ギルドは、その原因を未解明の魔力干渉だと結論づけたという。
 誰も、彼女の絶望に本当の意味で向き合ってはくれなかった。

「……だから、私は本を読みました。世界のあらゆる本を読めば、いつか、あの日の事故の『理由』が見つかるかもしれない。私の夢を奪った、あの不可解な現象の本当の正体が分かるかもしれないって」

 彼女はそこで一度言葉を切ると、真っ直ぐに俺の目を見つめた。

「あなたの力は、私が今まで読んだどの本にも載っていませんでした。この世界の魔法の理屈から、完全に外れている。でも、それは確かに存在している力です。……だから、思ったんです。あなたの力を理解できれば、世界のまだ誰も知らない法則に触れられるかもしれない。そうすれば、いつか……あの日の……」

 彼女の願いは、壮大な探究心などではなかった。
 それは、過去に囚われた一人の少女の切実な祈りだったのだ。
 俺のこの得体の知れない力が、もしかしたらこの子の過去を救う鍵になるのかもしれない。

「身勝手ですみません。嫌なら全然断って頂いて──」

 なら──俺のすることは決まっている。

「……分かった」

 俺は短く、しかし強く頷いた。

「俺にできることなら、協力する。だから教えてくれ。俺は、何をすればいい?」

 俺のその言葉に、アリアの瞳が潤んだようにきらめいた。
 彼女は小さく頷くと、いつもの研究者の顔に戻って机の上に一枚の銅貨を置いた。

「ありがとうございます……! ではまず、あなたの能力を試してもいいですか?」
「試す……?」
「はい。この銅貨に、ごく単純な概念を付与してみてください」
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