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第二十九話 金麦祭、二日目
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金麦祭の二日目の朝が来た。
だが俺の心は、昨日感じたような晴れやかさとは程遠かった。
頭の片隅に、あの黒いマントの男たちと「眠り茸の胞子」という不吉な言葉がずっとこびりついて離れない。
午前中クローナは武術大会の二回戦へと向かい、アリアは図書館で祭りの由来に関する古文書の調査に没頭していた。
俺はいつものように雑用をこなしながらも、心のざわめきを抑えることができなかった。
このまま何事もなければいい。昨日のことは、俺の考えすぎだったのだと笑って終われればいい。
だがパーティー時代に培われた、危険を察知する本能が警鐘を鳴らし続けていた。
昼休み。俺はスープの盆を持って中庭で本を読んでいたアリアの元へ向かった。
「アリア、昼食だ」
「あ……ありがとうございます」
彼女は、少しだけ驚いたように顔を上げた。
「俺、少し……街の様子を見てくる。頭を冷やしたい」
「え?」
「いや、なんでもないんだ。すぐ戻る」
「そう、ですか」
「あぁ。あと、クローナと午後は約束していたんじゃないか? 遅れるなよ!」
心配そうな顔をする彼女に曖昧に笑いかけると、俺は一人で図書館を抜け出した。
彼女を不安にさせたくなかった。
もしこれが本当に俺の考えすぎだったなら、この楽しい祭りの雰囲気を俺一人の気の迷いで壊したくはなかった。
これは、俺が一人で確かめるべきことだ。
俺は祭りの喧騒の中へと再び足を踏み入れた。
だが目的は昨日とは違う。
俺は、あの黒いマントの男たちを探していた。
大通りは昨日以上の人混みだ。
陽気な音楽、美味そうな匂い、人々の楽しげな笑い声。
その全てが、今の俺には敵の姿を隠すための完璧な隠れ蓑のように思えてくる。
どこにいる?
俺はただ彷徨うのではなく思考を巡らせた。
もし奴らに目的があるとすれば、なんだろう。
眠らせる胞子が必要。ということはどこかに潜入?
冒険者ギルドか? いや、それはあまり考えづらい。
高級店のたぐいか? だが、この街にそれほど高価なものがあるか、と問われればあまりないのだ。
だとすると目的は、この金麦祭だけに存在するもの? それじゃあ神殿か?
神殿には確かに豊穣の種火がある。しかしなぜそのようなものを?
まあいい。奴らの目的が、本当に神殿にあったとしよう。
ならば、そこを見渡せる場所を奴らは好むはずだ。
「…………」
俺は小さな建物の二階に続く階段の踊り場や、見通しの良い時計台の麓など怪しい地点を一つ一つ潰していく。
だが、それらしき人影は見当たらない。
一時間が過ぎ、二時間が過ぎた。焦りだけが、募っていく。
やはり、俺の考えすぎだったのか……。
さすがにもう図書館に戻らないと……。
諦めかけた俺が最後に足を向けたのは、街の西側のあまり人が寄り付かない職人街の裏通りだった。
その一角に、昨日男が眠り茸を買っていた薬草の露店がある。
何の手がかりもない。だがここが最後だ。
俺が露店の向かいにある建物の影に身を潜めた、その時だった。
「──!」
一人の男があの薬草の露店に近づいてきた。
黒いマント。間違いない、奴らの仲間だ。
男は店主と二言三言交わすと、小さな包みを受け取りすぐにその場を立ち去ろうとする。
俺は気取られないように、男との距離を保ちながら慎重に尾行を始めた。
人混みを抜け、裏路地へ。
男は何度も背後を振り返りながら、警戒している。
俺はパーティー時代にカインから叩き込まれた追跡術を思い出し、息を殺してその影を追った。
祭りのパレードの楽団が通り過ぎる音に紛れて距離を詰め、大道芸人の人だかりに紛れて姿を隠す。
やがて男がたどり着いたのは街の西の端にある、使われなくなった古い倉庫だった。
男は周囲を一度確認すると素早く中へと消える。
間違いない。ここが奴らのアジトだ。
俺は倉庫には近づかず、少し離れた建物の屋根裏へと登り、埃をかぶった窓から中の様子を窺った。
倉庫の中には五人の男がいた。そしてその中央には、ミストラルの地下水路の古い地図が広げられている。
「……準備はいいな。例の『胞子』は」
「ああ。神殿の連中が眠りこけた後、儀式の準備を始める」
「……祭りの最終日『天への種蒔き』が始まるのと同時に我らの儀式もクライマックスを迎える。ミストラルの地下に眠る『理の編纂者』の遺産は、我ら『黄昏の蛇』が頂く……!」
──『理の編纂者』。
初めて聞く言葉だった。
だがなぜだろう。
その響きは、アリアが語っていた『失われた術理』と俺の力の根源とが一本の線で繋がったような感覚を俺に与えた。
編纂者……? 理を、編む者。それは、まさしく俺の……。
俺が衝撃的な情報に息を呑んだ、まさにその瞬間だった。
足を乗せていた屋根裏の古い床板がギシッと小さな。しかしこの静寂の中では致命的すぎる音を立ててしまった。
距離があるとはいえ、今の音では──!
「…………」
倉庫の中の会話が、ぴたりと止まる。
鋭い視線が、一斉に俺が潜む窓へと突き刺さった。
「……誰だ」
まずい。
気づかれた。
だが俺の心は、昨日感じたような晴れやかさとは程遠かった。
頭の片隅に、あの黒いマントの男たちと「眠り茸の胞子」という不吉な言葉がずっとこびりついて離れない。
午前中クローナは武術大会の二回戦へと向かい、アリアは図書館で祭りの由来に関する古文書の調査に没頭していた。
俺はいつものように雑用をこなしながらも、心のざわめきを抑えることができなかった。
このまま何事もなければいい。昨日のことは、俺の考えすぎだったのだと笑って終われればいい。
だがパーティー時代に培われた、危険を察知する本能が警鐘を鳴らし続けていた。
昼休み。俺はスープの盆を持って中庭で本を読んでいたアリアの元へ向かった。
「アリア、昼食だ」
「あ……ありがとうございます」
彼女は、少しだけ驚いたように顔を上げた。
「俺、少し……街の様子を見てくる。頭を冷やしたい」
「え?」
「いや、なんでもないんだ。すぐ戻る」
「そう、ですか」
「あぁ。あと、クローナと午後は約束していたんじゃないか? 遅れるなよ!」
心配そうな顔をする彼女に曖昧に笑いかけると、俺は一人で図書館を抜け出した。
彼女を不安にさせたくなかった。
もしこれが本当に俺の考えすぎだったなら、この楽しい祭りの雰囲気を俺一人の気の迷いで壊したくはなかった。
これは、俺が一人で確かめるべきことだ。
俺は祭りの喧騒の中へと再び足を踏み入れた。
だが目的は昨日とは違う。
俺は、あの黒いマントの男たちを探していた。
大通りは昨日以上の人混みだ。
陽気な音楽、美味そうな匂い、人々の楽しげな笑い声。
その全てが、今の俺には敵の姿を隠すための完璧な隠れ蓑のように思えてくる。
どこにいる?
俺はただ彷徨うのではなく思考を巡らせた。
もし奴らに目的があるとすれば、なんだろう。
眠らせる胞子が必要。ということはどこかに潜入?
冒険者ギルドか? いや、それはあまり考えづらい。
高級店のたぐいか? だが、この街にそれほど高価なものがあるか、と問われればあまりないのだ。
だとすると目的は、この金麦祭だけに存在するもの? それじゃあ神殿か?
神殿には確かに豊穣の種火がある。しかしなぜそのようなものを?
まあいい。奴らの目的が、本当に神殿にあったとしよう。
ならば、そこを見渡せる場所を奴らは好むはずだ。
「…………」
俺は小さな建物の二階に続く階段の踊り場や、見通しの良い時計台の麓など怪しい地点を一つ一つ潰していく。
だが、それらしき人影は見当たらない。
一時間が過ぎ、二時間が過ぎた。焦りだけが、募っていく。
やはり、俺の考えすぎだったのか……。
さすがにもう図書館に戻らないと……。
諦めかけた俺が最後に足を向けたのは、街の西側のあまり人が寄り付かない職人街の裏通りだった。
その一角に、昨日男が眠り茸を買っていた薬草の露店がある。
何の手がかりもない。だがここが最後だ。
俺が露店の向かいにある建物の影に身を潜めた、その時だった。
「──!」
一人の男があの薬草の露店に近づいてきた。
黒いマント。間違いない、奴らの仲間だ。
男は店主と二言三言交わすと、小さな包みを受け取りすぐにその場を立ち去ろうとする。
俺は気取られないように、男との距離を保ちながら慎重に尾行を始めた。
人混みを抜け、裏路地へ。
男は何度も背後を振り返りながら、警戒している。
俺はパーティー時代にカインから叩き込まれた追跡術を思い出し、息を殺してその影を追った。
祭りのパレードの楽団が通り過ぎる音に紛れて距離を詰め、大道芸人の人だかりに紛れて姿を隠す。
やがて男がたどり着いたのは街の西の端にある、使われなくなった古い倉庫だった。
男は周囲を一度確認すると素早く中へと消える。
間違いない。ここが奴らのアジトだ。
俺は倉庫には近づかず、少し離れた建物の屋根裏へと登り、埃をかぶった窓から中の様子を窺った。
倉庫の中には五人の男がいた。そしてその中央には、ミストラルの地下水路の古い地図が広げられている。
「……準備はいいな。例の『胞子』は」
「ああ。神殿の連中が眠りこけた後、儀式の準備を始める」
「……祭りの最終日『天への種蒔き』が始まるのと同時に我らの儀式もクライマックスを迎える。ミストラルの地下に眠る『理の編纂者』の遺産は、我ら『黄昏の蛇』が頂く……!」
──『理の編纂者』。
初めて聞く言葉だった。
だがなぜだろう。
その響きは、アリアが語っていた『失われた術理』と俺の力の根源とが一本の線で繋がったような感覚を俺に与えた。
編纂者……? 理を、編む者。それは、まさしく俺の……。
俺が衝撃的な情報に息を呑んだ、まさにその瞬間だった。
足を乗せていた屋根裏の古い床板がギシッと小さな。しかしこの静寂の中では致命的すぎる音を立ててしまった。
距離があるとはいえ、今の音では──!
「…………」
倉庫の中の会話が、ぴたりと止まる。
鋭い視線が、一斉に俺が潜む窓へと突き刺さった。
「……誰だ」
まずい。
気づかれた。
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