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第三十一話 覚悟
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金麦祭の最終日の朝。
街の熱気は最高潮に達していた。
俺は寝不足の体に鞭打ってアリアたちと広場で合流する。
「アリア! いよいよ決勝だよ! 絶対見ててよね!」
クローナは興奮を隠しきれない様子でアリアの背中をバンバンと叩く。
その手には、武術大会の決勝トーナメントの出場証が握られていた。
「……ノアさん。顔色が、優れませんが」
そんな中、アリアだけが俺のわずかな変化に気づいていた。
彼女の心配そうな瞳に、俺は無理やり笑みを作る。
「ああ大丈夫だ。少し夜更かししただけだから。それより、今日は二人とも主役だろう? 俺は特等席で見させてもらうよ」
俺の言葉に二人は少しだけ安心したように頷いた。
奉納武術大会の決勝戦。
闘技場は割れんばかりの歓声に包まれていた。
クローナの相手は歴戦の猛者といった風情の、元『金麦の勇者』だという大男だった。
試合が始まると、序盤はクローナのペースだった。
彼女の槍は赤い閃光のように舞い大男の巨体を翻弄する。
観客は新星の誕生を予感し、熱狂していた。
だが相手は冷静だった。
クローナの猛攻を、巨大な盾で受け流し冷静に彼女の動きを分析していたのだ。
勝負は、一瞬だった。
クローナが渾身の一撃を繰り出した、その瞬間。
大男は待ってましたとばかりに盾でその槍の軌道を逸らすと、がら空きになった彼女の懐に肩から強烈な一撃を叩き込んだ。
クローナの体はまるで木の葉のように舞い、闘技場の砂埃の中に倒れ込んだ。
勝負あり。という審判の声が遠くに聞こえた。
闘技場を支配したのは一瞬の静寂と、そして勝者である大男への割れんばかりの拍手だった。
クローナは、呆然と座り込んだまま動かない。
その小さな背中が、ひどくひどく小さく見えた。
試合後、俺たちが駆け寄るとクローナは「へいき、へいき!」と無理やり笑って見せた。
だがその瞳には大粒の涙が浮かんでいる。
「お疲れさまです、クローナ」
アリアは何も言わずにクローナの手をそっと握った。
◆◆◆
その日の午後。俺は一人、活気ある街を彷徨っていた。
二人には、しばらくしたら部屋に戻ると言っていた。
アリアはずっと休憩場でクローナに付き添っている。
俺は二人の邪魔をしてはいけないと思った。
クローナは負けたことが悔しいのだろう。
そして、アリアに「勇者」の称号を捧げるという約束を果たせなかったことが、何よりも辛いのだ。
そんな時に、俺が「実は街が危ないんだ」なんて。言えるはずがない。
奴らが言っていた儀式の時間。『天への種蒔き』が始まる今夜。
もう、時間がなかった。
俺は楽しげなパレードの音楽を背中で聞きながら、俺は屋根裏部屋を目指した。
部屋に辿り着くと、俺は机の上に走り書きのメモを残す。
『二人とも、祭りのフィナーレを楽しんでくれ。すぐに戻る』
そしてその横に、アリアと共に作り上げてきた俺たちの宝物――『概念辞書』をそっと置いた。
万が一、俺が戻れなかった時のために。
彼女に全てを託すつもりで。
「よし」
夜のために準備した小さな道具袋を腰につける。
今、あの二人はきっと互いを慰め合っている。
俺が守りたいと願った、温かい時間がそこにはある。
ならそれを壊す権利は、誰にもない。俺にだって。
部屋を出る前に、俺は壁にかかった小さな姿見の前に立った。
そこに映っていたのは、追放された日のみすぼらしい流れ者の姿ではなかった。
図書館での仕事と穏やかな日々で、少しだけ血色の良くなった顔。
伸びっぱなしだった茶色い髪は、アリアに「邪魔です」と言われて自分で短く切りそろえた。
服装は動きやすいただの麻のシャツとズボン。
だがその腰には、これから使うであろう石ころや縄が入った小さな袋、そして水筒が備えられている。
それは英雄の鎧でも、冒険者の装備でもない。
ただの、図書館の雑用係の精一杯の戦支度。
鏡の中の俺は、弱々しくて頼りない。
だがその瞳には、かつてはなかった確かな光が宿っている。
それはきっと、守りたいものができたからだ。
「いってくる」
俺は、鏡の中の自分に小さく頷いた。
そして、窓から音を立てずに外へ出る。
目指すは西の職人街。あの古い倉庫。
これは、俺だけの戦いだ。
街の熱気は最高潮に達していた。
俺は寝不足の体に鞭打ってアリアたちと広場で合流する。
「アリア! いよいよ決勝だよ! 絶対見ててよね!」
クローナは興奮を隠しきれない様子でアリアの背中をバンバンと叩く。
その手には、武術大会の決勝トーナメントの出場証が握られていた。
「……ノアさん。顔色が、優れませんが」
そんな中、アリアだけが俺のわずかな変化に気づいていた。
彼女の心配そうな瞳に、俺は無理やり笑みを作る。
「ああ大丈夫だ。少し夜更かししただけだから。それより、今日は二人とも主役だろう? 俺は特等席で見させてもらうよ」
俺の言葉に二人は少しだけ安心したように頷いた。
奉納武術大会の決勝戦。
闘技場は割れんばかりの歓声に包まれていた。
クローナの相手は歴戦の猛者といった風情の、元『金麦の勇者』だという大男だった。
試合が始まると、序盤はクローナのペースだった。
彼女の槍は赤い閃光のように舞い大男の巨体を翻弄する。
観客は新星の誕生を予感し、熱狂していた。
だが相手は冷静だった。
クローナの猛攻を、巨大な盾で受け流し冷静に彼女の動きを分析していたのだ。
勝負は、一瞬だった。
クローナが渾身の一撃を繰り出した、その瞬間。
大男は待ってましたとばかりに盾でその槍の軌道を逸らすと、がら空きになった彼女の懐に肩から強烈な一撃を叩き込んだ。
クローナの体はまるで木の葉のように舞い、闘技場の砂埃の中に倒れ込んだ。
勝負あり。という審判の声が遠くに聞こえた。
闘技場を支配したのは一瞬の静寂と、そして勝者である大男への割れんばかりの拍手だった。
クローナは、呆然と座り込んだまま動かない。
その小さな背中が、ひどくひどく小さく見えた。
試合後、俺たちが駆け寄るとクローナは「へいき、へいき!」と無理やり笑って見せた。
だがその瞳には大粒の涙が浮かんでいる。
「お疲れさまです、クローナ」
アリアは何も言わずにクローナの手をそっと握った。
◆◆◆
その日の午後。俺は一人、活気ある街を彷徨っていた。
二人には、しばらくしたら部屋に戻ると言っていた。
アリアはずっと休憩場でクローナに付き添っている。
俺は二人の邪魔をしてはいけないと思った。
クローナは負けたことが悔しいのだろう。
そして、アリアに「勇者」の称号を捧げるという約束を果たせなかったことが、何よりも辛いのだ。
そんな時に、俺が「実は街が危ないんだ」なんて。言えるはずがない。
奴らが言っていた儀式の時間。『天への種蒔き』が始まる今夜。
もう、時間がなかった。
俺は楽しげなパレードの音楽を背中で聞きながら、俺は屋根裏部屋を目指した。
部屋に辿り着くと、俺は机の上に走り書きのメモを残す。
『二人とも、祭りのフィナーレを楽しんでくれ。すぐに戻る』
そしてその横に、アリアと共に作り上げてきた俺たちの宝物――『概念辞書』をそっと置いた。
万が一、俺が戻れなかった時のために。
彼女に全てを託すつもりで。
「よし」
夜のために準備した小さな道具袋を腰につける。
今、あの二人はきっと互いを慰め合っている。
俺が守りたいと願った、温かい時間がそこにはある。
ならそれを壊す権利は、誰にもない。俺にだって。
部屋を出る前に、俺は壁にかかった小さな姿見の前に立った。
そこに映っていたのは、追放された日のみすぼらしい流れ者の姿ではなかった。
図書館での仕事と穏やかな日々で、少しだけ血色の良くなった顔。
伸びっぱなしだった茶色い髪は、アリアに「邪魔です」と言われて自分で短く切りそろえた。
服装は動きやすいただの麻のシャツとズボン。
だがその腰には、これから使うであろう石ころや縄が入った小さな袋、そして水筒が備えられている。
それは英雄の鎧でも、冒険者の装備でもない。
ただの、図書館の雑用係の精一杯の戦支度。
鏡の中の俺は、弱々しくて頼りない。
だがその瞳には、かつてはなかった確かな光が宿っている。
それはきっと、守りたいものができたからだ。
「いってくる」
俺は、鏡の中の自分に小さく頷いた。
そして、窓から音を立てずに外へ出る。
目指すは西の職人街。あの古い倉庫。
これは、俺だけの戦いだ。
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