辺境の付与術師のスローライフはままならない? ~Sランクパーティーを追い出された無能な俺、実は世界で唯一の概念付与の使い手でした~

沢谷 暖日

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第三十四話 流れ

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 地下水路は迷路のように入り組んでいた。
 だが俺の目的は一つ。この汚れた水がどこから流れてくるのか。
 その源流を、ただひたすらに目指す。

 どれくらい歩いただろう。
 絶え間なく聞こえていた水の音が不意により大きく、そして複雑な響きに変わった。
 俺は、一つの広大な空間にたどり着いた。
 そこは街の東西南北から集められた水路が、巨大な円形の水槽へと滝のように流れ落ちる地下の合流点だった。
 水槽から溢れた水が再び一本の太い水路となって、結界が張られた通路の方角へと吸い込まれていく。

 ここだ……。
 奴らの会話が蘇る。

『この祭りはこの土地に満ちる『概念』を『豊穣の種火』という一点に集約させる巨大な増幅装置なのだ』

 この水路が、その『概念』を運ぶための血管だとする。
 これは曖昧なままにしてはいけない。何か根拠を探さなければ。

「…………」

 俺は確かめるために、水槽の縁に膝をつき流れる水にそっと指を浸した。
 そして目を閉じ意識を集中させる。対象はこの水そのもの。
 最初はただ冷たい水の感触だけが伝わってきた。
 だが徐々に、俺の力はその奥にあるものまで感じ取り始めた。

 ―――聞こえる。

 いや、感じる。
 水の流れの中に無数の何かが混じっている。
 子供たちのはしゃぐ声、恋人たちの甘い囁き、屋台の商人たちの威勢のいい呼び声。
 地上で繰り広げられている祭りの熱狂。その【幸福】や【高揚】といった温かい概念の奔流が、この水に溶け込んで地下の奥深くへと運ばれていくのが、本当になんとなくだが分かった。
 思い込みかもしれない。それか、俺の概念の力がそれを読み取ったかのどちらかだろう。
 そうなるとやはり、俺の仮説は正しかったこととなる。

「──?」

 そして俺は、その温かい流れの中に異質なものを感じ取った。
 まるで清流に垂らされた一滴の毒のように。冷たく計算された【吸収】とでも言うべき寄生するような概念。
 それが温かい概念たちにまとわりつき、同じ方向へと強制的に引きずっている。
 これだ。これこそが、奴らの儀式の正体だ。

 俺がやるべきことは、一つ。
 儀式そのものを止められないなら、その動力源をこの場所で断ち切る。
 俺は水槽の縁に両手をかけた。頭の中で、明確な定義を構築する。

 ――この水槽はただの水槽じゃない。街から流れてくるあらゆる『概念』を、ただの『水』へと浄化する。巨大な『ろか装置』だ!)

「――」

 と。定義した概念を付与しようとした、その瞬間だった。
 背後から、殺気と共に鋭い風切り音が迫る。
 俺は咄嗟に身を翻した。
 直前まで俺がいた場所の石壁に、三本の毒々しい色の短剣が深々と突き刺さっていた。

「……やはり、こっちに来たか。しぶといネズミだ」

 声がした方を見ると、水路の暗がりから二人の黒いマントの男が姿を現した。
 奴らのアジトにいた連中だ。くそ、やはり来るとしたらこの場所だよな。
 まずい。挟まれている。少しうかうかしすぎただろうか。
 だが。今の俺には、戦う術があった。

「…………」

 俺は腰の袋から、石ころと麻縄を取り出す。
 だが相手はプロだろう。
 簡単に倒せる相手じゃないのは承知の上だ。

「――【跳弾】!」

 俺が投げた石は壁に当たって複雑な軌道を描く。
 だが男たちはそれを最小限の動きで、いとも簡単にかわして見せた。

「なるほど。それが昨日見せた奇術か。面白い」

 一人の男がクナイのようなものを構え、壁を蹴って天井へと駆け上がった。
 もう一人は正面から、驚くべき速さで俺との距離を詰めてくる。
 上下からの完璧な連携攻撃。

「くそっ……!」

 俺は正面から迫る男の足元に、麻縄を投げ込んだ。

「――【結束】」

 縄は生きている蛇のように男の足に絡みつく。
 だが男は舌打ち一つすると、自らの足ごと縄を短剣で切り裂いた。
 その一瞬の隙が、命取りだった。
 天井に張り付いていたもう一人の男が、俺の真上から音もなく降ってくる。
 避けられない――。

 ザシュッ。
 鋭い痛みが俺の左肩を貫いた。

「ぐっ……ぁ……!」

 俺はその場に膝をついた。
 傷口から、熱い血が流れ出すのが分かる。
 男たちはゆっくりと、しかし確実に俺を包囲していく。
 痛い。痛い。痛い、痛い痛い痛い。

「終わりだ、ネズミ」

 リーダー格の男が、無感情に短剣を構える。
 俺は霞む視界の中で、必死に活路を探していた。
 だが傷の痛みと焦りで、思考がまとまらない。

 俺は馬鹿だ。
 独りで戦うと決めたのに。
 こんなところでくたばってしまう。
 やる気のある無能とは、まさに俺のことだ。
 解決できなきゃ、俺が独りで行くなんて周りの迷惑になるだけなのに。
 今更ながら、俺はそれに気付かされた。

 なぜ俺は一人でいってしまったのだろう。
 アリアとクローナの邪魔をしたくなかったから。
 そうだ。だが、もし俺がアリアたちに怪しい人間たちのことを話していたとしよう。
 だとすればクローナは──分からないけれど、アリアは俺に力を貸してくれただろう。
 アリアはそういう人間だ。なのに俺は、俺だけでこの問題を抱えてしまった。
 一人で問題に立ち向かうこと。それは本当に仲間想いだっただろうか?
 否。きっと、アリアは俺を心配する。
 俺一人で危険な場所へ行って欲しくないと、そう願うはずだ。
 俺は過去のパーティーの件から、仲間のことを信用できなくなっていた。
 でもアリアはパーティーの人間たちとは違う、温かい心をもった人間だ。
 クローナも未だ俺への態度は強いが、アリアを思いやる心がある。
 じゃあ俺は今、周りにいてくれる人間を信じてやるべきなんじゃないか?
 それが仲間を想う──ということだとするならば──。

「…………」

 ならば。最後に。
 愚かな俺の贖罪を。

 最後の力を振り絞り懐から小さな水筒を取り出した。
 そしてその蓋を開け、中の水を床に一滴だけこぼす。
 男たちが、訝しげに俺の行動を見ている。
 俺はその一滴の水に、俺の魂の全てを込めるように意識を集中させた。

 ――伝えろ。俺の場所を。俺の覚悟を。アリアに。クローナに。

「――【道標】」
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