辺境の付与術師のスローライフはままならない? ~Sランクパーティーを追い出された無能な俺、実は世界で唯一の概念付与の使い手でした~

沢谷 暖日

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第四十二話 王都の残滓

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【アルドレット視点】

 安酒の酸っぱい匂いが鼻につく。
 俺が今いるのは王都の裏路地の、そのまた奥にある名前もないような薄汚い酒場だった。
 英雄が飲むような芳醇なエールじゃない。ただ喉を焼くだけの泥水のような液体を、俺は意味もなく呷っていた。

 ――なぜ、俺がこんな場所に。

 その問いは、ここ数週間飽きるほど繰り返してきた。
 答えは分かっている。
 全て、あいつらのせいだ。

 エリアーナの詠唱がほんの少しでも早ければ。
 カインの隠密がもう少しでも役に立っていれば。
 セレスティアの祈りにもう少し力があれば。
 そして何より、あのドワーフが俺にまともな剣を売っていれば。
 そうだ。俺は何も悪くない。
 俺はSランクパーティー「神速の剣」のリーダー、アルドレット。
 この国で、最高の英雄だったはずなんだ。

 なのに今はどうだ。
 パーティーは解散し、仲間たちは蜘蛛の子を散らすように消えた。
 ギルドでの序列は剥奪され、かつて俺を羨望の眼差しで見ていた連中は今や憐れみと嘲笑の視線を向けてくる。
 栄光も金も仲間も、全てを失った。

『……ノアさんがいなくなってから、ですわね』

 不意に、セレスティアが最後に残したあの言葉が蘇る。
 ノア。
 あの、荷物持ちの。
 馬鹿を言うな。
 あんな無能な男一人いなくなったくらいで、この俺たちの歯車が狂うはずがない。断じて。

「おい聞いたか? ギルド本部に、西の辺境から奇妙な報告書が上がってきたらしいぜ」

 隣のテーブルに座る冒険者崩れの男たちの会話が、嫌でも耳に入ってきた。

「ああ、ミストラルとかいう田舎町だろ? なんでも祭りの最中に古代遺跡を狙った盗賊団が出たんだとよ。新米冒険者の娘っ子が訳の分からん報告書を出してきたって、本部でちょっとした笑い話になってるらしい」

 くだらない。
 俺は悪態をついてまた酒を呷った。
 辺境の、三文芝居のような事件だろう。

「それがな、ただの笑い話じゃねえんだ。その報告書にゃこう書かれてたらしい。『正体不明の術者が、石ころを弾丸みたいに跳ねさせたり、縄を蛇みてえに操ったりして盗賊団の番人を無力化した』ってよ」
「はっ、なんだそりゃ。おとぎ話かよ」
「だよな。だがその報告書と一緒に送られてきた証拠物件……『結晶化した蜘蛛の糸』だの『あり得ないほど脆くなった岩』だのが、どうも本物らしくてな。魔導院の連中が色めき立ってるって話だぜ」

 なんだ、その子供だましのような術は。
 俺は心のどこかでそれを嘲笑っていた。
 だが、男の次の一言に俺は動きを止めた。

「その正体不明の術師とやら……報告書には名前も書かれてたらしい。たしか……ノア、とか言ったか」

 ガシャン。
 俺は、握りしめていたジョッキをテーブルに叩きつけていた。
 酒が飛び散る。

 ノア?
 あのノアだと?
 俺が捨ててやった、あの?

 全身の血が沸騰するかのようだった。
 頭の中で、今まで無視してきた全てのピースが、最悪の形で組み合わさっていく。
 俺の剣が折れなくなったのは、いつからだ?
 エリアーナの魔法が必中になったのは?
 セレスティアの回復魔法が、奇跡を起こし始めたのは?
 全て、あいつがパーティーに入ってからじゃなかったか?

 そして全てが狂い始めたのは、あいつを追い出してから。

「あの、裏切り者が……!」

 俺の口から憎悪がこぼれ落ちる。
 そうか。そういうことだったのか。
 あいつは最初から、俺たちを騙していたんだ。
 自分の力を隠し俺たちの手柄に寄生し、そして俺たちがSランクになった最高の瞬間に、その全てを奪い去っていった。この俺を、どん底に突き落とすために。

 そうだ。
 俺が落ちぶれたのは俺のせいじゃない。
 あいつが。あいつが俺から、全てを盗みやがったんだ。

 俺は数枚の銅貨をテーブルに叩きつけると、よろめきながら立ち上がった。
 もう酒に溺れている暇はない。
 俺の目にはもう自己憐憫の色はなかった。
 そこにあるのはたった一つの、黒く燃え盛るような感情。

 ――復讐だ。

 ノア・アーキテクト。
 その名を、俺は決して忘れん。
 お前が俺から奪った全てを、今度は俺がお前から奪い返してやる。
 俺は夜の闇が支配する王都の裏路地へと、確かな目的を持ってその足を踏み出した。
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