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本編
2 そして、私達はまた双子として生を受ける
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「姉上! こっち、こっち!」
綺麗な白金色の髪を持つ美少年がこちらを振り返り、アクアマリン色の双眸を輝かせながら手を振っている。
私、セレス・ローズブレイドの血を分けた双子の弟──リヒト・ローズブレイドだ。
そして、エーデルシュタイン王国のローズブレイド領を治めるマドック・ローズブレイド伯爵の長男で、次期領主でもある。つまり、彼の姉である私も一応、伯爵令嬢という大層な身分だ。
母譲りの金髪碧眼を持つ私達双子は現在十歳。恵まれた容姿を含め、周りの大人達から可愛がられて育ったため、それなりに幸せな人生を送ってきた。
前世の私にも、双子の弟がいたなぁ──漠然と、そんな考えが頭をよぎる。
というのも、前世の記憶が甦ったのがつい最近だからだ。どうやら、私は異世界に転生してしまったようだ。
転生先であるこの世界は、地球とは違い人々が普通に『魔法』を使える。あと、ゲームみたいに魔物も存在する。
とはいえ、剣と魔法の中世風な世界というわけでもなく、そこそこ科学も発展している。世界観を例えるなら、地球で言うところの19世紀頃のイギリスが一番イメージに近いだろうか。
ただ……そういうのは、ラノベや漫画の中だけの話だと思っていたのに。まさか、本当にこんなことが起きるなんて。
とりあえず、私が元日本人の女子高校生だということは確かなのだが……。
どうして異世界に転生したのか? どういう死に方をしたのか? 一番知りたいその辺りのことが、全く思い出せないのだ。
なぜだかわからないが、そのことを考えると無性に悲しくなる。余程、悲惨な死に方をしたのだろうか?
「待って、リヒト! そんなに急ぐと──」
「あっ──」
ほら、言っているそばから転んでる……。
リヒトの膝を見ると、案の定、血が滲んでいた。
「大丈夫!?」
慌てて駆け寄った私にリヒトは「大丈夫だよ」と言って微笑み返す。そして、治癒魔法【クラル】を詠唱し始めた。
膝の上にかざした彼の手から緑色の眩い光が放たれ、私は思わず目を細めてしまう。すると、次の瞬間にはもう痛々しい傷が全快していた。
「いいなぁ、リヒトは……。その年で、全属性の魔法が使えるんだもんね。私なんか、次の検査で魔力が確認できなかったら、非魔力保持者になっちゃうし……」
そうぼやきながら、リヒトを横目で見た。すると、彼は苦笑しながら「まだチャンスはあるから、大丈夫だよ」と返した。
この世界では、魔法が使える人を『ホルダー』と呼び、魔法が使えない人を『リアン』と呼んで区別している。
つまり、魔力至上主義の世界なのだ。とにかく魔力が絶対で、魔法が使えない者はそれだけで差別的な扱いを受ける。
一般的に、魔力保持者はどんなに遅くとも十五歳までには魔力の片鱗を見せるものらしい。
そんなわけで、『魔力検査』が五歳、十歳、十五歳の計三回行われるのだが……今日行われた適正検査でも、私は魔力が確認できなかった。
後はもう十五歳の最終魔力検査しか残されていない。その時に魔力が確認できなければ、私はリアンとして隔離施設に送られてしまうのだ。
一応、その時点で魔法が使えなくても、数値として僅かに魔力の片鱗さえ見られればセーフらしいけれど……一体どうなることやら。
以前、父上──この世界での私の父親に、「隔離施設に送られてしまったら、どうなるのですか?」と聞いてみたことがある。
すると、「程度の差はあれど、どんな人間も必ず魔力を持って生まれてくる。その証拠に、百年以上前までは今で言う『リアン』なんて存在しなかったという記録が残っている。つまり、魔力が開花しないのは何らかの原因があると考えられているんだよ。最近は研究が進んで、精神的な問題だったり、魔力の開花を妨げる病気が存在するということがわかってきた。だから、隔離施設に送られたリアン達は、日々セラピーや薬物療法を受けて治療に取り組んでいる。そのお蔭で、稀にだけど治療後に魔法が使えるようになった事例もあるんだ」と説明された。
そのリアンが危険視されている理由なのだが……どうやら、過去にリアンによる暴行事件が多発したからなのだそうだ。
具体的にどうなるのかと言うと……本人の意思に関係なく凶暴化し、時には手がつけられない程暴走してしまうことがあるのだという。
その兆候が顕著に現れ始めるのが最終魔力検査が行われる十五歳以降なのだ。「何だその偏見……」と思わなくもないが、リアンが現れ始めた百年程前から統計を取っているので、割と信憑性があるデータなのだと父上は言っていた。
そして、長い研究の末『本来開花するはずの魔力が抑制されることで、人間の脳に悪影響を及ぼす』ということがわかったらしい。
要はリアンだと判明した時点で、犯罪を起こす前に隔離してしまおうという寸法なのだろう。
その一方で、施設送りにならない人達も存在する。それは、主人を持つ場合だ。
この世界では、一定以上の魔力を持つ魔力保持者は、非魔力保持者を隷属させることが許可されている。
悪い言い方をすれば『奴隷』。良い言い方をすれば『メイド』や『執事』といった所謂、使用人だろう。実際、そういう職業に就いている人のほとんどがリアンだ。
なぜかと言うと、魔力保持者でそういう仕事をやりたがる人があまりいないからなのだそうだ。魔力持ちの人は、プライドが高い人が多い傾向にあるのかな?
でも、寧ろいいマスターに巡り会えれば施設に行くよりも余程、高待遇だとも聞いた。そういったリアン達は、月一度の監察官の訪問と定期的な薬剤投与によって管理されているらしい。
とはいえ、隔離施設で生活するリアンに比べたら十分緩い監視だと思う。
「姉上、大丈夫……?」
将来、施設送りになるのではないかと不安になっている私を見て、リヒトが心配そうに顔を覗き込んできた。
「ごめん、大丈夫だよ。それより、ここって──」
「……覚えてる?」
目の前には、比較的質素な作りの礼拝堂が佇んでいた。
最近は、前世と現世の記憶が入り混じってごちゃごちゃになることも多いけれど……確か、ここは五歳の魔力検査が終わった後、リヒトと二人で研究施設付近を探索しているときに見つけた場所だ。
「うん。前、ここに来たことがあるよね?」
「そうだよ。ねえ、中に入ろうよ!」
私がそう返すと、リヒトは嬉しそうに私の手を引っ張った。この礼拝堂は誰でも気軽に祈りを捧げられるらしく、出入りは自由みたいだ。
中に入った途端、見事なステンドグラスが目に飛び込んできた。私とリヒトは手を繋ぎながらステンドグラスを見上げ、その荘厳さに見入っていた。そう言えば、あの時もこうやって感動してたっけ……。
「……あの時、僕が『大人になったら、姉上と結婚する。ここで姉上と結婚式を挙げるんだ』って言ったことも覚えてる?」
リヒトが恥ずかしそうに後ろで手を組み、もじもじとしながら尋ねてきた。そんな弟が愛おしくて、私は思わず頬が綻ぶ。リヒトは本当に可愛いなぁ。
それにしても、私は現世でもしっかりとブラコンの気があるみたいだ。
「もちろん! ちゃんと覚えてるよ!」
「覚えていてくれて嬉しいよ。でも、あれ冗談じゃなくて本気だからね? ……僕は、今度こそ姉上と結ばれたいと思ってる」
「え……?」
急に大人びた表情を浮かべ、真剣な口調でそう言ったリヒトを見て、私は違和感と既視感を覚えた。よくある「僕、大人になったらお姉ちゃんをお嫁さんにする!」系の可愛らしい発言かと思いきや……どうも様子が変だ。
真っ直ぐと私を見据える彼の目からは、何か強い意思のようなものが感じられる。
ああ、そうだ……前世の私の弟も、小さい頃に同じようなことを言っていたな。前世の記憶が甦ってから、彼とリヒトが似ていると感じることは多々あったけれど、今日ほど「似ている」と思ったことはない。
それに、『今度こそ』って……一体、どういう意味で言ったんだろう?
「望も同じことを言ってた……」
自分でも気付かないうちに、前世の弟の名前を口に出していた。その途端、胸が苦しくなり、切なさと悲しさが同時に込み上げてきた。そして、頬に一筋の涙が伝うのを感じ、やがて止めどなく溢れ出してきた。
「あれ……なんで涙が出てくるんだろう。変だな……止まらない」
私は服の袖が濡れるのも気にせず、ひたすら涙を拭っていた。そう、私は死んでしまったのだ。今は二度目の人生なのだ。だから、望に会えるわけがないのに……。
「望に会いたい……会いたいよ……」
突然、知らない人の名前を連呼しながら泣きじゃくる私を見て、リヒトはどう思っているんだろう。きっと、困惑しているに違いない。そう思いながら顔を上げ、リヒトのほうをちらりと見る。
すると、どういうわけか彼も私と同じように少し涙ぐみながら、優しげな瞳でこちらを見つめていた。
「……もう、会えてる」
「リヒト……?」
彼が何を言っているのかわからず、思わず瞬きを繰り返す。リヒトは私の涙を指ですくうと、にっこりと微笑んだ。
「やっぱり、千鶴だったんだな……。そんな気がしていたんだ。いや、ほぼ確信していたか……」
「……!」
前世の名前を呼ばれた瞬間、確信した。間違いない、リヒトは…………。
「望……なの……?」
「ああ。……また、会えたな」
リヒトは私の背中に細い手を回すと、まだ頼りないその胸に私を抱き留め抱擁した。ずっと昔から知るその温もりに懐かしさと安堵感を覚えた私は、思わず彼を抱きしめ返す。
「もう、二度と会えないと思ってた……また会えて嬉しい……」
「俺もだ。惜しむらくは、また双子の姉弟として転生してしまったということだが……」
「うん……? どうして姉弟じゃいけないの?」
「……もしかして、覚えていないのか? 俺達が死んだ日のこと」
「ごめん、その辺りのことが全く思い出せなくて……どうして、望まで死んでしまったのかな? もし良かったら、教えて欲しいんだけど……」
「いや……思い出せないなら、今は無理に思い出さない方がいい」
彼はそれだけ言って、何かを考え込むように無言になった。どうやら、私達は相当悲惨な死に方をしたらしい。
「そう言えば、リヒトはいつ記憶が甦ったの?」
「ああ……確か、一年くらい前だったな」
「そうなんだ。でも、『転生した』なんて一言も言ってないのに、よく私だってわかったね」
「そうだな……。俺はお前の姿形がどんなに変わろうと、絶対に気付ける自信がある。そして、どんな姿になろうとその愛は変わらない。たとえ、魔物に転生してその体が醜く変わり果てていたとしても──俺はまたお前を愛していたと思う」
リヒトは切なげにそう言うと、再びステンドグラスに視線を移し、遠い目をした。
「魔物でも!? 相変わらず、シスコンぶりは健在だね!」
「……」
そう返すと、リヒトは目を伏せて黙り込んだ。
「ごめん。何か変なこと言っちゃったかな?」
「……いや。そういう意味じゃないんだけどな、と思って」
「ん? どういうこと?」
リヒトの顔を覗き込んでそう尋ねると、彼は焦ったように頬を薄紅色に染め、「やっぱり、思い出さないか……」と呟き俯いた。
何だかよくわからないけれど、その様子が美少年な外見も相まって凄く可愛い。頭を撫でて、愛でたくなる。
「ああもう! いちいち可愛いなぁ! その顔で、そういう反応するのは反則だよ!」
私はたまらず彼の背後に回り、首にがしっと抱きつく。リヒトは苦しそうに手をじたばたとさせながらも、ますます顔を赤らめた。
先程言っていた「今度こそ結ばれたい」という言葉が若干気になるけれど……きっと、「もう二度と会えない」と思っていた私にまた出会うことができたから、シスコンに磨きがかかっただけなのだろう。
それよりも、前世で大好きだった双子の弟とこうしてまた巡り会えるなんて夢みたいだ。
このまま平穏無事に、第二の人生を彼と一緒に歩んでいきたい──この時の私はそう考えていた。後に、色々と問題が起こることも知らずに……。
綺麗な白金色の髪を持つ美少年がこちらを振り返り、アクアマリン色の双眸を輝かせながら手を振っている。
私、セレス・ローズブレイドの血を分けた双子の弟──リヒト・ローズブレイドだ。
そして、エーデルシュタイン王国のローズブレイド領を治めるマドック・ローズブレイド伯爵の長男で、次期領主でもある。つまり、彼の姉である私も一応、伯爵令嬢という大層な身分だ。
母譲りの金髪碧眼を持つ私達双子は現在十歳。恵まれた容姿を含め、周りの大人達から可愛がられて育ったため、それなりに幸せな人生を送ってきた。
前世の私にも、双子の弟がいたなぁ──漠然と、そんな考えが頭をよぎる。
というのも、前世の記憶が甦ったのがつい最近だからだ。どうやら、私は異世界に転生してしまったようだ。
転生先であるこの世界は、地球とは違い人々が普通に『魔法』を使える。あと、ゲームみたいに魔物も存在する。
とはいえ、剣と魔法の中世風な世界というわけでもなく、そこそこ科学も発展している。世界観を例えるなら、地球で言うところの19世紀頃のイギリスが一番イメージに近いだろうか。
ただ……そういうのは、ラノベや漫画の中だけの話だと思っていたのに。まさか、本当にこんなことが起きるなんて。
とりあえず、私が元日本人の女子高校生だということは確かなのだが……。
どうして異世界に転生したのか? どういう死に方をしたのか? 一番知りたいその辺りのことが、全く思い出せないのだ。
なぜだかわからないが、そのことを考えると無性に悲しくなる。余程、悲惨な死に方をしたのだろうか?
「待って、リヒト! そんなに急ぐと──」
「あっ──」
ほら、言っているそばから転んでる……。
リヒトの膝を見ると、案の定、血が滲んでいた。
「大丈夫!?」
慌てて駆け寄った私にリヒトは「大丈夫だよ」と言って微笑み返す。そして、治癒魔法【クラル】を詠唱し始めた。
膝の上にかざした彼の手から緑色の眩い光が放たれ、私は思わず目を細めてしまう。すると、次の瞬間にはもう痛々しい傷が全快していた。
「いいなぁ、リヒトは……。その年で、全属性の魔法が使えるんだもんね。私なんか、次の検査で魔力が確認できなかったら、非魔力保持者になっちゃうし……」
そうぼやきながら、リヒトを横目で見た。すると、彼は苦笑しながら「まだチャンスはあるから、大丈夫だよ」と返した。
この世界では、魔法が使える人を『ホルダー』と呼び、魔法が使えない人を『リアン』と呼んで区別している。
つまり、魔力至上主義の世界なのだ。とにかく魔力が絶対で、魔法が使えない者はそれだけで差別的な扱いを受ける。
一般的に、魔力保持者はどんなに遅くとも十五歳までには魔力の片鱗を見せるものらしい。
そんなわけで、『魔力検査』が五歳、十歳、十五歳の計三回行われるのだが……今日行われた適正検査でも、私は魔力が確認できなかった。
後はもう十五歳の最終魔力検査しか残されていない。その時に魔力が確認できなければ、私はリアンとして隔離施設に送られてしまうのだ。
一応、その時点で魔法が使えなくても、数値として僅かに魔力の片鱗さえ見られればセーフらしいけれど……一体どうなることやら。
以前、父上──この世界での私の父親に、「隔離施設に送られてしまったら、どうなるのですか?」と聞いてみたことがある。
すると、「程度の差はあれど、どんな人間も必ず魔力を持って生まれてくる。その証拠に、百年以上前までは今で言う『リアン』なんて存在しなかったという記録が残っている。つまり、魔力が開花しないのは何らかの原因があると考えられているんだよ。最近は研究が進んで、精神的な問題だったり、魔力の開花を妨げる病気が存在するということがわかってきた。だから、隔離施設に送られたリアン達は、日々セラピーや薬物療法を受けて治療に取り組んでいる。そのお蔭で、稀にだけど治療後に魔法が使えるようになった事例もあるんだ」と説明された。
そのリアンが危険視されている理由なのだが……どうやら、過去にリアンによる暴行事件が多発したからなのだそうだ。
具体的にどうなるのかと言うと……本人の意思に関係なく凶暴化し、時には手がつけられない程暴走してしまうことがあるのだという。
その兆候が顕著に現れ始めるのが最終魔力検査が行われる十五歳以降なのだ。「何だその偏見……」と思わなくもないが、リアンが現れ始めた百年程前から統計を取っているので、割と信憑性があるデータなのだと父上は言っていた。
そして、長い研究の末『本来開花するはずの魔力が抑制されることで、人間の脳に悪影響を及ぼす』ということがわかったらしい。
要はリアンだと判明した時点で、犯罪を起こす前に隔離してしまおうという寸法なのだろう。
その一方で、施設送りにならない人達も存在する。それは、主人を持つ場合だ。
この世界では、一定以上の魔力を持つ魔力保持者は、非魔力保持者を隷属させることが許可されている。
悪い言い方をすれば『奴隷』。良い言い方をすれば『メイド』や『執事』といった所謂、使用人だろう。実際、そういう職業に就いている人のほとんどがリアンだ。
なぜかと言うと、魔力保持者でそういう仕事をやりたがる人があまりいないからなのだそうだ。魔力持ちの人は、プライドが高い人が多い傾向にあるのかな?
でも、寧ろいいマスターに巡り会えれば施設に行くよりも余程、高待遇だとも聞いた。そういったリアン達は、月一度の監察官の訪問と定期的な薬剤投与によって管理されているらしい。
とはいえ、隔離施設で生活するリアンに比べたら十分緩い監視だと思う。
「姉上、大丈夫……?」
将来、施設送りになるのではないかと不安になっている私を見て、リヒトが心配そうに顔を覗き込んできた。
「ごめん、大丈夫だよ。それより、ここって──」
「……覚えてる?」
目の前には、比較的質素な作りの礼拝堂が佇んでいた。
最近は、前世と現世の記憶が入り混じってごちゃごちゃになることも多いけれど……確か、ここは五歳の魔力検査が終わった後、リヒトと二人で研究施設付近を探索しているときに見つけた場所だ。
「うん。前、ここに来たことがあるよね?」
「そうだよ。ねえ、中に入ろうよ!」
私がそう返すと、リヒトは嬉しそうに私の手を引っ張った。この礼拝堂は誰でも気軽に祈りを捧げられるらしく、出入りは自由みたいだ。
中に入った途端、見事なステンドグラスが目に飛び込んできた。私とリヒトは手を繋ぎながらステンドグラスを見上げ、その荘厳さに見入っていた。そう言えば、あの時もこうやって感動してたっけ……。
「……あの時、僕が『大人になったら、姉上と結婚する。ここで姉上と結婚式を挙げるんだ』って言ったことも覚えてる?」
リヒトが恥ずかしそうに後ろで手を組み、もじもじとしながら尋ねてきた。そんな弟が愛おしくて、私は思わず頬が綻ぶ。リヒトは本当に可愛いなぁ。
それにしても、私は現世でもしっかりとブラコンの気があるみたいだ。
「もちろん! ちゃんと覚えてるよ!」
「覚えていてくれて嬉しいよ。でも、あれ冗談じゃなくて本気だからね? ……僕は、今度こそ姉上と結ばれたいと思ってる」
「え……?」
急に大人びた表情を浮かべ、真剣な口調でそう言ったリヒトを見て、私は違和感と既視感を覚えた。よくある「僕、大人になったらお姉ちゃんをお嫁さんにする!」系の可愛らしい発言かと思いきや……どうも様子が変だ。
真っ直ぐと私を見据える彼の目からは、何か強い意思のようなものが感じられる。
ああ、そうだ……前世の私の弟も、小さい頃に同じようなことを言っていたな。前世の記憶が甦ってから、彼とリヒトが似ていると感じることは多々あったけれど、今日ほど「似ている」と思ったことはない。
それに、『今度こそ』って……一体、どういう意味で言ったんだろう?
「望も同じことを言ってた……」
自分でも気付かないうちに、前世の弟の名前を口に出していた。その途端、胸が苦しくなり、切なさと悲しさが同時に込み上げてきた。そして、頬に一筋の涙が伝うのを感じ、やがて止めどなく溢れ出してきた。
「あれ……なんで涙が出てくるんだろう。変だな……止まらない」
私は服の袖が濡れるのも気にせず、ひたすら涙を拭っていた。そう、私は死んでしまったのだ。今は二度目の人生なのだ。だから、望に会えるわけがないのに……。
「望に会いたい……会いたいよ……」
突然、知らない人の名前を連呼しながら泣きじゃくる私を見て、リヒトはどう思っているんだろう。きっと、困惑しているに違いない。そう思いながら顔を上げ、リヒトのほうをちらりと見る。
すると、どういうわけか彼も私と同じように少し涙ぐみながら、優しげな瞳でこちらを見つめていた。
「……もう、会えてる」
「リヒト……?」
彼が何を言っているのかわからず、思わず瞬きを繰り返す。リヒトは私の涙を指ですくうと、にっこりと微笑んだ。
「やっぱり、千鶴だったんだな……。そんな気がしていたんだ。いや、ほぼ確信していたか……」
「……!」
前世の名前を呼ばれた瞬間、確信した。間違いない、リヒトは…………。
「望……なの……?」
「ああ。……また、会えたな」
リヒトは私の背中に細い手を回すと、まだ頼りないその胸に私を抱き留め抱擁した。ずっと昔から知るその温もりに懐かしさと安堵感を覚えた私は、思わず彼を抱きしめ返す。
「もう、二度と会えないと思ってた……また会えて嬉しい……」
「俺もだ。惜しむらくは、また双子の姉弟として転生してしまったということだが……」
「うん……? どうして姉弟じゃいけないの?」
「……もしかして、覚えていないのか? 俺達が死んだ日のこと」
「ごめん、その辺りのことが全く思い出せなくて……どうして、望まで死んでしまったのかな? もし良かったら、教えて欲しいんだけど……」
「いや……思い出せないなら、今は無理に思い出さない方がいい」
彼はそれだけ言って、何かを考え込むように無言になった。どうやら、私達は相当悲惨な死に方をしたらしい。
「そう言えば、リヒトはいつ記憶が甦ったの?」
「ああ……確か、一年くらい前だったな」
「そうなんだ。でも、『転生した』なんて一言も言ってないのに、よく私だってわかったね」
「そうだな……。俺はお前の姿形がどんなに変わろうと、絶対に気付ける自信がある。そして、どんな姿になろうとその愛は変わらない。たとえ、魔物に転生してその体が醜く変わり果てていたとしても──俺はまたお前を愛していたと思う」
リヒトは切なげにそう言うと、再びステンドグラスに視線を移し、遠い目をした。
「魔物でも!? 相変わらず、シスコンぶりは健在だね!」
「……」
そう返すと、リヒトは目を伏せて黙り込んだ。
「ごめん。何か変なこと言っちゃったかな?」
「……いや。そういう意味じゃないんだけどな、と思って」
「ん? どういうこと?」
リヒトの顔を覗き込んでそう尋ねると、彼は焦ったように頬を薄紅色に染め、「やっぱり、思い出さないか……」と呟き俯いた。
何だかよくわからないけれど、その様子が美少年な外見も相まって凄く可愛い。頭を撫でて、愛でたくなる。
「ああもう! いちいち可愛いなぁ! その顔で、そういう反応するのは反則だよ!」
私はたまらず彼の背後に回り、首にがしっと抱きつく。リヒトは苦しそうに手をじたばたとさせながらも、ますます顔を赤らめた。
先程言っていた「今度こそ結ばれたい」という言葉が若干気になるけれど……きっと、「もう二度と会えない」と思っていた私にまた出会うことができたから、シスコンに磨きがかかっただけなのだろう。
それよりも、前世で大好きだった双子の弟とこうしてまた巡り会えるなんて夢みたいだ。
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