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本編

3 背徳の前世(リヒトside)

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 俺とセレスの前世は、それなりに壮絶で悲惨な人生だった。
 前世の名前は、俺が月城つきしろのぞむでセレスが月城つきしろ千鶴ちづる
 そこそこ裕福な家に生まれた俺達は、傍から見れば一見、何不自由なく暮らしている子供に見えただろう。
 だが、実態は酷いもので……俺達双子は、外面だけは良いDV気質な父親とネグレクトでヒステリックな母親に怯えながら日々を過ごしてきた。
 俺の身体にある不自然な痣を見て学校の教師も異常に気付いていたはずだが、権力者である父を恐れたためか、誰一人として虐待の事実を通報する者はいなかった。

 そんな中で、俺は子供ながらに「自分が千鶴を守らなければ」と思うようになっていた。
 父はストレスの捌け口を俺達を殴ることで発散しようとした。そんな父に反抗的な態度を取ることで、敢えて暴力の矛先が自分に向くように仕向けたのだ。
 これで、少なくとも物理的な被害からは千鶴を守ることができた。そして、俺はその頃にはもう「自分の使命は彼女を守ることなんだ」と考えるようになっていた。
 そんな環境で育ったせいか、俺達姉弟は自然と身を寄せ合い、次第にお互いしか信じられないようになっていった。

 そんなある日、両親が事故に遭って死んだ。まるで、天罰が下ったように。身寄りがなくなった俺達は当時十二歳。ろくに会ったこともない叔母夫婦に引き取られることになった。
 しかし、その夫婦も暴力こそ振るわないものの子供に無関心な人達だった。そのため、俺達の絆はますます深まっていったように思う。

 小学校を無事卒業し、中学校に通うようになってからは、俺も千鶴も漸く悪魔のような両親のことを思い出す日が少なくなっていった。
 その頃からだろうか。幾らか心に余裕が持てるようになったせいか、俺はずっと昔から抱いていた千鶴への恋心が一層深まっていくのを感じていた。
 きっと、『千鶴を守る』と決心したあの日から、彼女を姉ではなく一人の女性として愛するようになっていたのだろう。

 千鶴はよくこう言っていた。「望は私を照らしてくれる『光』だ。いつだって、辛い時には助けてくれる。私だけの王子様だ」と。
 俺はそれを聞いて思った。これから先、彼女の笑顔を守るために生きようと。彼女が俺を光だと言ってくれるように、千鶴は俺にとって自分を癒やしてくれる天使のような、女神のような……そんな存在だった。
 実際、千鶴が俺を頼ってくれることは嬉しかったし、それが生き甲斐でもあった。その言葉を支えに頑張ってきた。
 俺は千鶴さえ居れば良かったし、他には何もいらなかった。彼女も俺が「一番好き」だと言ってくれたし、「ずっとそばに居て欲しい」とも言ってくれた。

 ただ……どうしても、胸に秘めた想いだけは伝えることができなかった。
 成長するにつれて、彼女に対して抱く感情が『いけないこと』だとわかり──決して周りに知られてはならない、隠さなければならない想いだと理解したからだ。
 中学生になった千鶴は周りの異性に興味を持つようになった。
 担任になった若い新任教師が格好いいとか、同じクラスの男子にイケメンがいるとか……そういう話を聞かされる度に、俺の『好き』と千鶴の『好き』は全く意味が違うのだと……彼女にとって、俺が恋愛対象にはなることは絶対にないのだと思い知らされた。

 俺の想いが成就することはない。千鶴の周りの男達と違って、片思いのスタートラインに立つことすら許されない。
 その事実は長年俺を苦しめ続けた。だが、それでも、どんな形であれ彼女が俺を必要としてくれることが嬉しかった。
 二人で支え合い、寄り添って生きていく──これからも、ずっとそんな日々が続くと思っていた。





 高校一年生の夏。
 ある日の放課後のことだった。千鶴と一緒に廊下で話していると、突然彼女が一人の男子生徒に呼び出された。
 俺は千鶴とは違うクラスなので、彼女と同じクラスの生徒の顔までは把握していないが、恐らくクラスメイトだろう。
 男子生徒は少し離れた所で俺の方をちらちらと見て気にしながらも、千鶴に何かを告げる。次の瞬間、千鶴は頭を下げて彼に謝った。そのやり取りを見て、俺は「ああ、告白か」とすぐに察した。
 どうやら、焦りとは裏腹に彼は千鶴に振られたらしい。嫉妬心に駆られた俺は、そばを横切って立ち去ろうとした男子生徒を牽制の意味も込めて軽く睨んだ。

「いやぁ、振られちゃったよ。確か、弟さんだよね?」
「……ええ。そうですけど」

 どうやら、彼は俺のことを知っているようだ。

「あんな可愛いお姉さんが身近にいるなんて、君が羨ましいよ」

 それは、俺が最も言われたくない言葉だった。
 外見だけは良い両親に似て、俺達双子は他人から容姿を褒められることが多い。
 高校生になった千鶴は、どこか儚げながらも楚々とした雰囲気を纏う少女に成長していた。大きい黒い瞳に背中まで伸びた艷やかな黒髪を持つ彼女は、一見目立たないものの、隠れファンがつく程度には美少女だった。
 だから、口ぶりからして恐らくこの男は千鶴の中身をよく知りもせずに、外見だけで好きになったのだろう。
 その程度の想いであるこの男の方が、俺よりも彼女と結ばれる確率が高いのだ。皮肉としか言いようがない。

「何も……知らないくせに……」
「えっ?」

 不機嫌な態度を全面に出しながらも、小声でそう呟いてみせた。聞こえなかったのか、彼は俯いている俺の顔を覗き込み不思議そうに聞き返してきた。

「俺からしたら、あなたの方が羨ましいですよ」
「……? それは、どういう──」

 彼は「何が言いたいのかわからない」と言いたげに首を傾げた。だが、彼の反応は普通だ。まさか、俺が実姉である彼女を本気で好いているだなんて想像もつかないだろう。
 しかし、この男……一度振られたくらいで何を言っているんだ?

 ──あなたは、千鶴と他人同士じゃないか。それなら、いくらだってチャンスはある。彼女と『血縁関係がない』ということ……俺は、それだけであなたが羨ましい。

 俺がもしこの男なら、何度だって千鶴に告白するだろう。そのための労力は惜しまないし、振り向いて貰えるように努力だってする。
 俺は千鶴を誰よりも愛しているのに、彼女の弟であるがゆえに好意を伝えることすらできない。

 何度、彼女と同じ血が流れるこの身体を呪ったことか。何度、『血の繋がりがない他人として生まれ変わりたい』と願ったことか。

 そんなことを考えながら男子生徒を見据えていると、彼は怪訝な顔をしながらも「それじゃあ、俺はこれで」と言い、くるりと背中を向けて去っていった。

「告白されたのか?」

 少し気まずそうな表情で戻ってきた千鶴にそう尋ねた。

「ああ、うん。断ったけどね。私、好きな人がいるから……」
「好きな人……?」
「うん」

 それを聞いた途端、目の前が真っ暗になった。いつかそんな日が来ると思って覚悟はしていた。けれども、実際に本人の口から聞くと想像以上に辛い。

「相手は……?」
「要くんだよ」

 桜庭さくらばかなめ──中学一年生の頃から俺達双子とつるんでいる同級生で、友人だ。

「そうか……。何となく、そんな気はしてた」
「あ、やっぱりばれてた? 双子だけあって、何でもお見通しなんだね!」

 そうやって無邪気に笑う千鶴に、俺は無理やり笑顔を作り微笑み返す。

「……千鶴にとっての王子様は、もう俺じゃないんだな」

 軽やかな足取りで少し先を歩いている千鶴の後ろ姿を見つめながら、ぽつりとそう呟いた。

「え? 何か言った?」
「……いや、なんでもない」

 再び背を向けた千鶴を見て、深いため息が漏れる。

「……遠くに行かないでくれ」

 思わず、そう口に出してしまった。だが、俺の悲痛な叫びに彼女は振り返ることはなく、煩いくらいに鳴いている蝉の声に儚くも掻き消された。





 その数ヶ月後、千鶴と要が付き合い始めた。
 それからは本当に地獄だった。嫉妬心に狂いそうな日々が続き──ついに耐え切れなくなった俺は、彼女に想いを伝えてしまった。

 そして、あの日、俺達の命を奪った事故に遭遇することになったのだ。
 俺の想いが成就することはなかったが、愛する人と一緒に死ねるならそれで本望だった。それなのに……どういうわけか、神は俺達に第二の人生を与えた。それも、再び双子の姉弟として。

 うんざりするほど魔力至上主義なこの世界は、『魔力がない人間を管理して隷属させる』というディストピア的な部分はあるものの、それ以外の倫理観などは元いた世界と酷似していた。
 つまり、「異世界なら姉弟として生まれても結婚できるかも知れない」という淡い期待は見事に裏切られることになったのだ。

 ──お前が千鶴に恋愛感情を持つのは勝手だが、その気持ちを彼女に押し付けるなよ。もし、実の弟にそんな目で見られていると知ったら、千鶴はどうなると思う? 最悪、彼女の心を傷つけることになるぞ。

 前世で要に言われた言葉が、頭の中で何度も木霊する。
 ……ああ、わかってる。お前に言われなくても、昔からずっとその事で悩んできたからな。
 転生したからと言って、記憶はそのままだ。千鶴の気持ちはそう簡単に変わらないだろうし、振り向いてくれるわけがないと言いたいんだろう?
 でも──傷付けるとわかっていても、どうしてもこの想いだけは消えてくれないんだ。

 もしかしたら……再び彼女の弟として生まれたことは、前世で実の姉を愛した俺への罰なのかも知れない。
 今、俺は『死』という強制的な別れによって「漸く要から千鶴を返して貰うことができた」と内心安堵している。自分でも、こんなにどす黒い感情が湧いてくるものなのかと驚いた。
 こんなことを考えている俺は、きっと神からしたら十分罰を与えるべき対象なのだろう。
 だが、俺は自分の血縁者である彼女を愛することが罪だとはどうしても思えない。千鶴には申し訳ないが、「普通の姉弟に戻れるように努力する」という約束は守れそうにないな……。

 いつか、セレスがあの日のことを思い出して、また『拒絶されたら』と思うと正直怖くて仕方がない。
 でも……現世でお互いの正体がわかった時、セレスはあんなに泣いて喜んでくれた。
 だから、俺は弟としか見て貰えなくても、どんなに苦しくても、現世でまた彼女への愛を貫いてみせるつもりだ。……たとえ、神に抗ってでも。

 俺の願いはただ一つ──彼女と結ばれたい。それだけだ。他には何も望まない。
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