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第8章 城東会戦と人吉攻防戦
第5話
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「御船が崩れただと。最早これまでか」
4月20日の夕刻、桐野利秋は御船からの急報を受けて、肩を落としていた。
城東会戦が始まって以降、政府軍と交戦している西郷軍の防衛線の各所から、桐野の下に入ってくる情報は、8対2で悪い情報が20日の朝から占められる有様だった。
野村忍助率いる北端の防衛線は、3個旅団からなる熾烈な政府軍の猛攻を何とか耐え忍んでいたが、21日以降持ちこたえられるかといわれると極めて困難、という返答が野村から夕刻に来る戦況だった。
防衛線の南端の御船からは、つい先ほど3個旅団の攻撃の前に陥落した、という急報が届いたのだ。
中央部の保田窪、大津では、夕刻になっても、何とか西郷軍が優勢を維持しており、熊本城に一か八かの突入を図りたい、という意見が具申されるほどだった。
だが、健軍でも海兵隊の攻勢の前に、大苦戦を強いられているという連絡があった。
更に、御船を陥落させた3個旅団は主力が木山の西郷軍の本営をうかがい、一部が健軍から西郷軍の中央部を襲おうとしている模様という連絡が、更に続けて桐野の下には届いた。
この連絡を受けて、健軍では、河野主一郎が独断での後退を決断した。
名目上は木山の西郷軍の本営警護の必要性を、河野は掲げてはいたが、実際にはこのまま交戦していては、自らが政府軍に包囲殲滅されると、河野が独断専行したことによるものなのは明らかだった。
そして、それを桐野以下の西郷軍本営は非難することはできなかった。
河野が、西郷軍本営の許可を仰いでいたら、健軍の西郷軍は、御船を陥落させた政府軍の一部と海兵隊により包囲殲滅されていたのは疑いない。
更に、河野が独断で健軍からの後退を決断し、御船にいた坂元隊(ちなみに率いていた坂元仲平は御船で戦死していた)の敗残兵を収容しつつ、木山への殿軍を務めていたお蔭で、こうして曲がりなりにも、西郷軍本営が軍議を行える時間が稼げていたのだった。
北端で抗戦していた野村らも、急きょ木山に呼び寄せて、その意見も聴取した末、西郷軍は21日になる直前の深夜までの軍議の結果、次のような方策を取ることになった。
木山を速やかに放棄、浜町に後退して、そこで残兵を収容する。
その後、熊本隊を先導に、山道を経由して人吉に入り、そこを拠点として薩摩、大隅、日向に西郷軍は蟠踞して、政府軍に対して抗戦を続行する。
御船陥落により、城東会戦が敗北に終わったことから、一時的に気落ちした桐野らからは、この際、木山で抗戦して死にたいという意見が出たり、西郷隆盛からは、熊本城に一か八かの突入をかけ、熊本城を枕に死んでもよいという意見が出たりもした。
しかし、最終的には、西郷軍は、人吉を拠点に抗戦するという方策が取られることになった。
西郷軍は、この軍議の結果を受けて、各所に伝令を走らせ、逐次夜間に乗じて後退を始めた。
一方、政府軍は20日の夕刻を期して、行動を一旦、全面的に休止した。
政府軍は、基本的にこの辺りの地理に不案内だった。
だから、山岳地帯を利用して、この辺りの地理を把握している西郷軍の夜襲を警戒したことと、また、この日、1日の西郷軍の抵抗の激しさから、明日以降も引き続き城東会戦が続く、と政府軍首脳部は判断したことからだった。
このため、西郷軍撃滅の好機という長蛇を政府軍は逸することになった。
21日の朝、政府軍は西郷軍への攻撃を再開したが。
政府軍の多くが、西郷軍の陣地からの反撃が無いことで、西郷軍の後退を知る有様だった。
そして、西郷軍の後退先の捜索に手間取ったことから、政府軍は、西郷軍の後退の阻止が出来なかったのである。
4月21日朝、ここに城東会戦は完全に終結した。
4月20日の夕刻、桐野利秋は御船からの急報を受けて、肩を落としていた。
城東会戦が始まって以降、政府軍と交戦している西郷軍の防衛線の各所から、桐野の下に入ってくる情報は、8対2で悪い情報が20日の朝から占められる有様だった。
野村忍助率いる北端の防衛線は、3個旅団からなる熾烈な政府軍の猛攻を何とか耐え忍んでいたが、21日以降持ちこたえられるかといわれると極めて困難、という返答が野村から夕刻に来る戦況だった。
防衛線の南端の御船からは、つい先ほど3個旅団の攻撃の前に陥落した、という急報が届いたのだ。
中央部の保田窪、大津では、夕刻になっても、何とか西郷軍が優勢を維持しており、熊本城に一か八かの突入を図りたい、という意見が具申されるほどだった。
だが、健軍でも海兵隊の攻勢の前に、大苦戦を強いられているという連絡があった。
更に、御船を陥落させた3個旅団は主力が木山の西郷軍の本営をうかがい、一部が健軍から西郷軍の中央部を襲おうとしている模様という連絡が、更に続けて桐野の下には届いた。
この連絡を受けて、健軍では、河野主一郎が独断での後退を決断した。
名目上は木山の西郷軍の本営警護の必要性を、河野は掲げてはいたが、実際にはこのまま交戦していては、自らが政府軍に包囲殲滅されると、河野が独断専行したことによるものなのは明らかだった。
そして、それを桐野以下の西郷軍本営は非難することはできなかった。
河野が、西郷軍本営の許可を仰いでいたら、健軍の西郷軍は、御船を陥落させた政府軍の一部と海兵隊により包囲殲滅されていたのは疑いない。
更に、河野が独断で健軍からの後退を決断し、御船にいた坂元隊(ちなみに率いていた坂元仲平は御船で戦死していた)の敗残兵を収容しつつ、木山への殿軍を務めていたお蔭で、こうして曲がりなりにも、西郷軍本営が軍議を行える時間が稼げていたのだった。
北端で抗戦していた野村らも、急きょ木山に呼び寄せて、その意見も聴取した末、西郷軍は21日になる直前の深夜までの軍議の結果、次のような方策を取ることになった。
木山を速やかに放棄、浜町に後退して、そこで残兵を収容する。
その後、熊本隊を先導に、山道を経由して人吉に入り、そこを拠点として薩摩、大隅、日向に西郷軍は蟠踞して、政府軍に対して抗戦を続行する。
御船陥落により、城東会戦が敗北に終わったことから、一時的に気落ちした桐野らからは、この際、木山で抗戦して死にたいという意見が出たり、西郷隆盛からは、熊本城に一か八かの突入をかけ、熊本城を枕に死んでもよいという意見が出たりもした。
しかし、最終的には、西郷軍は、人吉を拠点に抗戦するという方策が取られることになった。
西郷軍は、この軍議の結果を受けて、各所に伝令を走らせ、逐次夜間に乗じて後退を始めた。
一方、政府軍は20日の夕刻を期して、行動を一旦、全面的に休止した。
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だから、山岳地帯を利用して、この辺りの地理を把握している西郷軍の夜襲を警戒したことと、また、この日、1日の西郷軍の抵抗の激しさから、明日以降も引き続き城東会戦が続く、と政府軍首脳部は判断したことからだった。
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政府軍の多くが、西郷軍の陣地からの反撃が無いことで、西郷軍の後退を知る有様だった。
そして、西郷軍の後退先の捜索に手間取ったことから、政府軍は、西郷軍の後退の阻止が出来なかったのである。
4月21日朝、ここに城東会戦は完全に終結した。
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