91 / 120
第8章 城東会戦と人吉攻防戦
第6話
しおりを挟む
4月20日の夜半から翌日の黎明にかけて、西郷軍は夜陰に乗じて、速やかに政府軍に対峙していた前線の部隊も含めて逐次退却し、矢部郷内の浜町に順次、集結していった。
その頃、河野主一郎は、坂元隊の敗残兵も収容しつつ、自らの指揮下の部隊を、健軍から木山へと退却させることに何とか成功していた。
だが、河野隊が木山に到着した時には、既に西郷軍の軍議は終了して、浜町への退却が決まった後だった。
河野は木山で一息つく間もなく、部下と共に浜町へと向かうことになった。
「全く負け戦はするものではないな。
一休みすることすら贅沢になる」
これを知らされた河野は、思わず自軍の惨状に、自嘲して独語した。
ともかく、河野、というより河野隊は、木山から浜町へ移動するしかなかった。
御船や健軍を制圧した政府軍が、木山を目指して急進してくれば、それを阻止する能力は今の河野隊、というか西郷軍にはない。
そして、木山を制圧されれば、この辺りの西郷軍は、浜町への退路も断たれ、包囲殲滅の憂き目を見るだろう。
だから、河野は、部下と共に浜町へと向かうしかなかった。
4月22日の早朝、残存している西郷軍のほぼ全軍が、浜町への集結に成功していた。
ここでの軍議の結果、まず、西郷隆盛を逃がすために、一部が浜町で殿軍の役目を果たし、主力は西郷と共に人吉へと向かうことになった。
主力は浜町から胡麻越、椎葉、不土野峠を経由して、江代へ更に人吉へと向かう。
殿軍は浜町から五家荘、那須越、不土野峠を経由して江代、人吉へと向かう。
共に九州山地の山並みを抜ける難行軍になるのが、西郷軍の幹部には目に見えていたが、熊本平野を政府軍がほぼ制圧した以上、人吉へ向かうには、これらの路を使うしか西郷軍には手段が残されていなかった。
殿軍の指揮は、桐野利秋が自ら志願して執ることになった。
かくして、西郷軍は人吉へと全軍が向かっていった。
浜町から人吉へ向かう西郷軍の主力は、必ずしも兵のみからなるわけではなかった。
西郷軍に呼応して決起した熊本士族の多くは、家族を共に従軍させていた。
政府軍による後難を怖れて、兵から家族を連れだした例もあれば、家族の方から兵と共に行動することを申し出た例もあった。
殿軍の方が厳しい行軍になる以上、熊本士族の家族は、ほぼ全員が西郷軍主力と共に行動していた。
西郷軍の兵は、西郷軍の司令部から人吉までの糧食として、米3升等が配給されていたが、兵糧不足から、熊本士族の家族にまでは、西郷軍の配給の手が回らなかった。
熊本士族の家族の多くが、文字通り着の身着のままで空腹に耐えながら、西郷軍の兵と行動を共にした。
山間部の険しい山道は、彼らの体力を容赦なく削っていった。
4月下旬とはいえ、標高1000メートルを超える山間部では、まだまだ冷え込みがきつい。
更に追い打ちをかけるように、風雨が彼らを襲った。
一部の兵が、彼ら、熊本士族の家族を助けようと、自らの糧食を割いて分け与える等もしたが、焼け石に水としか言いようがない惨状が起きた。
夜が来たので宿を求めようにも、山間部にある小村である。
西郷軍の大幹部以外は、全員が野宿するしかない。
濡れた体を家族同士が寄せ合って、辛うじて暖を取る光景が各所で見られ、それを見た者は涙を流した。
4月29日、7日余りの難行軍の末、西郷軍は人吉への集結に、殿軍も含めて何とかほぼ成功した。
ボロボロになりながら、人吉にたどり着いた熊本士族の家族も、ようやく蘇生の思いがした。
ここ人吉を主な拠点として、今後、西郷軍は、政府軍への徹底抗戦を試みることになった。
しかし、これ以上の西郷軍の抗戦は、様々な面から徐々に困難になりつつあったのだ。
その頃、河野主一郎は、坂元隊の敗残兵も収容しつつ、自らの指揮下の部隊を、健軍から木山へと退却させることに何とか成功していた。
だが、河野隊が木山に到着した時には、既に西郷軍の軍議は終了して、浜町への退却が決まった後だった。
河野は木山で一息つく間もなく、部下と共に浜町へと向かうことになった。
「全く負け戦はするものではないな。
一休みすることすら贅沢になる」
これを知らされた河野は、思わず自軍の惨状に、自嘲して独語した。
ともかく、河野、というより河野隊は、木山から浜町へ移動するしかなかった。
御船や健軍を制圧した政府軍が、木山を目指して急進してくれば、それを阻止する能力は今の河野隊、というか西郷軍にはない。
そして、木山を制圧されれば、この辺りの西郷軍は、浜町への退路も断たれ、包囲殲滅の憂き目を見るだろう。
だから、河野は、部下と共に浜町へと向かうしかなかった。
4月22日の早朝、残存している西郷軍のほぼ全軍が、浜町への集結に成功していた。
ここでの軍議の結果、まず、西郷隆盛を逃がすために、一部が浜町で殿軍の役目を果たし、主力は西郷と共に人吉へと向かうことになった。
主力は浜町から胡麻越、椎葉、不土野峠を経由して、江代へ更に人吉へと向かう。
殿軍は浜町から五家荘、那須越、不土野峠を経由して江代、人吉へと向かう。
共に九州山地の山並みを抜ける難行軍になるのが、西郷軍の幹部には目に見えていたが、熊本平野を政府軍がほぼ制圧した以上、人吉へ向かうには、これらの路を使うしか西郷軍には手段が残されていなかった。
殿軍の指揮は、桐野利秋が自ら志願して執ることになった。
かくして、西郷軍は人吉へと全軍が向かっていった。
浜町から人吉へ向かう西郷軍の主力は、必ずしも兵のみからなるわけではなかった。
西郷軍に呼応して決起した熊本士族の多くは、家族を共に従軍させていた。
政府軍による後難を怖れて、兵から家族を連れだした例もあれば、家族の方から兵と共に行動することを申し出た例もあった。
殿軍の方が厳しい行軍になる以上、熊本士族の家族は、ほぼ全員が西郷軍主力と共に行動していた。
西郷軍の兵は、西郷軍の司令部から人吉までの糧食として、米3升等が配給されていたが、兵糧不足から、熊本士族の家族にまでは、西郷軍の配給の手が回らなかった。
熊本士族の家族の多くが、文字通り着の身着のままで空腹に耐えながら、西郷軍の兵と行動を共にした。
山間部の険しい山道は、彼らの体力を容赦なく削っていった。
4月下旬とはいえ、標高1000メートルを超える山間部では、まだまだ冷え込みがきつい。
更に追い打ちをかけるように、風雨が彼らを襲った。
一部の兵が、彼ら、熊本士族の家族を助けようと、自らの糧食を割いて分け与える等もしたが、焼け石に水としか言いようがない惨状が起きた。
夜が来たので宿を求めようにも、山間部にある小村である。
西郷軍の大幹部以外は、全員が野宿するしかない。
濡れた体を家族同士が寄せ合って、辛うじて暖を取る光景が各所で見られ、それを見た者は涙を流した。
4月29日、7日余りの難行軍の末、西郷軍は人吉への集結に、殿軍も含めて何とかほぼ成功した。
ボロボロになりながら、人吉にたどり着いた熊本士族の家族も、ようやく蘇生の思いがした。
ここ人吉を主な拠点として、今後、西郷軍は、政府軍への徹底抗戦を試みることになった。
しかし、これ以上の西郷軍の抗戦は、様々な面から徐々に困難になりつつあったのだ。
0
あなたにおすすめの小説
対ソ戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。
前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。
未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!?
小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
対米戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。
そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。
3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。
小説家になろうで、先行配信中!
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる