111 / 120
第10章 城山における最後の戦い
第2話
しおりを挟む
「いよいよ戦争も終わりだな」
「西郷軍から投降者が続出しているらしい。西郷さんも投降するのではないか」
8月17日の夜、可愛岳の山頂近くに置かれた政府軍の宿営地では、歩哨が会話をしていた。
「こら、気を緩めるな」
その会話を聞きとがめた士官が注意の声を上げるが、それも形ばかりに過ぎない。
注意した士官自身も、最早、戦争は事実上終わったと思っていたからだ。
西郷軍から政府軍への投降兵が続出していると聞いている。
もしかしたら、西郷軍の一部が、ここからの脱出をまだ図るかもしれないが、可愛岳は急峻な地形であり、ここから西郷軍が脱出を図るなどありえない話だ。
念のために、ということで、第1旅団と第2旅団が可愛岳に置かれていて、西郷軍の脱出を阻止できるようにはしているが、念の入れ過ぎではないか、と注意した士官は内心で思っていたのだ。
だが。
「大馬鹿どもが、完全に油断しとる。
あいつらの目を覚まさせてやろう。
更に、人生最後の後悔をさせてやる」
その話が風に乗って、耳に入った辺見十郎太は言っていた。
「どう見ても歩哨も形式上、立てているだけですね」
河野主一郎もそれを見て言っていた。
この時、既に8月18日の早朝になっていたが。
8月17日の深夜、密かに宿営地を出発した西郷軍は地元の住民の協力により、可愛岳の山道を無事に登攀し、第1旅団と第2旅団の宿営地に、ひっそりと忍び寄っていたのだ。
「では、行きますか」
「俺が先陣を切らせてもらうぞ」
河野の問いかけに、辺見は答えた。
辺見の後ろには数百人の西郷軍の兵が無言で従っている。
河野が肯いた瞬間、可愛岳の政府軍にとって、悪夢が始まった。
「夜襲だ」
「西郷軍が襲ってきた」
政府軍の兵の悲鳴が、可愛岳の宿営地の各所で上がった。
西郷軍は、夜明け前の暗がりが残る中を急襲していた。
更に、西郷軍はあえて無言のまま、政府軍を襲撃した。
まだ暗い中、無言の襲撃者が、いきなり襲ってきたのだ。
西郷軍の全軍の降伏は間近い、それによもやここを襲撃してくることはあるまい、と油断していた政府軍の兵は、その光景を見て、恐怖心を呼び起こされてしまい、更に壊乱した。
中には同士討ちを始める部隊まである。
政府軍の混乱は頂点に達しようとしていた。
第2旅団長の三好少将も、その混乱に巻き込まれ、部隊の掌握が困難というより、不可能に一時的になった。
「今のうちに、突破するぞ」
残存する西郷軍の事実上の総指揮官である桐野利秋は、この状況を見逃さずに、全軍に号令を下した。
西郷軍は、行きがけの駄賃として、更に弾丸数万発や糧食を奪える限り奪い、政府軍の宿営地を蹂躙して、包囲網を突破していった。
「とりあえず、三田井を目指すぞ」
桐野は、指揮下にある全軍に指示を下した。
政府軍の包囲網突破に、西郷軍が成功したとはいえ、今の西郷軍の兵力は、所詮、数百名に過ぎないのだ。
3万人以上の政府軍に、再度、包囲されては、そこまでだった。
西郷軍は、急げる限り急いで三田井を目指し、21日には到着した。
三田井には、政府軍の補給処があったからだ。
西郷軍突破の情報が、三田井の政府軍内部には、細かくは届いていなかったこともあり、西郷軍の急襲の前に、三田井は一時的に陥落した。
ここで、西郷軍は、更に糧食等の確保に成功することになった。
とはいえ。
ここまでの過酷な移動と戦闘により、多数の落伍者を西郷軍は出していた。
そのために、落伍者の到着を、ここで丸1日だけ待つこととし、その間に、西郷軍の幹部は軍議を開き、今後の行動を検討することにした。
軍議は白熱し、幹部間の主張も百出する有様だったが、最終的には西郷隆盛の一言が全てを決めた。
「鹿児島へ帰りもんそ」
「西郷軍から投降者が続出しているらしい。西郷さんも投降するのではないか」
8月17日の夜、可愛岳の山頂近くに置かれた政府軍の宿営地では、歩哨が会話をしていた。
「こら、気を緩めるな」
その会話を聞きとがめた士官が注意の声を上げるが、それも形ばかりに過ぎない。
注意した士官自身も、最早、戦争は事実上終わったと思っていたからだ。
西郷軍から政府軍への投降兵が続出していると聞いている。
もしかしたら、西郷軍の一部が、ここからの脱出をまだ図るかもしれないが、可愛岳は急峻な地形であり、ここから西郷軍が脱出を図るなどありえない話だ。
念のために、ということで、第1旅団と第2旅団が可愛岳に置かれていて、西郷軍の脱出を阻止できるようにはしているが、念の入れ過ぎではないか、と注意した士官は内心で思っていたのだ。
だが。
「大馬鹿どもが、完全に油断しとる。
あいつらの目を覚まさせてやろう。
更に、人生最後の後悔をさせてやる」
その話が風に乗って、耳に入った辺見十郎太は言っていた。
「どう見ても歩哨も形式上、立てているだけですね」
河野主一郎もそれを見て言っていた。
この時、既に8月18日の早朝になっていたが。
8月17日の深夜、密かに宿営地を出発した西郷軍は地元の住民の協力により、可愛岳の山道を無事に登攀し、第1旅団と第2旅団の宿営地に、ひっそりと忍び寄っていたのだ。
「では、行きますか」
「俺が先陣を切らせてもらうぞ」
河野の問いかけに、辺見は答えた。
辺見の後ろには数百人の西郷軍の兵が無言で従っている。
河野が肯いた瞬間、可愛岳の政府軍にとって、悪夢が始まった。
「夜襲だ」
「西郷軍が襲ってきた」
政府軍の兵の悲鳴が、可愛岳の宿営地の各所で上がった。
西郷軍は、夜明け前の暗がりが残る中を急襲していた。
更に、西郷軍はあえて無言のまま、政府軍を襲撃した。
まだ暗い中、無言の襲撃者が、いきなり襲ってきたのだ。
西郷軍の全軍の降伏は間近い、それによもやここを襲撃してくることはあるまい、と油断していた政府軍の兵は、その光景を見て、恐怖心を呼び起こされてしまい、更に壊乱した。
中には同士討ちを始める部隊まである。
政府軍の混乱は頂点に達しようとしていた。
第2旅団長の三好少将も、その混乱に巻き込まれ、部隊の掌握が困難というより、不可能に一時的になった。
「今のうちに、突破するぞ」
残存する西郷軍の事実上の総指揮官である桐野利秋は、この状況を見逃さずに、全軍に号令を下した。
西郷軍は、行きがけの駄賃として、更に弾丸数万発や糧食を奪える限り奪い、政府軍の宿営地を蹂躙して、包囲網を突破していった。
「とりあえず、三田井を目指すぞ」
桐野は、指揮下にある全軍に指示を下した。
政府軍の包囲網突破に、西郷軍が成功したとはいえ、今の西郷軍の兵力は、所詮、数百名に過ぎないのだ。
3万人以上の政府軍に、再度、包囲されては、そこまでだった。
西郷軍は、急げる限り急いで三田井を目指し、21日には到着した。
三田井には、政府軍の補給処があったからだ。
西郷軍突破の情報が、三田井の政府軍内部には、細かくは届いていなかったこともあり、西郷軍の急襲の前に、三田井は一時的に陥落した。
ここで、西郷軍は、更に糧食等の確保に成功することになった。
とはいえ。
ここまでの過酷な移動と戦闘により、多数の落伍者を西郷軍は出していた。
そのために、落伍者の到着を、ここで丸1日だけ待つこととし、その間に、西郷軍の幹部は軍議を開き、今後の行動を検討することにした。
軍議は白熱し、幹部間の主張も百出する有様だったが、最終的には西郷隆盛の一言が全てを決めた。
「鹿児島へ帰りもんそ」
0
あなたにおすすめの小説
対ソ戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。
前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。
未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!?
小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
対米戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。
そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。
3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。
小説家になろうで、先行配信中!
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる