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Ⅰ.主食編
26.俺は、その日迷い竜を拾った③
しおりを挟むぐるきゅるうぅぅぅ……
朦朧としていた意識の中に、聞いたことのない不思議な音が断続的に繰り返し響き、俺はうっすらと覚醒した。
気づけば俺は、街の外れの森の中にいた。
は……?俺は、どうやってここまで来た?いつの間に。どうして。
思い出そうとするが、日付の認識も、ここにいる理由も、ここに至るまでの行動も、すべてが靄がかかったように思い出せず、はっきりしない。
ぐるきゅるうぅぅぅ……
再び聞こえた、唸り声ともとれる音に、俺は周囲の景色を認識する。
遠退いていた意識が急速にクリアになる。未知の音に、警戒を強めた。
野生の獣の鳴き声か?
気配を消しながら音の方へと進めば、真っ白な塊が地面に転がっている。覗き込んでみると、ふさふさとした純白の毛の中に閉じられた目が見えた。
「あ?何だ、この毛玉?……犬?」
きゅるるぐるうぅぅぅ~……
音の主で、間違いはないらしい。
「おい、生きてるか?」
手を伸ばして、触れて。
うわ……なんだ、これ。
ふわりと温かな手触りは、想像以上の心地よさで、吸い付くような感覚に俺はぐっと惹きつけられ、無心で撫でた。
大きな垂れた耳の付け根を擽ってみる。俺が触れたことに反応して、瞼がぴくぴくと動く。良かった、生きてはいるらしい。
ピンク色の鼻が、すぴすぴと鳴った。俺の手を探して、一生懸命匂いを嗅いでいる。
ぐきゅるるるうぅぅ~……。
おい。嘘だろう?
まさかの腹の音……だと?
「すっげえ音だな。なんだ、お前、腹が減ってるのか?」
鼻先に指をやれば、クンクンと必死に匂いを嗅いで、そしてぺろり、と赤い舌が出て、俺の指を舐めた。
ざらりとした湿った感触が、温かくて。
ああ、こいつは……生きてるんだな。こんなに、腹すかせて、今にも死にそうなのに。
じわり、と何か感動のようなものか込み上げてくる。
俺、何か食い物を持ってなかったか。
上着を探り、携帯食のビスケットを見つめて、その毛玉の口に突っ込んでやる。
もぐもぐと噛みしめながら、けれどどこか不満そうに顔を顰める様は、妙に人間臭い。
なんだよ。贅沢な奴だな。ビスケットは嫌いなのか?
ごくりと飲み下した後は、またひたすら俺の指を舐め続けた。指がふやける程に。前足で俺の手を捕まえて、ずりずりと俺の方へと寄って来る。
「はは、くすぐったいな。指は食べられねぇよ。おい、離せよ。
俺はなぁ…………忙しいんだ」
そうだ。俺は、忙しい。
俺は、……俺は、何をしようとしてたんだろうか。俺は、どこへ行って、どうするつもりだった?
ああ、そうだ。俺は死にに行こうとしていたんだよ。
ここじゃないところで、誰にも知られずに、もう誰からも何も搾取されることの無いように。
何故こうも、生きることに必死になっていたのか。今はただ、理解できない。
だから……忙しい。これ以上ないほどに。
俺には竜の神子が……皆が救世主だというあの年下の少年が、俺に命も何もかも、全てを差し出せと笑うあいつが、差し出してもなお、せせら笑うあいつが。
悪魔にしか見えなかったから。
――だったらもう、自分ですべてを終わらせようと思った。
未だに、俺の指を一生懸命舐め続け、物凄い腹の音を響かせている白い毛玉を撫でて。
柔らかく温かな感触が、触れたところからじんわりと俺を満たしていくような、不思議な錯覚を抱く。
「あー……どうすっかな。これ……」
ぐきゅるるるうぅぅ~……。
「ぷはっ……すげぇ腹の音。どんだけ鳴るんだよ。
神殿じゃ飼えねぇし……あそこしか、ねぇよな」
あの人が良すぎる院長なら、悪いようにはしないだろう。
「ちょうど、番犬が欲しいって言ってたしな。
けど、番犬になるか?これ」
偶然に出会ったその温かさが、必然的に、俺を、俺に引き戻した。
ああ、全く、仕方ねぇな。この腹をすかせた毛玉を放っておくわけにはいかねぇもんな。
ユーリが現れて半年、竜騎士となる旅が始まって3ヶ月が経っていた。
今から1年ほど前のその日、俺は白い毛玉を拾った。
その日、俺は、死ねなかった。
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