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Ⅰ.主食編
30.俺は、腹ぺこ竜に救われた④
しおりを挟むやっと、解放される。
竜とか、竜の力とか、そういう俺を苦しめてきたものから。
全てから、逃れられるんじゃないのか。
もう、どうでもいい。
………あー……でも。
帰ってやらねぇと、あいつに飯を食わせねぇと……。
俺の意識の中に、あの白い毛玉のことが、自然と浮かんできた。
あいつ、今日の飯はちゃんともらえたのかな。また、腹を空かせて行き倒れるんじゃねぇのか。また、あの変な顔で、俺のこと……いや、飯のことか?…はは、まぁどっちでもいいけどよ。心配して、ずっと待ってんじゃねぇのかな……。
そんな憂いの中で、俺の意識は沈んでいって、途切れた。
――………あの、いつもの、俺に飯をくれと咆える、白い毛玉の声がする。
ああ?うるせぇな……そんなに腹がすいたのかよ。ったく、仕方ねぇな。
全く、ちったぁ待てねぇのかよ。俺は今、具合が悪い。はっきり言って、死にかけてる。
すぐに用意して、腹いっぱい食わせてやるからさ。
だから、そんなにべろべろと舐め回すな。
涎まみれになんだろ。俺は食いもんじゃねぇぞ。
たまにお前の眼ギラついてて、マジで俺の方が食われそうで怖いんだよ。
あー………いや、違う……だろ。
朦朧とし霞みがかった意識が、じわじわと浮上して、自身の現状を思い出す。
重たい瞼をなんとか開けば、視界が真っ白で、時折ピンクの湿ったものがちらちら掠め、肌に触れる。
「は?……え?…ルゥ?……何で、お前が、ここにいるんだ?」
ここにいるはずの無い白い物体に、俺は混乱を極める。
毛玉はがうがうと必死な様子で何かを俺に訴えて、圧し掛かるようにそのいつもふわふわの毛皮を押し付けてくる。
ははっ……お前、ホント。ふかふかしてて、温かくて、気持ちいいなぁ。
「あー……お前は……また……。
本当に、タイミングが良いんだか、悪いんだか……」
前にも、こんなことが、あったな。
俺が苦しみからやっと解放されるって時に……お前が、また俺を、苦しみに引き戻す。
温かくて、必死で……生きてる感じが、俺をここに引き留める。
まるで、俺に生きろとでも言うように。
ぎゃんぎゃんと大声で鳴いて、纏わりつく毛玉を抱き締めようと手を回す。
だけど、腕に力が入らなくて。
俺のその様子に、毛玉はぴたり、と動きをとめて俺の顔を覗き込んでくる。赤い舌が頬をぺろぺろと舐めた。
「お前……犬のくせに、ホント表情豊かだな。そんな心配しなくても、大した怪我はしてねぇよ」
ただ、“澱み”が溜まり過ぎて、身体が今にも引き裂かれそうに痛むだけ。
いつものように、死にかけてるだけだ。
冷えた手足と身体を温めるようにふわふわの毛皮が俺にしっかりと寄り添って、じんわりと体温が……体温と、こいつの気持ちが沁み込んでくるみたいだ。
「ルゥ……お前、あったかいな」
俺はもっとこの温もりが恋しくて。身体ごとルゥに抱き着いた。
「はは……あー……何だろうな。
俺、まだ……性懲りもなく、ホントつまんねぇ期待、してたのかなぁ。
俺、初めから、いらなかったんだろうよ……。良いように使われて、ホント……馬鹿だよな」
自分の命を懸けた献身なんて、馬鹿のすることだと、俺は知っていたはずなのに。
………それでも俺は、やっぱりどこかで、この身を削る労力を、あいつらに認めて欲しかったのかもしれない。
やりたくもねぇことは、やらないに限る。
どれだけ誤魔化しても、ただ自分を損なうばっかりで、何の足しにもなりゃあしねぇ。
わかってたことなのに。
あー……ホント、自分が馬鹿過ぎて、嫌になる。
ぐきゅるるるうぅぅ~……
そんな俺の感傷も絶望も無視して、いつもの盛大な腹の虫が森の夜の静寂に鳴り響いた。
「あ?……お前、また腹すいてんのか?」
問えば、ルゥは「きゅーん」と情けない声をあげた。
そして、その直後、
ぐきゅるるるるるうぅぅ~……
再び大きな腹の虫が鳴いた。
「ぶはっ……つぅ……いてぇ……。
あー……はは。笑わすな、馬鹿」
さっきまでの、悲壮感がきれいさっぱり吹っ飛んだ。
俺は、何を浸ってたんだろうな。くだらねぇ。ホントに、くだらねぇ。
「お前、俺がいないと、マジで飢え死にするかもなぁ……あの時、みたいに」
恥ずかしそうに、視線を逸らして、何だその顔。
ったく、可愛い奴だな。ほっとけねぇじゃねぇかよ。
あの時と一緒だな。
あの時も、俺はお前を拾って、お前によって、今生きてるこの現実に引き戻されたんだよ。
俺は渾身の力を振り絞って、再び立ち上がった。
そんな俺を、ルゥが支えてくれる。
「この先に……猟師たちが使う、小屋がある。そこに行こう。ルゥ、運んでくれるか?」
今回も、一緒だ。
お前が放っておけなくて……いや、何だろうな。本当は、俺がお前に……しがみついてる。生きる理由が欲しくて、それをお前に求めているのかもしれない。
なんにせよ、俺はまた死ねなかった。
また……お前に救い上げられたんだ。
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