婚約破棄は誰が為の

瀬織董李

文字の大きさ
5 / 11

5

しおりを挟む
「殿下が正式に宣言をし、私がそれを受諾すれば」

「よかろう。『アドリアード国王太子イーサン・ウォード・アドリアードはアドリアード国侯爵セレネ・ヴィンラードとの婚約を破棄する事を宣言する!!』」

「……『アドリアード国侯爵セレネ・ヴィンラードは王太子イーサン殿下との婚約破棄、確かにお受けいたしました』」

 イーサンの宣言にセレネが静かに応える。

 その瞬間。

「なっ!? これはいったい何だっ!? 何故魔力が……!?」

 がくり、と王太子が膝を突く。先程セレネが膝を突かない事に眉を顰めた王太子が、だ。

 例えるなら一杯に水を入れた皮袋にいくつもの穴が空いていて、少しずつ水が抜けていく感じか。今までは絶え間なく注ぎ込まれていたために、穴に気付いていなかった。それがどうだ。セレネが宣言を受諾した瞬間、何かに塞がれたように魔力の供給が止まった。あっという間にイーサンから魔力が消える。魔力とは身体が作るもの。供給・・が止まるとはどういう事だ。どういう……

「イーサン!!」「殿下!!」

 急に崩れ落ちたイーサンに驚き、周りが駆け寄る。それと同時に、信じられない事に気付いた。あれ程イーサンに満ち満ちていた魔力が全く感じられないのだ。イーサンの魔力は強く、通常他人の魔力を感じるなどほとんど出来ないが、イーサンは常に魔力で他人を圧倒させていた筈なのに。

「何事だ!!」

 その時、ホール入口の扉が慌ただしく開いた。騒ぎを聞き付けた国王がやって来たのだ。日頃あまり運動をしていない身体で急いだからか、額から汗が吹き出している。息を切らせながらホールを見やり、壇上で崩れ落ちた王太子に気付くと、怒りに染まった顔でセレネを睨み付けた。

「ヴィンラード侯爵!!これはどういう事だ!!」

「どういう事もなにも、見たままですわ陛下。王太子殿下が婚約破棄をなさりたいと仰るので、お受けしたまで」

「なに!?」

「ち、父上!!俺…私の魔力が!!何故です!!何故魔力が…!!」

 魔力が、と呟き続ける息子にかける言葉の見つからず呆然とする国王に、静かに冷めた視線を向けるセレネ。どさり、と何かの音に国王が振り向けば、遅れてホールに到着した王妃が、事態を悟り気絶して倒れていた。

「王妃!?」

 慌てて抱き起こし、護衛騎士に介抱させる。だが、国王がほんの目を離した隙に、事態は国王にとって更に悪い方向へと転がった。宰相子息がセレネへと声をあげたのだ。

「セレネ・ヴィンラード!!貴様一体殿下に何をした!!」

「何をしたといわれても、具体的には何もしておりません。陛下に申し上げた通り、婚約破棄を受託しただけです」

「ならば何故殿下の魔力が消える!?」

「先程わたくしが申し上げたではありませんか。『破棄後は破棄前の状態に戻る』、と」

 そう言われた時、宰相子息は気付いた。目の前で静かに佇む女性から放たれる魔力を。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄を目撃したら国家運営が破綻しました

ダイスケ
ファンタジー
「もう遅い」テンプレが流行っているので書いてみました。 王子の婚約破棄と醜聞を目撃した魔術師ビギナは王国から追放されてしまいます。 しかし王国首脳陣も本人も自覚はなかったのですが、彼女は王国の国家運営を左右する存在であったのです。

婚約破棄を求められました。私は嬉しいですが、貴方はそれでいいのですね?

ゆるり
恋愛
アリシエラは聖女であり、婚約者と結婚して王太子妃になる筈だった。しかし、ある少女の登場により、未来が狂いだす。婚約破棄を求める彼にアリシエラは答えた。「はい、喜んで」と。

婚約破棄に全力感謝

あーもんど
恋愛
主人公の公爵家長女のルーナ・マルティネスはあるパーティーで婚約者の王太子殿下に婚約破棄と国外追放を言い渡されてしまう。でも、ルーナ自身は全く気にしてない様子....いや、むしろ大喜び! 婚約破棄?国外追放?喜んでお受けします。だって、もうこれで国のために“力”を使わなくて済むもの。 実はルーナは世界最強の魔導師で!? ルーナが居なくなったことにより、国は滅びの一途を辿る! 「滅び行く国を遠目から眺めるのは大変面白いですね」 ※色々な人達の目線から話は進んでいきます。 ※HOT&恋愛&人気ランキング一位ありがとうございます(2019 9/18)

婚約破棄で見限られたもの

志位斗 茂家波
恋愛
‥‥‥ミアス・フォン・レーラ侯爵令嬢は、パスタリアン王国の王子から婚約破棄を言い渡され、ありもしない冤罪を言われ、彼女は国外へ追放されてしまう。 すでにその国を見限っていた彼女は、これ幸いとばかりに別の国でやりたかったことを始めるのだが‥‥‥ よくある婚約破棄ざまぁもの?思い付きと勢いだけでなぜか出来上がってしまった。

因果応報以上の罰を

下菊みこと
ファンタジー
ざまぁというか行き過ぎた報復があります、ご注意下さい。 どこを取っても救いのない話。 ご都合主義の…バッドエンド?ビターエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

お飾りの聖女は王太子に婚約破棄されて都を出ることにしました。

高山奥地
ファンタジー
大聖女の子孫、カミリヤは神聖力のないお飾りの聖女と呼ばれていた。ある日婚約者の王太子に婚約破棄を告げられて……。

【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした

きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。 全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。 その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。 失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。

とある令嬢の断罪劇

古堂 素央
ファンタジー
本当に裁かれるべきだったのは誰? 時を超え、役どころを変え、それぞれの因果は巡りゆく。 とある令嬢の断罪にまつわる、嘘と真実の物語。

処理中です...