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第1部:序章 - 無名の挑戦
第17話 “伝えたいこと”が多すぎて
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駅前のロータリーに立つ健人の前には、以前とは明らかに違う人の流れがあった。政見放送の反響、SNSでの拡散。それが波紋のように広がり、これまで立ち止まらなかった人々が足を止めている。
買い物帰りの主婦がエコバッグを抱えて耳を傾け、スマホを構える若者の姿もある。年配の男性が自転車を止めて、遠巻きに見守っている。
――注目されている。だが同時に、期待と視線の重みが、健人の胸を締めつけていた。
「伝えたいことが……多すぎる」
教育、雇用、年金、医療、政治不信、若者の絶望。どれも語りたい、どれも外せない。頭の中で渦巻く課題が、喉元に詰まって呼吸を乱す。
真田が小さく囁いた。
「健人さん、全部言おうとしたら、結局何も伝わらないですよ。たった一つでいい。“一番大事なこと”を言えばいいんです」
その助言は心に刺さったが、頭はまとまらない。
マイクを握り、演説が始まった。
「皆さん、坂本健人です……」
用意していた原稿を手にしたが、視線を上げて聴衆の顔を見た瞬間、紙の文字が霞んだ。見えるのは、生活に疲れた人々の顔、不安げな瞳、期待半分・疑念半分の視線。
「教育……もっと支えられる国にしなきゃいけない」
「雇用も、若者が安心して働けるように」
「年金、医療、子育て、全部が今のままじゃ崩れていく!」
気づけば、原稿を追うことをやめていた。言葉は次々とあふれ出し、抑えきれない奔流のように吐き出される。政治不信への怒り、未来を諦めたくない思い、社会の歪みを直したい願い――。
観衆の反応は割れた。涙を浮かべて聞き入る人もいれば、首をかしげて「結局何が言いたいんだ?」と呟く人もいた。腕を組んだ中年男性はため息をつき、若い母親は子を抱きながら必死に耳を傾けていた。
演説の様子はすぐにSNSにアップされた。
《熱い!この人の必死さは本物だ》
《心に響いた》
《いや、論点バラバラすぎるだろ》
《若さゆえの勢い》
賛否両論のコメントが渦を巻き、注目度は一気に高まった。だが、評価は二つに分かれていた。
演説を終えた健人は、膝から力が抜けそうになりながらトートバッグを握りしめた。
「俺は……何を伝えたかったんだ……」
自己嫌悪が押し寄せる。人々の拍手は確かにあったが、胸の奥には悔しさと空虚感が残った。
その帰り際。小さな子どもの手を引いた母親が健人に近づいてきた。
「全部を変えたいっていう気持ち……ちゃんと伝わりましたよ」
その笑顔に、健人ははっと息を呑む。完璧にまとめられなくても、届くものがある。熱意や本気は、言葉の整合性を超えて伝わるのだと。
事務所に戻り、真田やボランティアと映像を見直す。
「まとめきれなかったかもしれません。でも……熱は伝わってますよ」
真田の分析に、健人は深く息を吐き、うなずいた。
「そうか……なら、まだやれる」
不器用な言葉でもいい。迷いながらでもいい。真っ直ぐに放つ言葉だけが、確かに人を震わせるのだから。
”言葉は時に溢れすぎる。
けれど、不器用でも真っ直ぐに放つ言葉だけが、心を震わせる。“
買い物帰りの主婦がエコバッグを抱えて耳を傾け、スマホを構える若者の姿もある。年配の男性が自転車を止めて、遠巻きに見守っている。
――注目されている。だが同時に、期待と視線の重みが、健人の胸を締めつけていた。
「伝えたいことが……多すぎる」
教育、雇用、年金、医療、政治不信、若者の絶望。どれも語りたい、どれも外せない。頭の中で渦巻く課題が、喉元に詰まって呼吸を乱す。
真田が小さく囁いた。
「健人さん、全部言おうとしたら、結局何も伝わらないですよ。たった一つでいい。“一番大事なこと”を言えばいいんです」
その助言は心に刺さったが、頭はまとまらない。
マイクを握り、演説が始まった。
「皆さん、坂本健人です……」
用意していた原稿を手にしたが、視線を上げて聴衆の顔を見た瞬間、紙の文字が霞んだ。見えるのは、生活に疲れた人々の顔、不安げな瞳、期待半分・疑念半分の視線。
「教育……もっと支えられる国にしなきゃいけない」
「雇用も、若者が安心して働けるように」
「年金、医療、子育て、全部が今のままじゃ崩れていく!」
気づけば、原稿を追うことをやめていた。言葉は次々とあふれ出し、抑えきれない奔流のように吐き出される。政治不信への怒り、未来を諦めたくない思い、社会の歪みを直したい願い――。
観衆の反応は割れた。涙を浮かべて聞き入る人もいれば、首をかしげて「結局何が言いたいんだ?」と呟く人もいた。腕を組んだ中年男性はため息をつき、若い母親は子を抱きながら必死に耳を傾けていた。
演説の様子はすぐにSNSにアップされた。
《熱い!この人の必死さは本物だ》
《心に響いた》
《いや、論点バラバラすぎるだろ》
《若さゆえの勢い》
賛否両論のコメントが渦を巻き、注目度は一気に高まった。だが、評価は二つに分かれていた。
演説を終えた健人は、膝から力が抜けそうになりながらトートバッグを握りしめた。
「俺は……何を伝えたかったんだ……」
自己嫌悪が押し寄せる。人々の拍手は確かにあったが、胸の奥には悔しさと空虚感が残った。
その帰り際。小さな子どもの手を引いた母親が健人に近づいてきた。
「全部を変えたいっていう気持ち……ちゃんと伝わりましたよ」
その笑顔に、健人ははっと息を呑む。完璧にまとめられなくても、届くものがある。熱意や本気は、言葉の整合性を超えて伝わるのだと。
事務所に戻り、真田やボランティアと映像を見直す。
「まとめきれなかったかもしれません。でも……熱は伝わってますよ」
真田の分析に、健人は深く息を吐き、うなずいた。
「そうか……なら、まだやれる」
不器用な言葉でもいい。迷いながらでもいい。真っ直ぐに放つ言葉だけが、確かに人を震わせるのだから。
”言葉は時に溢れすぎる。
けれど、不器用でも真っ直ぐに放つ言葉だけが、心を震わせる。“
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