『総理になった男』

KAORUwithAI

文字の大きさ
43 / 179
第1部:序章 - 無名の挑戦

第43話 地元有権者からの苦情

しおりを挟む
国会での初登院、初委員会……。坂本健人は、怒涛のような数日を過ごしていた。国会議事堂の荘厳さや委員会室の重々しさに圧倒されつつも、なんとか椅子に座り続けることだけは果たしてきた。だが、その忙しさにかまけて、地元との繋がりを深く意識する余裕はなかった。

 そんなある朝、議員会館の執務室で資料に目を通していると、地元事務所から転送された電話が鳴った。秘書の真田が受け取る。

「はい、坂本健人事務所でございます……ええ、はい……」

 受話器の向こうから漏れ聞こえるのは、どうやら強い口調の声だった。真田の表情が固くなる。

「……承知しました。ご不満、ご意見、確かにお預かりします」

 電話を切った真田は、静かにため息をついた。

「健人さん、地元からの苦情が立て続けに届いています」

「苦情……?」

「道路の舗装が遅れているとか、年金が足りないとか。子どもの医療費が高いという声もあります」

 健人は、思わず言葉を失った。彼が選挙戦で訴えてきたのは「政治の信頼を取り戻す」「誰もが努力できる社会を」という大きなテーマだった。しかし実際に市民から届くのは、日常生活に直結する切実な不満だったのだ。

 その日の午後、さらに衝撃が待っていた。

 地元事務所のドアが乱暴に開かれ、ひとりの中年男性が怒鳴り込んできたのだ。

「おい、坂本はいるか! 選挙の時はあれだけ偉そうに言ってたのに、全然動いてないじゃないか!」

 声は怒りに震えていた。田島が慌てて立ち上がり、男性の前に出た。

「ちょっと落ち着いてください! 坂本はまだ就任して数日で――」

「だからなんだ! だからこそ動けって言ってんだ! 俺たちはお前に票を入れたんだぞ!」

 その勢いに、事務所の空気が一気に張り詰めた。健人は机から立ち上がり、男性の前に歩み出た。

「ご不満を真剣に受け止めます。どうか、話を聞かせてください」

 男性は一瞬、息を飲んだように黙り込んだ。それから、堰を切ったように吐き出した。

「俺の家の前の道路、何年も舗装されてないんだ。車のサスペンションは壊れるし、子どもが転んで怪我したこともある。役所に言っても動かない。誰に頼んでも変わらない。……でもな、お前は無所属で国会に行っただろ? だから期待したんだよ!」

 健人は、胸を突かれる思いだった。怒声の裏にあるのは「期待」だった。誰も聞いてくれないからこその苛立ち。そして、だからこそ健人にぶつけられたのだ。

「……ありがとうございます。必ず調べて、動きます」

 そう頭を下げた健人に、男性はまだ不満げな表情を残しつつも、ほんのわずかに目を和らげて事務所を後にした。

 その日の夕方。健人は商店街を歩いた。選挙中は「頑張れ」と声をかけてくれた人たちも、今は冷静な目を向けている。

「新聞には載ってたけど、物価はどうするの?」

「電気代が上がって困ってるのよ」

 年配の女性や主婦たちが口々に問いかける。健人は返答に詰まった。大きな政策は語れても、目の前の生活に直結する問いには、具体策がまだ持てていなかったのだ。

「勉強します。必ず答えを探します」

 そうしか言えない自分に、強い苛立ちを覚えた。

 夜、事務所に戻ると真田が静かに言った。

「これが政治のリアルです。国民の声は厳しい。でも、それを糧にするしかありません」

 田島も机に肘をつきながら、ぼそりと呟く。

「怒られるってことは、信じてるからだろ。無関心なら文句すら言わねぇよ」

 健人は深くうなずいた。確かにそうだ。苦情はただの怒りではない。変わってほしいという願いの裏返しなのだ。

 翌日から健人は、ノートを持って地元を回ることにした。住民一人ひとりの声を聞き、すぐに解決できなくても必ず記録に残す。

「本当に動いてくれるのか?」

「どうせ言うだけで終わりだろ」

 冷ややかな声もあった。だが、健人が真剣にメモを取り、視線を逸らさずに耳を傾ける姿に、「じゃあ頼むよ」と小さな信頼の芽が生まれていった。

 その晩、机に積まれたメモを読み返しながら、健人はノートの片隅に一行を書き込んだ。

――政治は理想だけじゃ動かない。だが、理想を捨てたら意味がない。

 その言葉にペンを強く置き、健人は深呼吸をした。国を変える大きな理想も、地域の日常も、両方に向き合うのが「政治家の責務」なのだと、ようやく腹に落ちていった。



”苦情は怒りじゃない。
それは、変わってほしいと願う声だ。
受け止めた先にしか、本当の政治は生まれない。“
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end**

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

処理中です...