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第2部:壁 - 国会という名の怪物
第70話 顔を売るしかない毎日
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朝の空気はまだ少し冷たく、街の雑踏に交じって駅前のロータリーに立つと、ひんやりとした風がスーツの袖口をすり抜けていった。
国会の会期が一段落し、今日は地元活動の日。だが休む暇はない。無所属議員として国会に席を得たといっても、選挙区の人々にとってはまだ「名前を聞いたことがある」程度の存在だ。次の一歩は、この顔と声を覚えてもらうことだった。
健人はタスキを肩にかけ、深呼吸をしてから、通勤の人波に向かって頭を下げた。
「おはようございます。坂本健人です。皆さんの声を国会へ届けます!」
だが、大半の人々はイヤホンを耳に差し、無表情のまま足を早めて通り過ぎていく。ビラを受け取ってくれるのはほんの数人。
隣で田島が声を張り上げる。
「朝のお忙しい時間に失礼します! 新人議員の坂本です。応援よろしくお願いします!」
その声に、ちらりと視線を向ける人はいるものの、ほとんどがそのまま歩き去った。
少し離れた場所で様子を見守っていた真田が近づき、小さく肩をすくめる。
「やはり認知度が低いですね。焦らず続けましょう」
健人は苦笑しながらうなずいた。国会での論戦よりも、こうした地元での“顔見せ”が、今はずっと厳しい戦いに感じられた。
しばらくすると、年配の男性が足を止め、じっと健人を見つめた。
「君、国会議員さんなのか?」
「はい。無所属ですが、市民の声を届けるために活動しています」
健人がそう答えると、男性は頷きながら握手を求めてきた。
「頑張ってくれよ。最近は誰がやっても同じだと思ってたが、君の演説は見た」
その言葉に健人の胸が温かくなる。そのやり取りを見ていた近くの高校生が、興味深そうにビラを受け取り、小さく頭を下げて立ち去った。
午前の活動を終えると、今度は商店街へ向かった。八百屋では店主に挨拶をしながら名刺を渡し、「お客さんが少なくてなあ」とこぼされると、「国としても地域商店を支援できるよう取り組みます」と答えた。
しかし、すべての出会いが好意的なわけではない。ある飲食店では、店先に立った健人に店主が顔をしかめ、
「政治家は来るだけ来て何もしてくれない」
と冷たく言い放った。健人は黙って深々と頭を下げ、何も言い返さずにその場を去った。
その横で後援会長が、年季の入った顔に穏やかな笑みを浮かべた。
「今は信頼を積み重ねる時期だ。すぐに結果は出ないさ。顔を見せて回るしかないんだよ」
その言葉に、健人は小さく頷いた。
夕方、スーパーの前に立ち、買い物帰りの主婦層へビラを配った。子どもを連れた母親が健人を指差し、
「あ、テレビで見た人だ」
と呟いたのが耳に入り、健人は自然と笑顔を返した。
夜、駅前の活動を終えて車に戻ると、田島がシートに深くもたれかかり、額の汗をぬぐった。
「正直、手応えが見えなくて焦るな……」
健人もシートに座り込み、窓の外に流れる街の灯を見つめてうなずいた。
だが、後部座席に座った真田が静かに言った。
「顔を知ってもらうだけでも一歩です。地道さが必ず信頼に変わります」
その言葉に健人は少しだけ笑みを浮かべた。
事務所に戻ると、健人はノートを開き、今日一日を振り返って書き込んだ。
「今日、直接話をした人:26人」「笑顔を返してくれた人:5人」「厳しい言葉を投げかけた人:2人」
一日の活動のすべてを丁寧に記録した。
最後のページの隅に、彼は小さな文字でこう書き添えた。
――今日、顔を覚えてくれた一人が、明日の政治を動かすかもしれない。
“顔を知ってもらい、
信頼を積み重ねることで、
一人ずつ未来の扉が開いていく”
国会の会期が一段落し、今日は地元活動の日。だが休む暇はない。無所属議員として国会に席を得たといっても、選挙区の人々にとってはまだ「名前を聞いたことがある」程度の存在だ。次の一歩は、この顔と声を覚えてもらうことだった。
健人はタスキを肩にかけ、深呼吸をしてから、通勤の人波に向かって頭を下げた。
「おはようございます。坂本健人です。皆さんの声を国会へ届けます!」
だが、大半の人々はイヤホンを耳に差し、無表情のまま足を早めて通り過ぎていく。ビラを受け取ってくれるのはほんの数人。
隣で田島が声を張り上げる。
「朝のお忙しい時間に失礼します! 新人議員の坂本です。応援よろしくお願いします!」
その声に、ちらりと視線を向ける人はいるものの、ほとんどがそのまま歩き去った。
少し離れた場所で様子を見守っていた真田が近づき、小さく肩をすくめる。
「やはり認知度が低いですね。焦らず続けましょう」
健人は苦笑しながらうなずいた。国会での論戦よりも、こうした地元での“顔見せ”が、今はずっと厳しい戦いに感じられた。
しばらくすると、年配の男性が足を止め、じっと健人を見つめた。
「君、国会議員さんなのか?」
「はい。無所属ですが、市民の声を届けるために活動しています」
健人がそう答えると、男性は頷きながら握手を求めてきた。
「頑張ってくれよ。最近は誰がやっても同じだと思ってたが、君の演説は見た」
その言葉に健人の胸が温かくなる。そのやり取りを見ていた近くの高校生が、興味深そうにビラを受け取り、小さく頭を下げて立ち去った。
午前の活動を終えると、今度は商店街へ向かった。八百屋では店主に挨拶をしながら名刺を渡し、「お客さんが少なくてなあ」とこぼされると、「国としても地域商店を支援できるよう取り組みます」と答えた。
しかし、すべての出会いが好意的なわけではない。ある飲食店では、店先に立った健人に店主が顔をしかめ、
「政治家は来るだけ来て何もしてくれない」
と冷たく言い放った。健人は黙って深々と頭を下げ、何も言い返さずにその場を去った。
その横で後援会長が、年季の入った顔に穏やかな笑みを浮かべた。
「今は信頼を積み重ねる時期だ。すぐに結果は出ないさ。顔を見せて回るしかないんだよ」
その言葉に、健人は小さく頷いた。
夕方、スーパーの前に立ち、買い物帰りの主婦層へビラを配った。子どもを連れた母親が健人を指差し、
「あ、テレビで見た人だ」
と呟いたのが耳に入り、健人は自然と笑顔を返した。
夜、駅前の活動を終えて車に戻ると、田島がシートに深くもたれかかり、額の汗をぬぐった。
「正直、手応えが見えなくて焦るな……」
健人もシートに座り込み、窓の外に流れる街の灯を見つめてうなずいた。
だが、後部座席に座った真田が静かに言った。
「顔を知ってもらうだけでも一歩です。地道さが必ず信頼に変わります」
その言葉に健人は少しだけ笑みを浮かべた。
事務所に戻ると、健人はノートを開き、今日一日を振り返って書き込んだ。
「今日、直接話をした人:26人」「笑顔を返してくれた人:5人」「厳しい言葉を投げかけた人:2人」
一日の活動のすべてを丁寧に記録した。
最後のページの隅に、彼は小さな文字でこう書き添えた。
――今日、顔を覚えてくれた一人が、明日の政治を動かすかもしれない。
“顔を知ってもらい、
信頼を積み重ねることで、
一人ずつ未来の扉が開いていく”
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