69 / 179
第2部:壁 - 国会という名の怪物
第69話 初めての政治献金
しおりを挟む
出発前の議員宿舎。
ネクタイを結び直す健人は、鏡に映る自分の顔をじっと見つめていた。選挙に勝ったあの夜からまだ数か月。だが、今夜はまた違う緊張がのしかかっている。
――政治資金パーティーに出席する日が来るとは。
背後で真田が控えめに声をかけた。
「健人さん。時間です」
田島はスーツの襟を直しながら、いつもの砕けた調子を押し殺し、少し神妙な顔つきで頷く。
「行こう。腹をくくるしかない」
健人は後援会長と交わした約束――“理念を曲げない”“市民に説明責任を果たす”――を胸に刻み、静かに深呼吸した。
会場は都内の高級ホテルの大広間。
エントランスから赤い絨毯が続き、煌びやかなシャンデリアが光を投げかける。立食形式のテーブルには色とりどりの料理が並び、芳醇なワインの香りが漂っていた。
健人は思わず足を止め、心の奥に微かな居心地の悪さを覚える。選挙中に歩いた泥だらけの路地裏とは、あまりに違いすぎる世界だった。
広間の壇上では国民革新党の幹部議員たちが笑顔を浮かべ、支援企業の経営者たちと次々に握手を交わしていた。
受付脇のテーブルには、額ごとに仕分けられた献金リストがさりげなく置かれている。
健人は目を逸らし、唇を引き結んだ。
――この空気に飲まれてはいけない。
視線の先に後援会長の姿を見つけた。白髪混じりの髪を整え、穏やかな笑顔で近づいてくる。
「来てくれてよかった。市民に説明できるように、理念だけは忘れるな」
その一言に健人は小さく頭を下げた。
「約束は守ります。政治を動かすために来ました」
近くの与党議員が笑顔で近づき、握手を求めてきた。
「無所属で来るとは勇気があるね」
言葉の裏に探るような視線が潜んでいるのを感じながら、健人はにこやかに握手を交わすだけにとどめた。媚びる気はない。
その時、受付近くの献金箱に列ができていた。
健人はポケットに入れていた封筒を取り出し、静かに差し出す。
――これは自分の理念を守るための必要経費だ、と心の中でつぶやく。
その様子を見た田島が小さく肩をすくめて苦笑した。
「やっぱり金で回る世界だな」
しかし真田は横で静かに言った。
「ここに来たのは金に縛られるためではありません。金の使い道を変えるためです」
健人は黙って頷いた。
壇上では国民革新党の大物議員が演説を始めていた。
「皆様の支援が国を動かします」
拍手と笑顔に包まれる壇上を見ながら、健人の胸に複雑な感情が湧き上がった。
支援は必要だ。だが、その支援が理念を縛り、国をねじ曲げてきた歴史もまた知っている。
帰り際、地方の中小企業の代表が健人に近づき、名刺を差し出した。
「無所属だからこそ応援しています。がんばってください」
その温かな笑顔に健人は少し驚きながらも、心から感謝を込めて握手を交わした。
夜風が都会のネオンを冷たく揺らす。
ホテルを出た瞬間、健人は無意識に背筋を伸ばした。
華やかな宴と、選挙区で聞いた市民の暮らしの声との落差が、胸に刺さるように感じられた。
車に乗り込むと、田島が運転席から言った。
「こういう場所にいると、政治の裏側を見せつけられた気分だな」
健人は窓の外を見つめながら静かに答える。
「見た以上は、変えなきゃならない」
夜遅く事務所に戻ると、真田がパソコンを開きながら口を開いた。
「今日の献金の使い道は、必ず透明化しましょう。市民に説明できる形に」
健人は力強く頷いた。
「そうだな。理念を守るために必要な金なら、隠す理由はない」
その夜、健人は後援会に提出する報告書を自ら書き始めた。
“この献金は理念を守り活動を続けるためのものだ”と率直に記す。
書き終えると、自分用のノートを開き、静かにペンを走らせた。
金は政治を腐らせもするが、理念のために使えば社会を変える力になる。
窓の外にそびえる国会議事堂がライトアップされ、夜空に白く浮かび上がっている。
その光を見つめながら、健人は心の奥で誓った。
――金のために政治をするのではない。
理念のために、金の流れを正す政治を実現するのだ、と。
“金は政治を汚すこともある。
だが、理念を貫くために使われるなら、
それは国を変えるための力になる”
ネクタイを結び直す健人は、鏡に映る自分の顔をじっと見つめていた。選挙に勝ったあの夜からまだ数か月。だが、今夜はまた違う緊張がのしかかっている。
――政治資金パーティーに出席する日が来るとは。
背後で真田が控えめに声をかけた。
「健人さん。時間です」
田島はスーツの襟を直しながら、いつもの砕けた調子を押し殺し、少し神妙な顔つきで頷く。
「行こう。腹をくくるしかない」
健人は後援会長と交わした約束――“理念を曲げない”“市民に説明責任を果たす”――を胸に刻み、静かに深呼吸した。
会場は都内の高級ホテルの大広間。
エントランスから赤い絨毯が続き、煌びやかなシャンデリアが光を投げかける。立食形式のテーブルには色とりどりの料理が並び、芳醇なワインの香りが漂っていた。
健人は思わず足を止め、心の奥に微かな居心地の悪さを覚える。選挙中に歩いた泥だらけの路地裏とは、あまりに違いすぎる世界だった。
広間の壇上では国民革新党の幹部議員たちが笑顔を浮かべ、支援企業の経営者たちと次々に握手を交わしていた。
受付脇のテーブルには、額ごとに仕分けられた献金リストがさりげなく置かれている。
健人は目を逸らし、唇を引き結んだ。
――この空気に飲まれてはいけない。
視線の先に後援会長の姿を見つけた。白髪混じりの髪を整え、穏やかな笑顔で近づいてくる。
「来てくれてよかった。市民に説明できるように、理念だけは忘れるな」
その一言に健人は小さく頭を下げた。
「約束は守ります。政治を動かすために来ました」
近くの与党議員が笑顔で近づき、握手を求めてきた。
「無所属で来るとは勇気があるね」
言葉の裏に探るような視線が潜んでいるのを感じながら、健人はにこやかに握手を交わすだけにとどめた。媚びる気はない。
その時、受付近くの献金箱に列ができていた。
健人はポケットに入れていた封筒を取り出し、静かに差し出す。
――これは自分の理念を守るための必要経費だ、と心の中でつぶやく。
その様子を見た田島が小さく肩をすくめて苦笑した。
「やっぱり金で回る世界だな」
しかし真田は横で静かに言った。
「ここに来たのは金に縛られるためではありません。金の使い道を変えるためです」
健人は黙って頷いた。
壇上では国民革新党の大物議員が演説を始めていた。
「皆様の支援が国を動かします」
拍手と笑顔に包まれる壇上を見ながら、健人の胸に複雑な感情が湧き上がった。
支援は必要だ。だが、その支援が理念を縛り、国をねじ曲げてきた歴史もまた知っている。
帰り際、地方の中小企業の代表が健人に近づき、名刺を差し出した。
「無所属だからこそ応援しています。がんばってください」
その温かな笑顔に健人は少し驚きながらも、心から感謝を込めて握手を交わした。
夜風が都会のネオンを冷たく揺らす。
ホテルを出た瞬間、健人は無意識に背筋を伸ばした。
華やかな宴と、選挙区で聞いた市民の暮らしの声との落差が、胸に刺さるように感じられた。
車に乗り込むと、田島が運転席から言った。
「こういう場所にいると、政治の裏側を見せつけられた気分だな」
健人は窓の外を見つめながら静かに答える。
「見た以上は、変えなきゃならない」
夜遅く事務所に戻ると、真田がパソコンを開きながら口を開いた。
「今日の献金の使い道は、必ず透明化しましょう。市民に説明できる形に」
健人は力強く頷いた。
「そうだな。理念を守るために必要な金なら、隠す理由はない」
その夜、健人は後援会に提出する報告書を自ら書き始めた。
“この献金は理念を守り活動を続けるためのものだ”と率直に記す。
書き終えると、自分用のノートを開き、静かにペンを走らせた。
金は政治を腐らせもするが、理念のために使えば社会を変える力になる。
窓の外にそびえる国会議事堂がライトアップされ、夜空に白く浮かび上がっている。
その光を見つめながら、健人は心の奥で誓った。
――金のために政治をするのではない。
理念のために、金の流れを正す政治を実現するのだ、と。
“金は政治を汚すこともある。
だが、理念を貫くために使われるなら、
それは国を変えるための力になる”
2
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる