『総理になった男』

KAORUwithAI

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第2部:壁 - 国会という名の怪物

第69話 初めての政治献金

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出発前の議員宿舎。
 ネクタイを結び直す健人は、鏡に映る自分の顔をじっと見つめていた。選挙に勝ったあの夜からまだ数か月。だが、今夜はまた違う緊張がのしかかっている。
 ――政治資金パーティーに出席する日が来るとは。

 背後で真田が控えめに声をかけた。
「健人さん。時間です」
 田島はスーツの襟を直しながら、いつもの砕けた調子を押し殺し、少し神妙な顔つきで頷く。
「行こう。腹をくくるしかない」

 健人は後援会長と交わした約束――“理念を曲げない”“市民に説明責任を果たす”――を胸に刻み、静かに深呼吸した。


 会場は都内の高級ホテルの大広間。
 エントランスから赤い絨毯が続き、煌びやかなシャンデリアが光を投げかける。立食形式のテーブルには色とりどりの料理が並び、芳醇なワインの香りが漂っていた。
 健人は思わず足を止め、心の奥に微かな居心地の悪さを覚える。選挙中に歩いた泥だらけの路地裏とは、あまりに違いすぎる世界だった。

 広間の壇上では国民革新党の幹部議員たちが笑顔を浮かべ、支援企業の経営者たちと次々に握手を交わしていた。
 受付脇のテーブルには、額ごとに仕分けられた献金リストがさりげなく置かれている。
 健人は目を逸らし、唇を引き結んだ。
 ――この空気に飲まれてはいけない。

 視線の先に後援会長の姿を見つけた。白髪混じりの髪を整え、穏やかな笑顔で近づいてくる。
「来てくれてよかった。市民に説明できるように、理念だけは忘れるな」
 その一言に健人は小さく頭を下げた。
「約束は守ります。政治を動かすために来ました」


 近くの与党議員が笑顔で近づき、握手を求めてきた。
「無所属で来るとは勇気があるね」
 言葉の裏に探るような視線が潜んでいるのを感じながら、健人はにこやかに握手を交わすだけにとどめた。媚びる気はない。

 その時、受付近くの献金箱に列ができていた。
 健人はポケットに入れていた封筒を取り出し、静かに差し出す。
 ――これは自分の理念を守るための必要経費だ、と心の中でつぶやく。

 その様子を見た田島が小さく肩をすくめて苦笑した。
「やっぱり金で回る世界だな」
 しかし真田は横で静かに言った。
「ここに来たのは金に縛られるためではありません。金の使い道を変えるためです」
 健人は黙って頷いた。


 壇上では国民革新党の大物議員が演説を始めていた。
「皆様の支援が国を動かします」
 拍手と笑顔に包まれる壇上を見ながら、健人の胸に複雑な感情が湧き上がった。
 支援は必要だ。だが、その支援が理念を縛り、国をねじ曲げてきた歴史もまた知っている。

 帰り際、地方の中小企業の代表が健人に近づき、名刺を差し出した。
「無所属だからこそ応援しています。がんばってください」
 その温かな笑顔に健人は少し驚きながらも、心から感謝を込めて握手を交わした。


 夜風が都会のネオンを冷たく揺らす。
 ホテルを出た瞬間、健人は無意識に背筋を伸ばした。
 華やかな宴と、選挙区で聞いた市民の暮らしの声との落差が、胸に刺さるように感じられた。

 車に乗り込むと、田島が運転席から言った。
「こういう場所にいると、政治の裏側を見せつけられた気分だな」
 健人は窓の外を見つめながら静かに答える。
「見た以上は、変えなきゃならない」


 夜遅く事務所に戻ると、真田がパソコンを開きながら口を開いた。
「今日の献金の使い道は、必ず透明化しましょう。市民に説明できる形に」
 健人は力強く頷いた。
「そうだな。理念を守るために必要な金なら、隠す理由はない」

 その夜、健人は後援会に提出する報告書を自ら書き始めた。
 “この献金は理念を守り活動を続けるためのものだ”と率直に記す。

 書き終えると、自分用のノートを開き、静かにペンを走らせた。

金は政治を腐らせもするが、理念のために使えば社会を変える力になる。

 窓の外にそびえる国会議事堂がライトアップされ、夜空に白く浮かび上がっている。
 その光を見つめながら、健人は心の奥で誓った。
 ――金のために政治をするのではない。
 理念のために、金の流れを正す政治を実現するのだ、と。



“金は政治を汚すこともある。
だが、理念を貫くために使われるなら、
それは国を変えるための力になる”
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