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第2部:壁 - 国会という名の怪物
第71話 党に属さない孤独
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議員会館の廊下を歩く朝は、いつもひんやりとしている――だが今日は、その冷たさがやけに胸に染みた。
登院のために早めに来た坂本健人は、胸ポケットに後援会長から贈られた小さなメモ帳を忍ばせていた。それは、「どんな日も市民の声を忘れるな」と書かれた励ましの言葉入りだった。
通い慣れたはずの廊下だが、ふと横目をやると、与党・国民革新党の議員たちが早朝から数人集まり、笑いながら新聞を片手に談笑していた。さらに少し先では野党最大の自由共和党の若手が先輩に何やら真剣に耳打ちされている。
党ごとの集団が、同じ議員であるはずの彼にとっては見えない壁のように立ちはだかっていた。
(ああ、自分にはあの輪がない……)
そう思いながら自分の部屋に入ると、まだ秘書たちも来ておらず、机と椅子が整然と並んだだけの静かな空間が広がっていた。ドアを閉める音がやけに響く。
「党に属さないって、こういう朝からの孤独なんだな……」
数分後、真田が書類を抱えて入ってきた。
「おはようございます。今日も委員会は午後からです。午前は各党の勉強会や戦略会議があるようですが……私たちには関係ありません」
健人は苦笑した。
「そうか、そういう案内は届かないわけだ」
「ええ。無所属ですから」
事務的に告げる真田の言葉が、少し胸に刺さった。
昼近くになると議員食堂へ向かったが、そこでも無所属である自分の立場を痛感することになる。
広い食堂には与党のテーブル、野党のテーブルと、まるで暗黙の縄張りがあるようだった。健人はトレイを手に取り、少し迷った末に隅の二人掛けのテーブルに腰を下ろした。
周囲の席では与党の議員たちが笑いながら箸を動かし、野党の若手は小声で次の国会質問の作戦を語り合っている。耳に入るのは政策というより“数”と“票”の話ばかりだった。
食後、食堂を出る際に以前委員会で顔を合わせた若手議員と目が合った。軽く会釈をすると、相手は「あ、どうも」とそっけなく一言だけ返して去っていった。
肩書きではなく、背後にある党派が、人と人との距離を決める――それが今の国会だと実感する。
午後、委員会の非公式打ち合わせがあると聞いたが、案内は来なかった。秘書の真田が確認を取っても「案内は党所属の議員にのみ送られている」と事務的に答えられたという。
健人はため息をつきながら、自室で政策資料に目を通した。しかし、与党の動向や野党の戦略がわからなければ、法案を出すタイミングも、質問の切り口も決められない。
「このままじゃ、ただ座ってるだけの議員になってしまうな……」
夕方、ふと会館のラウンジを通ると、与党と野党の中堅議員たちがグラスを手に笑い合っているのが目に入った。政治の駆け引きは、議場だけでなくこうした場所で進むのだと嫌でも理解させられる。
輪の中に入れない自分は、ガラス越しに外の風景を眺めるだけだった。
事務所に戻ると、田島が少し苛立った様子で口を開いた。
「国会ってさ、結局は派閥の人脈がないと話にならないのかよ。無所属には最初から扉が開いてないんだな」
健人は肩をすくめたが、その表情は曇っていた。
すると真田が静かに言った。
「確かに孤立は弱点です。でもしがらみに縛られないという意味では、唯一の自由でもあります。坂本さんだからこそ動かせるものが必ずあるはずです」
夜、ほとんどの議員が会合や会食に出かけている時間になっても、健人の事務所の灯りは消えなかった。机の上には地元から届いた陳情の手紙が積まれている。
一つひとつ手に取りながら、彼は深く息を吐いた。
(仲間がいなくても、派閥に属さなくても……市民の声を武器に戦うしかない)
窓の外には、ライトアップされた国会議事堂が静かにそびえていた。
その姿を見上げながら、健人は胸元の議員バッジにそっと手を添えた。
“ ――派閥も、後ろ盾もない。
だが、孤独を恐れたら変革は起こせない。
たった一人でも、信じた声を国会に
響かせる。”
登院のために早めに来た坂本健人は、胸ポケットに後援会長から贈られた小さなメモ帳を忍ばせていた。それは、「どんな日も市民の声を忘れるな」と書かれた励ましの言葉入りだった。
通い慣れたはずの廊下だが、ふと横目をやると、与党・国民革新党の議員たちが早朝から数人集まり、笑いながら新聞を片手に談笑していた。さらに少し先では野党最大の自由共和党の若手が先輩に何やら真剣に耳打ちされている。
党ごとの集団が、同じ議員であるはずの彼にとっては見えない壁のように立ちはだかっていた。
(ああ、自分にはあの輪がない……)
そう思いながら自分の部屋に入ると、まだ秘書たちも来ておらず、机と椅子が整然と並んだだけの静かな空間が広がっていた。ドアを閉める音がやけに響く。
「党に属さないって、こういう朝からの孤独なんだな……」
数分後、真田が書類を抱えて入ってきた。
「おはようございます。今日も委員会は午後からです。午前は各党の勉強会や戦略会議があるようですが……私たちには関係ありません」
健人は苦笑した。
「そうか、そういう案内は届かないわけだ」
「ええ。無所属ですから」
事務的に告げる真田の言葉が、少し胸に刺さった。
昼近くになると議員食堂へ向かったが、そこでも無所属である自分の立場を痛感することになる。
広い食堂には与党のテーブル、野党のテーブルと、まるで暗黙の縄張りがあるようだった。健人はトレイを手に取り、少し迷った末に隅の二人掛けのテーブルに腰を下ろした。
周囲の席では与党の議員たちが笑いながら箸を動かし、野党の若手は小声で次の国会質問の作戦を語り合っている。耳に入るのは政策というより“数”と“票”の話ばかりだった。
食後、食堂を出る際に以前委員会で顔を合わせた若手議員と目が合った。軽く会釈をすると、相手は「あ、どうも」とそっけなく一言だけ返して去っていった。
肩書きではなく、背後にある党派が、人と人との距離を決める――それが今の国会だと実感する。
午後、委員会の非公式打ち合わせがあると聞いたが、案内は来なかった。秘書の真田が確認を取っても「案内は党所属の議員にのみ送られている」と事務的に答えられたという。
健人はため息をつきながら、自室で政策資料に目を通した。しかし、与党の動向や野党の戦略がわからなければ、法案を出すタイミングも、質問の切り口も決められない。
「このままじゃ、ただ座ってるだけの議員になってしまうな……」
夕方、ふと会館のラウンジを通ると、与党と野党の中堅議員たちがグラスを手に笑い合っているのが目に入った。政治の駆け引きは、議場だけでなくこうした場所で進むのだと嫌でも理解させられる。
輪の中に入れない自分は、ガラス越しに外の風景を眺めるだけだった。
事務所に戻ると、田島が少し苛立った様子で口を開いた。
「国会ってさ、結局は派閥の人脈がないと話にならないのかよ。無所属には最初から扉が開いてないんだな」
健人は肩をすくめたが、その表情は曇っていた。
すると真田が静かに言った。
「確かに孤立は弱点です。でもしがらみに縛られないという意味では、唯一の自由でもあります。坂本さんだからこそ動かせるものが必ずあるはずです」
夜、ほとんどの議員が会合や会食に出かけている時間になっても、健人の事務所の灯りは消えなかった。机の上には地元から届いた陳情の手紙が積まれている。
一つひとつ手に取りながら、彼は深く息を吐いた。
(仲間がいなくても、派閥に属さなくても……市民の声を武器に戦うしかない)
窓の外には、ライトアップされた国会議事堂が静かにそびえていた。
その姿を見上げながら、健人は胸元の議員バッジにそっと手を添えた。
“ ――派閥も、後ろ盾もない。
だが、孤独を恐れたら変革は起こせない。
たった一人でも、信じた声を国会に
響かせる。”
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