『総理になった男』

KAORUwithAI

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第3部:旋風 - 国民支持のうねり

第131話 地元紙が一面で特集

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 午前六時。議員会館の薄暗い廊下にはまだ人の気配がほとんどなく、静けさが満ちていた。
 坂本健人は、いつものように新聞受けから各紙を抜き取り、自室のテーブルに広げようとして――ふと手を止めた。

 その瞬間、胸の奥が熱くなった。

 地元紙の一面いっぱいに、大きな黒文字が踊っていた。

 《無所属議員・坂本健人が育てた“新しい政治文化”》

 紙の上で、自分の名前がこんなにも大きく扱われている。選挙の夜でも、国会で質疑をした日でも、どれほどSNSが騒いでも、こんな扱われ方をされたことは一度もなかった。

 健人は思わずその場に立ち尽くし、紙面に視線を吸い寄せられた。

 ――これは、何だ。

 驚きと戸惑い。そして少し遅れて、じんわりとこみ上げてくる誇らしさ。その全てが喉に詰まり、言葉にならなかった。

 ページを開くと、記事はさらに大きな写真で構成されていた。
 地方選挙で当選した若い議員たちとの集合写真。街頭演説でマイクを握りしめた健人の姿。地元の商店街を歩きながら市民と握手する姿。
 どれも、ここ数ヶ月の濃密すぎる日々を象徴する瞬間だった。

 記事の冒頭には、こう書かれていた。

 「無名から始まり、政党にも派閥にも属さず、ひとりで国会の壁に挑む若き議員がいる。
 その活動はいつしか地方へと広がり、ついには地方選挙で五名もの『支援候補』を誕生させた。
 この動きは、政治の風景を変える予兆かもしれない」

 読み進めるにつれ、健人の胸の奥が強く締めつけられていく。

 「無名から始まった」
 そうだ、最初は誰も見向きもしなかった。
 「支援候補が当選した」
 あの日の喜びは、今でも鮮明に思い出せる。
 「政治の風景を変える」
 そんな言葉を、自分に向けられる日が来るとは思っていなかった。

 ページをめくると、“当選した地方議員たちの声”が並んでいた。

 ――「坂本さんが背中を押してくれたから、挑戦できた」
 ――「あの人のように、市民の声を拾う政治をやりたい」
 ――「政党のしがらみに縛られずに戦う姿に勇気をもらった」

 ひとつひとつの言葉が、健人の胸にゆっくりと染み込んでいく。

 さらに別のページには、健人の選挙当時の写真が掲載されていた。
 あの父のスーツ、手作りのポスター、疲れ切った顔。それでも必死に声を張り上げていた自分――。

 「……よく、ここまで来たな」

 自然と呟きが漏れた。

 どれほど批判されても、与党から冷笑されても、野党からも無視されても、それでも踏み止まってきた。国会の迷路を彷徨い、委員会で名指しされず、質疑の順番が半年回ってこず、提出した法案は握り潰された。それでも歩くのをやめなかった。

 その結果が、紙面いっぱいに広がっている。

 胸の奥で、何かがじんわりと溶けていくようだった。

 そのとき、机の上でスマホが振動した。地元事務所の職員からだった。

「坂本先生! 新聞、見ましたか? 朝から電話が鳴りっぱなしです!
 『うちの地元からあんな議員が出たなんて誇りだ』って、皆さん言ってます!」

 健人はスマホを耳に当てたまま、一面を見つめる。
 紙面の向こうに、地元の人々の顔が浮かんだ。

 商店街のおばちゃん。選挙カーの前で腕を組んで様子を見ていた頑固な魚屋。あの日出会った中学生たち。父の同僚たち。
 選挙の後、地元に戻るたびにかけられた「頑張れよ」「期待してるぞ」という声。
 その一つひとつが、記事の文字を通して健人に返ってくる。

 ――その時だった。

 地元に残してきた母からメッセージが届いた。

 『新聞見たよ。お父さんも、喜んでると思う』

 健人は動けなくなった。

 父が亡くなったあの日――
 「無理するなよ。健人は健人らしくやれ」
 そう言って電話をくれた、あの声が思い出された。

 健人はゆっくりと椅子に腰を下ろし、新聞を胸元に軽く抱え込んだ。

 「……ありがとうございます」

 小さな声が溢れた。

 父が見ていた景色の続きに、自分がいる。
 そう思うだけで、胸が熱くなった。

 新聞の隅には、ある政治学者のコメントも掲載されていた。

 ――「坂本議員の運動は、若者を中心に広がる新しい政治の潮流だ。ただし、流行で終わる可能性もある」

 健人はその一文をじっと見つめた。

 流行で終わる?
 そんな言葉に、自分のすべてを決められてたまるか。

 「証明してやるよ……」

 誰にでもなく呟き、拳をゆっくり握った。

 新聞を閉じると、窓の外に朝日が差し込んでいた。
 議員会館の白い壁が、柔らかな光に照らされる。
 遠くに国会議事堂の屋根が見えた。あの建物は、今も変わらず巨大で、険しい壁のようにそびえている。

 だが、健人はもう怯えていなかった。

 次のページには、地元の駅で新聞を読む市民たちの写真が載っていた。
 記事を見て話題にしている人々の姿。
 そして子どもを抱えた母親が、記事の健人の写真を見て「頑張ってほしいね」と微笑む姿。

 健人はゆっくりと新聞を畳み、机のノートを開いた。
 ページの角には、これまで集めてきた“市民の声”のメモが貼られている。

 その隣に、今日の新聞の切り抜きを丁寧に貼り付ける。

 そして、その下にゆっくりと文字を書く。

 ――地元が認めてくれたなら、俺はもっと遠くへ行ける。

 ペンを置いた瞬間、胸の中に小さな炎が灯ったように感じた。

 それは、かつて感じた屈辱も悔しさもすべて燃料にして、静かに高く燃え上がる炎だった。

 今日という日は、確かにひとつの節目になる。
 地元紙が一面を飾った。それが何よりの証拠だ。

 だが同時に、これはまだ“道の途中”に過ぎない。

 健人は深呼吸し、胸元のバッジにそっと触れる。

 自分が国会にいる意味。
 市民が自分を選んだ理由。
 見上げるだけの場所ではなく、変えてゆくための場所――。

 その全てを、もう一度胸の奥で確かめた。


”評価は紙面の大きさじゃない。
市民の心に残る言葉こそが、政治家の本当の“一面”になる“
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