『総理になった男』

KAORUwithAI

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第3部:旋風 - 国民支持のうねり

第142話 “こんな国にしたくない”という決意

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 議員会館の一室で、健人は一枚の新聞記事に目を留めた。
 「子ども食堂、全国で過去最多に」
 見出しだけを見れば、誰かは“良いニュース”だと勘違いするかもしれない。
 だが健人は、喜びよりも先に胸が重くなるのを感じた。

 ――増えることは、喜ぶ話じゃない。
 本来は、なくてもいい場所なんだ。

 記事を読んだ健人の目の奥に、怒りのような焦りのような複雑な色が浮かんでいた。それを真田が見逃すはずもなかった。

「調べましょう。表面の記事では、本当の状況はわかりません」

 その言葉に、健人は無言で頷いた。

     ◆

 数日後、真田と田島がまとめた地方の状況が机の上に広がる。
 A4紙の束には、支援者の嘆息と、悲鳴のような現実が記されていた。

 “食材が足りない日があります”
 “ボランティアの高齢化が限界です”
“家で夕食を食べられない子が増えています”
“経済的だけじゃなく、家庭内の孤立が深刻です”

 読み進めるほど、健人の顔は曇っていった。

「……限界、か」

 その言葉を繰り返したところで、またメールの通知が鳴った。
 地方の子ども支援団体からだった。

 “お願いです。政治に届かない声が、ここにあります。”

 その一行が胸に刺さり、健人は立ち上がった。

「行こう。現場を、この目で見る」

     ◆

 地方都市の商店街から少し離れた場所に、その子ども食堂はあった。
 プレハブ小屋のような建物の前には、手書きの看板。
 “あったかごはん みんなおいで”

 だがその“温かさ”は、どこか無理して灯そうとしている光のように見えた。

 代表の女性は、40代半ば。疲れた目元には深いクマがあり、その身体は細くやつれていた。

「本当に……ありがたいです。来てくださって」

 彼女の声は震えていた。プレハブに入ると、夕食前にも関わらず子どもたちが頭を寄せ合ってゲームをしていた。

「ここの食堂は、週に三回だけ開けています。人手が……足りなくて」

 健人は隣に腰を下ろし、代表の話に耳を傾けた。
 最初は数人の子どもだったのが、今では二十人近くが押し寄せるという。
 理由は、家庭内の貧困、孤食、親の多忙――その全てが絡み合っていた。

「本当は、ここが必要ない国であってほしいんです。
 子どもたちが当たり前に、家で笑ってご飯を食べられる国で……」

 代表が言いながら涙をこぼした。

 健人はその姿を見て、何も言えなかった。
 政治家として言葉を選ばなければならない場面。
 だが、綺麗事では追いつかない現実が、目の前にあった。

「……ごめんなさい」

 気づけば、その言葉が漏れていた。
 本当は政治家が言ってはいけない言葉だ。
 言ったところで何も変わらない。
 だが、言わずにはいられなかった。

「あなたのせいじゃないですよ」
 代表は微笑んだが、その笑顔は痛々しいほど細かった。

 そして、食堂の隅で一人お絵描きをしていた少女が、健人に歩み寄ってきた。
 小学五年生くらいの、小柄な女の子だ。

「ねえ、おじさん……」

 少女は小さな声で問いかけた。

「いつかさ……
 ママといっしょに、夜ごはん食べられる国になる?」

 その瞬間、健人の呼吸が止まった。
 あんなに小さな声なのに、心臓に直接触れてくるような重さだった。

 ――返事が、できない。

「努力する。絶対に」

 かろうじて絞り出した言葉は、約束というには弱すぎた。

     ◆

 帰り道の車内で、健人はずっと黙っていた。
 窓の外に流れる景色は、見えているようで何も見ていなかった。

「……悔しいな」

 田島がぼそりと言った。
 その声をきっかけに、健人の胸にあった“何か”がむくむくと音を立てて目を覚ます。

「今日見たのは、一部にすぎない。
 全国に同じ状況があるんだよな」

「はい。統計でも、表面化しているのはまだ氷山の一角です」
 真田の冷静な声も、健人の胸に刺さる。

     ◆

 議員会館に戻ると、母から長文のメールが届いていた。

“子どもたちのことを、大事にしてください。
 誰かの悲しみを拾える人でいてください。
 あの日、選挙に出たいと言ったあなたを送り出した理由は、それだけです。”

 その一行一行が、健人の内側の迷いを消していった。

     ◆

 夜、健人は議員会館の屋上へ向かった。
 夜風がスーツを撫で、遠くに国会議事堂が光っていた。

「こんな国にしたくない……」

 独り言のように呟くが、その声は風に乗って遠くへ散った。

 そのとき、背後から静かな足音が聞こえた。

「坂本さん」

 真田だった。

「あなたは、変えられる側の人間になったんです。
 今日見た現実を、見過ごす必要はありません」

 続けて田島もやってきて、缶コーヒーを差し出した。

「健人。悔しがれよ。怒れよ。
 そのためにお前は国会にいるんだろ」

 健人は二人を見て、ゆっくりとうなずいた。

「俺は……子どもを守る国をつくる。絶対にだ」

 その言葉を口にした瞬間、胸の奥にあった重さが形を変えた。
 怒りでも悲しみでもなく、明確な“覚悟”に。

     ◆

 部屋に戻ると、健人は机に向かった。
 キーボードに指を置き、ゆっくりと打ち始める。

 ――子ども政策総合改革案(仮)
 ・子ども食堂の必要性を減らす国
 ・家庭支援と就労支援の強化
 ・自治体と国の連携

 ペンは止まらなくなっていた。

 外の夜景は静かだが、健人の胸の内は熱く燃えていた。
 その熱こそが、未熟で不十分な自分を前へ押し出すエンジンだった。



”誰かが泣くたび、国は少しずつ壊れていく。
そして、子どもが泣く国に、未来はない。
だから決めた。
――こんな国にしたくない。
涙の理由をひとつずつ消していく政治を、俺がやる“
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