183 / 184
決戦編
第103話「静寂の街を見つめて」
しおりを挟む
長い夜がようやく明けた。
燃え盛る炎や金属がぶつかる音は止み、ただ遠くにかすかな泣き声と、瓦礫を片付ける人々の掛け声だけが響いている。
ミッドナイトマートの店内は、つい数時間前まで兵士や避難民で混み合っていた気配が嘘のように、いつもの整然とした棚と蛍光灯の白い光だけが広がっていた。けれど、空気にはまだ緊張の余韻が残り、レンとニナの心を押し黙らせていた。
「……これで、ひと通り片付きましたね」
ニナが商品棚を整え、ふぅと深く息をついた。額には汗が浮かび、戦いを直接見たわけではなくとも、その緊張にさらされた証のように見えた。
レンはカウンターの上に残された空箱を片付けながら、低く呟く。
「街の方は、これからが大変だな……」
彼の視線は窓の外へ向かっていた。焦げた匂い、壊れた建物、担架に乗せられる負傷者。勝利の声があがったというのに、目に映る光景は痛々しいものばかりだった。
ニナも同じ方向を見て、小さく頷く。
「ええ。でも、きっと……立ち直ります。みんな、強いですから」
その言葉は彼女自身を鼓舞するようでもあった。
やがて、東の空が白み始める。
レンは時計を見て、わずかに息を呑んだ。
「……そろそろ、時間だな」
ニナも気づいたように制服の裾を直し、背筋を伸ばした。
「はい……退勤の時間です」
レンは少し苦笑した。
「退勤、って言うと本当にアルバイトみたいだ」
「ここはコンビニですから」
ニナは冗談めかして答える。その笑顔に、いつもの夜と同じ空気が一瞬だけ戻ってきた気がして、レンは少し安心する。
「カラン」とドアが小さく音を立てる。
扉の向こうには、まだ戦火の余韻が残る異世界の街並みが広がっていた。黒ずんだ煙が空に立ち上り、人々の影が忙しなく動き回っている。
ニナはレンに振り返り、柔らかく微笑んだ。
「レンさん、今日もありがとうございました。またお越し下さいませ」
その言葉を残し、彼女は自然な足取りで扉をくぐり抜けた。
制服姿のまま、仕事を終えた店員が退勤するように――異世界の街へと帰っていく。
レンはその背中を見送り、扉が閉じた瞬間を見つめ続ける。
次の瞬間、外の光景が揺らぎ、戦いの跡を残した街並みはすっと霧のように消えた。
代わりに、ビルと車が行き交う地球の朝が広がっている。通勤途中の人々が足早に歩き、学生たちが眠そうな顔で自転車を走らせていた。つい先ほどまで剣戟と悲鳴に満ちていたとは思えない、ありふれた日常の光景。
レンはカウンターに寄りかかり、深いため息を吐いた。
「……行ったか」
孤独に戻った店内。蛍光灯の音と冷蔵庫の唸りだけが響く。
けれど彼の胸の奥には、確かな決意が芽生えていた。
――また今夜になれば、あの世界と繋がる。そしてニナも、必ずここに戻ってくる。
その時までに、できる準備を整えておかなければならない。
レンは静かに立ち上がり、開店準備に取りかかった。
異世界と地球。二つの世界の狭間で、彼の新しい一日が始まろうとしていた。
燃え盛る炎や金属がぶつかる音は止み、ただ遠くにかすかな泣き声と、瓦礫を片付ける人々の掛け声だけが響いている。
ミッドナイトマートの店内は、つい数時間前まで兵士や避難民で混み合っていた気配が嘘のように、いつもの整然とした棚と蛍光灯の白い光だけが広がっていた。けれど、空気にはまだ緊張の余韻が残り、レンとニナの心を押し黙らせていた。
「……これで、ひと通り片付きましたね」
ニナが商品棚を整え、ふぅと深く息をついた。額には汗が浮かび、戦いを直接見たわけではなくとも、その緊張にさらされた証のように見えた。
レンはカウンターの上に残された空箱を片付けながら、低く呟く。
「街の方は、これからが大変だな……」
彼の視線は窓の外へ向かっていた。焦げた匂い、壊れた建物、担架に乗せられる負傷者。勝利の声があがったというのに、目に映る光景は痛々しいものばかりだった。
ニナも同じ方向を見て、小さく頷く。
「ええ。でも、きっと……立ち直ります。みんな、強いですから」
その言葉は彼女自身を鼓舞するようでもあった。
やがて、東の空が白み始める。
レンは時計を見て、わずかに息を呑んだ。
「……そろそろ、時間だな」
ニナも気づいたように制服の裾を直し、背筋を伸ばした。
「はい……退勤の時間です」
レンは少し苦笑した。
「退勤、って言うと本当にアルバイトみたいだ」
「ここはコンビニですから」
ニナは冗談めかして答える。その笑顔に、いつもの夜と同じ空気が一瞬だけ戻ってきた気がして、レンは少し安心する。
「カラン」とドアが小さく音を立てる。
扉の向こうには、まだ戦火の余韻が残る異世界の街並みが広がっていた。黒ずんだ煙が空に立ち上り、人々の影が忙しなく動き回っている。
ニナはレンに振り返り、柔らかく微笑んだ。
「レンさん、今日もありがとうございました。またお越し下さいませ」
その言葉を残し、彼女は自然な足取りで扉をくぐり抜けた。
制服姿のまま、仕事を終えた店員が退勤するように――異世界の街へと帰っていく。
レンはその背中を見送り、扉が閉じた瞬間を見つめ続ける。
次の瞬間、外の光景が揺らぎ、戦いの跡を残した街並みはすっと霧のように消えた。
代わりに、ビルと車が行き交う地球の朝が広がっている。通勤途中の人々が足早に歩き、学生たちが眠そうな顔で自転車を走らせていた。つい先ほどまで剣戟と悲鳴に満ちていたとは思えない、ありふれた日常の光景。
レンはカウンターに寄りかかり、深いため息を吐いた。
「……行ったか」
孤独に戻った店内。蛍光灯の音と冷蔵庫の唸りだけが響く。
けれど彼の胸の奥には、確かな決意が芽生えていた。
――また今夜になれば、あの世界と繋がる。そしてニナも、必ずここに戻ってくる。
その時までに、できる準備を整えておかなければならない。
レンは静かに立ち上がり、開店準備に取りかかった。
異世界と地球。二つの世界の狭間で、彼の新しい一日が始まろうとしていた。
30
あなたにおすすめの小説
『召喚ニートの異世界草原記』
KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。
ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。
剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。
――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。
面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。
そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。
「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。
昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。
……だから、今度は俺が――。
現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。
少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。
引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。
※こんな物も召喚して欲しいなって
言うのがあればリクエストして下さい。
出せるか分かりませんがやってみます。
異世界だろうがソロキャンだろう!? one more camp!
ちゃりネコ
ファンタジー
ソロキャン命。そして異世界で手に入れた能力は…Awazonで買い物!?
夢の大学でキャンパスライフを送るはずだった主人公、四万十 葦拿。
しかし、運悪く世界的感染症によって殆ど大学に通えず、彼女にまでフラれて鬱屈とした日々を過ごす毎日。
うまくいかないプライベートによって押し潰されそうになっていた彼を救ったのはキャンプだった。
次第にキャンプ沼へのめり込んでいった彼は、全国のキャンプ場を制覇する程のヘビーユーザーとなり、着実に経験を積み重ねていく。
そして、知らん内に異世界にすっ飛ばされたが、どっぷりハマっていたアウトドア経験を駆使して、なんだかんだ未知のフィールドを楽しむようになっていく。
遭難をソロキャンと言い張る男、四万十 葦拿の異世界キャンプ物語。
別に要らんけど異世界なんでスマホからネットショッピングする能力をゲット。
Awazonの商品は3億5371万品目以上もあるんだって!
すごいよね。
―――――――――
以前公開していた小説のセルフリメイクです。
アルファポリス様で掲載していたのは同名のリメイク前の作品となります。
基本的には同じですが、リメイクするにあたって展開をかなり変えているので御注意を。
1話2000~3000文字で毎日更新してます。
異世界ハズレモノ英雄譚〜無能ステータスと言われた俺が、ざまぁ見せつけながらのし上がっていくってよ!〜
mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
【週三日(月・水・金)投稿 基本12:00〜14:00】
異世界にクラスメートと共に召喚された瑛二。
『ハズレモノ』という聞いたこともない称号を得るが、その低スペックなステータスを見て、皆からハズレ称号とバカにされ、それどころか邪魔者扱いされ殺されそうに⋯⋯。
しかし、実は『超チートな称号』であることがわかった瑛二は、そこから自分をバカにした者や殺そうとした者に対して、圧倒的な力を隠しつつ、ざまぁを展開していく。
そして、そのざまぁは図らずも人類の命運を握るまでのものへと発展していくことに⋯⋯。
明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです
バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話
紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界――
田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。
暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。
仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン>
「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。
最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。
しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。
ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと――
――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。
しかもその姿は、
血まみれ。
右手には討伐したモンスターの首。
左手にはモンスターのドロップアイテム。
そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。
「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」
ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。
タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。
――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――
巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?
サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。
*この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。
**週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**
剣と魔法の世界で俺だけロボット
神無月 紅
ファンタジー
東北の田舎町に住んでいたロボット好きの宮本荒人は、交通事故に巻き込まれたことにより異世界に転生する。
転生した先は、古代魔法文明の遺跡を探索する探索者の集団……クランに所属する夫婦の子供、アラン。
ただし、アランには武器や魔法の才能はほとんどなく、努力に努力を重ねてもどうにか平均に届くかどうかといった程度でしかなかった。
だがそんな中、古代魔法文明の遺跡に潜った時に強制的に転移させられた先にあったのは、心核。
使用者の根源とも言うべきものをその身に纏うマジックアイテム。
この世界においては稀少で、同時に極めて強力な武器の一つとして知られているそれを、アランは生き延びるために使う。……だが、何故か身に纏ったのはファンタジー世界なのにロボット!?
剣と魔法のファンタジー世界において、何故か全高十八メートルもある人型機動兵器を手に入れた主人公。
当然そのような特別な存在が放っておかれるはずもなく……?
小説家になろう、カクヨムでも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる