『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』

決戦編

最終話「明日へのレジ」

夜明けとともに、ミッドナイトマートの扉の向こうは地球へと戻った。
　異世界の激しい夜を終え、レンは疲労を抱えながらも棚の整理を続けていた。

　「おはよう、レン君」
　軽やかな声と共にドアが開く。柏木オーナーが朝番で出勤してきたのだ。
　いつものように落ち着いた笑みを浮かべているが、レンの表情を一目見るなり、その笑みを引き締めた。

　バックヤードに移動すると、レンは夜の出来事を一気に語った。シャドウとの戦い、街の惨状、そして人々の必死の姿。
　柏木は黙って聞き、時折うなずきながら腕を組む。

　「……そうか。奴らは退いたが、被害は大きいんだな」
　低く呟くと、すぐに端末を取り出して発注を始めた。
　「保存食、水、医薬品、毛布。衛生用品も足りなくなるだろう。今日の昼の便で出来る限り揃える」
　その迅速さに、レンは胸の奥が少し温かくなるのを感じた。

　「オーナー……ありがとうございます」
　柏木は画面を操作しながら言った。
　「今夜は俺も立つよ。普段は日勤専門だが、こういう時こそオーナーの役目だ」
　レンは思わず目を見開いたが、その目には安堵の色も宿っていた。


　そして夜。
　再びドアが音を立て、異世界の街と繋がる。
　普段ならレンとニナだけが迎える時間帯に、今日は柏木もエプロンを締めて立っていた。

　「いらっしゃいませ」
　その声はいつもより少し力強く、しかしどこか穏やかで、人々の心に安心を与える響きだった。

　避難民の母親は子供の手を引き、温かいパンとお菓子を選びながら「この子に笑顔が戻ったのは、この店のおかげです」と涙を浮かべる。
　負傷した兵士は保存食を抱え、「この柔らかい食事があるだけで、戦場に戻る勇気が湧く」と深々と頭を下げる。
　リザードマンは野菜を山ほど買い込み、エルフと口論を交わしながらも最後には笑って去っていった。
　魔法使いの少女は、新しいプリンを宝物のように抱きしめて帰って行く。

　常連の騎士も、煤けた鎧姿で姿を見せた。
　「ここで食べると、不思議とまた立ち上がれる」
　鮭おにぎりとお茶を手に、そう呟く声には深い疲労と、微かな希望が混じっていた。

　柏木は慣れた所作でレジを打ち、レンとニナに合図を送りながら客を送り出していく。三人が並んで接客する光景は、この店にとって初めてのことだった。


　外の街並みでは足場が組まれ、倒壊した建物が片付けられている。人々の顔には疲れが刻まれていたが、それでも確かな希望が浮かび始めていた。

　やがて最後の客を見送り、三人は自然と声を合わせた。
　「ありがとうございました。またお越し下さいませ」

　その言葉は、ただの挨拶ではなく、傷ついた街に寄り添う灯火となった。


　閉店準備に入ると、柏木はふと窓の外に目をやり、低く呟いた。
　「シャドウを追い返せたのは確かだ。だが……奴らが本当に消えたわけじゃない」
　レンとニナは互いに顔を見合わせ、無言で頷く。

　街は復興に歩み出した。
　だが闇の中に潜む影は、またいつか姿を現すかもしれない。

　――それでも。
　ミッドナイトマートは今夜も変わらず光を灯し、人々を迎え入れるだろう。
　地球と異世界を繋ぐ小さな店の、明日へのレジで。


※長らくミッドナイトマートへの
ご来店ありがとうございます。
再び会えるのをお待ちしております。
ありがとうございました
またお越しくださいませ
　　　　　　柏木、レン、ニナより