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これ以上、何か言うのもかえってソフィアの負担になるだろうと思いシャーロットはこのことに関して進言するのをやめることにした。再婚相手を探すより、仕事なりなんなりで手を貸す方がソフィアにとって受け入れやすいのだろう。
「ちょっと楽しい事を考えましょうか。あ、そうだわ! マドレーヌを焼いてくれる約束はまだ覚えているかしら?」
これにはソフィアが顔を輝かせて反応した。こういう時、ソフィアの表情には一点の曇りもなく、見ている側まで嬉しくなるような笑みを見せるのだった。
「ええ! 作らせていただけるならすぐにでも」
「作ったらソフィアも食べなきゃダメよ? 一緒に食べましょう。私、この前とびきり美味しい紅茶をいただいたの。それでお茶にしましょうね」
帰宅して早速シャーロットはソフィアにマドレーヌを焼いてもらった。体調は気にかかるが、とにかく元気になってもらい楽しい時間を過ごしたかったのだ。
二人がマドレーヌを頬張っている頃、ヴィンセントは遠く離れたあばら屋へとやって来ていた。よくよく見れば畑に替えられた庭はかなり手入れが行き届き、これはこれでかなり手を加えて改善させたのだろうと感心していた。馬車が停まったのを聞きつけたのか、玄関にソフィアの従者ベンジャミンが帽子を脱ぎ手には冬だというのに花束を持って待っていた。
「いらっしゃいませ、旦那様。あの、ソフィア様のおかげんはその後いかがですか?」
答えようとしたところで家の扉が勢いよく開き、中からお腹の大きなキャサリンが顔を出した。
「ソフィア様は? お熱は引きました?」
挨拶もせずに単刀直入の妻に、ベンジャミンが空いている方の手でそっと「今、同じことを聞いたところだよ」と抑えた。
「熱は完全に引いたから今は心配いらないそうだ。姉が自分の家で療養させると言って連れて行った。もう移動するのも自分の足で動ける」
見るからに安堵し体の力が抜けたキャサリンに、ベンジャミンが手を貸し支えてやっていた。
「ああ……それで、私は君たちに謝罪しないとならない。生活費がこちらに届いていない件は現在調査中だが、これは我が家の問題だ。申し訳なかった」
キャサリンとベンジャミンは顔を見合わせてから、キャサリンが口を開いた。
「それはソフィアにも伝えました? ソフィアが手持ちの物をほとんどお金に換えてそれで生活していたのですよ。元々ソフィアには財産と言えるものなどほとんどないに等しかったのに、大切にしていた本や普段使いのドレスまで質に入れて生活を支えてくれたのです。もう聞きましたよね?」
それは全くもって初耳だし、実のところまだソフィアには謝罪できていなかった。気まずそうな顔で答えが読み取れたらしく、キャサリンは明らかに不機嫌になった。
「ヴィンセント様にとってこの結婚がどんなに意に沿わないものか、私たちは理解しています。はっきり言ってソフィアのお父様は最低ですもの。ですが、ソフィアにとってもなんの利もない結婚なのです。貴方様が大金を使ったことを承知しているから、ソフィアは生活が苦しくても文句も言えなかった。元々、かなり虐げられて育ったのに……こんなのってあんまりだわ」
キャサリンは自分の腹に手を当てると苦痛に顔を歪めて前かがみになった。それをベンジャミンが心配して「あんまり興奮しちゃいけないよ。お腹の子に響くだろ」と、声をかけていた。それでヴィンセントも寒さに気がついて中に入ることを勧めた。
「とりあえず中へ入ろうか。本当は今日君たちをソフィアの元に連れて行こうと思っていたんだが、えっとキャサリンだったね? 君の体調はどうだろうか。馬車に揺られて移動できそうか?」
キャサリンに直接聞いたつもりのヴィンセントだったが、横からベンジャミンが「それは無理だ」と、即答した。
「ベン、私なら平気よ」
「いいや、駄目だよ。君が平気でもお腹の子は平気じゃないんだ。すいません、ヴィンセント様、妻の体調が実は良くないのです」
それはヴィンセントも薄々気がついていた。顔色も冴えないし、先ほどから時々顔をゆがませているのもわかっていた。
「焦ることはない。子供が生まれてから来てもいいわけだし──」
「駄目よ! フィフィを一人にするなんて!」
「姉がついているし、姉のところの使用人もいるわけだから──」
ベンジャミンは興奮する妻の腕をさすりながら、ヴィンセントに持っていた花束を差し出した。
「焦らなくてもプレゼントは渡せるよ、キャッシー。ヴィンセント様、これは俺たちからソフィア様へのプレゼントです。渡してください」
スイセンの花束を受け取ったヴィンセントが何の気なしに「ソフィアはスイセンが好きなのか」と口にした。これにキャサリンが激しく反応した。
「そうよ! ソフィアの誕生日に毎年贈る花ですもの。ソフィアは今日二十歳になったんです! 誕生日を知らないなんて言わないでください。そんなの酷すぎるわ!」
興奮したキャサリンをベンジャミンが抱え、ヴィンセントも思わず手を貸していた。
「そんなに興奮して怒らないでくれ。確かに知らなかったが……今日街に寄ってプレゼントを探してみよう。教えてくれてありがとう」
何とか興奮をなだめて落ち着かせたかったが、キャサリンはヴィンセントにもっと言ってやりたくて仕方がないようでここはもう退散するしかないという判断をした。横に居るベンジャミンもそうして欲しそうなのがとてもよく伝わってきていた。
「じゃあ、あらためて使者を寄越すから体調には気を付けて。もし、連絡したいことがあれば誰かを雇うといい。いや、定期的に私の使者を派遣する。もう手違いなど起こらぬように信用できる者を寄越そう。ベンジャミン、手持ちの金はあるか?」
「はい、この前結構な金額をいただきましたから」
姉夫婦が気遣って金を置いて行ったことを知り、ヴィンセントはそれも心に留めておかねばと思った。
「キャサリン。私はこれから街に寄ってプレゼントを探さなければならない。これまでの謝罪の意味も込めてきちんとしたプレゼントを選ぶよ。君はとにかくゆっくり休むんだ」
「フィフィの顔を見たら元気になります」
キャサリンはどうしてもすぐソフィアに会いたいらしい。それと、ソフィアと侍女キャサリンはかなり親しい間柄なのだということも知った。愛称で呼ぶほどの仲とは家族並みの親しさだ。それにヴィンセントにはこれほど肩入れしてくれる使用人は居ないだろう。
「君の体調次第だ。来たくなったらいつでも会いに来るといい。では、失礼するよ」
ヴィンセントが長く留まるとキャサリンの体調にも障りそうなので、足早に馬車へと引き返していった。
「ちょっと楽しい事を考えましょうか。あ、そうだわ! マドレーヌを焼いてくれる約束はまだ覚えているかしら?」
これにはソフィアが顔を輝かせて反応した。こういう時、ソフィアの表情には一点の曇りもなく、見ている側まで嬉しくなるような笑みを見せるのだった。
「ええ! 作らせていただけるならすぐにでも」
「作ったらソフィアも食べなきゃダメよ? 一緒に食べましょう。私、この前とびきり美味しい紅茶をいただいたの。それでお茶にしましょうね」
帰宅して早速シャーロットはソフィアにマドレーヌを焼いてもらった。体調は気にかかるが、とにかく元気になってもらい楽しい時間を過ごしたかったのだ。
二人がマドレーヌを頬張っている頃、ヴィンセントは遠く離れたあばら屋へとやって来ていた。よくよく見れば畑に替えられた庭はかなり手入れが行き届き、これはこれでかなり手を加えて改善させたのだろうと感心していた。馬車が停まったのを聞きつけたのか、玄関にソフィアの従者ベンジャミンが帽子を脱ぎ手には冬だというのに花束を持って待っていた。
「いらっしゃいませ、旦那様。あの、ソフィア様のおかげんはその後いかがですか?」
答えようとしたところで家の扉が勢いよく開き、中からお腹の大きなキャサリンが顔を出した。
「ソフィア様は? お熱は引きました?」
挨拶もせずに単刀直入の妻に、ベンジャミンが空いている方の手でそっと「今、同じことを聞いたところだよ」と抑えた。
「熱は完全に引いたから今は心配いらないそうだ。姉が自分の家で療養させると言って連れて行った。もう移動するのも自分の足で動ける」
見るからに安堵し体の力が抜けたキャサリンに、ベンジャミンが手を貸し支えてやっていた。
「ああ……それで、私は君たちに謝罪しないとならない。生活費がこちらに届いていない件は現在調査中だが、これは我が家の問題だ。申し訳なかった」
キャサリンとベンジャミンは顔を見合わせてから、キャサリンが口を開いた。
「それはソフィアにも伝えました? ソフィアが手持ちの物をほとんどお金に換えてそれで生活していたのですよ。元々ソフィアには財産と言えるものなどほとんどないに等しかったのに、大切にしていた本や普段使いのドレスまで質に入れて生活を支えてくれたのです。もう聞きましたよね?」
それは全くもって初耳だし、実のところまだソフィアには謝罪できていなかった。気まずそうな顔で答えが読み取れたらしく、キャサリンは明らかに不機嫌になった。
「ヴィンセント様にとってこの結婚がどんなに意に沿わないものか、私たちは理解しています。はっきり言ってソフィアのお父様は最低ですもの。ですが、ソフィアにとってもなんの利もない結婚なのです。貴方様が大金を使ったことを承知しているから、ソフィアは生活が苦しくても文句も言えなかった。元々、かなり虐げられて育ったのに……こんなのってあんまりだわ」
キャサリンは自分の腹に手を当てると苦痛に顔を歪めて前かがみになった。それをベンジャミンが心配して「あんまり興奮しちゃいけないよ。お腹の子に響くだろ」と、声をかけていた。それでヴィンセントも寒さに気がついて中に入ることを勧めた。
「とりあえず中へ入ろうか。本当は今日君たちをソフィアの元に連れて行こうと思っていたんだが、えっとキャサリンだったね? 君の体調はどうだろうか。馬車に揺られて移動できそうか?」
キャサリンに直接聞いたつもりのヴィンセントだったが、横からベンジャミンが「それは無理だ」と、即答した。
「ベン、私なら平気よ」
「いいや、駄目だよ。君が平気でもお腹の子は平気じゃないんだ。すいません、ヴィンセント様、妻の体調が実は良くないのです」
それはヴィンセントも薄々気がついていた。顔色も冴えないし、先ほどから時々顔をゆがませているのもわかっていた。
「焦ることはない。子供が生まれてから来てもいいわけだし──」
「駄目よ! フィフィを一人にするなんて!」
「姉がついているし、姉のところの使用人もいるわけだから──」
ベンジャミンは興奮する妻の腕をさすりながら、ヴィンセントに持っていた花束を差し出した。
「焦らなくてもプレゼントは渡せるよ、キャッシー。ヴィンセント様、これは俺たちからソフィア様へのプレゼントです。渡してください」
スイセンの花束を受け取ったヴィンセントが何の気なしに「ソフィアはスイセンが好きなのか」と口にした。これにキャサリンが激しく反応した。
「そうよ! ソフィアの誕生日に毎年贈る花ですもの。ソフィアは今日二十歳になったんです! 誕生日を知らないなんて言わないでください。そんなの酷すぎるわ!」
興奮したキャサリンをベンジャミンが抱え、ヴィンセントも思わず手を貸していた。
「そんなに興奮して怒らないでくれ。確かに知らなかったが……今日街に寄ってプレゼントを探してみよう。教えてくれてありがとう」
何とか興奮をなだめて落ち着かせたかったが、キャサリンはヴィンセントにもっと言ってやりたくて仕方がないようでここはもう退散するしかないという判断をした。横に居るベンジャミンもそうして欲しそうなのがとてもよく伝わってきていた。
「じゃあ、あらためて使者を寄越すから体調には気を付けて。もし、連絡したいことがあれば誰かを雇うといい。いや、定期的に私の使者を派遣する。もう手違いなど起こらぬように信用できる者を寄越そう。ベンジャミン、手持ちの金はあるか?」
「はい、この前結構な金額をいただきましたから」
姉夫婦が気遣って金を置いて行ったことを知り、ヴィンセントはそれも心に留めておかねばと思った。
「キャサリン。私はこれから街に寄ってプレゼントを探さなければならない。これまでの謝罪の意味も込めてきちんとしたプレゼントを選ぶよ。君はとにかくゆっくり休むんだ」
「フィフィの顔を見たら元気になります」
キャサリンはどうしてもすぐソフィアに会いたいらしい。それと、ソフィアと侍女キャサリンはかなり親しい間柄なのだということも知った。愛称で呼ぶほどの仲とは家族並みの親しさだ。それにヴィンセントにはこれほど肩入れしてくれる使用人は居ないだろう。
「君の体調次第だ。来たくなったらいつでも会いに来るといい。では、失礼するよ」
ヴィンセントが長く留まるとキャサリンの体調にも障りそうなので、足早に馬車へと引き返していった。
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