侯爵令嬢ソフィアの結婚

今野綾

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言葉にできない

言葉にできない5

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 グレゴリーがまた来ると言って帰っていった。ソフィアは応接室に残ってぼんやりと椅子に腰掛けてグレゴリーの茶色の目を思い返していた。

(グレゴリーは、あんな人だったのかしら。なんだか、強引で人が変わったみたいだった)

 紙に自分が書いた文字が並んでいる。全ての文字が慌てていて乱れていた。

(良い思い出が色褪せていくようだわ)

 寂しかった子供時代を支えてくれた一人だった。グレゴリーとダンスの練習をしたのは本当に楽しかった。グレゴリーの印象をこれ以上変えたくない。数少ないキラキラした思い出が輝きを失ってしまいそうだった。

 項垂れてため息をつくソフィアの姿を、応接室の入口からヴィンセントが黙ってみつめていた。

 侍女から男が帰るという一報を聞き、ヴィンセントは玄関まで下りていき男を捕まえ釘を刺して戻ってきたところだった。

「待ちたまえ。今回はソフィアに良かれと思って家にあげたが、二度と来ないでもらいたい。来られても家には入らせないからそのつもりで」

 男はヴィンセントに臆することなく「では、外で会うことにしましょう。きっとヴィンセント・バトラー男爵もそうなさっていることでしょうから」と、暗に恋人と外で逢瀬を重ねていると嫌味で返した。

 いや、寧ろ畳み掛けるように「おっと、今は侯爵家に婿養子で入られたのでしたね。ヴィンセント・バトラー侯爵どの」と、嘲った。

 不快感を覚え、ムカムカしながらヴィンセントは男を上から下まで見下ろした。

「見たところ、裕福ではあるようだ。どこの誰か名乗ってくれ」

「ああ、これは失礼した。グレゴリー・エアーズと申します。元はシューマン家で従僕をしておりましたが、現在はデフォー家で商いを取り仕切っています。お互い、同じような職種ですので以後お見知り置きを」

 貿易業をしているデフォー家を瞬く間に立て直した男とは、このグレゴリーを指しているのだと直感的に感じ取った。

「従僕か」

 親しそうにしていたが、ただの召使いなのだと知ってヴィンセントは内心ホッとしていた。恋人だったわけではないと踏んだのだ。それをグレゴリーが感じ取ったらしく、可笑しそうに顔を歪めた。

「ええ、元従僕です。父親に愛されず寂しい思いをしていたソフィアに何もかも教え込んだのはこの俺です。手を取り、足を取り、寂しがる彼女を慰める為に一緒に居たのがまるで昨日のことのようだ」

 何を匂わせてきているのか理解していたが、ヴィンセントは冷静さを保つために大きく息を吸い込んでから敢えて笑みを浮かべた。

「それはそれはお役目ご苦労であった。確かに、ソフィアと私は契約を交わし結婚した間柄だ。だからといって、妻を大事にしていないと思われても困る。金輪際、我々の前に姿を見せないで貰おうかグレゴリー」

 グレゴリーもまるで表情を変えずに肩を竦めてみせた。

「我々が会うことにとやかく言うのはおかしくないだろうか、男爵殿。そこはソフィアの自由だ。互いに恋人がいるなら平等というもの」

「さっき君が言っていたように、ソフィアと結婚しているので侯爵だ。君相手に爵位に拘るのも馬鹿馬鹿しいがな」

 相手は庶民だ。庶民からしたら侯爵も男爵も目上の貴族のなのだ。

「確かに。では、ヴィンセント様、またどこかで」

 余裕綽々で去っていくグレゴリー。ソフィアの想い人だから忌々しいのか、そもそもこの人物がいけ好かないのかわからなくなりそうだった。

 応接室の入口のドアは開けてあったが、ヴィンセントは壁をノックしてから応接室へと入っていった。ソフィアはノックに気がついてヴィンセントに顔を向けた。直ぐに手元にある紙にサラサラと文字を書いて、ソフィアの元に来たヴィンセントに見せた。

『お騒がせいたしました。彼は私の家庭教師をしてくれた人です』

 ヴィンセントはそれでまた『手を取り、足を取り、寂しがる彼女を慰める為に夜通し一緒に居たのがまるで昨日のことのようだ』という胸糞悪い言葉を思い出していた。

「もう家には来ないように告げた。もし、会いたいなら街で会うと良い」

 ささくれだった心が影響して思いの外冷たい言い方をしてしまって、ヴィンセントは場を繕うため一つ咳払いをした。

「ただ、君は私の妻なのだから二人きりになるのは極力避けてもらいたい。ソフィアとしても噂が立つのは嫌だろ?」

 ソフィアは頷いてからペン先をインク瓶に入れて、また文字を書いた。

『もう会うことはないと思います。どこに住んでいるのかも、わかりませんから』

 それが理由なら、ヴィンセントの方で簡単に解決できる。なんといってもデフォー家で働いている人間だ。調べれば直ぐに住まいはわかるはずだ。けれど、そのことはソフィアには黙っておいた。

 それよりソフィアには聞きたいことがあった。

「ソフィア。話を変えることになるが言葉が出なくなった理由に心当たりはあるのか?」
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