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石工リル
石工リル②
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ヘトヘトに疲れるまで掃除をし、アデリーは日が落ちる直前に厨房へと入っていった。
「アデリー、遅かったねぇ。病み上がりなんだし無理しなさんな」
カリーナは翌朝用のパン生地をこねていた。横で見て覚えたい気持ちはあるものの、アデリーは疲れ切っていたのでとりあえずイスに腰掛けた。
「あ、パイを出してあげようか」
そこでアデリーはあることに気がついて慌ててイスから立ち上がった。
「私ったらすいません! 自分で取り分けていいんでしたよね」
給仕してもらうことが当たり前だったので、座って待っていたら自分でやれと初日にダグマに注意されたのだ。焦って立ち上がるアデリーにカリーナは腕捲くりした手でパン生地をグイグイ押しながら笑っていた。
「もちろん、好きなだけお食べ。ダグマは太っ腹だからね、食材を沢山用意してくれたし、カルロに追加も頼んでたんだよ。人間、腹いっぱい食べられればなんだか幸せに思うんだよねぇ」
「はい。私も思うように食べられないことを知った後なので尚更に」
重ねてある木皿を一枚取ると、パイの大皿から布巾を持ち上げた。
「なんて美味しそうなの!」
こんがり焼けたパイ生地と切り口からトロリと流れ落ちる薄紫色のプラムジャム。ジャムと言っても果肉が元の形のまま、とても贅沢な一品だった。
「男たちはこれと肉も食べたけどアデリーもそうするだろ?」
「あー……」
肉ももちろん悪くない。けれどこのパイの魅力にアデリーは欲をかいた。
「パイを二切れ……食べたいです」
食い意地が張っているのは恥ずかしいことなので、言いながらも頬が火照るのを感じていた。ちょっと前のアデリーなら我慢できたことが出来なくなっていた。特に食に関しては、とにかくやたらと願望が湧き上がってダメだった。
「あは、もちろん食べなよ。男たちは甘いものだけじゃ食事にならんと言うけど、女は違うよね。甘いものから甘いものに渡り歩いてもへっちゃらだわ。なんなら次の日だって甘いもの尽くしでも構わないわ」
カリーナが肯定してくれると恥ずかしい気持ちが和らいで、パイを二切れ貰うのもそんなに悪いことだと思わなくなった。そんな訳で、大きなパイを二切れ皿に載せて席へと戻った。
「痩せっぽちのアデリー。そのままでも可愛らしいけど、アタシはもう少し肉付きが良くなったらもっともっと美人なると思うよ」
だから三切れ食べてもいいと片目を閉じてウィンクしてみせた。茶目っ気たっぷりのカリーナにアデリーは微笑まずにはいられなかった。
大口を開けてガブリとパイに齧りつく。すると想像通り甘酸っぱくて、心も体も溶け出しそうだった。
「カリーナさん、カリーナさん。このパイ美味しいです。わぁ、ほんと凄いわ。私にも作れますか? こんなに美味しいなんて……」
「そりゃあ作れるさ。次に作る時は呼んであげるよ」
アデリーは口を手で覆いながら噛んでいく。欲張りすぎてパイを詰め込み過ぎたのだ。
「むずかひぃでふか」
予想よりずっと喋れていないので、カリーナがふふと笑いながら「簡単、簡単」と、パン生地をペタペタ叩く。
皆、料理は簡単だと言うけれどパンだってただ捏ねて丸めて焼くだけかと思ったら、捏ね方もあるらしいし、生地を寝かせたりするらしい。知らないことだらけだ。料理はダグマが言うような切って煮るだけではない。それでもアデリーも料理を作れるようになりたかった。
カリーナが立てる音が妙に心地良い。無我夢中でパイを食べた腹は満たされて、アデリーは耐え難い眠気に目を開けていることが難しくなってきた。
炉の火は小さく、殆ど燃えた薪が蛍のようにチカチカと不定期に灯る。この時期でも夜は冷気が体を冷やしていく。だから厨房の暖かさは快適すぎて眠くなるのだ。
(身体を清めてからベッドに入りたいのに、もう一歩も動きたくない……)
ここは這ってでもベッドに向かわなくてはならないのに、とにかくカリーナのパン生地を捏ねる音と快適な温度に瞼が上がらなくなってきた。
(ほんのちょっぴりうたた寝して、その後移動したらいいわよね)
意識が飛ぶ前に言い訳をしたアデリーは、その直後どっぷり深い眠りに落ちていった。
「アデリー、遅かったねぇ。病み上がりなんだし無理しなさんな」
カリーナは翌朝用のパン生地をこねていた。横で見て覚えたい気持ちはあるものの、アデリーは疲れ切っていたのでとりあえずイスに腰掛けた。
「あ、パイを出してあげようか」
そこでアデリーはあることに気がついて慌ててイスから立ち上がった。
「私ったらすいません! 自分で取り分けていいんでしたよね」
給仕してもらうことが当たり前だったので、座って待っていたら自分でやれと初日にダグマに注意されたのだ。焦って立ち上がるアデリーにカリーナは腕捲くりした手でパン生地をグイグイ押しながら笑っていた。
「もちろん、好きなだけお食べ。ダグマは太っ腹だからね、食材を沢山用意してくれたし、カルロに追加も頼んでたんだよ。人間、腹いっぱい食べられればなんだか幸せに思うんだよねぇ」
「はい。私も思うように食べられないことを知った後なので尚更に」
重ねてある木皿を一枚取ると、パイの大皿から布巾を持ち上げた。
「なんて美味しそうなの!」
こんがり焼けたパイ生地と切り口からトロリと流れ落ちる薄紫色のプラムジャム。ジャムと言っても果肉が元の形のまま、とても贅沢な一品だった。
「男たちはこれと肉も食べたけどアデリーもそうするだろ?」
「あー……」
肉ももちろん悪くない。けれどこのパイの魅力にアデリーは欲をかいた。
「パイを二切れ……食べたいです」
食い意地が張っているのは恥ずかしいことなので、言いながらも頬が火照るのを感じていた。ちょっと前のアデリーなら我慢できたことが出来なくなっていた。特に食に関しては、とにかくやたらと願望が湧き上がってダメだった。
「あは、もちろん食べなよ。男たちは甘いものだけじゃ食事にならんと言うけど、女は違うよね。甘いものから甘いものに渡り歩いてもへっちゃらだわ。なんなら次の日だって甘いもの尽くしでも構わないわ」
カリーナが肯定してくれると恥ずかしい気持ちが和らいで、パイを二切れ貰うのもそんなに悪いことだと思わなくなった。そんな訳で、大きなパイを二切れ皿に載せて席へと戻った。
「痩せっぽちのアデリー。そのままでも可愛らしいけど、アタシはもう少し肉付きが良くなったらもっともっと美人なると思うよ」
だから三切れ食べてもいいと片目を閉じてウィンクしてみせた。茶目っ気たっぷりのカリーナにアデリーは微笑まずにはいられなかった。
大口を開けてガブリとパイに齧りつく。すると想像通り甘酸っぱくて、心も体も溶け出しそうだった。
「カリーナさん、カリーナさん。このパイ美味しいです。わぁ、ほんと凄いわ。私にも作れますか? こんなに美味しいなんて……」
「そりゃあ作れるさ。次に作る時は呼んであげるよ」
アデリーは口を手で覆いながら噛んでいく。欲張りすぎてパイを詰め込み過ぎたのだ。
「むずかひぃでふか」
予想よりずっと喋れていないので、カリーナがふふと笑いながら「簡単、簡単」と、パン生地をペタペタ叩く。
皆、料理は簡単だと言うけれどパンだってただ捏ねて丸めて焼くだけかと思ったら、捏ね方もあるらしいし、生地を寝かせたりするらしい。知らないことだらけだ。料理はダグマが言うような切って煮るだけではない。それでもアデリーも料理を作れるようになりたかった。
カリーナが立てる音が妙に心地良い。無我夢中でパイを食べた腹は満たされて、アデリーは耐え難い眠気に目を開けていることが難しくなってきた。
炉の火は小さく、殆ど燃えた薪が蛍のようにチカチカと不定期に灯る。この時期でも夜は冷気が体を冷やしていく。だから厨房の暖かさは快適すぎて眠くなるのだ。
(身体を清めてからベッドに入りたいのに、もう一歩も動きたくない……)
ここは這ってでもベッドに向かわなくてはならないのに、とにかくカリーナのパン生地を捏ねる音と快適な温度に瞼が上がらなくなってきた。
(ほんのちょっぴりうたた寝して、その後移動したらいいわよね)
意識が飛ぶ前に言い訳をしたアデリーは、その直後どっぷり深い眠りに落ちていった。
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